ファクトチェック廃止の目的は「解釈」の多様性 週刊プレイボーイ連載(630)

メディアの役割は、社会にとって重要な事実(ファクト)を報じるとともに、そのニュースをどう解釈すべきかを示すことです。

フェイクニュースは、事実でないことを「真実」にしてしまいます。ジャーナリズムは隠蔽された事実を掘り起こしたり、冤罪のような誤った事実認定を検証することで「真実」を暴き、政府や法制度に対するひとびとの信頼を維持するという大切な仕事をしています。

事実についての争いは、すべてとはいわないものの、証拠(エビデンス)によってなにが正しいかを決められます。しかし解釈は主観的なものなので、「唯一の正しさ」はありません。

SNSのFacebookやInstagramを運営するMetaは、投稿の信頼性を第三者が評価するファクトチェック機能を廃止し、問題のある投稿にユーザーがコメントをつけられる「コミュニティノート」形式に移行すると発表しました。CEOのマーク・ザッカーバーグは、「ファクトチェックは政治的に偏りすぎていた」と説明しています。

この方針転換に対してリベラルなメディアは、「トランプ次期政権にすり寄ろうとしている」「過激な言論や偽・誤情報が野放しになる」と批判しています。この場合は、「ファクトチェックの廃止」は事実(ファクト)ですが、「トランプへのすり寄り」というのは解釈で、それがファクトである証拠は提示されていません。

Metaのファクトチェックを担当していた通信社や専門機関が、「リベラルに甘く、保守派にきびしい」とトランプに近い政治家やインフルエンサーから強く批判されていたのは間違いありません。

しかしだからといって、ザッカーバーグが保守派の脅しに屈したということにはなりません。保守派の主張が正しく、実際にファクトチェックが偏向していたかもしれないからです。ところがこれを報ずるメディアは、個々の投稿削除の是非を検証するのではなく、一方的に自分たちに都合のいい解釈(SNSが社会を右傾化させている)を押しつけているようにも見えます。

定義上、事実そのものが偏向することはありません。それに対して解釈は、主張する者のイデオロギーによってどのようにも変わるでしょう。そう考えると、この問題を「事実と解釈の関係」として整理することができます。

メディアはこれまで、事実と解釈を一体のものとして独占してきました。事実(ウクライナとガザで多くのひとが死んでいる)を報じるだけでなく、それをどのように解釈するか(ロシアのウクライナ侵攻は許されざる蛮行だが、イスラエルのガザへの攻撃は自衛であり、死傷者が出るのはしかたない)も決めていたのです。

それに対してMetaの新しい方針は、「事実の検証は必要だが、事実に対する解釈は多様であるべきだ」ということになるでしょう。これまで一定の基準(ポリコレ)に適合した解釈しか認めなかったことが、「偏向」と見なされたのです。

保守派は人種や性自認の多様性(ダイバーシティ)に反発していますが、じつは「リベラル」に対して解釈の多様性を求めていたのです。

『週刊プレイボーイ』2025年1月27日発売号 禁・無断転載

「ヤフコメ民」とは誰なのか?

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2019年3月22日公開の「ヤフコメの調査から見えてきた 「嫌韓嫌中」など過度な投稿者たちの正体」です(一部改変)。

前回の「SNSは社会を分断させているのではなく、分極化した中高年が好んでネットを使っている」と合わせてお読みください。なお、執筆から5年ちかくたった現在では、多少状況が変わっている可能性があります。

metamorworks/Shutterstock

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エスノグラフィーは「参与観察」とも訳される文化人類学の手法で、「フィールドワーク」の方が馴染みのあるひとも多いだろう。典型的な研究は、アフリカや中南米、南太平洋などの伝統的社会に長期間滞在して、学問的に定型化された手法によって文化や慣習、ひとびとの日常などを記述するというものだ。

その後、エスノグラフィーの手法は先進国の社会に拡張され、黒人や移民などのマイノリティ、LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)のような性的少数者のコミュニティが参与観察されるようになった。日本では、1980年代の暴走族を参与観察した佐藤郁哉氏の『暴走族のエスノグラフィー モードの叛乱と文化の呪縛』(新曜社)がよく知られている。

文化人類学者の木村忠正氏は、「偶然の巡りあわせに導かれ」1995年頃からインターネット研究に取り組むようになった。その過程で、ネット上のコミュニティを分析する際にも、エスノグラフィーの手法が使えるのではないかと気づいたという。

アンケートなどを使って量的な社会調査をしたり、インタビューや参与観察でコミュニティを質的に調査する従来の研究に比べて、ネットコミュニティはその性質が大きく異なる。そこでは「定性的データ(インタビューや参与観察)」と「定量的データ(アンケート調査)」の垣根が取り払われ、ひとつの事象をどちらの観点からも分析する必要があるのだ。木村氏はこれを「ハイブリッド・エスノグラフィー」と名づけた。

『ハイブリッド・エスノグラフィー N.C(ネットワークコミュニケーション)の質的方法と実践』(新曜社)では、第1部で「デジタル人類学」のコンセプト・方法論と課題を、第2部でハイブリッド・エスノグラフィーの実践を扱っている。詳しくは本を読んでいただくとして、そのなかでとくに興味深いのは第10章の「ネット世論の構造」だろう。

そこではYahoo!ニュースの協力により、「国内」「国際」などのハードニュースに投稿される膨大なコメント(ヤフコメ)が分析されている。 続きを読む →

テレビ局への大規模な”キャンセル”はなぜ起きたのか? 週刊プレイボーイ連載(629)

わたしたちの社会は、本音と建て前によって成り立っています。

ヒトは進化の過程でつくられた脳の仕様によって、本能的に人間集団を「俺たち」と「奴ら」に分割します。本音とは「俺たちの論理」、建前は「奴ら(他者)との共通の論理」と定義できるでしょう。

建前は人種、国籍、性別、性的指向など異なる属性をもつすべてのひとに平等に適用されますから、「人権」や「社会正義」に基づいたものになるしかありません。これはしばしば「きれいごと」と揶揄されます。

それに対して本音は、建前には反するものの、組織のなかでは正当な理由があると見なされます。こちらは「しかたないじゃないか」の論理です。

政治家の建前は「社会や経済をみんなが望むように変えていく」ですが、現代社会はますます複雑化しており、一人の政治家にできることはほとんどありません。しかしこの本音をいうと選挙に当選できないので、政治家はみな有権者に過剰な約束をせざるを得なくなります。当然のことながら公約のほとんどは実現できず、それによって政治への信頼度が下がっていきます。

興味深いのは、政治を批判するメディアへの信頼度も同じように下がっていることです。「リベラル」を自称するメディアは、「誰もが人権と社会正義を享受できる(建前だけでつくられた)社会を目指すべきだ」と主張しますが、どのような組織も建前だけでは運営できませんから、しばしば大きな困難とぶつかります。そのことがよくわかるのが、有名タレントの“性加害”事件です。

週刊誌の報道によると、バラエティ番組を担当していた大手テレビ局のプロデューサーが、大物タレントに若い女性との会食をセッティングしたところトラブルになり、被害にあった女性は示談金として多額の金銭を受け取ったとされますが、テレビ局は“斡旋”の事実を否定しています。

註:『週刊文春』が過去記事の訂正を出したことで、当初の「事実」が揺らぎ、女性はタレントに誘われて自宅に行ったことになりました。

この事件での建前は、「どのような性加害も許されない」です。それに対して業界の本音は「そんなのよくあること」で、テレビ局の本音は「会社の暗部を表に出せるわけがない」でしょう。

こうした事情は多かれ少なかれどこも同じなので、大手メディアはこの事件について、テレビ局の責任には触れず、事実関係のみを小さく扱うだけの腰の引けた報道をしていました。旧ジャニーズ事務所をあれだけ叩いておきながら、自分たちが性加害に関わっているとの批判に対して、一片のコメントを出して無視を決め込むのは不誠実だとネットが大炎上したのも当然です。

これまで大手メディアは、建前を振りかざして「権力」の本音を批判することを「正義」だとしてきました。そんなことができたのは、メディアが一種のカルテルをつくって、自分たちに都合のいいように「事実」と「解釈」を独占してきたからです。

しかしSNSによって本音と建前のダブルスタンダードが白日の下にさらされると、ひとびとはメディアを信頼しなくなります。アメリカではそれがトランプ大統領の誕生につながりましたが、日本でも20年ほど遅れて同じことが起きているようです。

註:このコラムは2週間ほど前に書きましたが、その後、テレビ局の大株主であるアメリカの投資ファンドが説明責任を求めたことをきっかけに、大手スポンサーが次々と広告を引き上げる事態になりました。テレビ局はあわてて記者会見を開いたものの、ずさんな対応でさらに炎上し、日本では未曽有の規模の「キャンセル」に発展しています。

『週刊プレイボーイ』2025年1月20日発売号 禁・無断転載