「寿司テロ」で大騒ぎしている日本は幸運? 週刊プレイボーイ連載(567)

今年4月、ブラジル南部のサンタカタリーナ州の保育施設に25歳の男が侵入、遊んでいた子どもたちを斧とポケットナイフで切りつけ、4~7歳の幼児4人が死亡し、5人が重軽傷を負いました。男は2週間ほど前から、知人らに「大きなことをする」と予告していたといいます。

その前月には、サンパウロ郊外の学校に通う13歳の男子生徒が、校内で71歳の教師を殺害し、5人に重軽傷を負わせています。この生徒は事件当日、SNSに「この瞬間を待ちわびてきた」と投稿していました。

これらの襲撃事件が関心を集めたのは、犯行の動機が「注目されたい」という歪んだ自己顕示欲だとされたからです。そのため大手メディアは、英雄視を避けるため容疑者名と写真の公表を見合わせるなど、事件の報じ方に苦慮しているようです。

深刻度はブラジルと大きく異なりますが、日本では回転寿司店で、他の客の寿司に大量のわさびを載せたり、しょうゆ差しをなめるなどの動画が投稿され、大きな社会問題になりました。この迷惑行為によって全国の店舗で顧客が大幅に減少し、監視システムを導入したり、食器や調味料を取り換えるなどの対応を余儀なくされたとして、大手回転寿司チェーンは動画を投稿した少年に対し、6700万円の損害賠償を求める訴訟を起こしました。

逮捕された容疑者は、動画投稿の動機を「ウケるかなと思った」「面白いと思った」などと供述しており、この背景にも歪んだ自己顕示欲があることは明らかです。こうした行為をやめさせるもっとも確実な方法は、ネットで炎上させるのではなく、不適切な動画は無視して拡散させないようにすることでしょう。

ヒトは徹底的に社会的な動物として進化したため、わたしたちの脳は、共同体のなかで評判を獲得すると快感(幸福感)や達成感(自己実現)が得られるようにプログラムされています。この評判は、人類史の大半において、150人程度の小さな集団のなかで、噂などによって暗黙のうちにつくられてきました。

中学・高校時代に体験したであろうスクールカーストは、旧石器時代の評判獲得競争をかなりの程度、再現しています。そこでは、クラスのなかで大きな評判をもつ生徒がカーストの上位を占め、同じカースト上位の異性と恋愛関係になるという厳然たる法則があったはずです。

ところがSNSは、この競争を(理論的には)80億人規模にまで拡張したばかりか、評判を「いいね」やフォロワー数で「見える化」するというとてつもないイノベーションを実現しました。そうなると、男女の生物学的な非対称性から、性愛市場でより過酷な競争を強いられる若い男のなかに、手段を選ばずに「いいね」を獲得しようとする者が現われるのは避けられません。学校からドロップアウトするなど、不利な立場に置かれている男ほどハイリスクな行動をとることも容易に予想できます。

恋愛が自由になればなるほど、性愛をめぐる競争ははげしくなり、より過激なアピールを試みる者が出てきます。この流れはもう変えられないので、日本人は、現実のテロではなく寿司テロで済んでいることを幸運に思うべきかもしれません。

参考:「容疑者は若者「注目されたい願望」ブラジル」朝日新聞2023年6月2日

『週刊プレイボーイ』2023年6月26日発売号 禁・無断転載

「世界でいちばん幸福な国」 デンマークが“右傾化”する理由

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2016年1月21日公開の「欧米や日本のような「「世界でいちばん幸福な」リベラル福祉国家、 デンマークの“右傾化”が突き付けていること」です(一部改変)。

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「世界幸福度指数」は国連が1人あたりGDPや男女の平等、福祉の充実度などさまざまな指標から各国の「幸福度」を推計したもので、2013年、2014年と連続して1位を獲得したのがデンマークだ(2015年はスイス、アイスランドに次ぐ3位)。「経済大国」である日本の幸福度が40位台と低迷していることから、「世界でいちばん幸福な国」の秘密を探る本が何冊も出された。

ランキングを見れば明らかなように、「幸福な国」とは“北のヨーロッパ”、すなわち北欧(スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、デンマーク)、ベネルクス三国(オランダ、ベルギー、ルクセンブルク)、スイス、アイスランドなどのことで、どこもリベラルな福祉国家として知られている。

ところがそのデンマークで、不穏なニュースが報じられている。難民申請者の所持金や財産のうち1万クローネ(約17万円)相当を超える分を政府が押収し、難民保護費に充当するというのだ(ただし結婚指輪や家族の肖像画など思い出にかかわる品、携帯電話などの生活必需品は除外されるという)。

デンマーク政府の説明では、これは難民を差別するものではなく、福祉手当を申請するデンマーク国民に適用されるのと同じ基準だという。難民を国民と平等に扱ったらこうなった、という理屈だ。

だがこの措置が、ヨーロッパに押し寄せる難民対策なのは明らかだ。財産を没収するような国を目指そうとする難民は多くないだろう。デンマークは、自国を難民にとってできるだけ魅力のない国にすることで、彼らの目的地を他の国(ドイツやスウェーデン)に振り向けようとしているのだ。これではエゴイスティックな「近隣窮乏化政策」と非難されるのも当然だろう――もっともこの措置だと、所持金20万円以下の貧しい難民だけが集まってくる可能性もあるが。

「世界でいちばん幸福な国」が、なぜこんなことになってしまうのだろうか。 続きを読む →

日本企業が復活する特効薬は中国企業に買収してもらうこと 週刊プレイボーイ連載(566)

ずいぶん前のことですが、中国や台湾の格安テレビにシェアを奪われるなか、日本のメーカーが「超高級テレビ」をつくろうとしている姿を追ったテレビ番組がありました。ルイ・ヴィトンが、他社と同じようなバッグをはるかに高い価格で売っているのだから、「世界に冠たる」メイド・イン・ジャパンのブランドがあれば、海外メーカが20万円や30万円で売っているテレビを1台100万円にしても、世界の消費者は喜んで買うはずだというのです。

この番組の印象的なシーンは、ディレクターがその話を、きびしい価格競争をしている中国(あるいは台湾)メーカーの社長にしたときです。社長は一瞬絶句したあと、思わず笑い出し、それが失礼になると思ったのか、あわてて「自分たちはそのような戦略は採用しない」と答えていました。その後、「100万円テレビ」は発売されたものの、まったく話題にならずに消えていきました。

海外市場で太刀打ちできなくなった日本メーカーは、国内のシェア争いに活路を見い出すしかなくなりました。ところがその国内市場は、少子高齢化によって縮小する一方なのですから、これはまさに「敗者の戦略」です。その結果、行き詰った東芝は、2016年に白物家電を中国の美的集団に、18年にはテレビ事業REGZA(レグザ)を中国家電大手の海信(ハイセンス)に売却します。

ところが、売却からわずか5年でREGZAが国内の販売シェアでトップに立ったと報じられました。旧東芝の白物家電も黒字化し、順調に売り上げを伸ばしているといいます(それ以前には、シャープが台湾企業の傘下に入って急速に業績を回復させました)。

日本の会社はイエ、すなわち社員の運命共同体で、経営者(サラリーマン社長)は経営のプロではなく、たんなる社員の代表です。そこで求められるのは、社員の雇用と既得権を守り、リスクをとらず、自分たちが定年退職するまで(あるいは年金を受け取って悠々自適の暮らしをするあいだ)会社を安定して存続させることです。

こうした保守的な経営方針は、経済環境が安定していればそれなりにうまくいったかもしれませんが、テクノロジーの指数関数的な進歩を背景に、伝統を破壊するイノベーションが莫大な富を生み出すようになって、前例踏襲の経営はまったく適応できず日本経済は低迷します。バブル崩壊後の「失われた30年」の多くは、これで説明できるでしょう。

そればかりでなく、社員を大切にすることは、裏返せば、非正規社員を搾取し使い捨てにすることです。こうして「正社員」と「非正規」の身分制が生まれたのですが、“リベラル”を自称する労働組合(正社員の互助会)はずっとこの不都合な事実を隠蔽してきました。かつては「ジャパン・アズ・ナンバーワン」といわれた日本的経営が経済を「破壊」し、日本的雇用が日本を「差別社会」にしているのです。

岸田政権は「経済安保」の名の下に外国企業による買収を規制しようとしていますが、皮肉なことにいつのまにか、日本経済を復活させようと思ったら、中国や韓国・台湾の会社にどんどん買収してもらったほうがいい、という状況になってしまったようです。

参考:「レグザ国内テレビ販売首位」朝日新聞2023年5月31日

『週刊プレイボーイ』2023年6月19日発売号 禁・無断転載