トランプ大統領の「側近」となった陰謀家スティーブ・バノンのオカルティズム

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2020年7月2日公開の「トランプ大統領誕生に寄与し、ホワイトハウスに
「ケイオス・マジック」を持ち込んだスティーブ・バノンという不気味な存在」です(一部改変)。

ブロンディのゲイリー・ヴァレンタイン(ラックマン)とデボラ・ハリー

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今回はゲイリー・ラックマン『トランプ時代の魔術とオカルトパワー』( 安田隆、小澤祥子訳。ヒカルランド)を紹介したい。原題は“Dark Star Rising: Magick and Power in the Age of Trump” (ダークスター興隆 トランプ時代の魔術とパワー)。

トランプの大統領選出に介入したとされるイギリスの選挙コンサルティング会社ケンブリッジ・アナリティカの内部告発者、クリストファー・ライリーは、“Mindf*ck”(マインドファック)で、スティーブ・バノンというきわめて興味深い人物について述べている。バノンはトランプの選挙対策本部を仕切り、政権発足後は首席戦略官としてイスラーム圏からの入国制限令やパリ協定からの離脱、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)脱退を主導した。

バノンの不気味な存在感はトランプ政権のなかでも際立っており、大きな注目を集めたものの、「バノンとは何者か」をメディアはまったく説明できなかった。それに対してラックマンは、トランプとバノンを生み出した背景には「自己啓発」と「魔術」があるというきわめて刺激的な主張をしている。

ゲイリー・ラックマンは1970年代後半に大ヒットを連発したアメリカのロックバンド「ブロンディ」の創設メンバーで、ベーシストだった(当時はゲイリー・ヴァレンタインと名乗っていた)。なぜ人気バンドのミュージシャンがオカルト研究家になるのか? それを知りたいと思ったのもこの本を手に取った理由だ。

トランプの人生の師ノーマン・V・ピールの「成功哲学」

ドナルド・トランプは父親のフレッドに連れられて、幼少期からニューヨーク5番街のマーブル協同教会の礼拝に出席していた。説教壇に立っていたのはノーマン・V・ピールという牧師で、1952年に出版したベストセラー本で知られていた。書名は“The Power of Positive Thinking(ポジティブ・シンキングのパワー)”で、日本では『積極的考え方の力 成功と幸福を手にする17の原則』(月沢李歌子訳、ダイヤモンド社)として新訳が出ている。ピールは「ポジティブ・シンキング」という言葉を世界じゅうに広めた自己啓発界の大物だった。

トランプは、人生で2人の師がいたことを認めている。ひとりは父親、もうひとりはピールだ。トランプはピールを「偉大な教師であり、偉大な演説者」と呼び、「心はあらゆる障害を克服できる。わたしはネガティブなことは考えない」と述べている。トランプの成功哲学は、ピールから直々に伝えられたものだ。

『積極的考え方の力』は、「自分自身を信じよう。自分の能力を信頼しよう」という言葉から始まる。なぜなら、「自分に対する自信は、自己実現と成功につながる」から。そのためには、つねに“成功”を思い描き、肯定的なことを口にし、神から力(パワー)を受け取っていると信じることが重要だ。これだけならきわめて真っ当な人生訓に思える。

だがラックマンは、ピールの「ポジティブ・シンキング」はニューソート(New Thought/新思考)の系譜につらなるものだという。ニューソートは19世紀アメリカに興ったキリスト教の新潮流だが、その源流は古代ギリシアやインド(ヒンドゥー)にまでさかのぼる。その本質をひとことでいうなら、「思考は現実化する」だ。

ノーマン・ピールは、ジョセフ・マーフィー(『眠りながら巨富を得る』)、デール・カーネギー(『人を動かす』)、ナポレオン・ヒル(『思考は現実化する』)など初期のニューソート作家たちの本を読んで、「思考はものごとの原因になる」と理解した。その思想は、「祈り化(Prayerize)」「映像化(picturize)」「現実化(actualize)」の3ステップにまとめられる。

「心は現実に対して直接的に影響を与えることができ、精神的努力のみで「ものごとを実現する」ことができる」というのがニューソートの思想で、それはアメリカにおいて、「霊的成功(信仰)」と「現世的成功(経済的繁栄)」を両立できるという現代的なキリスト教思想を形成した。聖書は「カエサルのものはカエサルに、神のものは神に返しなさい」と説くが、ニューソートは「清貧」を否定し、カエサルのものも神のものも両方手に入れることができると説いたのだ。

ピールの説教は、当時から「異端」として批判されていた。祈りによって思考が現実化し、成功を手にできるとしたら、神はたんなるキャリアアドバイザーに成り下がってしまう。ピールは自己や成功を神の上に置き、よい人生を手に入れるためにキリストを利用しているというのだ。

だが空前の繁栄を謳歌したアメリカでは、ピールの説教は熱烈に受け入れられた。経済的成功は神の恩寵の証明であり、強く祈れば夢は実現するというのは、成功を目指すひとびとがまさに聞きたいと思っていた言葉だったのだ。

こうした「成功哲学」は、アメリカ社会のすべてにわたって組み込まれている。It CAN be done(やればできる)、Just DO It(とにかくやるんだ)、Be All You Can Be(最大限の自分になれ)などのよく知られた言葉は、すべてニューソートの思想から生まれたという。

幼少時からピールの説教を聞いて成長したトランプは、アメリカ流の成功哲学の申し子だ。だがポジティブ・シンキングは、ときに「ライトマン(Right Man)」を生み出すとラックマンは警告する。これは「いかなる状況においても誤りを認めず、自分の道を貫くためなら何事も厭わない人間」のことで、つねに自分は正しく(right)相手は間違っている(wrong)と考える。ライトマンにとっては勝利がすべてであり、成功がすべてに勝る。

トランプは、あらゆるものごとを善悪二元論で解釈し、けっして誤りを認めず、取引はゼロサムゲームだとして勝利のみを追い求める。こうした発言・行動は奇矯なものに思えるが、それがアメリカ社会で(それなりに)受け入れられているのには理由があるのだ。

ピールは、「自分が肯定し、可視化したことは真実であるという仮定のもとで行動せよ。肯定し、可視化し、信じるのだ。そうすればおのずと現実化するだろう」と説いた。だが、どのような夢でも祈りによって実現できるとしたわけではない。ポジティブ・シンキングが有効なのは「達成可能な現実」だけで、「明らかに不可能なことや、起こる可能性が無いこと」を映像化しても効果がないという。

だがこれでは、「成功哲学はつねに正しい」ことになってしまう。強く祈っても夢が実現しないとすれば、それはもともと「達成不可能な現実」だったのだから。

スティーブ・バノンの挫折ととてつもない成功

トランプが「成功哲学」の申し子だとすると、スティーブ・バノンはニューソートの魔術的側面を代表しているとラックマンはいう。思考が現実化するとしたら、それは経済的な成功をもたらすだけでなく、自分が思うとおりに社会を変革することもできるはずだからだ。こうしてニューソートとパワー(権力)が結びつく。

バノンは1953年、アイルランド系カトリック教徒の労働者階級の家に生まれ、ヴァージニア州リッチモンドの私立カトリック系高校を卒業後、ヴァージニア大学工科大学で学生自治会長を務めた。大学卒業後は7年間、太平洋艦隊第7艦隊の海軍大尉として艦上勤務につき、ジョージタウン大学外交大学院で安全保障の修士を取得して海軍を退役。ハーバードビジネススクールでMBA(経営学修士)を優等で取得したあと、ゴールドマンサックスで4年間、投資銀行業務に従事した。最後の2年間はロサンゼルスのメディア産業を担当したが、中間管理職以上には出世しなかったという。

1990年、37歳のときにエンタテインメント産業を専門とする投資コンサルティング会社「バノン社」を設立して独立、成功を収めたとされるが、バノンへの取材にもとづいてトランプ政権の内幕を描いたジャーナリスト、マイケル・ウォルフは、『炎と怒り トランプ政権の内幕』( 関根光宏、藤田美菜子訳、早川書房)で、「少額の資金をインディペンデント映画に投資したがヒット作はなかった」と否定的に書いている。メガヒットドラマ『となりのサインフェルド』の権利の一部を取得したともされるが、「主演者たちも制作陣もプロデューサーもそれまでバノンのことなど聞いたこともないようだった」。

1990年代半ばには、アリゾナの砂漠につくったガラス張りの巨大な閉鎖空間にさまざまな動植物を持ち込み、科学者がそこで生活する「バイオスフィア2(第二の生物圏)」プロジェクトにかかわったが、これはタイム誌の“20世紀でもっとも愚かな計画100”に選ばれ、150億円の巨費が投じられたもののわずか2年間で実験は放棄された。バノンは「プロジェクトの崩壊を早め、パワハラと破壊行為で訴えられただけだった」とされる。

2005年にはインターネット・ゲーミング・エンタテインメント(IGE)という、オンラインゲーム内の仮想通貨を取引する会社の資金集めに参加し、創業者が未成年者への性的虐待で訴えられて会社を追われたため、CEOとして08年まで香港と上海に滞在した。

バノンは自らの天命を強く意識していたものの、「ありあまる富が成功の尺度とされる世界で金欠に喘いでいた。始終何かを企んでいては、始終挫折していた」とウォルフは書く。性格も競争的で攻撃的な「タイプA」で、酒でつまずき、3度の不幸な結婚と泥沼の離婚訴訟に苦しめられていた。

バノンの転機は、保守系オンライン・ニュースサイト、ブライバート・ニュースの創業者、アンドリュー・ブライバートと知り合い、大富豪のロバート・マーサーを紹介されたことだった。マーサーはヘッジファンド、ルネッサンス・テクノロジーズのCEOとして巨万の富を築き、その資金を保守系の政治運動に提供していた。ブライバート・ニュースもロバートとレベッカのマーサー父娘が事実上所有しており、2012年にブライバートが死ぬと、バノンがマーサー家の代理人としてビジネスを引き継ぐことになる。

バノンはゲーム業界における女性差別を議論する「ゲーマーゲート事件」に積極的にかかわり、「炎上商法」でアクセスを稼ぐとともに、のちに「オルタナ右翼」と呼ばれるようになる運動のプラットフォームを提供した。オルタナ右翼は日本の「ネトウヨ」に近いが、アメリカでは高学歴の白人至上主義者リチャード・スペンサー(ヴァージニア大学で芸術学を学び、シカゴ大学修士、デューク大学博士)がウェブサイトAlternativeRight.comを起ち上げ、組織化している。

マーサー父娘は当初、テキサス州上院議員のテッド・クルーズを共和党の大統領候補として支援していたが、クルーズが撤退するとトランプに乗り換え、2016年8月にバノンを選挙対策本部に送り込んだ。

トランプ政権には、ジェームズ・マティス、ジョン・ケリー(ともに元海兵隊大将)、H.R.マクマスター(元陸軍中将)、ゲイリー・コーン(元ゴールドマンサックスCEO)などの大物が参加した。海軍を大尉で退役し、ゴールドマンサックスでは中間管理職にしかなれなかったバノンは、トランプの側近として政権内で彼らより大きな影響力をもつことになった。

バノンが「成功哲学」を信じていたかどうかはわからないが、「ネトウヨサイト」のたんなる管理人だったことを考えれば、それは掛け値なしにとてつもない「成功」だった。

バノンの黙示録的神秘主義

ゲイリー・ラックマンは、魔術(オカルト)の新しい潮流を「ケイオス・マジック(chaos magic)」と呼ぶ。この「混沌魔術」は、1976年にセックス・ピストルズが「アナーキー・イン・ザ・UK」をリリースしたときに始まったという。ラックマンによれば、セックス・ピストルズは「パンク魔術師」で、この系譜にはウイリアム・ギブソンのSF小説『ニューロマンサー』(1984年)などのサイバーカルチャーも含まれる。ブロンディのベーシストだったラックマンは、70年代から80年代に興った文化運動を「ポストモダンの魔術」ととらえていたのだ。

「ケイオス・マジック」はカオス理論(複雑系)からとった名称だ。バタフライ効果は、ブラジルで一匹の蝶が羽ばたくとテキサスで竜巻が起きるとする。この初期値鋭敏性をケイオス・マジシャンたちは、「正しい時、正しい場所で正しくタップすれば、状況は望む方向に動かせる」と解釈した。ネット文化(サブカルチャー)から登場し、アメリカ大統領を動かすパワーを手にしたバノンは、ラックマンにとって「カオスの魔術師」そのものに映ったのだ。

これをラックマンの妄想と一笑にふすことはできない。たとえばクリストファー・ライリーは、“Mindf*ck”(マインドファック)でバノンについてこう書いている。

「バノンは「大きな政府」と「巨大資本主義」を、人間の経験にとって必須の偶然性(randomness)を抑圧する失敗とみなした。彼はひとびとを、彼らに代わって選択し、彼らの人生から目的を取り去る管理統制国家から解放しようとしていた。彼は確実性(certainty)の専制に終止符を打つため、混乱(chaos)を引き起こそうとしていた。スティーブ・バノンは国家にアメリカ人の運命を指図させるつもりもなければ、そのことに耐える気もなかった」

マイケル・ウォルフは『炎と怒り』で、ケイティ・ウォルシュ(大統領次席補佐官)の「混沌(カオス)こそがバノンの戦略」という言葉を紹介している。現代政治は政敵やそのキャリアを叩きつぶすための、血で血を洗う陰謀論の応酬であり、バノンはさまざまな陰謀論を巧みに操る術を知っていた。ケイオス・マジックが「混乱を引き起こす」ことだとすれば、バノンはそれをホワイトハウスに持ち込んだのだ。

バノンの愛読書はアメリカの歴史家ウィリアム・ストラウスとニール・ハウの『フォース・ターニング 第四の節目』( 奥山真司監訳、森孝夫訳、ビジネス社)で、アメリカは40年ごとに世代的危機を迎え、その「転換期」がいままさに訪れたのだと信じていた。もう一冊の座右の書がフランスの作家ジャン・ラスパイユが1973年に発表した“Camp of the Saints(聖人たちのキャンプ)”で、イスラームではなくインドからの「移民艦隊」の来襲によってヨーロッパ文明が崩壊する。「破壊的な地球規模の衝突が近づいている」とバノンはメディアに語った。

バノンの世界観では、アメリカは敵対する二つのグループに分かれており、「必ずどちらかが勝ち、もう一方が負ける。どちらかが支配し、もう一方は隅に追いやられる」。その黙示録的な神秘主義がトランプの「成功哲学」と不気味に共振し、現代の内戦である「文化戦争」が勃発したのだ。

オルタナ右翼の「意志の勝利」

「オルタナ右翼」という言葉をつくったリチャード・スペンサーは、ドナルド・トランプの当選が決まると、集会で「ハイルトランプ、ハイル人民、ハイル勝利!(Hail Trump, hail our people, hail victory!)」と叫び、参加者はナチス式敬礼で応えた(スペンサーはのちに、これはナチスの「ハイル」ではなくローマ式の「ヘイル」だと弁明した)。そのスペンサーは、「われわれはドナルド・トランプが政権の座につくことを望み、その夢を実現したのだ」と宣言した。

ラックマンはこれを、ケイオス・マジックの典型だとする。オルタナ右翼たちの「意志」の力によって現実が変容し、トランプ大統領という「勝利」に結びついたのだ。

これこそまさに「意志の勝利」だが、ラックマンは、これはニーチェ哲学の誤解だと述べる。『アンチ・クリスト(反キリスト者)』のなかでニーチェは、パワー(力)についてこう書いている。

善とはなにか?――パワーの感覚を高めるすべてのものである。パワーへの意志、人におけるパワーそのものである。
悪とは何か?――弱さから生じるすべてのものである。
幸福とは何か?――パワーが増大する――抵抗が克服される――という感覚である。

ここでのパワーは日本語では「権力」と訳され、ニーチェが理想とした「パワーをもつ者」は「超人(英訳でもsuperman)」だが、これはいずれも誤訳だとラックマンはいう。ニーチェは他者に対して権力をふるうのではなく、自分自身を「克服」(overcome)することを説いたのだから、目指すべきはSuperman(超人)ではなくOverman(超克する人)なのだ。

「(ニーチェにとって)最も偉大なパワーの感覚は、自分自身の弱さと能力を超克し、自己を超えて成長することから生まれる」とラックマンはいう。ここで思い出すのは白鳥春彦のベストセラー『超訳ニーチェの言葉』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)で、「ニーチェを自己啓発本にした」とずいぶん批判されたが、じつはこちらの解釈の方が正しいのかもしれない。

スティーブ・バノンがリチャード・スペンサーのように、トランプ当選を「人民の意志の勝利」と見なしていたかどうかはわからない。しかしこれがアメリカの大きな「転換期」であり、その混乱を極限まで推し進めるべきだと考えていたことは間違いない。ウォルフはホワイトハウス内の雰囲気を、「バノンは孤立主義的な世界観だけでなく、黙示録さながらの世界観まで持っていた。世界が焦土と化しても、それに対してできることは何もないというわけだ」と書いている。

バノンは、20世紀イタリアのオカルティストであり、秘教哲学者でもあったユリウス・エヴォラの信奉者だとされている。エヴォラは「近代性は人間性の将来的な崩壊の原因」とするトラディショナリズムを唱えた。

秘教哲学におけるトラディショナリズムはたんなる伝統主義ではなく、「古に現実世界の真理を示す原初の啓示が人類にもたらされ、そこからすべての主要な宗教が興った」と考える。人類史のはじめに「原初の啓示が下された黄金期」があり、人類はそこから退廃の道へと堕ちていったのだ。銀の時代、銅の時代、鉄の時代を経て、近代世界は「その失墜の過程のなかでも最も暗く、最もどん底のステージ」とされた。

この没落を反転させ、ふたたび黄金期を取り戻すためにエヴォラたちオカルティストが期待したのがムッソリーニやヒトラーなどの「ファシズム」だ。そこで唱えられたのがシナルキー(synarchy)で、これはアナーキー(anarchy/無政府)の対義語だという。シナルキーは「全体主義的なカースト制でつながる有機的社会秩序」で、国家を生命体のようにとらえるのが特徴だ。

ここでオカルト(魔術)とファシズムがつながるのだが、すくなくともバノンはファシズムを目指しているわけではなかった。彼もまた社会を「伝統(トラディション)」へと回帰させようとしたが、それはアメリカがもっともゆたかで輝いていた時代で、ひとびとは政府(体制)に拘束されることなく、自助自立によって「自己実現」していた(はずだ)とされた。

ウォルフは、「アメリカ人労働者の美徳と気質と力によって築かれた1955年から65年ごろのわが国こそが、バノンが守ろうとしている理想であり、復興させようとしている国の姿だった」と書く。メキシコとの国境に壁をつくるのは労働者(アメリカ文化、アメリカのアイデンティティ)を守るためであり、国際的孤立は労働者階級の兵士たちが戦場で犠牲になるのを拒否することだった。

「革命家」たるバノンは、挫折し鬱屈した白人労働者たちに社会は変革できるという「夢」を与えた。だがそれはファシズムではなく、懐古的なコミュニタリアニズム(共同体主義)であり、「三丁目の夕日」の思想というべきだろう。

では、トランプの「魔術」とはなんだったのか? これについては、ウォルフの『炎と怒り』から印象的なエピソードを挙げておこう。

かつて、億万長者の友人とその連れの外国人モデルとともに自家用飛行機で出先から戻る途中、トランプは友人のデートに水を差そうと、アトランティックシティに立ち寄りたいと言い出した。自分が経営するカジノに案内しようというのだ。友人はアトランティックシティに見るべきものなどないと言った。いるのは白人のくず(ホワイト・トラッシュ)ばかりだ、と。
「“ホワイト・トラッシュ”って何?」とモデルが尋ねた。
「私みたいな連中のことだよ」とトランプが答える。「ただし、私と違って貧乏だがね」

これが、「岩盤支持層」といわれる白人労働者を惹きつけるトランプの「ケイオス・マジック」なのだろう。

禁・無断転載

いじめの犯罪化や加害生徒の強制転校に効果はあるか? 週刊プレイボーイ連載(579)

文科省の調査では、全国の小中学校を30日以上欠席した不登校の状態にある子どもが、前年から約5万4000人(率にして22%超)増えて29万9000人になり、10年連続で過去最多を更新しました。その要因としてあげられるのがいじめで、認知されたいじめ件数は小学校が約55万件、中学校が11万件となっています。

学校でのいじめが問題になっているのは、もちろん日本だけではありません。フランスでは今年5月、中学生の女の子が8カ月にわたるいじめやネットでの嫌がらせを苦に自殺する事件が起きました。これまでもいじめが原因の自殺が繰り返されており、民間団体の調査では生徒のすくなくとも41%が「反復的かつ継続的な言葉や身体的、心理的暴力の被害の経験がある」と回答し、国民教育省も全生徒の10人に1人が学校でいじめ被害にあっていると認めました。こうした事態を受けて、いじめ撲滅はマクロン政権にとって「絶対的な優先事項」になりました。

まず2022年3月の法改正で、いじめ被害者が自殺または自殺未遂をした場合、最高で懲役10年、罰金15万ユーロ(約2300万円)が科されるなど、いじめが犯罪化されました。実際、今年9月には、「いじめの加害者に強いメッセージを送る」ために、パリ郊外の中学校に通う14歳の少年を、授業中に教室で手錠をかけて逮捕しています。少年はSNSで知り合ったトランスジェンダーの高校生に、「性的指向や性自認を否定し、自殺するよう要求するメッセージ」を送っていたとされます。

さらにフランスでは9月から、学校内でのいじめ加害が確定した生徒を、校長と自治体首長の判断で強制的に転校させることが可能になりました。いじめの認定は3段階からなり、最初は学校内で生徒、保護者と話し合い、次に国の教育機関の教育心理学者や医療関係者が介入し、それでも解決せず「被害者生徒の安全に重大な脅威を与えている」と判断されると、強制転校させられるようになります。

いじめ問題は、加害生徒にいじめの認識がなかったり、自分が被害者で、正当防衛の報復を行なっただけだと考えていることも多く、解決が難しいのが実情です。そこでこれまでは、「被害生徒が転校して環境を変えるしかない」とされていたのですが、家庭の事情で転校できない生徒もいるでしょう。被害者がさらなる負担を余儀なくされるのは理不尽なので、加害生徒を強制的に転校させるという方針には説得力があります。

しかし問題は、加害生徒やその保護者が、こうした措置に容易に納得しないことでしょう。その結果、説明・説得する現場の負担が過大になり、フランスの教師の50%が5年後には転職するといいます。

ヒトはもともと、同じ年齢の子どもだけを集めて、施設で「教育」されるようには進化していません。いじめや不登校の根本的な原因は、近代以降、学校という“異常な”環境に子どもを“監禁”してきたことにあります。

そう考えれば、この問題を解決するには学校制度を解体するしかありませんが、それが現実的ではないので、いじめの「厳罰化」に突き進むことになるのでしょう。フランスの「社会実験」がどんな結果になるかは、今後の日本のいじめ対策にも大きな影響がありそうです。

参考:安部雅延「フランス、いじめ厳罰化「加害者を転校させる」背景」東洋経済オンライン2023年9月5日
「いじめ加害者の14歳、授業中に逮捕 仏政権「強いメッセージ送るため」」朝日新聞2023年9月23日

『週刊プレイボーイ』2023年10月16日発売号 禁・無断転載

トランプ陣営が大統領選で有権者の心をハッキングした手法

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2020年7月2日公開の「人種間の対立をあえて煽るようなトランプ大統領の言動はすべて選挙対策である、と言える根拠」です(一部改変)。

ここで紹介した“Mindf*ck: inside Cambridge Analytica’s plot to break the world”はその後、『マインドハッキング あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』(牧野洋訳、新潮社)として翻訳されましたが、本文の引用は原書から訳しているので翻訳とは異なります。

クリストファー・ワイリー

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イギリスの選挙コンサルティング会社ケンブリッジ・アナリティカは、2016年のブレグジット(イギリスのEU離脱)とドナルド・トランプ大統領誕生を裏側で操ったとされる。その内幕を告発したブリタニー・カイザーのことは前回紹介した。

参考:トランプ大統領を生んだ「ケンブリッジ・アナリティカ事件」とはなにか?

じつはこの事件には、もう一人の内部告発者がいた。それがクリストファー・ワイリーで、カイザーと同じ2019年に“Mindf*ck: inside Cambridge Analytica’s plot to break the world.(マインドファック ケンブリッジ・アナリティカの世界破壊計画)”をイギリスの出版社から出している。

前回の記事を公開した直後に、リチャード・ドーキンスが“Please please please read Mindf*ck by Christopher Wylie(どうか、どうか、どうか、クリストファー・ワイリーの『マインドファック』を読んでください)”という一連のTweet(6月4日)をしてこの本を激賞した。それで興味をもって、このかなり長い物語を読んでみた。

発達障害の天才少年

クリストファー・ワイリーは医師の両親のもと1989年にカナダ・ブリティッシュコロンビア州に生まれ、イギリスの名門大学ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで法律を学んだ。卒業後、ロンドン芸術大学でファッションについての博士論文を書こうとしていたときに、(のちにケンブリッジ・アナリティカを設立する)SCL (Strategic Communication Laboratories/戦略的コミュニケーション研究所)を実質的に経営していたアレクサンダー・ニックスと出会い、2013年春、24歳のときにデータ・サイエンティストとして働くことになる。在籍したのは2014年末までのおよそ1年半で、その後に起きたブレグジットとトランプ当選に衝撃を受けて、内部告発者(whistleblower)になるまでの経緯を綴ったのが“Mindf*ck”だ。

一方、前回紹介したブリトニー・カイザーは1987年にテキサスの裕福な家庭に生まれ、ロンドンの大学を卒業後、やはり博士論文を書いていたときにSCL/ケンブリッジ・アナリティカに営業職として参加し、2014年11月から2018年1月まで約3年間在籍している。

このように二人の経歴はほとんど重なっておらず、ケンブリッジ・アナリティカ事件の前半(2013~14年)をワイリーが、後半(2015~18年)をカイザーが体験したことで、両者の証言を合わせるとそこでいったい何が起きたのかの全貌が見えてくる(ちなみに両者の証言は一致しているわけではなく、しばしば対立する)。

英語版Wikipediaによると、ワイリーは子どものときに難読症(ディスレクシア)とADHD(注意欠陥・多動性障害)と診断され、発達障害(精神的不安定)を理由に学校から迫害を受けたとしてブリティッシュコロンビア州を提訴、6年の裁判を経て14歳のとき29万ドル(約3000万円)の賠償金を勝ち取った(この裁判の話は自伝には書かれていない)。

11歳のとき、ワイリーは歩行障害を起こす難病になり、翌年から車椅子生活を余儀なくされる。この障害によって学校ではいじめの標的になり、授業に出ずに校内のコンピュータ室にこもってウェブページをつくり、プログラミングを独学で習得したという。

15歳のとき、両親の勧めで大学主催のサマースクールに参加したワイリーは、そこでルワンダ虐殺の生存者と友人になったり、イスラエルとパレスティナの学生の討論を聞くなどしたことで政治に興味をもつようになった。この頃には、自分がゲイ(男性同性愛者)だと性自認していたようだ。

16歳で高校をドロップしたワイリーは、カナダ自由党の集会に参加し積極的に発言したことで、「車椅子で髪を染め、ゲイをカミングアウトしたハッカーの若者」として目立つ存在になっていた。このとき知り合った政党関係者からテクノロジー関係の手伝いをしないかと誘われ、2007年、18歳のときにモントリオール州オタワの政党本部のアシスタントになる。翌08年にはバラク・オバマの大統領選の視察メンバーに選ばれ、ビッグデータとSNSを活用した選挙キャンペーンに衝撃を受けた。これも奇妙な偶然だが、このとき大学生だったカイザーもオバマのキャンペーンにボランティアとして参加している。

オバマの選挙では、VAN(Voter Activation Network Inc.)というコンサルティング会社が有権者の個人情報を収集・活用する先進的なキャンペーンを構築していた。それを間近で観察してオタワに戻ったワイリーは、カナダ版のVANを設立しようとするが、その急進的な手法が強い反発にあったことで、20歳でカナダを離れロンドンで法律を学ぶことにする。

ところがそんなワイリーに、カナダ自由党からの紹介でイギリス自由民主党の関係者が接触してくる。アメリカ大統領選でデータの威力を見せつけられた欧米各国の政党関係者にとって、「新時代の選挙」の内実を知るハッカーの若者はきわめて利用価値が高かったのだ。

こうしてワイリーは、保守党・労働党に次ぐイギリスの第三政党でふたたびデータ主導の選挙キャンペーンを構築しようとするが、やはり急進的な提案が拒まれてしまう。政治に絶望し、ファッションを研究しようとロンドン芸術大学の博士課程に進んだときに、その経歴を知ったアレクサンダー・ニックスから誘いを受けたのだ。――ちなみにこの頃には、足を引きずりながらではあっても、車椅子なしで歩けるようになっていた。

ワイリーは自由民主党のリサーチでロンドン郊外の有権者に話を聞いたとき、政治は彼らにとってイデオロギーではなくアイデンティティ(私は何者で、どこに所属しているか)を示すものだということに気づく。それと同時に、性的マイノリティ(ゲイ)であるワイリーは、ファッションが自分のアイデンティティを示すツールだということを理解していた。

こうして、一流大学の法学部を優秀な成績で卒業しながら、アイデンティティと政治を結びつけるために芸術大学でファッションを学ぶ選択をするのだが、この若者の非凡さがよく現われているエピソードだろう。

オルタナ右翼の思想リーダー、スティーブ・バノン

SCLはもともとイギリス国防省やNATOなどに対テロ対策を指南したり、中南米諸国に対ドラッグ戦争での心理戦(PSYOP)を提案していたが、ニックスが主導権を握るようになってから、有権者を心理的に操って選挙結果を動かすサービスに注力するようになった。ワイリーはまさに、その渦中に身を置くことになる。

ワイリーの証言で興味深いのは、ケンブリッジ・アナリティカ誕生のいきさつだろう。それはちょっとした偶然から始まったという。

2013年夏、アメリカ共和党の選挙コンサルタントをしていたマーク・ブロックとリンダ・ハンセンの2人が、たまたま飛行機で元軍関係者の男と隣合わせた。ブロックはすぐに寝てしまったが、この元軍人はサイバー選挙のコンサルティングに関わっており、ハンセンとの雑談のなかでSCLについて話した。

飛行機が着陸すると、ハンセンは男から聞いた話をブロックに伝えた。マーク・ブロックは2012年の共和党大統領予備選で黒人保守派のハーマン・ケインの選挙対策本部長を務めた重鎮で、ミット・ロムニーがオバマに敗れたことで、共和党の新たな選挙戦略の構築に苦慮していた。この話に興味をもったブロックは、旧知のスティーブ・バノンに「イギリスの面白い会社」のことを教えた。

スティーブ・バノンはオルタナ右翼の思想リーダーの一人で、トランプの選挙対策本部長として辣腕をふるい、大統領上級顧問兼主席戦略官として政権中枢に抜擢されたものの1年で辞任、ジャーナリスト、マイケル・ウォルフの暴露本『炎と怒り トランプ政権の内幕』( 関根光宏、藤田美菜子訳、早川書房)でトランプの長男や娘婿のクシューナーを批判したためトランプとも疎遠になったとされる。

バノンはきわめて興味深い人物で、1953年にヴァージニア州のアイルランド系労働者階級の家に生まれ、ヴァージニア工科大学を優秀な成績で卒業したのち海軍に入り、従軍中にジョージタウン大学で修士号(安全保障論)を、退役後にハーバード大学ビジネススクールでMBAを取得、投資銀行ゴールドマン・サックスのM&A部門で働くようになる。1990年に退職した後はメディア関連の投資会社を起ち上げ、この時期に保守派の市民運動・政治活動にかかわるようになった。

2005年から08年まで、香港と上海でオンラインゲームの経営に携わったバノンは、保守系のニュースサイト、ブライバートニュースの創業者の死によって2012年に経営権を引き継ぐと、反オバマ、反ヒラリー・クリントンの大量のニュースを流すようになる。バノンがSCLにコンタクトをとったのはこの時期だった。

SCLのアレクサンダー・ニックス(1975年生)は上流階級出身の億万長者で、2010年にはノルウェーの億万長者の女性と結婚したが、ビジネスの世界で成功するという強烈な欲望に動かされていた。とはいえ、大学で美術史を学んだニックスはテクノロジーには不案内で、アフリカや中南米などの政治家・富豪相手の営業は、ロンドンの由緒正しいクラブで大英帝国の歴史に畏怖させた後、ウクライナやルーマニア出身の金髪美女を斡旋する類のものだった。

だがバノンは、美食や美女の接待になんの関心も示さず、ビッグデータや心理学を使った選挙戦略の詳細を知りたがった。そこでニックスは、ケンブリッジのホテルに宿泊するバノンのところにワイリーを派遣した。

インターンの身分に近い20代半ばのワイリーがこのような重要な役目を命ぜられるのは奇異に感じられるが、当時のバノンはマイナーな右翼ニュースサイトのオーナーでしかなく、世界各国の権力者たちと毎日のように会っているニックスにとっては、たんなる潜在顧客の一人でしかなかった。同時に、ワイリーがそれだけ優秀だったということでもあるのだろう。

バノンはこのときのワイリーのプレゼンテーションでSCLの心理操作に強い関心をもち、それを来るべき大統領選挙に使おうと考える。じつはバノンには、ヘッジファンド、ルネッサンス・テクノロジーズで巨万の富を手にした大富豪のロバート・マーサーというスポンサーがいた。こうしてバノンが、マーサーとSCLを仲介する。

ワイリーはバノンと何度か話をする機会があったようだが、ケンブリッジでの最初の出会い以外の詳細は書かれていない。ワイリーの観察で興味深いのは、当時60歳のバノンが「サブカル右翼」に近いとの指摘だ。

バノンはオンラインゲームの会社を経営しているとき、ネットの「炎上」騒動に巻き込まれた。自社のサービスがゲームユーザーの逆鱗に触れたのだが、そのやりとりのなかでネットに生息する若者たちの鬱屈に気づいたようだ。多くは「インセル“involuntary celibate/非自発的禁欲主義者”」を自称する非モテの男性で、性愛から排除され、社会や女性(フェミニズム)に強い怒りを抱いていた。バノンはその怒りが、社会を変革するエネルギーになると直観したのだ。

ワイリーによれば、バノンは思想家というよりも、レーニンやトロツキーのような「革命家」だ。理想とする社会の確固としたイメージ(すべての個人が完全な自由を手にし、自助自立で生きていく夜警国家)があり、それを実現するために、社会の奥底でくすぶる大衆のマグマを噴火させようとしていた。

バノンはその経歴からもわかるようにきわめて賢い人物だが、古典から学ぶようなことはせず、知識の多くをネットから得ていたようだ。宗教を信じているわけではないが、その言動はかなりオカルティックで、仏教やヒンドゥー教のダルマ(宇宙の秩序)について語り、「アメリカ人の運命」を実現する「救世主」を求めていた。その一方で、ギリシア・ローマにつらなる西洋の伝統が危機に瀕しているとの認識を保守派知識人と共有しており、だからこそロンドンではなくケンブリッジという「帝国主義の知識都市」に魅かれたのだろう。

トランプを支援する大富豪のロバート・マーサー

2013年秋、同僚と2人でJFK空港に降り立ったワイリーは、そのままニューヨークのアッパーウエストサイドにある再開発地域リバーサイド・サウスに建つトランプ・プレイスに向かった。そこにロバート・マーサーの次女レベッカの自宅があり、ハドソン川とマンハッタンの夜景を一望する23階から25階の3フロアをぶち抜いて、6つのアパートメントを統合した17ベッドルームの豪邸にしていた。

その日は父ロバートやスティーブ・バノン、マーク・ブロック、イギリス独立党幹部などが参加するホームパーティが開かれていて、先に到着していたニックスと、遅れて駆けつけたワイリーたちがプレゼンテーションをすることになっていた。ロバート・マーサーは極端に内向的で、メディアのインタビューに応じることもなければ、人前に姿を現わすこともほとんどない。この貴重な場面が“Mindf*ck”のハイライトのひとつだ。

父とはちがって次女のレベッカは社交的で、「保守派のチアリーダー」役を買って出ていた。彼女はスタンフォード大学で生物学と数学を学び、システム工学の修士号を取得した後、父のいるルネッサンス・テクノロジーズで働きはじめたが、子どもができると退職してホームスクーリング(子どもを学校に通わせずに自宅で教育することは、アメリカでは義務教育のひとつとして認められている)を始めた。2006年には姉妹とともにマンハッタンのパン屋を買い取り、チョコレートクッキーを売るようになる。

ロバート・マーサーは、子どもや孫たちが集まるホームパーティですら地味なグレイのスーツを着て、自分からはほとんど話さず聞き役に徹し、口を開くときは平板なトーンで技術的なことを質問した。

ワイリーによれば、マーサーはこのときのプレゼンテーションで、有権者のビッグデータをコンピュータで解析し、心理操作する可能性に気づき、SCLへの出資を決めたという。

「すべてのひとのデータ・プロファイルをコピーし、社会全体をコンピュータのなかに置き換えることができるなら――ゲームの「シムシティ」のようだが、実在のひとびとのデータが使われている――これから社会や市場でなにが起きるのかシミュレーションし、予測することが可能になる。これこそがマーサーが目指すゴールなのだ」とワイリーは書く。マーサーはコンピュータ・エンジニアからソーシャル・エンジニアになり、コンピュータの内部構造を変えるように社会をリファクタリングし、大衆を「最適化」しようとしたのだ。

これは、マーサーやピーター・ティールのようなきわめて知能の高い大富豪が、なぜトランプを支持するのかのきわめて説得力のある説明になっている。一般に内向的で神経質傾向が高いと、混乱や無秩序を不安に感じて回避しようとする。そこに極端に高い論理・数学的知能が加わると、自分が安心して住めるよう社会を「改造」するというSF的なビジョンに魅力を感じるようになるのかもしれない。

ピーター・ティールはペイパルの創業者で、イーロン・マスクの盟友であり、シリコンバレーのベンチャー投資家として初期のフェイスブックに投資し、トランプの当選後は、ティム・クック(アップル)、ジェフ・ベゾス(アマゾン)、ラリー・ペイジ(グーグル)などシルコンバレーの大物たちを一堂に集め新大統領に引き合わせた。

そのティールは、9.11同時多発テロを受けて2004年にパランティアというビッグデータ解析企業を設立し、FBIや国防総省などと契約して安全保障のプラットフォームを開発・提供している。パランティアの存在をアレクサンダー・ニックスに教えたのは、SCLでインターンをしていたソフィア・シュミットで、彼女はグーグルの元CEOエリック・シュミットの娘だ。パランティアは非公開の企業だが、時価総額は4兆円を超えるともいわれる。それを知ったニックスは、SCLをパランティアに匹敵する企業に育てることを目標にするようになったという。

シリコンバレーは「リベラルの牙城」とされるが、その背景にあるのは「テクノロジーの進歩とイノベーションによってすべての社会問題は解決できる」というテック信仰(加速主義)だ。「リベラル」とされるグーグルやアップルなどシリコンバレーのIT企業も、「異端」のティールやマーサーと同じビジョンを共有しているのだ。

このホームパーティでマーサーはSCLのアメリカ法人に1500万ドル(約17億円)から2000万ドル(約22億円)の出資を決め、その新会社にスティーブ・バノンが「ケンブリッジ・アナリティカ」という名前をつけた。

フェイスブックから個人情報を収集

大富豪ロバート・マーサーの出資によって巨額の資金を得たSCL=ケンブリッジ・アナリティカは、それに見合う成果を出すようスティーブ・バノンから強い圧力を受けていた。

このときワイリーたちが頼ったのが、DAAPA(インターネットの生みの親であるアメリカ国防高等研究計画局)から出資を受けていた、ケンブリッジ大学の計量心理学センター(psychometrics centre)だった。「心理研究室」という小さな札がかかった部屋で彼らを出迎えたのがアレクサンドル・コーガン(1985年生)で、ソ連時代のモルドヴァに生まれ、子ども時代をモスクワで過ごし、ソ連崩壊後の1991年に家族でアメリカに移住してUCLAバークレーで学んだあと、香港の大学で心理学の博士号を取得した。

コーガンはケンブリッジ・アナリティカに潤沢な資金があることを知ると、カリブ海のトリニダード・トバゴで行なわれた有権者の個人情報を使った大規模な社会実験に参加し、バノンとともにアメリカでの初期のプロジェクトを起ち上げた。2014年の春頃、ケンブリッジ大学の同僚マイケル・コジンスキー(1982年生)とデイヴィッド・スティルウェルを紹介したのもコーガンで、2人は2007年にフェイスブックの「マイ・パーソナリティ」というアプリを使って大量の個人情報を取得し、それを心理分析に使っていた。

コーガンはコジンスキーにデータの商業利用をもちかけたが、「50万ドル+利益の50%のロイアリティ」という法外な条件を突きつけられて頓挫する(コジンスキーはこれを否定)。その結果、自分たちでフェイスブックから個人情報を取得するよう計画を変更した。

コジンスキーの手法は、ネット経由で少額の仕事を発注できるAmazonのメカニカル・タークを使って、1ドルから2ドルの謝礼を支払うことで、フェイスブックのユーザーに心理テストを受けさせることだった。ユーザーが回答すると、「友だちAPI」というアプリケーションによって、ユーザーだけでなく登録されている「友だち」の個人情報も一括して収集することができた。これはカイザーも強調しているが、この時点では、許可なくユーザーの個人情報にアクセスすることはフェイスブックの規約で認められていた。ケンブリッジ・アナリティカは、コジンスキーがやったことをより大規模に行なったのだ。

2014年6月、ワイリーたちは10万ドル(約1100万円)の予算でこのプログラムを実行した。全員が見守るなか、最初はなにも起こらなかったが、ニックスが「どうなってるんだ、これは」と文句をいいはじめてすぐに最初のヒットがあった。その後は、洪水のようにデータが押し寄せてきた。

データ・サイエンティストの一人が、個人情報が追加されるたびにビープ音がする仕掛けをつくっていた。たちまちビープ音が止まらなくなり、数字の桁数がつぎつぎと大きくなっていく。わずか数時間で、数百万人分の個人情報がコンピュータに収められた。

ワイリーはこのとき、チーフ・テクノロジー・オフィサーがサーベルを使って、器用に祝杯のシャンパンの栓を抜く場面を描写している。リトアニアの極貧の農家に育った彼は、イギリスで自らを「ケンブリッジ・エリート」につくり変えようとしていた。常にイギリス上流階級のダンディーな身なりを崩さない彼のモットーは、「今日を楽しめ。明日は死んでいるかもしれない」だった。

一人の女性の人生がコンピュータの中にコピーされた

“Mindf*ck”のもうひとつのハイライトは、構築したばかりの個人情報検索システムをスティーブ・バノンに披露するところだ。

ケンブリッジ・アナリティカの事務所を訪れたバノンは、スタッフから「思いついた名前と州をいってください」と求められる。戸惑いながらも適当な名前と「ネブラスカ州」とこたえると、スタッフはそれをコンピュータに打ち込んだ。すると、ネブラスカに住む同名の女性がヒットした。この場面は以下のように描写されている。

「スクリーンには、彼女のすべてが表示されていた。彼女の写真、仕事、自宅、子どもたちがどの学校に通っているか。彼女は2012年の選挙でミット・ロムニーに投票し、歌手のケイティ・ペリーが好きで、アウディを運転し……。我々は彼女のすべてを知っているだけでなく、情報はリアルタイムで更新され、彼女がフェイスブックに投稿すればそれを見ることもできた」

フェイスブックの個人情報はクレジット会社や行政機関から購入したデータベースと統合され、彼女の収入、住宅ローンの残額、銃を所有しているかどうか、航空会社のマイレージ、婚姻状況や健康状態、さらにはグーグル・アースから彼女の自宅の衛星写真を表示することもできた。まさに彼女の人生がコンピュータの中にコピーされたのだ。

このプレゼンテーションを何度か繰り返したあと、ニックスが「電話番号をくれないか」といった。コンピュータにたまたま表示されていた人物(女性)の番号を受け取ると、ニックスはスピーカーフォンにその番号を打ち込んだ。

「何度か呼び出し音が鳴ったあと、誰かが電話をとった。どこかの女性が「ハロー」というのが聞こえた。ニックスは上流階級のアクセントで、「ハロー、奥様。突然の電話で恐縮ですが、ケンブリッジ大学から電話しています。社会調査を行なっていて、ジェニー・スミスさんとお話がしたいのですが」その女性は、私がジェニーだと答えた。ニックスは彼女に、データに基づいて質問しはじめた。

テレビ番組「ゲーム・オブ・スローンズ」についてのご意見は? ジェニーはこの番組に夢中だとフェイスブックに投稿していた。前回の大統領選でミット・ロムニーに投票しましたか? ジェニーは「その通りです」とこたえた。ニックスは彼女の子どもたちが通っている学校の名前をあげた。ジェニーは「その通りです」とこたえた。バノンを見ると、顔全体に大きな笑みを浮かべていた」

ワイリーはこの場面を「超現実的(surreal)」と述べているが、SFでしかあり得ないようなことが現実に起きたのだ。ワイリーたちがプロジェクトを起ち上げた2か月後、2014年8月には、フェイスブックから8700万人のユーザーの個人情報が収集された。

バノンはこれをトランプの大統領選挙に活用しただけでなく、(ピーター・ティールが創設した)パランティアのスタッフがケンブリッジ・アナリティカに常駐してデータをコピーしたという。パランティアは米国内での個人情報の収集を禁じられていたが、民間企業から入手するのは適用除外とされていた。パランティアと契約するNSA(アメリカ国家安全保障局)がこの個人情報を手にしているのは間違いないとワイリーはいう。

そればかりかワイリーは、米国市民の個人情報がロシアに流れたと主張する。ニックスには個人情報保護の観念はまったくなく、ロシア人との大きなビジネスを獲得するためなら喜んでデータを提供したにちがいないというのだ。

ワイリーはこの出来事の直後にケンブリッジ・アナリティカを離れ、ブレグジットとトランプ大統領誕生のあと、内部告発者として英紙ガーディアンとニューヨーク・タイムズに自らの体験を語った。イギリスのテレビ局チャンネ4と組んでニックスを罠にかけ、スリランカの富豪に偽装した男に、賄賂や性的な陰謀(対立候補の自宅に若い女性を送り込んで一部始終を撮影する)を含むさまざまなサービスを吹聴するところを撮影させてもいる(この場面が放映されたことで、ケンブリッジ・アナリティカは解散に追いやられた)。

ワイリーの証言に対してはどこまで真実なのか疑問視する声もあり、「ケンブリッジ・アナリティカからデータを持ち出してブレグジットやトランプの選挙に関与したのではないか」との批判に対してもはっきり答えてはいないようだ。

しかしそれでも、ワイリーがケンブリッジ・アナリティカでの出来事を驚異的な記憶力で再現していることは間違いなく、(当然のことながら一定の装飾や隠蔽があるとしても)そのリアリティはきわめて高い。20代半ばの若者がわずか1年半のあいだに、アレクサンダー・ニックス、スティーブ・バノン、ロバート・マーサーなど「異形」の人物と次々と出会った体験は控え目にいっても驚くべきものだ。

黒人男性の暴行死をきっかけにアメリカ社会が混乱しているが、ワイリーの警告を知れば、人種間の対立をあえて煽るようなトランプの言動はすべて選挙対策で、その目的は支持層の心理操作だとわかるだろう。2020年11月の選挙で民主党が大統領職を奪い返すようなことになれば、トランプ政権がいったい何をやっていたのか、真実の一端が明らかになるかもしれない。

これこそが(おそらく)、トランプとその側近たちがどんなことをしてでも再選を実現しようとする理由なのだろう。

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