リベラル化によって異世界は一般社会に回収されていく 週刊プレイボーイ連載(564)

綺羅星のごとく男性アイドルを輩出してきたジャニーズ事務所の創設者(故人)に少年愛の性癖があることは、1960年代から業界関係者のあいだでは公然の秘密で、80年代末には元アイドルの告発本がベストセラーになって広く知られることになりました。90年代末には『週刊文春』が連続キャンペーンを行ない、それに対してジャニーズ事務所が提訴、一審では文春側が敗訴したものの、東京高裁は「セクハラに関する記事の重要な部分について真実であることの証明があった」と認定し、2004年に最高裁で判決が確定しています。

ところが、日本のほとんどのメディアはこの裁判を報じませんでした。ジャニーズ事務所の圧力を恐れたからだとされ、たしかにそうした事情もあるでしょうが、その背景には「しょせん芸能人の話」という認識があったはずです。

事態が動き出したのは今年3月、イギリスのBBCが「J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル」というドキュメンタリーを放映してからです。4月には事務所に所属していた元タレントが日本外国特派員協会で記者会見し、2012年からの4年間に創設者から15回ほどの性的被害を受けたと証言、この「外圧」で追い込まれたジャニーズ事務所は現社長が動画での謝罪を余儀なくされました。

この一連の経緯は、ハリウッドを揺るがせた#MeTooとよく似ています。大物映画プロデューサーのセクハラを女優らが実名で告発、性被害を受けた女性たちがSNSで次々と声を上げる世界的な運動になりました。

映画界では、新人女優がプロデューサーなど実力者と性的な関係をもつことはよくある話だとされてきました。この慣習が黙認されてきたのは、ハリウッドが特殊な世界だとされてきたからでしょう。自ら望んでそこに足を踏み入れた以上、一般社会の常識を期待することはできず、異世界のルールに従わざるを得ない、というわけです。

権力とセックスのたんなる交換(いわゆる枕営業)であれば、この理屈も成り立つかもしれません。しかしこの映画プロデューサーは、配役と引き換えに性交渉を女優に強要するだけでなく、女性スタッフにまで性加害を行なっていたことが暴露され、はげしい批判を浴びることになりました。

ジャニーズ創設者がある種の天才であることは間違いありませんが、困惑するのは、その才能が少年愛から生まれたものらしいことです。70年代や80年代の出来事であれば「そういう時代だった」で済んだかもしれませんが、今回の証言で明らかになったのは、最高裁で判決が確定してからも少年に対する性加害が続いていたことです。

相手が成人なら合意のうえだと説明できても、未成年の場合はどのような弁明も不可能です。そして現在では、相手の明確な同意を得ない性行為は許されなくなり、とりわけ拒絶のできない小児や少年・少女への性加害は道徳的には殺人に匹敵する重罪と見なされます。しかし日本の芸能界で大きな権力を手にした80歳過ぎの老人には、こうした価値観の変化に気づくことは難しかったのでしょう。

社会がリベラル化すれば異世界は一般社会に回収され、「あのひとは特別」「あそこはふつうとちがうから」という言い訳は通用しなくなっていきます。その意味では、この創業者は長く生き過ぎたし、その結果、残された者は名声と既得権の呪縛にとらわれて身動きがとれなくなってしまったのでしょう。

『週刊プレイボーイ』2023年5月22日発売号 禁・無断転載

経済学的に麻薬戦争を解決する方法は麻薬を合法化すること

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2018年2月23日公開の「メキシコなどの麻薬カルテルを撲滅する 唯一の「経済学的」解決法は、麻薬を合法化すること」です(一部改変)。

下記の記事も合わせてお読みいただければ。

タイの「ソフトドラッグの実質合法化」の現場から考える、世界のドラッグ合法化の流れと日本の現状

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2016年末にアメリカ・テキサス州のエル・パソから国境を越えてメキシコのシウダー・フアレスを訪れた。というよりも、私はただ国境を流れるリオ・グランデの写真を撮りたかっただけで、いやいやメキシコに入国したといったほうがいい。同じ橋を渡って戻ってこられると思ったら、アメリカへの入国は15分ほど歩いた別の橋だったのだ。シウダー・フアレスは、「戦争地帯を除くと世界でもっとも危険な都市」のひとつとされている。

なぜこんなことを思い出したかというと、イギリスのジャーナリスト(『エコノミスト』誌エディター)トム・ウェインライトの『ハッパノミクス 麻薬カルテルの経済学』( 千葉敏生訳、みすず書房)を読んだからだ。ちなみに原題は『NARCONOMICS』で、Narcotic(麻酔薬)を短縮したNarco(ナルコ)はドラッグの俗語だ。「ナルコノミクス」は“ドラッグ経済学”のことだが、これではなんのことかわからないから、「ハッパノミクス」は原タイトルをうまく活かした洒脱な邦題だ。

この本の最初で、ウェインラントは2010年にシウダー・フアレスを訪れたときのことを書いている。メキシコシティから国内便の搭乗前に、彼はセキュリティコンサルタントから追跡用のデバイスを渡される。それを右足の靴下に隠しておけば、たとえなんからの事情でホテルにチェックインできなかったとしても所在を突き止めることができるというのだ。

なぜこんなスパイのようなことをするかというと、シウダー・フアレスは路上殺人、大量虐殺、死体から切り離された生首などで地元マスコミを賑わしていたからだ。ジャーナリストが粘着テープでぐるぐる巻きにされ、車のトランクに押し込められる事件もあとを絶たなかった。――とはいえ、肝心の追跡デバイスは機能しなかったのだが。

ウェインラントを危険な取材に駆り立てたのは、どうしても知りたいことがあったからだ。それは、「アメリカ政府をはじめとして先進諸国が莫大な税金を「麻薬戦争」に注ぎ込みながらも、麻薬カルテルが生き延びたばかりか、ますます隆盛を誇っているように見えるのはなぜか」という疑問だった。「世界の納税者たちは、違法薬物との戦いに年間最大1000億ドルを支払っている。アメリカだけでも、連邦レベルでおよそ200億ドルを拠出しているし、年間170万人が麻薬がらみで逮捕され、25万人が刑務所に収監されている」というのに……。

この謎を解くためのウェインラントの武器は経済学だ。たとえアンダーグラウンドであってもドラッグが巨大ビジネスであることは間違いなく、ギャングたちの行動は経済学のさまざまな理論で解明できるはずなのだ。

暴力と犯罪を経験したことのない子どもを探すのが難しい街

じつはシウダー・フアレスには、日本人ジャーナリストの工藤律子氏がウェインラントと同じ2010年秋に取材に訪れている。『マフィア国家 メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々』(岩波書店)によれば、工藤氏もメキシコの友人たちから「本当に行くの?」「やめておいたほうが、いいと思う」と忠告されている。

現地で活動するNGOに案内を頼んだ工藤氏は、子どもたちから信じがたい話を聞くことになる。NGOが運営するコミュニティセンターで出会ったあどけない少女は、自分の体験をこう説明した。

 兄さんは、そこのコートで友だちと遊んでたんです。私は、コートの横の坂を下りた所にあるお店へ行って、帰る途中でした。コートの前の道に、白い車が2台、停まっているのが見えました。その横を通りすぎてまもなく、車から男たちが飛び出してきて、コートのなかの人に向かって、銃を撃ったんです。兄のとなりに立っていた男の子が殺され、兄の足にも2発、流れ弾が当たりました。今も、兄の足にはその痕が残っています。

淡々と語る少女に工藤氏が「怖くなかった?」と訊くと、「もう慣れたわ」というこたえが返ってきた。

そのほかにも、目の前で親が撃たれ、自分の上に血まみれで倒れこんできた経験をもつ子ども、両親が殺され保育施設に通ってこなくなった双子の姉妹、1歳の頃に父親が撃ち殺され、父の名前を訊かなくなった子どもなど、暴力と犯罪を経験したことのない子どもを探すのが難しいほどだ。

シウダー・フアレスで唯一のカウンセリングを行なっている臨床心理士によると、親を殺された5歳から8歳の子どもたちの絵は、銃や血が多く描かれ、人物の顔にしばしば目や鼻などがない。これは「自分は目撃したくない」と記憶を否定する表われだという。

父親を殺され祖母と共に暮らす10歳の男の子は、「大人になったら、殺し屋を雇って、パパの仇をとるんだ」と語った。こうして暴力の連鎖がつづいていく。なぜこんなことになるのだろうか。

1980年代まで、メキシコは地方ごとにギャング組織はあったものの互いに抗争を繰り広げるようなことはなかった。その後、治安が急速に悪化していくのだが、その理由として、「アメリカの不法移民送還によってカリフォルニアのヒスパニックたちのギャング文化が伝えられた」「カルデロン大統領の強権的な麻薬政策の失敗」「1994年の北米自由貿易協定(NAFTA)によるグローバリズム」などさまざまな理由が挙げられている。どれも一理あるものの、ウェインライトによれば、シウダー・フアレスの悲劇は単純な経済学の原理で説明できる。それは稀少性だ。

麻薬カルテルの撲滅に全力を挙げると暴力が急増した

パブロ・エスコバルは、1970年代から80年代にかけてメデジン・カルテルの帝王としてコロンビアの麻薬ビジネスに君臨した。1993年にエスコバルが治安部隊に射殺されると、南米からカリブ海を通ってフロリダに至る麻薬密輸ルートは壊滅し、アメリカの「麻薬戦争」の大きな勝利とされた。だがその結果、中米とメキシコを経由して米墨国境を超える陸路の密輸ルートが開拓されていく。こうして麻薬ビジネスの拠点はコロンビアからメキシコに移り、マフィア組織が巨大化していく。

カルテルの活動を封じるため、アメリカとメキシコの当局は国境警備を強化した。とりわけ9.11同時多発テロ以降、アメリカ側の国境は厳戒態勢がとられるようになり、全長3000キロあまりの国境に正式な検問所は47カ所だけになった。そのなかでも、通過する貨物トラック数が多いのは上位数カ所だけだ。

経済学は「稀少なものは価値が高い」と教える。この原理をあてはめると、メキシコのギャング組織にとって検問所を支配できるかどうかが死活問題になった。そして、メキシコ経由でアメリカに輸入されるコカインのおよそ7割はシウダー・フアレスで国境を通過するのだ。

さらに間の悪いことに(あるいはなんらかの陰謀かもしれないが)、それまでシウダー・フアレスの麻薬取引を支配してきた組織のボスが、1997年にメキシコシティで整形手術の最中に死亡した――手術ミスをした3人の医師は数カ月後、250リットルのドラム缶からコンクリート詰め死体となって発見された。これによって組織が衰退し、利権をめぐって地元のフアレス・カルテルと新興のシナロア・カルテルの抗争が始まった。2011年には市の遺体安置所には月間300体のペースで死体が積み上がった。

この時期、メキシコ大統領はフェリペ・カルデロンで、2006年の就任以来、アメリカの捜査当局と協力しながら麻薬カルテルの撲滅に全力を挙げた。警察だけでなく軍隊まで投入し、マフィアと癒着した警察幹部や州知事すら逮捕するという不退転の姿勢で臨み、カルテルの最重要幹部37人のうち25人が逮捕・殺害、およびライバル組織に“処刑”されるという大きな戦果をあげた。

だが奇妙なことに、これによってメキシコの暴力は逆に急増した。カルデロンが大統領に就任したときのメキシコの殺人発生率は10万人あたり10件とラテンアメリカ諸国では安全な部類で、アメリカの一部の州より低かった。それが2012年には2倍になり、カルデロンはメキシコ史上もっとも不人気な大統領として官邸を去ることになる。

なぜ警察同士が殺し合うのか

2000年以降のシウダー・フアレスでは、治安を回復させようとするとますます治安が悪化するという理不尽なことが起きた。その原因は、市警察がフアレス・カルテルと癒着していると考えた大統領側が、州警察や連邦警察を投入したことだ。

ここで疑問が生じるだろう。大量の警官がいれば治安は改善するのではないか。だが問題は、メキシコの警察が何層にも分かれた別組織になっていることだった。

市警察がフアレス・カルテルと手を結んでいる以上、対抗するシナロア・カルテルに勝ち目はないはずだ。いくら武装しているからといって、警察組織と真っ向から衝突すれば叩きつぶされるのは目に見えている。だがあろうことか、シウダー・フアレスでは、シナロア・カルテルが対立する組織と癒着した警察官を次々と“処刑”しはじめたのだ。

なぜこんなことが可能になったのだろうか。それはシナロア・カルテルにも警察の後ろ盾ができたからだ。

メキシコには2000超ある地方自治体それぞれに独自の警察があり、31州すべてに独自の州警察が存在し、さらにその上に連邦警察がある。連邦警察は高度な訓練を受けた重装備のエリート部隊で、市警察とは指揮系統がまったく別だ。シナロア・カルテルはここに目をつけ、連邦警察を買収したのだ。

その結果シウダー・フアレスでは、市警察と連邦警察が互いに相手をマフィアと癒着していると非難しあうばかりか、ときに撃ち合いを繰り広げる異常な事態になった。治安維持のために利害関係の異なる警察組織を大量に投入したことによって、本来なら終わるはずの抗争が激化してしまったのだ。

こんな悲劇を引き起こさないためには、いったいどうすればよかったのだろうか。後知恵ではいろいろ考えられるが、ポイントはシウダー・フアレスの稀少性だとウェインライトはいう。それは麻薬カルテルにとって、どれほどの犠牲を払っても獲得するだけの価値がある“宝石”なのだ。

だとすれば、もっとも効果的なのはシウダー・フアレスの価値を下げることだ。そのためには国境警備を強化するのではなく、国境を開く必要がある。どこからでもアメリカに麻薬を持ち込めるようになれば、ひとつの町の支配権をめぐってマフィア同士と警察同士が殺し合うようなことはなくなるだろう。

マラス(マフィア組織)は刺青によって転職リスクを解決した

2010年代以降、シウダー・フアレスから「世界一危険な都市」の称号を奪ったのがホンジュラスのサン・ペドロ・スーラだ。

ホンジュラスはグアテマラ、エルサルバドル、ニカラグアに囲まれた中米の国で、90年代までは「比較的安全な国」といわれていたが、2009年の軍事クーデター以降、麻薬組織が勢力を伸ばし治安は急速に悪化した。もはや旅行者が近づくようなところではなくなったが、工藤律子氏はホンジュラスのマフィア組織マラスも取材している(『マラス 暴力に支配される少年たち』集英社文庫)。

「マラス(maras)」の語源には諸説あり、エルサルバドルで「騒ぎを起こす連中」を指す「マラ(mara)」、あるいはスペイン語で「群衆・群れ」を意味する「マラブンタ(madabunta)」に由来するという。

「マラス」のイメージは、従来の「ギャング」「マフィア」とは大きく異なる。ネットで「maras」と画像検索すればすぐにわかるが、そこに出てくるのはスキンヘッドで顔や頭部にまで刺青をした若者たちだ。こうしたタトゥー・カルチャーはアメリカのヒップホップが起源だろうが、マラスではそれがアニメやSFのレベルになってしまっているのだ。

マラスの抗争が残虐なのは、異なる組織のメンバーと出会うとたちまち殺し合いが始まるからだ。だが、彼らがこのようなことをする理由はどこにあるのだろう。

ウェインライトはこれを組織論で説明する。会社組織にとって重要なのは社員の採用・定着だが、これはギャングも同じだというのだ。

映画などで描かれた日本の「ヤクザ戦争」も同じだが、抗争を繰り返すギャングにとって重要なのは、ライバルより多くの構成員を確保することだ。組織が若いメンバーに「採用ノルマ」を課した結果、メキシコや中米では貧しい子どもたちが10代前半で半ば強制的にギャングに引きずり込まれることになった。

だがこれだけでは、まだ組織は安定しない。新入社員が3年で辞めるように、せっかく「採用」した新入りギャングも対立組織に移ってしまうかもしれない。しかしマフィアにとってそれ以上に大問題なのは、下部組織がまるごと寝返ることだ。

一般企業の場合、報酬を引き上げることで社員の転職リスクに対処しようとする。こうしたコストを嫌って、イタリアマフィア(コーサ・ノストラ)などは加入にあたって独自の儀式を行ない裏切り者を処刑してきた。これを「秘密結社方式」とすれば、マラスはこの問題にさらに効率的な解決策を見つけた。刺青によってどの組織に属しているかを一目瞭然にしてしまえば、もはや他のグループに移ることはできないのだ。

組織のシンボルを身体に彫り付けることで、マラスの労働市場にはまったく流動性がなくなった。お互いの構成員を引き抜ける可能性はゼロなので、マラスは人材をめぐって争う理由はないし、高い報酬を払う必要もない。

しかしその代償として、若者たちが大量に死ぬことになった。最初にマラスの抗争が勃発したエルサルバドルでは、世界最悪となった2009年の殺人発生率で試算すると、男性は一生のあいだにおよそ10分の1の確率で殺害されることになる。しかもこれは平均値で、貧しい男性やマラスとかかわりをもつ家族で育った男性ではその確率はずっと高くなる。

だが2012年になると、エルサルバドルの殺人発生率はいきなり3分の1に減少し、ブラジル並みに変わった。この“奇跡”を起こしたのは、サルバトルチャとバリオ18という対立する2つのギャングのリーダーが刑務所のなかで手打ちしたことだった。5万人以上の若者が抗争で殺され、刑務所がギャングで溢れるようになってようやく、彼らは競争するより協調する方が利益が大きくなることに気づいたのだ。

ホンジュラスの不幸は、ギャング同士の対立の構図が複雑でエルサルバドルのような手打ちができなかったことだ。こうしてホンジュラス第二の都市サン・ペドロ・スーラがシウダー・フアレスを抜いて「世界一危険な町」に躍り出ることになる。

外資の誘致に成功すると麻薬産業が勃興する

サン・ペドロ・スーラ郊外には、熱帯雨林の生い茂るなかに「マキラ」と呼ばれる保税工場が点在している。マキラは税優遇措置が適用された外資系企業の工場で、原料・部品、機械などを無税で輸入してさまざまなものを生産している。有名なのは下着や靴下など衣料品だが、それ以外にも自動車部品、果物の梱包、コールセンターなどがあり、これによってサン・ペドロ・スーラはホンジュラス一の工業都市になった。

いわゆるオフショアリング(一つの国を拠点としていた営利事業を別の国に移転する経済行為)だが、ここでも疑問が生まれるだろう。なぜ外資の誘致に成功して(相対的に)ゆたかになったのに治安が崩壊してしまうのか。

だがこれも経済学で説明できる。国際的な麻薬カルテルも“ビジネス”としてオフショアリングの機会を探っている。彼らにとってもっとも便利なのは、あらかじめ生産や物流のインフラが整っていて、なおかつ所得が低く警官を買収しやすい場所に進出することなのだ。そして不幸なことに、サン・ペドロ・スーラはこの条件にまさにぴったりだった。

2011年、ホンジュラス警察がはじめて大規模なコカイン処理施設を発見したが、その施設は週400キログラムのコカイン・ペーストを純粋な粉末コカインに変える生産能力をもっていた。こうした大規模な事業が地元警察の協力なしには成り立たつはずはない。

ホンジュラスの警官の月給は300ドルに満たない。これなら麻薬の輸送や殺人を見逃してもらうことはかんたんだし、抵抗する警官や兵士を地元のギャングに始末させるコストも安くすむ。

巨大な「アンダーグラウンド産業」がやってきたことで、その利権をめぐって地元ギャングの抗争が始まった。それに輪をかけて問題をこじらせたのが、麻薬カルテルがコカインで報酬を支払うようになったことだ。

コカインを受け取った地元ギャングは、それを売りさばかなければ現金を手にすることができない。こうして小売市場での縄張りをめぐって暴力が横行するようになり、ストリートギャングの報復殺人で殺人発生率が急増した。2013年にはホンジュラス人のおよそ1000人に1人が殺人で命を落とし、この殺人発生率がずっとつづくとすると、この国の平均的な男性は一生のうちになんと9分の1の確率で殺害されることになるという。

こうした事態はホンジュラスだけでなく、隣国のグアテマラでも同じだ。彼らは長年、麻薬カルテルを撲滅しようと努力してきたが、それは無駄だったばかりか、状況はますます悪化している。いまや国家より国際麻薬カルテルのほうがはるかに巨大なのだ。

犯罪に「鉄拳」で立ち向かうと公約してグアテマラ大統領になったオットー・ペレス・モリーナは、2011年にメキシコで開かれた世界経済フォーラムで聴衆に訴えた。

 20年前、私はグアテマラの軍事情報部長だった。われわれは大きな成果を上げた。大量のコカインを押収し、大麻畑を破壊した。そして多くの麻薬密売組織のボスをつかまえた。それから20年後、私は大統領に就任し、麻薬密売組織がずっと巨大化していることに気がついた。

そしてこのグアテマラ大統領は、「今日の中米では、アメリカの麻薬摂取による死亡者よりもずっと多くの人々が、麻薬の密売やそれにともなう暴力で死んでいる」として、すべての麻薬を合法化することを求めたのだ。

この動きは2015年にペレス・モリーナが汚職の罪で告発され、大統領を辞職したことで停滞したが、コスタリカがマリファナを非犯罪化し、国際社会に薬物対策の見直しを求めたように、コカインやヘロイン、覚せい剤を含むすべての麻薬を合法化・非犯罪化すべきだとの主張は右派・左派を問わず中南米で支持を広げている。

なぜならそれが、「麻薬戦争」を終わらせる唯一の方法だからだ。すくなくとも、麻薬問題を「経済学的に」理解しようと世界じゅうを取材したウェインライトはそう結論している。

禁・無断転載

観光振興はカジノ特区ではなく大麻解禁で 週刊プレイボーイ連載(563)

コロナ後はじめての海外旅行で、香港と東南アジアを回ってきました。タイのバンコクは、悪名高い渋滞は相変わらずですが、高級ホテル、高層オフィスビル、ショッピングモールなどが続々とオープンし、中心部のコンドミニアムの販売価格は1億~5億円といいますから、もはや六本木などと変わらなくなりました。

もうひとつの大きな変化は、2022年6月に大麻が事実上解禁されたことです。法的には医療目的などに限定されているものの、違法薬物リストから除外されたことで、バンコクでは大麻ショップが乱立しました。大麻草を使った料理を出すレストランやカフェもあり、コンビニでは大麻入りのジュースが売られるなど、さながら「マリファナバブル」の様相を呈しています。

薬物使用を重罪として取り締まる「麻薬戦争」が失敗したことで、世界的に大麻の合法化・非犯罪化が進んでいます。先陣を切ったのはオランダでしたが、現在ではヨーロッパはほぼ非犯罪化され、アメリカでもカリフォルニア州など多くの州で合法化されています。

それに対してアジアでは、大麻の所持・使用の最高刑が死刑の国も多く、日本と同じ「ダメ。ゼッタイ」政策を採っています。そのなかでタイが大麻を解禁したインパクトは大きく、「タイ・バーツが高くなったのは大麻が外国人観光客を惹きつけたから」との説が広まるなど、一定の経済効果があったようです。

タイでは酒の販売・提供が午前11時から午後2時と、午後5時から午前0時までしか認められていないほか、選挙の前日と当日、仏教に関連する祝祭日は禁酒日です。アルコールを規制しつつ大麻を解禁するのは矛盾しているように思えますが、その背景には近年のタイ政治の混乱があり、政党同士の合従連衡のはずみで極端な政策が実現しやすくなっているのだと説明されました。

子どもが大麻入りのクッキーを食べて病院に搬送される事例が相次ぐなど、大麻解禁には批判も多いようですが、軍事クーデターで誕生した現政権は人気がなく、勃興しはじめた大麻ビジネスをいまさら全面禁止するのは難しそうです。

そもそも大麻については、依存性や毒性がニコチンやアルコールよりも低く、鎮痛・鎮静・催眠などの医療的効果があることもわかってきて、国家が嗜好品としての使用を禁じる根拠が揺らいでいます。大麻が「ゲートドラッグ」になって違法薬物の乱用が拡まるとの危惧もありますが、実質解禁した欧米諸国でそのような事態が起きているようには見えません。

リベラリズムの基本は、他者の権利を侵害しないかぎり、悪癖を含む自由な選択を個人に保証することです。大麻に他者危害の恐れがないのであれば、「リベラル」を掲げるメディアや識者は率先して解禁の旗を振らなければなりません。

「カジノ特区」には、ギャンブル依存症を理由とした根強い反対があります。だとしたら日本も、依存性の低い大麻によって観光振興を図ったらどうでしょう。これならば、リベラリズムに背を向ける隣国とのちがいを、世界に向けて効果的にアピールすることもできるでしょう。

バンコクのカオサン通りにあるWEED-CITY(葉っぱ村)
大麻が実質解禁されたタイでは、こういうのがふつうに売られている

『週刊プレイボーイ』2023年5月22日発売号 禁・無断転載