社会学者がウェルス・マネージャーになったら

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2018年6月7日公開の「社会学の手法で解明した 超富裕層向けビジネスの内側」です(一部改変)。

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今回は、ブルック・ハリントン『ウェルス・マネージャー 富裕層の金庫番 世界トップ1%の資産防衛』(庭田よう子訳、みすず書房)を紹介したい。原題は“Capital without Borders(国境なき資本)”で、よくある「お金持ち本」の類ではなく、著者はコペンハーゲン・ビジネス・スクール社会学准教授だ。タックスヘイヴン(オフショア金融センター)がわたしたちの生活にどのような(悪)影響を与えているかを大所高所から論じるのではなく、富裕層にさまざまな財産管理のサービスを提供するウェルス・マネージャーの視点から分析を試みようと考えたのだという。

ハリントンが採用した研究手法はエスノグラフィー(参与観察/行動観察調査)で、文化人類学者が伝統的社会に長期間住み込んで文化や風習、ひとびとの生活を内側から観察することから始まったが、近年は現代社会のさまざまなマイノリティ集団(スラムやギャング、移民や性的少数者)へとその対象が拡大されている。

秘密のベールに覆われた超富裕層の世界も格好の参与観察の対象で、そこに気づいたのはハリントンの慧眼だが、いったいどうやって社会学者が富裕層サービスの「内側」に入り込むことができたのだろうか。

プライベートバンクを名乗れるのは協会に加盟している金融機関のみ

2007年11月、ハリントンは2年間のウェルス・マネジメント研修プログラムに参加した。このプログラムを修了するとTEPの資格証明書を得られ、専門家集団の仲間入りができる。

STEPは1991年、ロンドンで設立された。Society of Trust and Estates Practitionersの略で、直訳すれば「“信託と財産(管理)の実務家”団体」ということになる。TEP(Trust and Estates Practitioners)は、このSTEPが認証する資格だ。

STEPがどのように誕生したかを知るには、富裕層サービスの歴史をかんたんに振り返っておく必要がある。

TEP以前、富裕層に財産管理サービスを提供する専門職は「プライベートバンカー」「ウェルス・マネージャー」などと呼ばれていた。

「プライベートバンカー」はもっともよく知れられているが、本来、Private Bankを名乗れるのは「スイス・プライベートバンカー協会」に加盟する無限責任の金融機関だけだ。パートナーが無限責任を負うPrivate Bankでは、株式会社のような有限責任とは異なり、会社の負債を個人資産で弁済しなくてはならない。顧客の資産に対してリスクを共有していることが、顧客(超富裕層)とパートナー(プライバートバンカー)の信頼関係を生み出すのだとされてきた。

ところがその後、グローバルバンクなどが富裕層をターゲットとする「プライベートバンキング業務」を始めたため、Private Bankのインフレが起こった。それがスイスの金融業界などから批判されたため、徐々に「ウェルス・マネジメント」「ウェルス・マネージャー」の呼称が使われるようになった。――日本では銀行や証券会社の富裕層担当のことだ。

UBS、クレディ・スイスはスイスを代表するプライベートバンクだが、株式会社化にともなってスイス・プライベートバンカー協会を脱会しているから、本来ならPrivate Bankを名乗ることはできない。だが歴史的な経緯もあって、どちらも富裕層担当者は「プライベートバンカー」と呼ばれている。かつてPrivate Bankだった金融機関は「特例」扱いされているようだ。

グローバル化にともなって、中国やインドなどの新興国にも続々と億万長者が誕生すると、富裕層向けサービスの需要が大きく膨らんだ。その一方で、急速なIT化(フィンテック化)にともなって、一般顧客向けのリテール業務から利益を得ることがますます難しくなっている。こうして多くの金融機関がウェルス・マネジメントで鎬を削ることになった。

その後、グローバル金融機関のウェルス・マネージャーが富裕層の顧客を担当し、スイスなど歴史のある銀行のプライベートバンカーが超富裕層を囲い込むという(なんとなくの)棲み分けができた。しかし、プライベートバンカー以外にも富裕層にさまざまな財務サービスを提供するひとたちがいる。彼らの多くは弁護士や会計士などの専門職で、フリーランス(個人営業)のこともあれば、資産管理会社に所属していることもある。

彼らは自分たちをウェルス・マネージャー(という銀行員)といっしょにされたくないと思っているが、だからといって「プライベートバンカー」を名乗ることもできない。こうしてTEP(信託と財産の実務家)という新しい職業名が必要になったのだ。

この経緯からわかるように、STEPは秘密結社でもなんでもなく、研修プログラムを受ける時間とお金さえあれば誰でもTEPになれる(もちろん試験に受かれば)。これまで「悪の巣窟」のように扱われてきた仕事を専門職として公認させたいと考えたひとたちが、ノウハウの標準化と資格化を始めたのだ。

顧客はミリオネア(資産1億円)ではなくビリオネア(資産1000億円)

ハリントンが行なったウェルス・マネージャーへの参与観察には、もちろん限界もある。TEPの資格は取得したものの、富裕層相手の実務を行なったわけではないからだ。

とはいえウェルス・マネージャーは通常、ジャーナリストはもちろん学者のインタビューにも応じないし、業界団体は通りいっぺんの回答しかしない。TEPをもっているということは、そんな彼らの本音を引き出すうえで大きなちからになったという。

詳しくは本書を読んでいただくとして、興味深い部分をいくつか紹介しよう。

TEPの顧客はミリオネアではなくビリオネアだ。彼らのビジネスの収益は、顧客の資産規模によって決まる。

顧客が資産100万ドル(約1億円)のミリオネアなら、それを管理することで年1%の手数料を取ったとしても1万ドル(約100万円)にしかならない。そんな顧客が10人いてようやく10万ドル(約1000万円)で、これではウォール街の新入社員の年俸にも満たない。

一方、資産10億ドル(約1000億円)のビリオネアなら、同じ1%の手数料でも年10億円だ。1人のビリオネアはミリオネア1000人に匹敵するが、だからといって資産管理に1000倍手間ひまがかかわるわけではない。この単純な算数から、富裕層サービスの競争はごく一部の(といっても年々増えている)超富裕層に集中し、有象無象のミリオネアは無視されるか、収奪の対象にしかならないことがわかる。――1億円の資産から10%の手数料をぼったくることができれば、カモを10人集めることで年俸1億円を達成できる。

ハリントンがインタビューしたウェルス・マネージャーたちはこんなセコい商売はしないから、彼らが担当するのは超富裕層ばかりだ。

サウジアラビアで働くフランス人のリュックは20~30人の顧客を担当し、それぞれの顧客の資産運用残高は3000万ドル(約30億円)から3億ドル(約300億円)だ。イギリス人のサイモンはシンガポールを拠点とするが、顧客は投資可能な資産を彼のところに「最低でも」5000万ドル(約50億円)は持ち込む。「資産構造を整えるための報酬」はほぼ丸2カ月仕事をして7万5000ドル(約750万円)で、法律の専門家からアドバイスを受ける際は別途10万ドル(約1000万円)を請求するから、「そうでなければ、わたしの料金は彼らにとって割に合わないでしょう」とサイモンはいう。

近年の超富裕層の急増とあいまって、複数のウェルス・マネージャーが一つの家族、または数世帯の家族集団に常勤で雇用される「ファミリー・オフィス」の形態も増えてきた。ファミリー・オフィスの料金体系は運用資産残高に対して0.25~1%で、投資可能な資産が1億ドル(100億円)かそれ以上の者しか相手にされない。

厳密な定義ではないものの、金融業界では、投資可能な資産10万ドル以上でaffluent(裕福)、100万ドル以上がHigh-net-worth individual(HNWI/富裕層)、1000万ドル以上がUltra High-net-worth individual(UHNWI/超富裕層)、1億ドル以上でUltra Ultra High-net-worth individual(UUHNWI/超超富裕層)と呼ばれる。UUHNWIを大きく上回る資産を保有するごく一部の顧客はプライベートバンクの隠語でWhale(クジラ)と呼ばれ、そこから得る手数料で金融機関の収益が決まるため、Whaleを担当する数人のプライベートバンカーが実質的に経営を支配している。

天文学的な数字が並ぶが、じつはウェルス・マネージャーの仕事はグローバルな金融業界では高給のうちに入らない。UUHNWIの担当者で年俸25万ドル(約2500万円)から35万ドル(約3500万円)というから、世間一般の基準ではじゅうぶんに高給取りだが、投資銀行では100万ドル(1億円)単位のボーナスが当たり前だ。そのためウェルス・マネージャーは「女性向け」の仕事と見なされるようになり、TEPの研修でも女性受講者の姿が目立ったという。

ウェルス・マネージャーのいちばんの魅力は、投資銀行などと比べて労働時間が短いことだ。かつてケイマンで先物取引の仕事をしていた女性は、ヨーロッパの顧客に合わせて午前2時に起きて職場に通ったが、ウェルス・マネージャーなら平均的な労働時間は週40時間程度だという。

それにもうひとつ、彼らには特典がある。給与をオフショアで受け取るのだ。それが合法か非合法(脱税)かは国によって異なるだろうが、グロスの給与が減っても実際に使える(ネットの)収入は変わらないことも多いのだそうだ。

金持ちはとても孤独

TEP(ウェルスマネージャー)は超(超)富裕層の莫大な資産を管理するのだから、両者のあいだには特別な信頼関係が必要になる。ロンドンを拠点とするジェームズは、顧客との親密さをこう説明した。

「TEP資格者を選ぶとき、顧客はまずその能力に応じて応募者を仕訳します。顧客は次に、自分について隅から隅まで知ってもらってもいいと思う人を選ばなくてはなりません――母親のレズビアン関係から、兄弟のドラッグ依存症、部屋に乱入する分かれた恋人に至るまで」

だが顧客との信頼関係は容易には生まれない。超富裕層には共通するひとつの特徴がある。ガーンジー島で働くロバートはいう。

「わたしたちから見ると、富についての大きなマイナス点は……金持ちはとても疑り深く、孤独になりがちだということです。会う人はみな自分を利用しようとしていると信じ込んでいるからです」

多くの場合、この猜疑心は被害妄想ではない。超富裕層はたんに詐欺の標的になるだけではなく、相続争いがこじれるとときに犯罪を引き起こす。新興国では家族が誘拐されて多額の身代金を要求されたり、国家権力によって逮捕・拘束され全財産を没収されることすら起こりうる。

だとしたら、どうやって彼らの信頼を獲得するのか。そこにはもちろん教科書的な説明(中世の騎士道から生まれたスチュワードシップ)があるものの、もっとも広く見られるのは「ひとは自分に似たひとを信用する」心理だという。クイーンズイングリッシュを話すパブリックスクール出身者や、(没落した)元貴族階級のウェルス・マネージャーはそれだけで多くのUUHNWIを獲得できるが、ハリントンがインタビューしたなかには、貧しい労働者階級に生まれ船大工をしていたイギリス人、ニックもいた。

ニックはなぜウェルス・マネージャーとして成功できたのか。それは、アメリカズカップのヨットレースの乗組員だったからだ。ヨットは富裕層に人気の趣味で、「自分と同じ大金持ちとつき合ってきた」という経験が信頼関係をつくるのに大いに役立ったのだという。

超富裕層を担当する多くのウェルス・マネージャーが口にするのは、彼らの顧客に「本質的な同一性」があることだ。

ケイマン諸島で仕事をするイギリス出身のニールは、「富裕層の人々は、とてもよく似ています――みんなとてもグローバルで、母国の人間よりも富裕層同士のほうが多くの共通点があります」という。これをハリントンは、「独特のライフスタイルと関心で結ばれた、政治的、社会的に均質な自律的集団」と定義する。

もうひとつの顕著な特徴は、当たり前の話だが、彼らが富を獲得する方法を知っていることだ。ジュネーブを拠点とするブラジル出身のラファエルは、ハリントンにこう語った。

「ビジネスや金を稼ぐ方法について、わたしは顧客から多くを学んでいます。顧客には本当に賢い人がいるのです。彼らが何かに投資したら、わたしもそれを買います」

超富裕層はその莫大な資産をさらに増やすことをウェルス・マネージャーに期待しているわけではない。彼らが手数料を払うのは、資産を保全し、税金を払わずにそれを子どもたちに引き渡すためなのだ。

信託(トラスト)、財団、オフショア法人

ハリントンの『ウェルス・マネージャー』でもっとも興味深いのは、「ウェルス・マネジメントの戦術と技術」と題された章だろう。ここではTEPがタックスヘイヴン(オフショア)を活用しながらどのように顧客の要望にこたえるかが書かれている。

詳しくは本を読んでほしいのだが、(マネーロンダリングなどで)こっそり持ち出した資産を無税で運用する、などという旧態依然とした手法はもはや使われない。キーワードは信託(トラスト)、財団、オフショア法人で、有能なTEPはこれらを組み合わせて合法的に無税で(あるいは最小の税金で)資産を次世代に継承できるスキームをつくる。

日本人にわかりにくいのはヨーロッパにおける信託の考え方で、十字軍の時代にさかのぼるこの仕組みは、「委託者」「受託者」「受益者」によって構成される。

聖地奪還に向かう騎士が、自分が死んでも残された家族が安心して暮らせるようにしたいと考え、土地などの財産を信頼できる人間(騎士や聖職者)に預ける。これが信託の基本で、この場合は、十字軍遠征に参加する騎士が「委託者」、財産を預かる人間が「受託者」、その財産から収入を得る遺族が「受益者」になる。

ここでのポイントは、受益者は財産の所有権を持たないということだ。中世には女性の財産権が認められなかったため、夫が死んで正当な(男性の)継嗣がいなければ、財産は没収されることになっていた。だが信託によってその所有権を受託者に移してしまえば、もはや財産を所有していないのだから、信託財産から利益を得ても権力(王)は手出しできない。

しかしすぐにわかるように、財産の所有権は受託者がもっているのだから、いつでも裏切って自分のものにすることができる。この仕組みが成り立つためには「信義」がどうしても必要で、それが「スチュワードワードシップ」だ。中世においてこの信義を支えたのが「評判」で、受託者が委託者や受益者を裏切ることはもっとも卑劣な(神に唾する)道義的罪悪とされ、上流社会から排斥され余生は汚名にまみれることになった。

欧米においてはこの信託の考え方が現代まで維持されており、財産を信託すると受益者は所有権を喪失したと見なされ、贈与税や相続税の対象から外れる。これを利用した単純なスキームでは、信託に課税されないオフショアの受託者に財産を預けることで、合法的に全財産が非課税になる。

「専門的な破壊」によって国家の富が侵食されていく

アメリカにおいて超富裕層の相続対策に使われる「財団」は信託によく似た仕組みで、財産の一部を社会福祉など慈善事業に拠出することを条件に、財団に寄贈した財産は贈与税・相続税の対象にならない。この場合、財団の理事会が受託者になる。

信託や財団は富裕層の相続財産への課税を免除することで欧米の「身分社会」を実質的に支えているが、そこには障害もある。信託が非課税になる条件は所有権を受託者に譲渡することなので、受益者はもちろん委託者(超富裕層)自身も自分の財産にアクセスできなくなってしまうのだ。――相続税対策としてアメリカで財団が好まれるのは、理事の選定などを通して委託者が資産管理に影響力を行使できるからだ。

それに対してオフショア法人は、株式を保有することで会社=資産をかんぜんにコントロールできる。だがほとんどの国で、オフショアに所有する会社はタックスヘイヴン対策税制の対象となり、利益に対して課税されてしまう。そこでさまざまな地域にオフショア法人と信託(あるいは財団)を設立し、それを組み合わせることで、富裕層が財産への所有権を(かんぜんに)手放すことなく、合法的に税を回避するスキームをつくることがTEPの腕の見せどころになる。

こうした租税回避は、現在はオフショアとの共同作業になっている。先進諸国からきびしい批判を浴びるようになったとはいえ、タックスヘイヴンは「主権国家」なので、超富裕層に都合のいい法律をつくることができる。とはいえ、こうした高度な法律の作成は自力ではできないので、ウォール街や(ロンドンの)シティの法律事務所などがドラフトをつくり、それを「民主的な」選挙で選ばれた国会を通じて制定する。

その象徴が、2003年に法制化されたブリティッシュ・ヴァージン諸島のVISTA(Virgin Islands Special Trusts Actヴァージン諸島特別信託法)で、基本となる事業の経営管理のコントロールを失わずに、ファミリー・ビジネス創業者が自分の会社を信託に預けることが認められた。

同様に、1997年にケイマン諸島でつくられたSTAR(Special Trusts Alternative Regime特別信託代替レジーム)は「目的信託」で、人(自然人、法人)の利益となることが法律で定められている従来の信託とは異なり、特定の目的のためだけに設立することができる。慈善目的以外でも、商業や政治目的にも適用できるため、委託者は自分の意向のままに財産を永続的に世襲させられるようになった。

こうした数々の“イノベーション”は「専門的な破壊」と呼ばれる。これによって国家の影響力は侵食され、超富裕層にますます富が集中して「格差」が拡大していく。

では、どうすればいいのだろうか。

ハリントンは、問題の所在は「富とその所有者の移動能力が、ウェルス・マネージャーの法律と金融のスキルと結びついて、形式上は法の精神を守りながら、実質的にそれをやすやすと反故にできるようになっている」ことにあるという。だとすれば国家(政策立案者)は、こうした抜け道をふさぐことで、「家族紛争の調停や国際企業の複雑な給与スキームの設計のほうが、税法などの「創造的コンプライアンス」よりも、魅力的なビジネスソースになるようにする」ことができるはずだ。

そうなれば、ウェルス・マネージャーは顧客にも国家(ふつうのひとたち)にも有用な存在となり、専門職として社会のなかに確固とした場所を得ることができるというのだが、はたしてどうだろうか。

禁・無断転載

マッチングアプリは恋愛を自由化し、男女の生物学的な性差を拡大させる 週刊プレイボーイ連載(574) 

進化心理学では、男女の生物学的な性の非対称性から、男と女では性愛戦略が大きく異なると予想します。男はほぼ無制限に精子をつくることができるのに対し、女は卵子の数に限りがあり、いったん妊娠すると出産まで9カ月かかるだけでなく、子どもが乳離れするまで数年間の子育て期間が必要になります。これほどまでに生殖コストに差があると、男は手当たり次第にセックスしようとするのに対し、女は性愛の相手をきびしく選り好みするはずだというのです。

ポリコレの基準では「男と女には(生殖器を除いて)なんのちがいもない」とされているので、こうした主張は「セクシズム(性差別主義)」だと批判されてきました。ところがオンラインでのデートが当たり前になると、ビッグデータを使って男女がどのように行動しているかを観察できるようになりました。

欧米を中心に20代のあいだで大人気のマッチングアプリTinder(ティンダー)は、興味や関心ではなく、位置情報に基づいて近くにいる出会い候補(最短で2キロ以内)を検索できるのが特徴です。ユーザーは表示される顔写真を右(いいね)か左(スキップ)にスワイプし、2人とも右にスワイプして「マッチ」したら、テキストメッセージを送ってすぐに会うことができます。結婚を前提とした交際ではなく、気軽に友だちを探すことができるのが人気の秘密でしょう。

そこで研究者は、この仕組みを利用し、男女の架空のプロフィール(いずれも24歳)をつくってロンドンに住む異性に「いいね」を送り、どのような反応があるかを調べてみました。

それによると、男性のあるプロフィールでは8万6440件の「いいね」を送って、相手が「いいね」を送り返してくれたのは234件で、マッチ率は0.26%でした。それに対して女性のあるプロフィールでは、1万30件の「いいね」に対して2319件の「いいね」が返ってきたので、マッチ率は23.1%でした。この2人のマッチ率には100倍ちかい差があったのです。

平均すると男性のマッチ率は0.6%で、およそ200回に1回しかマッチしません。それに対して女性の平均マッチ率は10.5%ですが、「いいね」を送ったすべての相手が画像を見ているわけではないので、これは下限です。研究者が行なったアンケート調査では、女性の6割が、「いいね」を押した半分以上がマッチすると答えているので、こちらの方が実態にちかいでしょう。

ここからわかるのは、マッチングアプリが恋愛を自由化し、男女の(生物学的な)性差をより拡大させていることです。選ばれる側の男性ユーザーは片っ端から「いいね」を送り、女性ユーザーはそれを徹底して選り好みして、気に入った相手と高い確率でマッチしているのです。

これは、恋愛の第一段階では女性が圧倒的な「強者」になるという進化心理学の予想と整合的です。そしてこの(進化の過程でプログラムされた)女性の選り好みが、非モテやインセル(非自発的禁欲主義者)と呼ばれる恋愛「弱者」の若い男性を生み出すのでしょう。

参考:Gareth Tyson et al. (2016) A First Look at User Activity on Tinder, arXiv

『週刊プレイボーイ』2023年8月28日発売号 禁・無断転載

「主権」を失いつつあるタックスヘイヴンへの規制の行方は?

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2017年10月26日公開の「「主権」を失ったタックスヘイヴン国家の行く末とは?」です(一部改変)。

関連記事:グローバルな金融システムを批判する「左派(レフト)」の論理とは?

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2017年10月16日、地中海のマルタ島でパナマ文書の報道に加わった女性ジャーナリスト、ダフネ・カルアナガリチア(53)が車を運転中に爆殺された。報道によれば、彼女はこれまで政治家の腐敗や汚職を厳しく指摘し、マルタのムスカット首相の妻らがパナマに設立した法人で資産隠しをしているとの疑惑を報じてもいたという。

この事件で興味深いのは、マルタ自体がヨーロッパのタックスヘイヴンであることだ。そんな租税回避地ですら、自分の資産を守る(隠す)のに別のタックスヘイヴンに頼らなくてはならない。

最近あまり話題にならなくなったパナマ文書だが、この事件をきっかけにふたたび注目を集めている。そこで今回は、タックスヘイヴン批判の急先鋒であるイギリスの国際政治経済学者リチャード・マーフィーの新刊『ダーティ・シークレット タックス・ヘイブンが経済を破壊する』(鬼澤忍訳、岩波書店) に拠りながら、「税金のない国」の現状がどうなっているのかを見てみよう。

パナマ文書の影響は限定的

最初に断っておくが、マーフィーは『ダーティ・シークレット』でパナマ文書にほとんど言及していない。すでに大量の報道がなされているということもあるだろうが、いちばんの理由は、タックスヘイヴンとしての重要性をパナマが失っているからのようだ。

マーフィーによれば、タックスヘイヴン活動に従事しているのは世界全体で数十万人程度で、その中核にいるのはグローバル金融機関、四大会計事務所(プライスウォーターハウスクーパーズ、デロイト、EY、KPMG)、ロンドンを拠点とする「信託および資産管理専門家協会STEP」に所属する資産管理専門家、および「マジックサークル」と呼ばれるオフショアの法律事務所グループだ。

ただし、オフショア法人の登記情報など1000万件以上を流出させたパナマの法律事務所モサック・フォンセカが、マジックサークルというエリートグループの一員かどうかは疑わしい。ほぼ間違いなくそのグループに属しているのはメイプルズ・アンド・カルダーで、もとはケイマンを本拠にしていたが、現在はダブリン、ロンドン、香港、シンガポール、ドバイでも事業を展開している。

マーフィーによれば、2005年、モサック・フォンセカは1万3000を超えるオフショア法人を設立し、2006年、2007年とその数はほとんど変わらなかったものの、2009年には約8500に減り、2013年からはさらに減少した。2015年に設立した法人は4341で、ピーク時の3分の1近くまで減っていた。

モサック・フォンセカのオフショア法人ネットワークは2009年に8万1810でピークに達し、その後じりじりと縮小した。2015年にはその数は6万6153まで減り、閉鎖した企業は8864で設立した企業の2倍を超えていた。モサック・フォンセカのオフショアビジネスは、パナマ文書が暴露される前から右肩下がりだったのだ。

こうした現象はパナマだけではない。ジャージー島で営業している銀行の数は、2009年の46から2016年には32まで減った。2007年にマン島で運用されていた資金は500億ドルだったが、2015年には214億ドルと半減している。ケイマンの法人数は2005年の7万4905から2008年には9万3693まで増えたものの、そこで伸びは止まり2015年でも9万8838だった。

なぜこのようなことが起きたのか。それは、オフショアビジネスに急ブレーキがかかったのが2009年であることに注目してみるとわかる。

2008年9月のリーマンショックを機に世界経済は未曾有の大混乱に陥り、ヨーロッパに飛び火してユーロ危機を引き起こした。その後、欧米の政治家が、グローバル金融ビジネスへの批判の延長としてタックスヘイヴンを標的にするようになり、2009年4月のロンドンG20サミットは「(われわれは)タックス・ヘイブンを含む非協力的法域への対抗措置をとることで意見が一致している。公共財政と金融システムを守るため、制裁を課す用意はいつでもできている。銀行秘密の時代は終わったのである」と宣言した。

金融業界を激震させたもうひとつの象徴的な事件が、スイスの大手プライベートバンクUBSのスキャンダルだ。これについてはすでに書いたが、2008年11月、この名門銀行の最高幹部が米司法当局から脱税の共謀犯として起訴され、裁判所の出頭命令に応じなかったため翌年1月に逃亡犯として国際指名手配された。

参考:スイスのプライベートバンクを告発して億万長者になった男

この事件を受けてアメリカは2010年に外国口座コンプライアンス法(FATCA/ファトカ)を成立させた。この法律によって、米国で事業を行なう海外の金融機関は、アメリカ人(米国の税法上居住者)の保有する口座情報をIRS(内国歳入庁)に提出しなければならなくなった。情報提供を拒否することもできるが、その場合は米国内で得たすべての所得に30%の源泉徴収が行なわれることになるから、事実上、事業の継続は不可能だ。

この法律によって、アメリカの個人が税逃れを目的にタックスヘイヴンなど海外の金融機関に口座を保有するメリットはほぼ消滅した。

失われつつある秘匿性

マーフィーは、タックスヘイヴンの基本的な目的は次の3つだという。

  1. 社会のエリート層が浴する恩恵にかかわるルールを骨抜きにすること。
  2. 民主的に選ばれた政府が有権者の期待する政策を実行するのを妨げること。
  3. 世界じゅうで所得と富の集中度を高めること。

このような機能をもつ国や地域の存在が問題視されたのは1981年にアメリカで出された公式報告が最初だが、欧米主要国による規制が行なわれるようになったのは1997年にEUが「企業課税に関する行動規範」を発布し、翌98年にOECDが「有害な租税競争」に関する報告を発表してからだ。

さらに、2001年に発生した同時多発テロを機にテロ組織によるマネーロンダリング対策が喫緊の課題になり、OECDの下部組織として「金融活動作業部会(FATF/ファトフ)」が設立、タックスヘイヴンを含む世界のすべての金融機関にKYC(Know Your Client)、すなわち顧客(受益者)の素性を確実に把握することを求めた。これによって、スイスなどで広く行なわれていた、信託会社をあいだにはさんで真の受益者を金融機関にもわからなくする秘密保持が禁じられた。

最初は犯罪(テロ)対策としてはじまったKYCだが、その情報が徴税にも活用できることがすぐに明らかになった。金融機関は顧客の氏名や住所(居住国)を把握しているのだから、口座情報を提出させれば、資産課税を不法に逃れている者をかんたんに特定できるのだ。

こうして2005年に「EU貯蓄課税指令」が出され、個人の銀行口座に支払われた利息への課税情報をヨーロッパ内で交換することになった。これは当初、株式などの配当が対象外で、さらに法人や信託(トラスト)が所有する銀行口座にも適用されなかったため実効性が疑われたが、結果的にその効果は大きかった。

「EU貯蓄課税指令」にはルクセンブルク、オーストリア、ベルギーなどが強く反発した結果、他国の税務当局との情報交換を拒否できる選択的離脱権が与えられた。ただしその場合、金融機関は口座に支払われる利息から15%を源泉徴収し、そのうち75%を口座名義人の居住国に分配することになった(残りの25%は源泉徴収を実施する“手数料”としてタックスヘイヴン国の懐に入った)。

この方式でタックスヘイヴンの生命線である守秘性は維持できると思われたが、ユーロ危機を追い風としたEUは源泉税率を2011年までに35%に引き上げた。タックスヘイヴン国は、利息に高率の税を課せば金融ビジネスが成立しないとしてベルギーを先頭に徐々に手を引き、2013年にルクセンブルクが方針を変えた際はジャン=クロード・ユンケル首相が退陣を余儀なくされた(その後、2014年11月に欧州委員長就任)。2017年中にオーストリアが税務情報の交換を受け入れ、EU内に金融秘密を守る国は存在しなくなる。

税務情報の自動交換が始まった

アメリカのFATCAやEUの「貯蓄課税指令」導入を受けて、OECD加盟国のあいだでの税務情報の交換が次の課題になった。それが税務行政執行共助条約で、100を超える国々が署名している。さらに、非居住者の口座情報を税務当局間で自動交換するための国際基準「共通報告基準(CRS:Common Reporting Standard)」をOECDが公表し、日本を含む各国がその実施を約束した。CRSにはヨーロッパのタックスヘイヴンだけでなく香港やシンガポールも加盟しており、2017年末の口座情報が2018年に交換されることになった(この制度はすでに実施されており、海外の金融機関は日本人の口座保有者にタックスID=マイナンバーの登録を求めている)。

マーフィーは口座情報の自動交換について「法人や信託には適用されず効果は限定的」との立場だが、こうした面倒なスキームを組むにはそれなりの資産を運用していなければならず、一般の個人は口座を解約するか、居住国で申告・納税するかを選択することになるだろう。

タックスヘイヴンを利用する目的が税逃れなら、口座情報が居住国の税務当局に通知されることでそのような銀行・証券会社を利用するひとはいなくなるとはずだ。実際、2009年を機に欧米の富裕層を主要顧客にするタックスヘイヴンのビジネスは縮小しているが、その一方でスイスやルクセンブルクが不況に喘いでいるという話は聞かないし、大手プライベートバンクは預かり資産を逆に増やしている。

これにはさまざまな理由がありそうだが、そのひとつは、税法にのっとって税務処理してもなお、自国の金融機関を使うよりタックスヘイヴン(オフショア)を利用した方がメリットがあると判断する顧客が一定数いるからだろう。

富裕層のなかには、税務情報の自動交換が始まるのなら税金のかからない国や地域に移住する者も出てくるだろう。島国の日本では想像できないが、ヨーロッパは地続きなので国境を越えた移住にもほとんど抵抗がない。居住国をフランスからモナコに変えるだけで、これまでどおりフランス語で暮らしながら合法的に税金を払わなくてもよくなる。

OECDに加盟していなかったりCRSに参加していない国に住んでいる富裕層にはもともと影響はない。彼らの多くは発展途上国の市民で、タックスヘイヴンを利用する目的は税逃れというより資産の秘匿だ。世界にはまだ、裕福だというだけで犯罪の標的になったり、国家権力に身柄を拘束されたりする国がいくらでもあるのだ。

このような理由から、さまざまな規制によってタックスヘイヴンが“正常化”されても、今後もそれなりの繁栄はつづくのではないだろうか。

税の引き下げ競争

タックスヘイヴンの個人利用が規制強化されたことで、焦点は法人や信託、とりわけグローバル企業の税逃れに移りつつある。

2013年2月、OECD報告「税源侵食と利益移転(BEPS)」が公表され、イギリスのキャメロン首相が国別報告書の導入をはじめて明言した。多国籍企業の売上の国別報告書は、現実の取引の実体がどこにあるのか(顧客が存在し、人が雇用され、資産が置かれているのはどこか)を明らかにすることを目的としていて、タックスヘイヴンを利用したグローバル企業の税逃れを規制する切り札としてマーフィーがずっと主張していたものだ。

2011年、イギリスに本部を置く慈善団体アクションエイドが、国内の大企業100社を調査したところ、ジョイントベンチャーを含め3万4216の子会社を所有しており、このうち8492社がタックスヘイヴンにあった(タックスヘイヴンに子会社をもっていないのは2社だけだった)。

もちろんこうしたオフショア子会社のすべてが税逃れを目的としたものではないが、なぜ600もの子会社が英国王室領のタックスヘイヴンである小さな島ジャージーに置かれなければならないのか。

タックスヘイヴンが「有害」なのは、その存在によって多くの国が税率引き下げ競争に巻き込まれるからだ。

2012年、イギリス政府は多国籍企業の短期資金(ホットマネー)の利益に対して、それがタックスヘイヴンにある場合の税率を5.5%とし、2020年までに4.25%まで下げると約束した。

OECD諸国の平均法人税率は2006年の27.67%から2016年には24.85%に、EUでは24.83%から22.09%に下がった。イギリスでは2009年には28%だった大企業の表面税率が2020年には17%に下がる予定になっている。また2015年のアイルランド政府の発表では、同国の法人税の表面税率は12.5%だが国内のアメリカ企業にかけられた実効税率はわずか2.25%だった。

アメリカは法人税率の高い国として知られており、州レベルの課税を含めて表面税率が40%ちかくに達することもあるが、フォーチュン500企業のうち2008年から2012年にかけて一貫して利益を計上していた288社が支払った連邦所得税の実効税率は19.4%にすぎず、ボーイング、GE、ベライゾンを含む26社は連邦所得税をまったく払っていなかった。さらには、アメリカ企業が全世界所得に課税されるのは海外で稼いだ資金を国内に持ち帰ったときだけで、ブルームバーグが推計したところ、この特殊な税制によってアメリカの大企業が海外に保有する資金は少なくとも2兆1000億ドルに達する。

タックスヘイヴンは「主権」国家か?

グローバル企業の国別報告書が公表されれば、「第三者への売上全体に占める現地企業の売上」「従業員総数に占める現地の従業員数」「総資産に占める現地に資産」が明らかになり、ここから現地における実際の経済活動を推定できる。

2013年、EUの要求に応じてバークレイズが初の報告書を公表し、マーフィーがそれをもとに分析したところ、イギリスで働く5万4595人のバークレイズ従業員は13億3900万ポンド(1人あたり2万4500ポンド)の損失を生む一方で、ルクセンブルクでは14人の従業員が13億8000万ポンドの利益をあげていた。1人あたりに換算すれば9860万ポンドで、日本円で100億円以上という異常な額だ。またジャージー島でも、従業員1人あたり280万ポンドの利益をあげていた。

この事実が明らかになったあとの2015年、バークレイズのイギリスの従業員は1人あたり2万6500ポンドあまりの利益をあげるようになり、その一方でルクセンブルクの従業員の利益は960万ポンド、ジャージー島の従業員の利益は26万ポンドまで縮小した。このように企業情報の透明化はグローバル企業に社会的責任を認識させ、その行動を大きく変える可能性がある。

マーフィーはグローバル企業が子会社ごとに納税するのではなく、グループとしての損益を合算したうえでまとめて徴税し、それを事業の実態に合わせて各国に分配すべきだという。だが、これを実現するには世界政府の登場を待たなくてはならないだろう。

そこで合算課税の代わりに提唱されているのが「代替ミニマム法人税(AMCT)」だ。これは多国籍企業の経常利益に対して最低税率の法人税を課すもので、AMCT(通常の法人税率よりも低く設定)として集められた税金は、国別報告書に基づいて、課税対象となっているグループが事業を営んでいる国や地域に分配される。ただし、税金の一部がAMCTの税率より低い税率の国に割り当てられる場合は、その地域の現行税率で算出された額しか入ってこない(法人税のない国には1銭も入ってこない)。こうして生まれた余剰分は、高い税率を課す国に再分配される。

AMCTのメリットは、法人税を課したくない国家の主権は尊重されるが、企業はあらゆる利益に対して納税義務を負うことだ。

タックスヘイヴンは「主権」国家で、民主的な手続きで制定された税法に他国が介入することはできないとされてきたが、世界金融危機を機に国際社会のパラダイムは変わり、主権は至上のもの(神から与えられた権利)ではなく国際社会が設定した基準(グローバルスタンダード)によって制限され得るものになった。

現在、グローバル企業が各国の税法にのっとって最適な納税をすることは株主の利益を守る当然の権利とされているが、このパラダイムも早晩変わっていくのかもしれない。だがその先にあるのは、マーフィーが望むような「タックスヘイヴンなき公平な世界」ではなく、欧米を中心に中国やインドなどの新興国も加わり、大国同士が税収を奪い合う弱肉強食の世界なのではないだろうか。

後記:2021年のG20で、法人税の最低税率を15%にする共同声明が採択された。23年にはGAFAなどのプラットフォーマーを対象に、「売上高200億ユーロ超で税引き前利益率が10%を超える企業」に対し、「売上高比で10%の利益を超える利潤の25%に課税する権利をサービスの利用者がいる国・地域に配分する」デジタス課税のOECD条約案の大枠がまとまったが、アメリカが批准する目途はたっていない。

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