グローバルな金融システムを批判する「左派(レフト)」の論理とは?

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2021年11月26日公開の「肥大化した「金融化」が市場経済を歪め、 経済格差を拡大させ「金融の呪い」を引き起こしている!」です(一部改変)。

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個人資産30兆円と、人類史上未曾有の大富豪になったイーロン・マスクが、6000万人を超えるSNSのフォロワーに、自身が保有するテスラ株の10%を売却すべきかを問うアンケートを行なった。結果は賛成57.9%、反対42.1%で、マスクは保有株の売却を始めたと報じられた。

これとは別に、国連の食糧支援部門WFP(世界食糧計画)は「ビリオネアへのたった一度の訴え(one-time appeal to billionaires)」を発表。事務局長デイヴィッド・ビーズリーは、超富裕層の寄付で4200万人を飢餓から救うことができるとして、イーロン・マスクに66億ドル(約7500億円)の寄付を求めた(マスクは、世界の飢餓と戦う方法が示されればテスラ株を売却して寄付するとtweetしていた)。

テクノロジーの急速な進歩とグローバル化の進展によって、これまでの常識では考えられないような富を保有する個人が登場した(マスクの個人資産はトヨタの時価総額に匹敵する)。それとともに、マスクやジェフ・ベゾス(Amazon)など超富裕層に対する「納税義務を果たしていない」「富をもっと社会に還元すべきだ」との風当たりが強くなってきた。

2021年6月、ロンドンで開かれていたG7(主要7カ国)の財務相会合で、グローバル企業への課税強化を視野に入れた「歴史的」な合意が交わされた。「企業が商取引で実際に利益を得ている現地で納税するよう制度を作るほか、法人税に各国共通の最低税率を定める方針」だという。

国際協調によって法人税を引き上げる背景には、「超富裕層やグローバル企業がタックスヘイヴンを使って納税義務を回避している」との批判がある。こうした「超富裕層・グローバル企業+タックスヘイヴン批判」を主導するのがNGO団体「タックス・ジャスティス・ネットワークTax Justice Network」で、この「税の正義派」はいまや国際社会で大きな影響力をもつようになった。

イギリスのジャーナリスト、ニコラス・シャクソンの『世界を貧困に導くウォール街を超える悪魔』( 平田光美、平田完一郎訳、 ダイヤモンド社)は、「税の正義派」が何を問題とし、どのような主張をしているかがわかるタイムリーな一冊だ(原題は“The Financial Curse:金融の呪い)”。シャクソンはTax Justice Networkの一員で、『タックスヘイヴンの闇 世界の富は盗まれている』(藤井清美訳、朝日新聞出版)では、イギリス(シティ)が大英帝国の遺産を使ってタックスヘイヴンの国際的なネットワークをつくりあげた歴史的経緯を白日の下にさらして大きな反響を得た。

金融化が市場経済を歪め、経済格差を拡大させている

シャクソンは、「あなたがインターネットで切符を購入したときの手数料75ペンス(約100円)がどのような「旅」をするか」から、国際的な金融ネットワークの説明を始める。

トレイラインは、イギリスおよび欧州大陸の電車とバスのチケットサービス会社で、ロンドンに拠点を置いている。ところが、イギリスの利用者がトレイラインを利用すると、その手数料は「英仏海峡を越えてタックスヘイブンのジャージー島へ、そこから再度ロンドンに戻り、(トレインライン・ホールディングスなど持ち株会社)5社を通過し、もう一度ジャージー島へ戻り、欧州大陸に飛んでタックスヘイヴンであるルクセンブルクの2社の銀行口座に落ち着く」。

だが、「ちっぽけな、しかし勇敢な75ペンス」の旅はこれで終わりではない。しばらく「金融のトンネル」に潜ったあと、今度はカリブ海へと移動し、ケイマン諸島の実態がつかみにくく不可解な3、4社を経て、「世界中の無数の資金の川や大河に合流し、まとまってアメリカの巨大な投資会社KKR(コールバーグ・クラビス・ロバーツ)の大きな胃袋に吸い込まれていく」。

しかしこれでも旅は終わらず、KKRの創業者で億万長者のジョージ・ロバーツとヘンリー・クラビスを含む株主の口座に移り、それが「実在する」300社以上に再投資されていく(実体のないものを加えると、KKRが所有する企業数は4000社を超える)。

タックスヘイヴンを介したこうした複雑怪奇な金融取引の連鎖が「金融化(ファイナンシャルゼーション)」で、シャクソンはこう批判する。

金融化時代の到来で、企業経営者やそのアドバイザーと金融セクターは、これまで主流であった経済に貢献する形態の富の創出から乖離し、金融手法を駆使して、経済から富を搾取する方向に舵を切った。金融化は、株主や経営者に莫大な利益をもらす一方、そのよって立つ土台である実体経済、すなわち私たち庶民が暮らしを維持し、働く場である実体経済は沈滞してしまっている。いわばこれら莫大な利益と経済の沈滞はコインの表裏であり、いずれも富の搾取なのだ。

ここからわかるように、シャクソンは資本主義を否定するのではなく、金融化によって資本主義が異形のものに変わってしまい、それが市場経済を歪め、経済格差を拡大させていると主張しているのだ。

「金融化がイギリスをゆたかにした」という“常識”は神話にすぎない

開発経済学における「資源の呪い」とは、石油やダイヤモンドなど天然資源の豊富な国が、資源の乏しい近隣諸国と比較して、その資源のゆたかさゆえに経済成長が遅れ、政治的腐敗や摩擦が増加し、より独裁的な政治と極度の貧困に苦しむようになることだ。シャクソンは、それと同じことがイギリスで起きているとして、これを「金融の呪い(本書の原題)」と名づけた。

1970年以前の1世紀ほどを見ると、イギリスのGDPのおよそ半分を銀行の資産が占めていたが、その後、金融化の到来とともにその比率は急上昇し、2006年までにはイギリスの銀行の資産はGDPの500%に達した(これは欧州平均の倍で、アメリカの4~5倍)。さらに、保険会社や他の金融関連機関の保有する金融資産にまで広げれば、イギリスのGDPの10倍をはるかに超える額になる。

イギリスの「競争力」の源泉はこの金融化(低税率と金融中心の経済)だとされているが、一人当たりの所得水準は北欧のどの国のそれよりも低く、高税率のフランスと比較して25%以上も生産性が低い。ロンドン以外では生産性はさらに低く、この状態はかなり長期にわたって続いている。

こうしたデータから、「金融化がイギリスをゆたかにした」という“常識”は神話にすぎないとシャクソンはいう。彼の試算によれば、肥大化した金融セクターがイギリス経済にもたらす損失の概算はおよそ4兆5000億ポンド(約700兆円)で国内総生産の2年半分に相当し、一世帯あたり17万ポンド(約2600万円)の負担になるというのだ。

タックスヘイヴン支配するシティ

イギリスの金融化を牽引するのは「シティ・オブ・ロンドン」という奇妙な自治都市だ。これについてはシャクソンの『タックスヘイブンの闇』に詳しいが、シティはロンドン市を構成する一自治体ではなく、中世から続く「金融ギルド」であり、国家(国王)と対等の政治的権利を有すると見なされた。シティは「ロンドン市のなかのもうひとつの都市」であり、「国家のなかのもうひとつの国家」なのだ。

第二次世界大戦後の冷戦期に、イギリスはシティを活用して、アメリカ本国では禁止されている(ソ連や中国、あるいはドラッグカルテルを相手にするような)ドル取引ができる「なんの規制もない」金融の自由市場を創設することで大英帝国の凋落を防ごうとした。これがユーロマーケット(欧州共通通貨のユーロとは関係ない)で、そこで取引される米ドルが「ユーロダラー」だ。そこは、国家によって管理されることのない「無責任で、儲かる、垣根のないグローバル金融の冒険的な遊園地」だったとシャクソンはいう。

イギリスにとって都合がよかったのは、世界各地に大英帝国時代の植民地があり、そのなかの弱小国家は独立しても自力では生きていけないため、英連邦に属しながら、「国家主権」を使った金融ビジネスに活路を見い出さざるを得なかったことだ。

イギリスの14の海外領土のうち、アンギラ、バミューダ、英領ヴァージン諸島、ケイマン諸島、ジブラルタル、モンセラット、タークス・カイコス諸島の7つは重要なタックスヘイヴンで、これに英王室属領であるジャージー島とガーンジー島(チャネル諸島)、マン島が加わる。こうした島国は、「海賊からの避難所として、または近隣の大陸の法的管轄権の及ばない、不正行為の隠れ家として」長い歴史をもっていた。これらの小国・地域がクモの巣のような金融ネットワークを構成し、それをシティが束ねているのだ。

タックスヘイヴン国がシティを頼るのは、イギリスの法制度が金融資産の保護を提供できるからだ。小さな島のタックスヘイヴンでは、行政の構成員が元漁師や民宿のオーナー、または従業員であることも珍しくない。そんな彼らに金融や税制の複雑な法律を起草できるわけもなく、すべてはシティの意を受けた法律事務所や会計事務所が代行している。

「ケイマン諸島登録の銀行が保有する資産は1兆ドルで、その極小国家のGDPの1000倍に相当、従って権力がどこにあるかは自明である」とシャクソンはいう。

節税ツールとしての信託

シャクソンは本書で、シティを中核とするタックスヘイヴン・ネットワークだけでなく、アメリカの一部の州が減税や守秘義務の強化など「タックスヘイヴン政策」で企業や資金を誘致しようとしていることや、EU内部でもルクセンブルクが事実上のタックスヘイヴンになっていたり、アイルランドがグローバル企業に節税機会を提供している実態などを暴いていく。

その詳細は本を読んでいただくとして、ここでは日本人には馴染みのない「節税ツールとしての信託」を紹介しておこう。

信託というのは、委託者・受託者・受益者の三者で構成される法的スキームで、親が子どものために財産を信託するときは、親が「委託者」、子どもが「受益者」で、子どもが成長するまで一時的に財産を預かり運用する金融機関や法律事務所などが「受託者」になる。

日本の場合、信託を利用しても税制の恩恵はほぼなく、親が死亡すると信託に預けた財産も相続税の対象になる。だが欧米では、富裕層(貴族などエスタブリッシュメント)の財産を保護するために、一定の条件を満たした信託財産は、受益者に移転されないかぎり非課税(課税が繰り延べられる)とされた。その結果、この「法律のバグ」を利用して大規模な租税回避が起きており、シャクソンによれば、イギリスにおける年間の相続対象財産額が1000億~1500億ポンドとされるなかで、相続税の徴収額はたったの3%、年間50億ポンドにすぎない。

もちろん、財産を信託すれば自動的に課税されなくなるわけではない。重要なのは、「受益者が信託財産に対する権利を行使できるかどうか」で、子どもが信託財産を自由に処分できるのなら、当然のことながら相続財産として課税される。しかしこれを逆にいうと、受益者の権利行使が「法律上」不可能になっていれば、税務当局には課税の根拠がない。

これを利用したのが「一任信託」で、「信託証書には誰が何を、いつどこでどのように、そしてなぜ受け取れるのかに関する細かい規定はなく、ひとえに受託者の自由裁量権に任されている」。信託財産を預かる受託者は、名目上の自由裁量権をもっており、法的には「誰が何を受け取るのかを決定するまでは、受益者の誰もが、現在も未来も、それに対する権利を主張できない」。税務当局は一任信託に手をつけることができず、信託弁護士らはこれを「訴訟要塞」と命名した。

イギリス本土の一任信託が保有している推定資産総額は13億ポンドだが、ジャージー島の信託の保有資産推定額は1兆ポンド相当で、グローバルな信託財産の総額は9兆~36兆ドルとされる。信託とは「個人仕様のタックスヘイヴン」なのだ。

名門家族の財産を世代から世代へと受け継ぐことを目的にする信託は「ダイナスティ信託」と呼ばれる。超富裕層の相続税対策に便宜をはかるために、さまざまな租税回避のための信託(法的スキーム)が開発されている。

「不確定(取消可能)信託」は、税務調査または犯罪捜査の渦中にあると感じている間は資産を信託に譲渡し、調査の可能性がなくなれば信託を解散し、資産を取り戻すことができる。

「消費者保護信託」は放蕩息子から信託財産を守るスキームで、金銭トラブルに巻き込まれた一族のメンバーを受託者が不適格と認定し、受益者のリストから排除することができる。

さらには、税務当局や捜査当局に対していかなる支払いも強固に拒絶する「強制条項」や、他国の法執行機関が嗅ぎまわりはじめた場合、信託財産を別の管轄地域に素早く非難させる「避難条項」をもある。

アメリカには、受益者に資産に対するほぼ無制限の支配権を与える、意図的に歪曲された「受益者欠損信託」なるものも存在する。「受益者匿名信託」に至っては、受益者の詳細はもちろん、受益者であること自体を一切明らかにしない。まさに「やりたい放題」の状況になっているのだ。

「金融の呪い」から逃れる道は?

公正な課税を求めるシャクソンは政治的には左派(レフト)で、「金融化」にかかわる国家、金融機関、大富豪などを「悪」として断罪する。その主張は過激すぎるようにも思えるが、グローバルな金融市場がマネーゲームと化すなかで、容認しがたい歪みが生じていることは事実だろう。

しかしこれは、さまざまな思惑が絡まってつくられてきた「現実」であり、一朝一夕に解決できる問題ではない。

タックスヘイヴン国は、日本でいうなら沖縄どころか奄美諸島程度の小さな島国かもしれないが、国際社会で認められた「主権(神の権利)」をもっている。その税制を国民が「民主的」に決めた以上、先進諸国の税源を侵食しているからといって、強制的に廃止させることはできない。信託にしても、「所得税などを支払ったあとに手元に残った資産をどのように保全・運用しようが個人の自由で、それに対する国家の介入は基本的人権(所有権)の侵害」という主張は一定の支持を得るだろう。

既得権にがんじがらめになったこの現状を、どのように変えていくのだろうか。それに対するシャクソンの答は意外なものだ。

1983年公開の映画『ウォー・ゲーム』では、高校生のハッカーが偶然、アメリカとソビエトの全面核戦争をシミュレートする政府のコンピュータにアクセスしてしまい、現実の核戦争を引き起こしそうになる。コンピュータの暴走を止める手段はないと思われたが、ハッカーはコンピュータに「核戦争に勝つ方法」を計算させることで、危機一髪で核戦争の回避に成功する。モニタに表示されたのは、「奇妙なゲームだ。このゲームに勝利する唯一の方法は、プレイしないことだ」との文字だった。

シャクソンは、「金融の呪い」もこれと同じ奇妙なゲームだという。そこから逃れる唯一の道は「プレイしないこと」すなわちイギリスが一方的に「金融化」のレースから離脱することなのだ。

だがどうやって? それについては「政治的行動に移す、影響力のある改革グループへ寄付する、デモに参加する」などの提案がなされている。「もはや臆病ではいられない。フェイスブックで勇壮な言葉だけを並べ、あなたと同意見のお友達にメッセージを送るだけでは、不十分だ。たった一人でもいいから、あなたと反対の意見を持つ人に、我々の社会に存在する肥大化した金融センターの危険性に気づいてもらえれば、それだけでもあなたは大きな貢献を果たしてことになる」のだという。

シャクソンの世界観では、イギリスは右派(保守派)と左派(リベラル)の政治イデオロギーで分断されているのではなく、いま起きているのは「金融化および金融の呪いを支持する者」と、「金融を社会に貢献する本来のものとして、元のあるべき姿に戻すことを熱望する者たち」との闘いになる。

この単純な「善悪二元論」にどの程度の実効性があるのか私は懐疑的だが、現実に、国際社会に一定の影響力をもち始めている以上、その動向を無視することはできないだろう。

禁・無断転載

メディアのマイナ批判は「若者の切り捨て」 週刊プレイボーイ連載(571)

「マイナ問題」の混乱が続いていますが、一連の報道がわかりにくいのは、「マイナンバー」と「マイナカード」を(おそらくは)意図的にあいまいにしているからです。

マイナンバーは国民および外国人居住者に付与される固有の番号で、これによって社会保障など行政サービスや納税手続きをデジタル上で完結できます。これまで「名前」「住所」「戸籍」などで管理してきましたが、これではデジタル化に対応できないので、北欧諸国を皮切りに先進国やインドなど新興国も続々と番号での管理に移行しています。

それに対してマイナカードは、マイナンバーの証明書にICチップの電子証明を付与したものです。社会がデジタル化するにつれて、非対面で本人確認しなければならない機会が増えていきます。そのとき、運転免許証や(顔写真すらない)保険証のコピーの提出では詐欺の温床になるため、より安全性が高く、スマホでも使える本人認証の方法が求められていました。

この機能は今後、行政サービスだけでなく、金融機関での口座開設など民間の利用へと拡大していくことになります。北欧のようなデジタル先進国では、婚姻届・出生届や引っ越しによる住所変更はもちろん、診療予約や医療費の支払い、クレジットカードや保険契約、賃貸住宅の契約、スマホの新規契約などにもマイナンバーが使われています。

日本のリベラルなメディアは、住基(住民基本台帳)番号の頃から「国民総背番号制」に断固反対してきました。それにもかかわらず、コロナ禍で日本の行政が、感染者の把握や給付金の支払いで世界に大きく遅れていることが白日の下にさらされると、いつの間にか「デジタル敗戦」を批判する側に180度転向します。ところがその後、マイナカードと保険証を一体化する方針に(読者・視聴者である)高齢者の不安が高まったことから、ふたたび「マイナ批判」が始まったのです。

「高齢者施設で入居者のマイナカードや暗証番号を職員が管理できるのか」という問題では、「認知症の患者もいるのだから紙の保険証を残すべきだ」とされました。国会ではリベラル政党が、国民に不安が広がっているとして、保険証との一体化を白紙に戻せと強硬に主張しました。マイナカードは危険といわんばかりの報道で自主返納が増えると、それをマイナ批判に使うというマッチポンプも顕著です。

「“弱者”である高齢者を守れ」というのは正論に聞こえますが、ここには、「高齢者の利便性のためにデジタル化が遅れたコストは誰が負担するのか」という視点が欠けています。これが、メディアのマイナ批判に対してネット上で若者を中心に不満や批判が渦巻いている理由でしょう。

人類史上未曽有の超高齢社会を迎えつつある日本では、社会保障費は200兆円ちかくまで膨れ上がり、現役世代1.3人で1人の高齢者を支える時代が確実にやってきます。若者たちは、「高齢者に押しつぶされる」という強い不安を抱えているのです。

そんなとき、「高齢者を切り捨てるな」という一方的な主張は、「若者を切り捨てろ」といわれているとしか思えないのでしょう。このことが理解できないかぎり、「リベラル」を自称するメディアや政党が若者に支持されることはないでしょう。

『週刊プレイボーイ』2023年7月31日発売号 禁・無断転載

”超富裕税”の背景にあるタックスヘイヴン問題とは?

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2015年12月30日公開の「先進国で強まる課税逃れ防止策の強化とタックスヘイヴン」です(一部改変)。なおスイスの大手プライベートバンク、クレディスイスは2023年3月、財務報告書に端を発した株価下落で経営危機に陥り、スイス政府の介入によってUBSに買収されました。

関連記事:”超富裕税”は格差社会を終わらせるか?

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2015年7月に出国税の適用が始まり、国外財産調書の申告漏れや虚偽記載にも罰則が科せられるようになった。こうした規制強化は日本だけのことではなく、アメリカやヨーロッパなどOECDに加盟する先進国はどこも国境を越える課税逃れの防止にやっきになっている。その標的がタックスヘイヴン(租税回避地)であることはいうまでもない。

フランスの若手経済学者ガブリエル・ズックマンの『失われた国家の富 タックス・ヘイブンの経済学』( 渡辺智之、林昌宏訳、NTT出版)は、世界規模の“税戦争”でなにが起きているのかを知る貴重な資料だ。

ちなみにズックマンの大学院時代の指導教官はトマ・ピケティで、『21世紀の資本』( 山形浩生、守岡桜、森本正史訳、みすず書房)にも協力している。ピケティと同じく政治的立場はリベラル左派でタックスヘイヴンに対してはきわめて批判的だが、だからこそ随所に興味深い知見が登場する。

プライベートバンク神話の嘘

ズックマンはまず、タックスヘイヴンの象徴としてスイスを取り上げる。

スイスの名高いプライベートバンク神話のひとつは、銀行秘密法はナチスの魔の手からユダヤ人の資産を守るために1935年に制定された、というものだ。だがズックマンは、これはまったく史実とは異なるという。

スイスの金融機関に国外から資金が流れ込んできたのは1920年代(14%増)で、それに比べて1930年代は1%増でしかない。その理由は明らかで、フランスで1921年と1925年に富裕層に対する課税が強化されたからだ。当時は株式や債券は無記名で、名義人の台帳もなく、資産は無条件に保有者のものとされた。資本市場に投資する富裕層は、自宅の金庫のほかに銀行の貸金庫にも証券を預けたが、ほどなくして海外(スイス)の金融機関を利用すればフランスに税金を納める必要がないことに気がついた。

1935年の銀行秘密法は、こうした海外の富裕層に便宜をはかるために制定された。最初に資金の流入があり、それを守るために法律をつくったのであって、迫害されているユダヤ人の資産を保護するために先回りして法を準備したわけではないのだ。第二次世界大戦後、ホロコーストが人類の悲劇として語られるようになると、スイス金融界は自分たちの暗い過去を隠蔽するために偽りの歴史をでっちあげたのだ。

終戦直後の混乱期を乗り越えると、1950年代からスイス金融界は黄金時代を迎えた。1973年のオイルショックで原油価格が急騰し、ペルシア湾岸の王族たちが大金持ちになると、その資金はこぞってスイスに流れ込んだ。アラブの顧客たちが求めたのは課税逃れではなく(国の支配層である彼らは税金を気にする必要はなかった)匿名性だった。実名で資金をアメリカ市場などに投資すると、口座を凍結されるのではないかと恐れたのだ。このときも、スイスの「鉄壁の守秘性」が顧客獲得に大きな威力を発揮した。

1980年代になると、金融自由化によって香港、シンガポール、ジャージー、ルクセンブルク、バハマなど世界各地に新たな資産運用の拠点が誕生した。このグローバルな競争によって一見、スイス金融界の成長は鈍化したように見えるが、これは上辺のことにすぎないとズックマンはいう。香港やシンガポール、カリブ海諸国につくられた銀行の多くはスイスの金融機関の子会社だからだ。このグローバル化によって、スイスに対するアメリカやEUからの風当たりが強くなっても、預かり資産をアジアなどのより隠しやすい国に容易に移転できるようになった。

現在(2013年)でもスイスは1兆8000億ユーロの外国人資産を保有しており、「銀行の秘密業務の時代は終わった」と宣言された2009年のG20以降、14%も増加している。その理由は、フランスやドイツの課税強化によって「小口(預かり資産数億円の口座)」の顧客が減っても、それを上回る大口の資金が流入してきたからだ。彼ら超富裕層は法人や信託、ペーパーカンパニーを自在に使いこなせるから、国際課税のルール変更など関係ないのだ。

タックスヘイヴンは世界の家計資産の8%を保有している

本書のいちばんの成果は、タックスヘイヴンに保有されている金融資産(すなわち「失われた国富」)を概算したことだ。

こうした計算は、それぞれのタックスヘイヴン国の海外からの投資額を合計すればかんたんなように思えるが、この方法はうまくいかない。なぜなら、タックスヘイヴン国はそのような「国家機密」を公開しないから。そこでズックマンは、コロンブスのタマゴのような方法を考えついた。

フランス人のA氏が、スイスの口座で米国市場(たとえばGoogle)の株式を保有しているとしよう。これをアメリカ側から見ると、外国人が自国の資産を保有しているのだから、対外負債として計上される。

それに対してスイスでは、自国の銀行にGoogleの株式が預けられていることは認識するものの、それを対外資産とは見なさない。なぜならそれはスイスのものではなく、フランス人投資家A氏の財産だからだ。

ところがフランスでも、この資産が計上されることはない。Google株はタックスへイヴンであるスイスに預けられていて、税務当局やフランス中央銀行には知る術はないのだから。

こうしてズックマンは、タックスヘイヴンが存在することで各国の対外負債勘定と対外資産勘定に齟齬が生じることに気がついた。それをたんねんに追っていけば、すかし絵のように空白の部分が浮かび上がってくるのだ。

こうした根気のいる作業の末にズックマンは、タックスヘイヴンには総額5兆8000億ユーロ(約750兆円)の金融資産が保有されていると推計した。そのうち3分の1の1兆8000億ユーロ(約240兆円)はスイス、残りの3分の2(3兆8000億ユーロ=約500兆円)はシンガポール、香港、バハマ、ケイマン諸島、ルクセンブルク、ジャージーなど他のタックスヘイヴンが保有している。これを見ても、タックスヘイヴンにおけるスイスの存在感は圧倒的だ。

ちなみに、2013年末時点の世界の家計資産の合計額はおよそ73兆ユーロ(約9500兆円)だから、タックスヘイヴンはその8%を保有していることになる。

このズックマンの推計は、タックスヘイヴンをめぐる議論に混乱を引き起こすことになった。これまでタックスヘイヴンの“闇の資金”は、税の正義を求める「タックス・ジャスティス・ネットワーク」が推計した21兆ドル(約2500兆円)から32兆ドル(約4000兆円)とされており、これに基づいて「世界の富の3分の1(ないしは5分の1)はタックスヘイヴンに隠されている」というのが常套句になっていたからだ。ところがズックマンが正しいとすると、タックスヘイヴンの“脅威”ははるかに小さくなってしまう。

ズックマンによれば、従来の推計は国際的な銀行預金の総量を基準にしているが、そこにはビジネスでタックスヘイヴンを使う合法企業の預金も含まれているから、それらをすべて租税回避の資金と見なすのは明らかに過大評価なのだ。

だが「最小」の推計値でも、タックスヘイヴンの資産に課税する効果は大きい。たとえばフランスでは、2013年度に約170億ユーロ(約2兆2000億円)の税収が不足したが、これはフランス人がタックスヘイヴンに保有する3600億ユーロ(約47兆円)に課税すれば全額埋め合わせることができるのだ。

タックスヘイヴンの金融資産に課税できるか

タックスヘイヴンに隠された金融資産にどのように課税するのか。これについてズックマンは、これまでの国際社会の取り組みにはほとんど効果がなかったと辛口の評価をする。

初期のタックスヘイヴン対策は、海外の税務当局から問い合わせがあれば答える、というオンデマンド型の情報提供に応じることだった。しかしこれは調査対象者がタックスヘイヴン国に口座を保有している証拠が必要だし、スイスなどでは消極的脱税は違法行為とは見なされないから、「照会基準に該当しない」といわれてしまえばそれまでだ。

だが問題はこれだけではない。ズックマンによれば、真の災厄はタックスヘイヴン国がこの無意味な規制を受け入れることでOECDのブラックリストからなんなく抜け出したことだ。タックスヘイヴン対策はタックスヘイヴンを「合法化」し、彼らのビジネスを太らせただけだった。

その反省から、現在はオートマティック型の租税情報交換が主流になっている。顧客(それぞれの国の居住者)の口座情報を当該国の税務当局に自動的に提供する制度はオンデマンド型よりも効果はありそうだが、これであぶりだされるのは小口の顧客だけで、真の富裕層にとっては、信託や財団、ペーパーカンパニーを使って情報交換の適用対象から外れるのはかんたんだという。

アメリカが鳴り物入りで導入したFATCA(外国口座税務コンプライアンス法)は、海外の金融機関に対し、米国籍を持つ顧客の情報をIRS(内国歳入庁)に提供するよう義務づけるものだ。しかしその罰則はアメリカ市場で得た取引に30%の懲罰的な源泉徴収課税を行なうだけで、もともと米国内で取引していない金融機関に対してはなんの効果もないと、ズックマンは批判する。

しかしそのFATCAも、EUが導入した貯蓄課税指令よりはずっとマシだ。これはヨーロッパの金融機関に対し、EU居住者の口座情報を当該国の税務当局に提供することを義務づけるものだ。しかしズックマンは、この制度は利子(すなわち銀行預金)しか対象にしていないため、株式や債券、ファンドなど配当の支払われる金融商品に乗り換えることでかんたんに規制を逃れることができるという。

さらにEU全加盟国が同一条件で参加したわけではなく、(EU内のタックスヘイヴン国である)ルクセンブルクとオーストリアは特別な枠組が認められ、顧客情報の提供の代わりに利子の35%に源泉課税し、その4分の3を当該国に(顧客に代わって)収めることで守秘性を維持することが認められた。この結果、スイスなど他のタックスヘイヴン国にも同じ条件を認めるほかなくなったのだ(2015年1月にEUのこの特例は廃止され、スイスとも2018年から口座情報を交換するよう協議中)。

だが最大の問題は、FATCAと同じく、この規制が個人にしか適用されないことだ。

2004年末に、スイスの銀行口座のうちヨーロッパ人の実名によるものが25%、法人(ペーパーカンパニー名義)が50%だったが、EU貯蓄課税指令の源泉徴収がスタートした2005年末には、実名口座が15%(10%減)、法人名義が60%(10%増)になった。BVI(ブリティッシュヴァージンアイランズ)のペーパーカンパニーやリヒテンシュタインの財団に資金を移すことで、大物はみんな逃げ出してしまったのだ。

このようにタックスヘイヴン規制にはほとんど効果はない。だったらどうすればいいのか?

貿易制裁、EUからの除名、資本課税

経済学者であるズックマンは、タックスヘイヴン国における金融ビジネスを否定しているわけではない。問題なのはそれが周辺国の公正な徴税を阻害し、損害を与えていることだ。

タックスヘイヴン国の金融機関が競争上の優位を確保できるのは、守秘性の壁によって顧客情報が守られているからだ。この壁は法によってつくられているのだから、これはいわば金融機関への補助金(非関税障壁)と同じだ。

だとすれば、「タックスヘイヴン国には貿易制裁で対抗すればいい」とズックマンはいう。たとえばドイツ、フランス、イタリアの居住者はスイスの金融機関に合計5000億ユーロ(約65兆円)の資産を保有し、この3カ国はそこから150億ユーロ(約2兆円)の税収を失っている。そこから逆算すると、この3カ国はスイス製品に30%の懲罰的関税を課す権利を持つことになる。もしこのような制裁が実現すれば、スイスはもはや守秘性を維持するメリットはなくなるのだから、租税の透明性はすみやかに実現するだろう。

ただしこの手法にはひとつ重大な欠陥がある。ヨーロッパの代表的なタックスヘイヴンのうち、ルクセンブルクがEU加盟国(というかEU創設メンバーのひとつ)であることだ。EU加盟国に対しては、このような懲罰的な関税を課すことは禁じられている。

この問題に対するズックマンの解決策はさらに大胆だ。

2020年には、ルクセンブルク内の生産から得られる所得(GNP)のうち50%は外国人のものになると推計されている。ルクセンブルクは「主権」をグローバル金融機関に売り渡してしまったのだから、もはや国家を名乗る資格はない。だとしたら、ルクセンブルク(現在のEU議長国で、ジャン=クロード・ユンケル元首相は欧州委員委員長)をEUから除名し、そのうえで懲罰的関税の対象にすればいいのだ。

タックスヘイヴンに保有されている金融資産に対して適切な課税ができないのは、その内訳を外部から知る方法がないからだ。そこでズックマンは、IMF(国際通貨基金)が世界じゅうの株式、債券、投資ファンドなど流通するすべての金融商品の保有者を記入した帳簿(金融資産台帳)をつくることを提案する。有価証券は現在は電子化されて、日本では「ほふり(証券保管振替機構)」が管理しているが、その世界版をイメージすればいいだろう。

国際的な証券保管機構にはすでにベルギーのユーロクリアとルクセンブルクのクリアストリームがあるから、そのデータを各国の証券保管機構と接続すればグローバルな金融資産台帳の構築は技術的には不可能ではない。

もしこれが実現すれば、金融資産から得た利益だけでなく、資産そのものに課税することも可能になる(資本課税)。たとえばIMFが金融資産評価額の2%に課税し、フランスの資本課税が1.5%だとすると、顧客はフランスの税務当局に資産を申告することで0.5%分の税還付を受けることができる。

このように世界的な資本課税は、顧客に税の申告を促す強力なインセンティブになる。申告しなければ税は払い損になってしまうのだから、ペーパーカンパニーや信託、財団を使った「節税策」はすべて無意味になるはずだとズックマンはいう。

グローバル企業に課税するには

最後にして最大の問題は、各国の税法のすき間をついて税逃れをするグローバル企業だ。スターバックスは、イギリス国内で大きなビジネスを行なっているのに、税率の安いオランダやルクセンブルクに利益を移転して税金をほとんど払っていないとしてデモの標的になった。

こうした国際的な租税回避を防ぐには、世界規模で利益に対して課税するしかない。この利益は会計操作の難しい販売量(売上)に基づいて配分するのが現実的で、これによってより公正な課税が可能になるだろう。

だがズックマンも認めるように、税の配分にあたっては各国の利害が真っ向から衝突するため、すべての国が納得する魔法の配分方式は見つかりそうにない。だがEUでは、販売量、賃金総額、資本を3分の1ずつカウントする単純な配分式によって域内の利益を分配することが検討されている。もしこれが実現したら、EUとアメリカを統合することでこの方式を広げていくことができるとズックマンは期待を寄せている。

こうした提言はいずれもきわめて大胆なもので、現在のところ実現可能性はなきに等しい。だが本書が、タックスヘイヴンやグローバル資本主義を批判するひとたちにひとつの「道」を提示したことの意義は大きい。

将来、リーマンショックのような世界規模の不況によってふたたび経済格差が重大な社会問題になれば、ズックマンの提案がひとびとの注目を集め、リベラル左派の政治家(あるいはポピュリスト)によって公の場に持ち出される可能性はじゅうぶんあるだろう。

後記:「実現可能性はなきに等しい」と述べたが、23年7月、グローバルテック(プラットフォーマー)を対象に、「売上高比で10%の利益を超える利潤の25%」に課税する権利をサービス利用者のいる国・地域に配分する「グローバル課税」の多国間合意がまとまった。2025年発効を目指すとするが、現時点ではアメリカが批准するかは不確実だ。

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