マイクロクレジットの“奇跡の物語”と不都合な真実

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2017/11/23日公開の「RCTにより明らかになった マイクロクレジットの“奇跡の物語”と不都合な真実」です(一部改変)。

後編:ランダム化比較試験が明らかにしたマイクロクレジットの秘密

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政策を考えるうえでは、「誰がなにをしたのか?」ではなく、「どれくらいのひとがそれをするのか?」を知ることの方が重要なことがよくある。人間は弱い生き物だから、悪いことだと知りながらも、ルールを破って目の前の機会に飛びついてしまう。それを一切許さないとすると、ものすごく窮屈な社会(ファシズム管理国家)になってしまうだろう。

これが問題になるのは、たとえば生活保護の制度設計だ。

目の前で貧しいひとが餓死しかけているのに、それを放っておけばいいと主張するひとは(たぶん)いないだろう。しかしその一方で、「私は貧乏です」との自己申告でどんどんお金を配ればいい、というお人よしもそんなに多くないはずだ。

これが漏給と不正受給のトレードオフで、必要なひとすべてに生活保護を支給しようとすると、それを悪用する不正受給が増える。不正受給をゼロにするために手続きを厳しくすると、必要なひとが保護を受け取れなくなり漏給が増える。

だったら不正受給も漏給もゼロにするような完璧な制度をつくればいいと思うかもしれないが、個人の生活を国家が全面的に監視する『1984』のような未来社会が実現しないかぎりそんなことは不可能だ。ここで大事なのは、不愉快なトレードオフを受け入れたうえで、どのような制度設計をすればそれを最適化できるかを考えることだ。

こんなとき必要なのが、「誰がごまかしているか?」の犯人探しではなく、「どのくらいのひとがごまかすだろうか?」の正確な推計だ。 続きを読む →

エロス資本のマネタイズが容易になるとなにが起きるか? 週刊プレイボーイ連載(589)

事実は小説より奇なり、という事件です。

2016年夏、大学3年生の女性はアルバイトの面接で、会社オーナーを名乗る40代半ばの男と出会います。男は「東大大学院卒」で「売上数十億円」の投資家と名乗り、ペットのペリカンの写真を見せられました。

男が主催するイベントに参加すると、集まった若い女性たちに、ゲームの景品としてエルメスのバッグを配っていました。女子大生は、男を「カリスマ資産家」だと信じ込んでしまいます。

大学を卒業し、看護師や保健師として働くようになると、男から株への投資を勧められ貯金など300万円を預けます。2020年には「一緒に事業をやらないか」と誘われて仕事を辞め、「会社の休憩室」と説明されたマンションに同居し、事業の初期費用として410万円を渡しました。

ところがその後、株で多額の損失が出て返済義務があると迫られ、パパ活を指示されます。当初はデートの見返りに数万円を受け取る程度でしたが、やがて奨学金やカードローンの返済などの名目で多額の金を借りるようになります。

裁判の被告人質問で女性は、「出会い系サイトに登録させられた。会う人の年齢やサイトでの会話の内容も男に指示され、『60代以上が好み』『長くお付き合いしてくれるとうれしい』とメッセージを送った」と証言しています。男からは「1日4人、計120万円」のノルマを課され、できないと怒鳴られたり殴られたりし、パパ活の収入はすべて男に渡していました。「お前が破産すれば、家族がみんなつかまる」などと脅され、家族との縁も切り、洗脳状態にあったようです。

この事件で驚くのは、この女性が3~4年のあいだに、高齢の男性15人から計1億5000万円をだましとったとして逮捕されたことです。

28歳の無職女性を新宿・大久保公園周辺で売春の客待ちをさせたとして、京都市在住の27歳の無職の男が逮捕された事件も同じような話です。女性はSNSで男と知り合い、「パパ活より稼げる」と売春をもちかけられ、路上で客待ちをするようになりました。男は約1年間で、売春で得た金のうち1500万円以上を受け取ったとみられています。

イギリスの社会学者キャサリン・ハキムは、若い女性の性的な魅力を「エロティック・キャピタル」と名づけました。ハキムは、自分のエロス資本を活用するのは女性の権利であり、「純愛」の名の下に(一夫一妻制で)男がそれを独占するのは性差別だと批判したのです。

ところがこれらの奇妙な事件からわかるのは、SNSの登場によって、いまや若い女性のエロス資本のマネタイズがきわめて容易になったことです。日本の大卒サラリーマンの生涯収入は、40年間働いて3億から4億円です。ところが28歳の「洗脳」された元看護士は、わずか3~4年のあいだにその半分ちかくを(しかも無税で)稼いでしまったのです。

いまは一部の男女の特異な事件と扱われていますが、この事実を多くの若い女性が知ったとき、いったいなにが起きるのか、想像すると恐ろしいものがあります。

参考:「パパ活詐欺「洗脳」の果てに」朝日新聞2023年12月15日(夕)
キャサリン・ハキム『エロティック・キャピタル すべてが手に入る自分磨き』田口未和訳、共同通信社

『週刊プレイボーイ』2024年1月15日発売号 禁・無断転載

「低技能の移民をもっと受け入れよ」と説くノーベル賞受賞経済学者の論理とは?

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2021年4月22日公開の「「移民は地域経済にプラス」「格差拡大はグローバリズムが原因ではない」常識を覆す「絶望を希望に変える」ノーベル賞受賞経済学者の理論とは?」です(一部改変)。

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アビジット・V・バナジーとエステル・デュフロは、インドやアフリカなど発展途上国を舞台に、RCT(ランダム化比較試験)を使って経済政策を検証する独創的な研究を行ない、2019年に夫婦そろってノーベル経済学賞を受賞した。バナジーはインド、コルカタ生まれで、アジアからはアマルティア・センに続いて2人目、デュフロはノーベル経済学史上最年少で、なおかつ2人目の女性受賞者になる。

そのバナジーとデュフロが2019年に刊行した『絶望を希望に変える経済学 社会の重大問題をどう解決するか』(村井章子訳、日本経済新聞出版)は、トランプ誕生後の混迷するアメリカ社会に経済学はなにができるのか、という困難な問いに答えようとしている。2人がこの本を書こうと決めたのは、「富裕国が直面している問題は、発展途上国で私たちが研究してきた問題と気味が悪いほどよく似ていることに気づいた」からだという。

原題は“Good Economics for Hard Times(困難な時代のためのよい経済学)”だが、邦題は本書のテーマをよく表わしている。とはいえ、「絶望を希望に変える」魔法のような処方箋があるのだろうか。 続きを読む →