マッチングアプリは恋愛を自由化し、男女の生物学的な性差を拡大させる 週刊プレイボーイ連載(574) 

進化心理学では、男女の生物学的な性の非対称性から、男と女では性愛戦略が大きく異なると予想します。男はほぼ無制限に精子をつくることができるのに対し、女は卵子の数に限りがあり、いったん妊娠すると出産まで9カ月かかるだけでなく、子どもが乳離れするまで数年間の子育て期間が必要になります。これほどまでに生殖コストに差があると、男は手当たり次第にセックスしようとするのに対し、女は性愛の相手をきびしく選り好みするはずだというのです。

ポリコレの基準では「男と女には(生殖器を除いて)なんのちがいもない」とされているので、こうした主張は「セクシズム(性差別主義)」だと批判されてきました。ところがオンラインでのデートが当たり前になると、ビッグデータを使って男女がどのように行動しているかを観察できるようになりました。

欧米を中心に20代のあいだで大人気のマッチングアプリTinder(ティンダー)は、興味や関心ではなく、位置情報に基づいて近くにいる出会い候補(最短で2キロ以内)を検索できるのが特徴です。ユーザーは表示される顔写真を右(いいね)か左(スキップ)にスワイプし、2人とも右にスワイプして「マッチ」したら、テキストメッセージを送ってすぐに会うことができます。結婚を前提とした交際ではなく、気軽に友だちを探すことができるのが人気の秘密でしょう。

そこで研究者は、この仕組みを利用し、男女の架空のプロフィール(いずれも24歳)をつくってロンドンに住む異性に「いいね」を送り、どのような反応があるかを調べてみました。

それによると、男性のあるプロフィールでは8万6440件の「いいね」を送って、相手が「いいね」を送り返してくれたのは234件で、マッチ率は0.26%でした。それに対して女性のあるプロフィールでは、1万30件の「いいね」に対して2319件の「いいね」が返ってきたので、マッチ率は23.1%でした。この2人のマッチ率には100倍ちかい差があったのです。

平均すると男性のマッチ率は0.6%で、およそ200回に1回しかマッチしません。それに対して女性の平均マッチ率は10.5%ですが、「いいね」を送ったすべての相手が画像を見ているわけではないので、これは下限です。研究者が行なったアンケート調査では、女性の6割が、「いいね」を押した半分以上がマッチすると答えているので、こちらの方が実態にちかいでしょう。

ここからわかるのは、マッチングアプリが恋愛を自由化し、男女の(生物学的な)性差をより拡大させていることです。選ばれる側の男性ユーザーは片っ端から「いいね」を送り、女性ユーザーはそれを徹底して選り好みして、気に入った相手と高い確率でマッチしているのです。

これは、恋愛の第一段階では女性が圧倒的な「強者」になるという進化心理学の予想と整合的です。そしてこの(進化の過程でプログラムされた)女性の選り好みが、非モテやインセル(非自発的禁欲主義者)と呼ばれる恋愛「弱者」の若い男性を生み出すのでしょう。

参考:Gareth Tyson et al. (2016) A First Look at User Activity on Tinder, arXiv

『週刊プレイボーイ』2023年8月28日発売号 禁・無断転載

「主権」を失いつつあるタックスヘイヴンへの規制の行方は?

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2017年10月26日公開の「「主権」を失ったタックスヘイヴン国家の行く末とは?」です(一部改変)。

関連記事:グローバルな金融システムを批判する「左派(レフト)」の論理とは?

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2017年10月16日、地中海のマルタ島でパナマ文書の報道に加わった女性ジャーナリスト、ダフネ・カルアナガリチア(53)が車を運転中に爆殺された。報道によれば、彼女はこれまで政治家の腐敗や汚職を厳しく指摘し、マルタのムスカット首相の妻らがパナマに設立した法人で資産隠しをしているとの疑惑を報じてもいたという。

この事件で興味深いのは、マルタ自体がヨーロッパのタックスヘイヴンであることだ。そんな租税回避地ですら、自分の資産を守る(隠す)のに別のタックスヘイヴンに頼らなくてはならない。

最近あまり話題にならなくなったパナマ文書だが、この事件をきっかけにふたたび注目を集めている。そこで今回は、タックスヘイヴン批判の急先鋒であるイギリスの国際政治経済学者リチャード・マーフィーの新刊『ダーティ・シークレット タックス・ヘイブンが経済を破壊する』(鬼澤忍訳、岩波書店) に拠りながら、「税金のない国」の現状がどうなっているのかを見てみよう。

パナマ文書の影響は限定的

最初に断っておくが、マーフィーは『ダーティ・シークレット』でパナマ文書にほとんど言及していない。すでに大量の報道がなされているということもあるだろうが、いちばんの理由は、タックスヘイヴンとしての重要性をパナマが失っているからのようだ。

マーフィーによれば、タックスヘイヴン活動に従事しているのは世界全体で数十万人程度で、その中核にいるのはグローバル金融機関、四大会計事務所(プライスウォーターハウスクーパーズ、デロイト、EY、KPMG)、ロンドンを拠点とする「信託および資産管理専門家協会STEP」に所属する資産管理専門家、および「マジックサークル」と呼ばれるオフショアの法律事務所グループだ。

ただし、オフショア法人の登記情報など1000万件以上を流出させたパナマの法律事務所モサック・フォンセカが、マジックサークルというエリートグループの一員かどうかは疑わしい。ほぼ間違いなくそのグループに属しているのはメイプルズ・アンド・カルダーで、もとはケイマンを本拠にしていたが、現在はダブリン、ロンドン、香港、シンガポール、ドバイでも事業を展開している。

マーフィーによれば、2005年、モサック・フォンセカは1万3000を超えるオフショア法人を設立し、2006年、2007年とその数はほとんど変わらなかったものの、2009年には約8500に減り、2013年からはさらに減少した。2015年に設立した法人は4341で、ピーク時の3分の1近くまで減っていた。

モサック・フォンセカのオフショア法人ネットワークは2009年に8万1810でピークに達し、その後じりじりと縮小した。2015年にはその数は6万6153まで減り、閉鎖した企業は8864で設立した企業の2倍を超えていた。モサック・フォンセカのオフショアビジネスは、パナマ文書が暴露される前から右肩下がりだったのだ。

こうした現象はパナマだけではない。ジャージー島で営業している銀行の数は、2009年の46から2016年には32まで減った。2007年にマン島で運用されていた資金は500億ドルだったが、2015年には214億ドルと半減している。ケイマンの法人数は2005年の7万4905から2008年には9万3693まで増えたものの、そこで伸びは止まり2015年でも9万8838だった。

なぜこのようなことが起きたのか。それは、オフショアビジネスに急ブレーキがかかったのが2009年であることに注目してみるとわかる。

2008年9月のリーマンショックを機に世界経済は未曾有の大混乱に陥り、ヨーロッパに飛び火してユーロ危機を引き起こした。その後、欧米の政治家が、グローバル金融ビジネスへの批判の延長としてタックスヘイヴンを標的にするようになり、2009年4月のロンドンG20サミットは「(われわれは)タックス・ヘイブンを含む非協力的法域への対抗措置をとることで意見が一致している。公共財政と金融システムを守るため、制裁を課す用意はいつでもできている。銀行秘密の時代は終わったのである」と宣言した。

金融業界を激震させたもうひとつの象徴的な事件が、スイスの大手プライベートバンクUBSのスキャンダルだ。これについてはすでに書いたが、2008年11月、この名門銀行の最高幹部が米司法当局から脱税の共謀犯として起訴され、裁判所の出頭命令に応じなかったため翌年1月に逃亡犯として国際指名手配された。

参考:スイスのプライベートバンクを告発して億万長者になった男

この事件を受けてアメリカは2010年に外国口座コンプライアンス法(FATCA/ファトカ)を成立させた。この法律によって、米国で事業を行なう海外の金融機関は、アメリカ人(米国の税法上居住者)の保有する口座情報をIRS(内国歳入庁)に提出しなければならなくなった。情報提供を拒否することもできるが、その場合は米国内で得たすべての所得に30%の源泉徴収が行なわれることになるから、事実上、事業の継続は不可能だ。

この法律によって、アメリカの個人が税逃れを目的にタックスヘイヴンなど海外の金融機関に口座を保有するメリットはほぼ消滅した。

失われつつある秘匿性

マーフィーは、タックスヘイヴンの基本的な目的は次の3つだという。

  1. 社会のエリート層が浴する恩恵にかかわるルールを骨抜きにすること。
  2. 民主的に選ばれた政府が有権者の期待する政策を実行するのを妨げること。
  3. 世界じゅうで所得と富の集中度を高めること。

このような機能をもつ国や地域の存在が問題視されたのは1981年にアメリカで出された公式報告が最初だが、欧米主要国による規制が行なわれるようになったのは1997年にEUが「企業課税に関する行動規範」を発布し、翌98年にOECDが「有害な租税競争」に関する報告を発表してからだ。

さらに、2001年に発生した同時多発テロを機にテロ組織によるマネーロンダリング対策が喫緊の課題になり、OECDの下部組織として「金融活動作業部会(FATF/ファトフ)」が設立、タックスヘイヴンを含む世界のすべての金融機関にKYC(Know Your Client)、すなわち顧客(受益者)の素性を確実に把握することを求めた。これによって、スイスなどで広く行なわれていた、信託会社をあいだにはさんで真の受益者を金融機関にもわからなくする秘密保持が禁じられた。

最初は犯罪(テロ)対策としてはじまったKYCだが、その情報が徴税にも活用できることがすぐに明らかになった。金融機関は顧客の氏名や住所(居住国)を把握しているのだから、口座情報を提出させれば、資産課税を不法に逃れている者をかんたんに特定できるのだ。

こうして2005年に「EU貯蓄課税指令」が出され、個人の銀行口座に支払われた利息への課税情報をヨーロッパ内で交換することになった。これは当初、株式などの配当が対象外で、さらに法人や信託(トラスト)が所有する銀行口座にも適用されなかったため実効性が疑われたが、結果的にその効果は大きかった。

「EU貯蓄課税指令」にはルクセンブルク、オーストリア、ベルギーなどが強く反発した結果、他国の税務当局との情報交換を拒否できる選択的離脱権が与えられた。ただしその場合、金融機関は口座に支払われる利息から15%を源泉徴収し、そのうち75%を口座名義人の居住国に分配することになった(残りの25%は源泉徴収を実施する“手数料”としてタックスヘイヴン国の懐に入った)。

この方式でタックスヘイヴンの生命線である守秘性は維持できると思われたが、ユーロ危機を追い風としたEUは源泉税率を2011年までに35%に引き上げた。タックスヘイヴン国は、利息に高率の税を課せば金融ビジネスが成立しないとしてベルギーを先頭に徐々に手を引き、2013年にルクセンブルクが方針を変えた際はジャン=クロード・ユンケル首相が退陣を余儀なくされた(その後、2014年11月に欧州委員長就任)。2017年中にオーストリアが税務情報の交換を受け入れ、EU内に金融秘密を守る国は存在しなくなる。

税務情報の自動交換が始まった

アメリカのFATCAやEUの「貯蓄課税指令」導入を受けて、OECD加盟国のあいだでの税務情報の交換が次の課題になった。それが税務行政執行共助条約で、100を超える国々が署名している。さらに、非居住者の口座情報を税務当局間で自動交換するための国際基準「共通報告基準(CRS:Common Reporting Standard)」をOECDが公表し、日本を含む各国がその実施を約束した。CRSにはヨーロッパのタックスヘイヴンだけでなく香港やシンガポールも加盟しており、2017年末の口座情報が2018年に交換されることになった(この制度はすでに実施されており、海外の金融機関は日本人の口座保有者にタックスID=マイナンバーの登録を求めている)。

マーフィーは口座情報の自動交換について「法人や信託には適用されず効果は限定的」との立場だが、こうした面倒なスキームを組むにはそれなりの資産を運用していなければならず、一般の個人は口座を解約するか、居住国で申告・納税するかを選択することになるだろう。

タックスヘイヴンを利用する目的が税逃れなら、口座情報が居住国の税務当局に通知されることでそのような銀行・証券会社を利用するひとはいなくなるとはずだ。実際、2009年を機に欧米の富裕層を主要顧客にするタックスヘイヴンのビジネスは縮小しているが、その一方でスイスやルクセンブルクが不況に喘いでいるという話は聞かないし、大手プライベートバンクは預かり資産を逆に増やしている。

これにはさまざまな理由がありそうだが、そのひとつは、税法にのっとって税務処理してもなお、自国の金融機関を使うよりタックスヘイヴン(オフショア)を利用した方がメリットがあると判断する顧客が一定数いるからだろう。

富裕層のなかには、税務情報の自動交換が始まるのなら税金のかからない国や地域に移住する者も出てくるだろう。島国の日本では想像できないが、ヨーロッパは地続きなので国境を越えた移住にもほとんど抵抗がない。居住国をフランスからモナコに変えるだけで、これまでどおりフランス語で暮らしながら合法的に税金を払わなくてもよくなる。

OECDに加盟していなかったりCRSに参加していない国に住んでいる富裕層にはもともと影響はない。彼らの多くは発展途上国の市民で、タックスヘイヴンを利用する目的は税逃れというより資産の秘匿だ。世界にはまだ、裕福だというだけで犯罪の標的になったり、国家権力に身柄を拘束されたりする国がいくらでもあるのだ。

このような理由から、さまざまな規制によってタックスヘイヴンが“正常化”されても、今後もそれなりの繁栄はつづくのではないだろうか。

税の引き下げ競争

タックスヘイヴンの個人利用が規制強化されたことで、焦点は法人や信託、とりわけグローバル企業の税逃れに移りつつある。

2013年2月、OECD報告「税源侵食と利益移転(BEPS)」が公表され、イギリスのキャメロン首相が国別報告書の導入をはじめて明言した。多国籍企業の売上の国別報告書は、現実の取引の実体がどこにあるのか(顧客が存在し、人が雇用され、資産が置かれているのはどこか)を明らかにすることを目的としていて、タックスヘイヴンを利用したグローバル企業の税逃れを規制する切り札としてマーフィーがずっと主張していたものだ。

2011年、イギリスに本部を置く慈善団体アクションエイドが、国内の大企業100社を調査したところ、ジョイントベンチャーを含め3万4216の子会社を所有しており、このうち8492社がタックスヘイヴンにあった(タックスヘイヴンに子会社をもっていないのは2社だけだった)。

もちろんこうしたオフショア子会社のすべてが税逃れを目的としたものではないが、なぜ600もの子会社が英国王室領のタックスヘイヴンである小さな島ジャージーに置かれなければならないのか。

タックスヘイヴンが「有害」なのは、その存在によって多くの国が税率引き下げ競争に巻き込まれるからだ。

2012年、イギリス政府は多国籍企業の短期資金(ホットマネー)の利益に対して、それがタックスヘイヴンにある場合の税率を5.5%とし、2020年までに4.25%まで下げると約束した。

OECD諸国の平均法人税率は2006年の27.67%から2016年には24.85%に、EUでは24.83%から22.09%に下がった。イギリスでは2009年には28%だった大企業の表面税率が2020年には17%に下がる予定になっている。また2015年のアイルランド政府の発表では、同国の法人税の表面税率は12.5%だが国内のアメリカ企業にかけられた実効税率はわずか2.25%だった。

アメリカは法人税率の高い国として知られており、州レベルの課税を含めて表面税率が40%ちかくに達することもあるが、フォーチュン500企業のうち2008年から2012年にかけて一貫して利益を計上していた288社が支払った連邦所得税の実効税率は19.4%にすぎず、ボーイング、GE、ベライゾンを含む26社は連邦所得税をまったく払っていなかった。さらには、アメリカ企業が全世界所得に課税されるのは海外で稼いだ資金を国内に持ち帰ったときだけで、ブルームバーグが推計したところ、この特殊な税制によってアメリカの大企業が海外に保有する資金は少なくとも2兆1000億ドルに達する。

タックスヘイヴンは「主権」国家か?

グローバル企業の国別報告書が公表されれば、「第三者への売上全体に占める現地企業の売上」「従業員総数に占める現地の従業員数」「総資産に占める現地に資産」が明らかになり、ここから現地における実際の経済活動を推定できる。

2013年、EUの要求に応じてバークレイズが初の報告書を公表し、マーフィーがそれをもとに分析したところ、イギリスで働く5万4595人のバークレイズ従業員は13億3900万ポンド(1人あたり2万4500ポンド)の損失を生む一方で、ルクセンブルクでは14人の従業員が13億8000万ポンドの利益をあげていた。1人あたりに換算すれば9860万ポンドで、日本円で100億円以上という異常な額だ。またジャージー島でも、従業員1人あたり280万ポンドの利益をあげていた。

この事実が明らかになったあとの2015年、バークレイズのイギリスの従業員は1人あたり2万6500ポンドあまりの利益をあげるようになり、その一方でルクセンブルクの従業員の利益は960万ポンド、ジャージー島の従業員の利益は26万ポンドまで縮小した。このように企業情報の透明化はグローバル企業に社会的責任を認識させ、その行動を大きく変える可能性がある。

マーフィーはグローバル企業が子会社ごとに納税するのではなく、グループとしての損益を合算したうえでまとめて徴税し、それを事業の実態に合わせて各国に分配すべきだという。だが、これを実現するには世界政府の登場を待たなくてはならないだろう。

そこで合算課税の代わりに提唱されているのが「代替ミニマム法人税(AMCT)」だ。これは多国籍企業の経常利益に対して最低税率の法人税を課すもので、AMCT(通常の法人税率よりも低く設定)として集められた税金は、国別報告書に基づいて、課税対象となっているグループが事業を営んでいる国や地域に分配される。ただし、税金の一部がAMCTの税率より低い税率の国に割り当てられる場合は、その地域の現行税率で算出された額しか入ってこない(法人税のない国には1銭も入ってこない)。こうして生まれた余剰分は、高い税率を課す国に再分配される。

AMCTのメリットは、法人税を課したくない国家の主権は尊重されるが、企業はあらゆる利益に対して納税義務を負うことだ。

タックスヘイヴンは「主権」国家で、民主的な手続きで制定された税法に他国が介入することはできないとされてきたが、世界金融危機を機に国際社会のパラダイムは変わり、主権は至上のもの(神から与えられた権利)ではなく国際社会が設定した基準(グローバルスタンダード)によって制限され得るものになった。

現在、グローバル企業が各国の税法にのっとって最適な納税をすることは株主の利益を守る当然の権利とされているが、このパラダイムも早晩変わっていくのかもしれない。だがその先にあるのは、マーフィーが望むような「タックスヘイヴンなき公平な世界」ではなく、欧米を中心に中国やインドなどの新興国も加わり、大国同士が税収を奪い合う弱肉強食の世界なのではないだろうか。

後記:2021年のG20で、法人税の最低税率を15%にする共同声明が採択された。23年にはGAFAなどのプラットフォーマーを対象に、「売上高200億ユーロ超で税引き前利益率が10%を超える企業」に対し、「売上高比で10%の利益を超える利潤の25%に課税する権利をサービスの利用者がいる国・地域に配分する」デジタス課税のOECD条約案の大枠がまとまったが、アメリカが批准する目途はたっていない。

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「サラリーマン増税」は誤解なのか、それとも… 週刊プレイボーイ連載(573)

マイナ問題の混乱で支持率が低下している岸田政権が、「サラリーマン増税」批判に神経をとがらせています。発端は6月末に提出された政府税制調査会の中期答申で、そこでは、これまで税制優遇されていた退職金や、一定額まで非課税となっている通勤手当や社宅の貸与などが見直しの対象とされており、これがネットで炎上したのです。

退職金は収入から控除額を引いたものの2分の1に、所得税・住民税が課税されるのですが、政府税調が問題にしたのは、勤続年数20年を超えると控除額が大幅に上がることです。国税庁の試算例では、勤続11年の控除額が440万円なのに対し、勤続30年だと1500万円にもなります。

「同じ会社に20年以上働かないと損になる」という税制は、終身雇用が当たり前の時代ならいざ知らず、転職を繰り返しながらキャリアアップしていくジョブ型雇用の時代には合いません。これでは社員は転職をためらい、会社に「監禁」されてしまいます。

アメリカやEUの一部では、退職金優遇の前提となる定年制は「年齢差別」として禁じられています。そう考えれば、本来、その月に受け取るべき給与を後払いする退職金そのものを「違法」とし、報酬は給与やボーナスで支払うべきだということもできます。

リベラルな社会の原則はすべての市民を無差別(平等)に扱うことですが、これは政府だけでなく民間にも適応されます。日本の会社の正規/非正規が「身分差別」だと批判されるのは、同じ仕事をしていても、属性(身分)によって給与や待遇を変えているからです。

同様に、一部の社員のみに社宅や家族手当を提供するのは正当な理由がなく、最高裁も正社員と非正規社員の明白な格差を違法と認定するようになってきています。だとすれば、「差別」である社宅・家族手当などを国が税制で優遇するのはおかしいという指摘は当然です。

世界でもっともリベラルな北欧では、正規/非正規の「身分」はなく、フルタイムとパートタイムの働き方のちがいがあるだけです。会社は社宅や家族手当を提供せず、社員は人生のステージに合わせてフルタイムで働くか、子育てや介護、勉学と両立させながらパートタイムで働くかを自由に切り替えています。

北欧の会社には、日本では当たり前の通勤手当もありません。どこに住んでいるかで支給額が変わるのは「平等」の原則に反するからです。すべての報酬は給与として支払われ、社員はその範囲で、それぞれの家庭の事情に合わせて住む場所を決めています。

サラリーマン家庭の専業主婦が、年金保険料を支払わずに年金を受給できる第3号非保険者制度は、家父長的なイエ制度を守るために導入されましたが、この国では、家父長制を否定するはずの(自称)リベラルがなぜかこの歪んだ制度を容認しています。本来なら、年金を個人単位にし、負担と受給を平等にすべきでしょう。

問題は、超高齢社会である日本では、公正な社会を目指そうとする試みが、社会保障制度の破綻を避けるための増税だと見なされてしまうことです。この懸念を解消するには、政府はあらかじめ税制中立(全体では損も得もない)を約束すべきですが、それができないということは、もしかしたら……。

『週刊プレイボーイ』2023年8月21日発売号 禁・無断転載