「子どもを性犯罪から守るために、どこまですべきなのか」という問題 週刊プレイボーイ連載(577)

学校や保育園、児童養護施設などが、従業員の性犯罪歴をデータベースで確認する「日本版DBS(Disclosure and Barring Service)」の実現に向けて、こども家庭庁が早ければ今秋の臨時国会に法案を提出すると報じられました。

イギリスでは2002年、南東部のソーハムで、お菓子を買いに出かけた10歳の少女2人が行方不明となり、近くに住んでいた中等学校の用務員の男が、少女たちを家に誘い込んで絞殺したとして終身刑に処せられました。

この事件がイギリス社会を大きく揺るがせたのは、犯人の男がこれまで何度も性暴力の疑いをかけられていたことです。そのなかには、10代の少女らと性的関係をもち、そのうちに1人が15歳で女児を出産したとして、3度にわたって警察に通報されたというものもありました。ところがこれは、女児たちが男との性交渉を否定したため起訴できず、その後、18歳の女性をレイプしたとして逮捕された事件では、合意のうえだという弁明を覆す証拠がなく、起訴が取り下げられました。

当然のことながら、こうした行状は噂になり、男は解雇されて転居し、学校の用務員の仕事に就きました。ところがソーハムの住人たちは、男の性犯罪歴についてなにも知らされていなかったのです。

男の危険性がわかっていれば、少女たちは殺されずにすんだとの強い批判を受けて、教育省は子どもと接する仕事に就けない人物のリストを作成し、その後、2012年にこの業務が政府から一定の距離を置く組織に移されDBSが発足します。

イギリスのDBSの特徴は、対象範囲が広く、チェックが厳しいことです。

日本版DBSでは、確認対象は「裁判所による事実認定を経た前科」とされますが、これはイギリスでは「基本チェック」にあたり、個人の自宅に商品を運ぶ仕事も対象になります。配送業者の従業員は配達先の個人情報を手にし、「子どもが玄関のドアを開ける可能性もある」からだそうです。

「標準チェック」では犯罪歴に加え、警察からの戒告処分や警告処分なども確認されます。学校の教員や手術医など、「職業柄、子どもや脆弱な大人に直接関わり、権限を行使する」職業に就く者は「拡張チェック」によって、有罪になっていないような警察の懸念事項なども調べられます。この拡張チェックは現在、400万人が受けるように義務付けられます。

驚くのは、DBSに調査部門があり、雇用主から性加害の懸念が伝えられると、警察や関係者から情報を集め、その人物の就業を禁止できることです。半官半民の組織が、裁判のような司法手続きを通さずに、職業選択の自由を制限する大きな権力を与えられているのです。その結果イギリスでは、DBSは年間700万件以上の証明書を発行し、約8万人が子どもにかかわる仕事に就くことができなくなっています。

社会がよりリベラルになり、子どもの数が少なくなるにつれて、小児性犯罪は「魂の殺人」とされ、いっさい許容されなくなりました。本家に比べれば日本版DBSの権限は微々たるものですが、日本も同じリベラル化の潮流にある以上、やがて社会の圧力によって巨大な組織になっていくかもしれません。

参考:「性犯罪歴などで就業制限 英国の「DBS制度」の今」朝日新聞2023年9月11日

『週刊プレイボーイ』2023年9月25日発売号 禁・無断転載

アメリカ人はカルト空間に閉じ込められているのか

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2020年11月13日公開の「「アメリカ人はカルト空間に閉じ込められている」
大統領選の「異常」な事態こそが”アメリカらしさ”」です(一部改変)。

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1995年の地下鉄サリン事件のとき、雑誌編集者として何人かのオウム真理教の信者から話を聞いたことがある。事件に関与した教団幹部ではないが、いずれも20代後半から30代前半で、国立大学か有名私立大学を卒業し、その多くは大手企業に就職した経験があった(もっとも高学歴だったのは東京大学大学院修士課程在学中の在家信者だった)。

教団は当時、世界はフリーメーソンによって支配されており、自分たちは米軍とCIAから毒ガス攻撃を受けているとの奇怪な主張をしていたが、彼らは(私が会ったのは全員が男性信者だった)露骨な「陰謀論」を口にすることを慎重に避けていた。とはいえ言葉の端々から、自分たちが「世界の秘密(神秘体験)」を知った“選ばれた人間”だという意識がはっきり感じられた。

そんな彼らの話を繰り返し聞いているうちに、この賢い若者たちは「カルト空間」に閉じ込められているのではないかと思うようになった。本人は理路整然と話しているつもりでも、思考の根拠が歪んでいるので、会話はどこか妄想めいたものになってしまうのだ。もっともそのことは自分でもわかっているらしく、「この世界こそが妄想だ」というポストモダン的な相対主義へと議論は向かっていくのだが。

アメリカ大統領選の混乱を見ながらそんな昔のことを思い出したのは、トランプ大統領が「ディープステイト(闇の政府)」と戦っているというQアノンの陰謀論や、「レイシスト」の警察を解体し自主管理でコミュニティを運営しようとする左派(レフト)の理想主義に、同様の「思考の歪み」を感じたからだ。

アメリカはファンタジー(魔術思考)に支配されてきた

「アメリカ人がカルト空間に閉じ込められている」というのは、私の思い込みというわけではない。2016年のトランプ大統領誕生後に刊行され、大きな話題となった『ファンタジーランド 狂気と幻想のアメリカ500年史』( 山田美明、山田文訳、東洋経済新報社)で、作家のカート・アンダーセンは、アメリカという国は「自分たちだけのユートピア」を求めて故郷を捨てたピルグリム・ファーザーズという「常軌を逸したカルト教団によって建設された」と述べている。

それ以来500年のあいだ、アメリカは「ファンタジー(魔術思考)」に支配され、ひとびとはしばしば「狂乱」に陥った。そうした歴史を顧みるならば、真実(トゥルース)を否定する大統領の登場はなんら驚くようなことではなく、むしろ必然だったとアンダーセンはいう。

17世紀、アメリカ=新世界はヨーロッパ人にとって「空想の場所」であり、「熱病が生み出す夢、神話、楽しい妄想、幻想の場所」だった。新世界を目指す者たちは「スリルと希望に満ちたフィクションを信じるあまり、この夢が叶えられなければ死ぬ覚悟で、友人、家族、仕事、分別、イングランド、既知の世界など、あらゆるものを捨てて旅に出た。そして大半が本当に死んだ」。

新世界に最初にやってきたイングランド人たちは、「魅力的な信念や、大胆な希望や夢、真実かどうかわからない幻想のために、慣れ親しんだあらゆるものを捨て、フィクションの世界に飛び込むほど向こう見ずな人たちだったに違いない」とアンダーセンは書く。

だとしたら、夢に駆り立てられて大西洋を渡ったヨーロッパ系アメリカ人の祖先は、母集団である平凡なヨーロッパ人と比べてなんらかの性格的なちがいがあるのだろうか。大多数のひとたちは、同じような困難な境遇にありながらも、故郷にとどまることを選んだのだから。

パーソナリティ心理学は、こうした性格傾向(特性)を「外向性/内向性」と「経験への開放性」で説明する。

「外向性/内向性」は近年では、性格的に明るい(陽気)か暗い(陰気)かではなく、刺激に対する感度(覚醒度)のちがいとされる。外部から五感に一定の刺激を受けた時、外向性パーソナリティでは脳が反応する閾値が高く(感度が鈍く)、内向性パーソナリティでは閾値が低い(感度が高い)。

脳の覚醒度には心地よく感じる一定の範囲があり、そこから外れることを嫌って無意識に(自動的に)刺激を調整しようとする。外向的なひとは最適な閾値に対して脳が低活動なことが多く、刺激が足りないと感じているから、見知らぬひとたちが集まるパーティ、大音響でアップテンポの曲が演奏されるライブハウス、危険なスポーツや不倫のようなあやうい恋愛に魅かれるだろう。

一方、内向的なひとは最適な閾値に対して脳が活動過多なことが多く、強い刺激を苦手にするから、パーティやクラブを避け、一人で読書をしたり、クラシック音楽を聴くのを好み、決まったパートナーと長く暮らすか、あるいは独身を貫くかもしれない(刺激に対して極端に感度が高いパーソナリティは、最近は「繊細さん」と呼ばれる)。

「経験への開放性」は新しもの好き(新奇性)のことだとされていたが、これもいまでは「意識の解像度のちがい」だと考えられている。開放性の高いひとは解像度が低く、さまざまな(余分な)情報が意識に流れ込んでくる。開放性の低いひとは解像度が高く、意識の焦点が合っている。

意識の解像度が低いと、大量の情報を処理できなくなって妄想的になるが、思いがけないものを結びつけて奇抜な比喩や斬新なアイデアを思いつくこともある。もっとも「経験への開放性」が高いのが詩人だが、芸術家だけでなく科学者やベンチャー起業家(スティーヴ・ジョブズ)にもこのタイプは多い。それに対して意識の解像度が高い(「経験への開放性」が低い)と、安定しているものの型にはまった生活や考え方をしがちだ。

アンダーセンの『ファンタジーランド』をパーソナリティ心理学で説明するならば、外向的(強い刺激を求める)で、なおかつ経験への開放性が高い(妄想的な)移民が集まってきたことで、アメリカは「狂気と幻想の国」になったのだ。

「旅人遺伝子」の謎

「陽気で活動的で、つねに新しいことにチャレンジする」というアメリカ人のステレオタイプは、パーソナリティ心理学の「外向性」と「経験への開放性」にぴったり重なる。「経験への開放性」は芸術的な感性やイノベーションと結びついており、それがアメリカを、映画や音楽など魅力的なエンタテインメントを生み出したり、シリコンバレーから続々とベンチャー企業が誕生する「夢の国」にしたのかもしれない。だがその一方で「経験への開放性」は妄想的傾向の指標ともなり、その値が極端に高いと(意識の解像度が低すぎると)統合失調症と診断される。

行動遺伝学によると、性格的傾向のおよそ半分は遺伝で、残りの半分は環境で説明できる。アメリカで起きる常軌を逸した(ように見える)出来事の背後には、なんらかの「生得的」なものがあるらしい。

じつは同じような印象を、オウム真理教の信者にも感じた。彼らはもちろん「異常」などではなく「ふつうの若者たち」だったが、そこには一定の性格的な傾向があった(すくなくともそのように感じた)。それを当時は「夢を見ているような」と表現したが、まさに「経験への開放性が高い」パーソナリティだ。オウム真理教がその特異な教義によって「妄想的」な若者たちを選択的に引き寄せいていたと考えれば、信者たちに抱いた私の困惑をうまく説明できる。

もちろん、ある社会現象を「遺伝的」あるいは「生得的」な要素に還元することは慎重でなければならない。「アメリカ」と「オウム真理教」を同列に語るのならなおさらだ。

それでもこの話を書こうと思ったのは、近年、ヒト集団のあいだでドーパミンの影響にちがいがあることがわかってきたからだ。――外向性や経験への開放性には、脳内神経伝達物質のドーパミンがかかわっている。

アメリカの精神医学者ダニエル・Z・リーバーマンは、ライターのマイケル・E・ロングとの共著『もっと! 愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学』( 梅田智世訳、インターシフト)で、「旅人遺伝子」についての興味深い議論をしている。

1996年、イスラエルの研究者リチャード・エプスタインが4番目のドーパミン・レセプターを発見した。DRはドーパミン・レセプター(受容体)の略で、D1DRからD5DRまで5種の亜型が存在する。このうち4番目のD4DRは認知や情動との関連が強い大脳皮質や中脳辺縁系に集まっており、新奇性(新しいものや変わったもの)追求の傾向に関係するとされる。

このD4DRの第3エクソン(遺伝子をコードする部分)は繰り返し回数に個人差があり、2~12回の多型がある。エプスタインの発見が注目されたのは、繰り返し回数が6回以上のグループと、5回以下のグループで新奇性追求に有意な個人差があることが示されたからだ。この繰り返し回数(エクソンの長さ)は4回と7回が多いため、短いグループを4R、長いグループを7Rと呼ぶこともある。

D4DR-7Rの遺伝子タイプは脳内のドーパミン活動量が多く、「退屈への耐性が低く、新しいものやめずらしいものならなんでも追い求める。衝動的、探索的、移り気、興奮しやすい、浪費癖といった傾向を示すこともある」とされる。それに対してD4DR-4Rの遺伝子タイプは「内省的、頑固、誠実、禁欲的、気長、質素である傾向が強い」。このちがいは政治イデオロギーにも影響し、新奇性を追求する7Rは「リベラル」で、新奇性を避ける4R は「保守」になる傾向があるともされる。

この説はいまだ完全に立証されてはいないものの、2つの遺伝子タイプは「経験への開放性」パーソナリティと一致する。保守的な4R が故郷に残り、夢を実現するためにリスクを恐れず海を渡った移民たちには7Rの「冒険家タイプ」が多いのではないだろうか。

この疑問はじつは研究されていて、世界では平均して5人に1人が7Rの遺伝子をもっているが、その割合は地域によってかなり異なる。人類発祥の地(アフリカ)の近くにとどまった集団には7R の遺伝子が少なく(4Rの遺伝子が多く)、より遠くまで移動するほど7R 遺伝子の割合が高くなるのだ。

アメリカ大陸では、ベーリング海峡を渡って北から南へと旅をした道程と平仄を合わせるように、インディアン/インディオの7R 遺伝子保有比率は北米32%、中米42%、南米69%と高くなっていく。「長いアレル(遺伝子タイプ)を持つ人の割合は、移動距離が1000マイル長くなるごとに4.3ポイント上昇する」のだ。

これがD4DR-7R が「旅人遺伝子」とされる理由だが、リーバーマンは、これにはもうひとつの解釈が成り立つという。

それまでとまったく異なる環境で生きていくのはきわめて大きなストレスがかかる。だとすれば、新しい刺激(新奇性)に対する耐性(低反応性)をもつ者の方がうまく環境に適応できるのではないか。この説明では、ある集団のなかで7Rの遺伝子タイプをもつ者たちが選択的に移住への旅に出たのではなく、「ひとたび移動が始まったあとに7R遺伝子の保有者が生存上有利になった」ことになる。

リーバーマンは、「旅人遺伝子であれば、距離にかかわらず、移動をはじめた者は均等に7Rの遺伝子をもっているはずだ」という。だが実際には、アメリカ大陸のインディアン/インディオに見られるように、移動距離に応じて7R 遺伝子の保有割合が高くなっている。これは何世代にもわたってなじみのない環境に適応した結果で、「7Rの遺伝子は移動の引き金ではなく、移動する者たちの生存を助けるものだった」ことを示しているという。

双極性障害の4つのタイプ

約5万年前の「出アフリカ」によってヒトはユーラシア大陸全域からアメリカ大陸、オセアニアなど地球全土に広がっていった。アフリカからの移動距離が遠くなるほど、新奇な環境への適性をもつ7Rの遺伝タイプが多くなっていく。同様にアメリカ人の(ヨーロッパ系の)祖先たちも、旧大陸と大きく異なる環境に適応するために、それに最適なパーソナリティだけが残ったのだろうか。

これは魅力的な仮説だが、じつは現代の移住にはあてはまらない。「移民集団の7R遺伝子の保有率は祖国にとどまっているひとたちとほとんど変わらない」のだ。そうなると、「ファンタジーランド」の別の説明が必要になる。

じつは、脳内のドーパミン濃度は4Rか7Rかの遺伝子タイプだけで決まるわけではない。神経伝達物質は、いったん分泌されほかの脳細胞の受容体と結合したあと、相互作用を終わらせるために放出元の細胞に戻される。この回収作業を行なうのがニューロンのトランスポーターで、いわば「再取り込みポンプ」だ。抗うつ剤として広く使われているSSRIは、セロトニンの再取り込みを阻害する(受容体に蓋をする)ことで脳内のセロトニン濃度を高める作用がある。

ドーパミンの再取り込みを担うのがドーパミン・トランスポーターだが、コカインにはその再取り込みを阻害する効果がある。その結果、コカインを摂取すると脳内のドーパミン濃度が高まり、気分が高揚したり、集中力が高まったりする。この作用は「躁状態」によく似ている。

いまだ諸説あるものの、双極性障害(躁うつ病)にはセロトニンとドーパミンの両方がかかわっている。うつ状態では脳内のセロトニンが枯渇しているが、そこになんらかの要因でドーパミンが増えると躁状態がやってくる。この躁状態は、同じく脳内のドーパミンに強く影響される統合失調症とよく似ている(妄想や幻聴などが現われて区別がつかないこともある)。

この仮説が正しいとすると、双極性障害の発症率は、ヒト集団におけるドーパミン・トランスポーターの効率のちがいを表わしているかもしれない。世界全体では人口のおよそ2.4%が双極性障害を患っているが、アメリカ国民の双極性障害の有病率は世界最高の4.4%で、世界のほかの地域の2倍近くにのぼる。

さらに、アメリカでは双極性障害の患者のおよそ3分の2が20歳までに発症するが、ヨーロッパではその割合は4分の1にすぎない。リーバーマンはこれを、「アメリカの遺伝子プールでは(双極性障害の)高リスク遺伝子の密度がほかよりも高い」からだとする。

双極性障害はスペクトラム(連続体)で、重度から軽度に向けて大きく4つのタイプに分けられる。

  1. 双極Ⅰ型 うつ状態と躁状態がはっきりとした精神疾患で、典型的な躁うつ病。躁状態では極度のハイパーテンションになり、まったく眠らずに過活動しても疲れを感じず、全財産をギャンブルに注ぎ込んだり、上司に辞表を叩きつけて事業を始めたり、ローンを組んで高額の買い物をしたりする。その病状は、脳内のドーパミン濃度を上げるアッパー系のドラッグによく似ている。
  2.  双極Ⅱ型 うつ状態は重度だが、躁は軽躁状態と呼ばれる比較的軽いものになり、場合によっては単極性のうつ病と区別が難しい場合もある(そのため、単極性うつ病から双極性障害へと病態が連続しているとの説もある)。
  3.  気分循環症(サイクロサイミア) 軽躁状態と軽いうつのサイクルで、社会生活には問題ないものの、周囲からは「気分が変わりやすい」と思われる。
  4.  発揚気質(ハイパーサイミック) うつ状態のない軽躁状態が続くことで、「活動過多(ハイパー)な性格」とされる。

リーバーマンは発揚気質のパーソナリティを、「陽気で気力に溢れ、ひょうきんで過度に楽観的で、過剰な自信を持ち、自慢しがちで、エネルギーとアイデアに満ちている。多方面に広く関心を向け、なんにでも手を出し、おせっかいで、あけっぴろげでリスクを冒すのを厭わず、たいてはあまり眠らない。ダイエット、恋愛、ビジネスチャンス、さらには宗教といった人生の新たな要素に過剰に熱中するが、すぐに興味を失う。しばしば偉業を成し遂げるが、一緒に暮らすと苦労する相手でもある」と描写する。――これはアメリカ人の「自画像」そのものだ。

アメリカは「軽躁文化」、日本は「抑うつ文化」

双極性障害がスペクトラムだとすれば、もっとも重度な双極Ⅰ型(躁うつ病)の有病率が高い社会では、より軽度な双極Ⅱ型だけでなく、サイクロサイミア(気分循環症)やハイパーサミック(発揚気質)の比率も高くなるはずだ。そして、これこそがアメリカ社会の特徴だとリーバーマンはいう。とりわけ「西部諸州を切り開いた冒険的な開拓者は、リスクを厭わず興奮を求める性格の持ち主で、遺伝的にドーパミン活性過剰である可能性が高い」とされる。

双極性スペクトラムのなかでもっとも裾野が広い(人数の多い)ハイパーサミックは、「異常な症状をいっさい体験することなく、モチベーションの高さ、創造性、リスクを冒して大胆な行動をとる傾向などの、平均以上のドーパミン活性レベルを反映した利点を享受している」。社会的・経済的な成功者を思い浮かべれば、その多くが「知能の高いハイパーサミック」だとわかるだろう。

脳内のドーパミン濃度が平均より高い「軽躁状態」のひとたちは自己効力感も高い。「人生における成功は、自分ではコントロールできない外部の力に左右されると思いますか?」という質問に「はい」と答えた割合は、ドイツ72%、フランス57%、イギリス41%に対しアメリカは3分の1をわずかに超える程度だという。「自助自立」というアメリカ建国の理念は、たんなるイデオロギーではなく、ハイパーサミックなアメリカ人の気質にぴったり合ったからこそ長く強固に受け継がれてきたのだ。

(アメリカ人である)リーバーマンはハイパーサミックのよいところしか書いていないが、それが躁うつ病への連続体だとするならば、強いストレスが加わると(より重度の)サイクロミアから双極Ⅱ型に移行するかもしれない。このことは近年、経済格差の拡大するアメリカでうつ病が急増していることの有力な説明になる。

参考:アメリカはディストピアで、日本はユートピアなのか

さらに、過度なドーパミンが妄想(統合失調症)につながるという負の側面に目を向ければ、アンダーセンが『ファンタジーランド』で描いた「狂気と幻想」にとらわれたひとたちの姿になる。アンダーセンはアメリカ社会の特徴をこう述べている。

わが国が奉じる超個人主義は最初から、壮大な夢、あるいは壮大な幻想と結びついていた。アメリカ人はみな、自分たちにふさわしいユートピアを建設するべく神に選ばれた人間であり、それぞれが創造力と意志とで自由に自分を作り変えられるという幻想である。

こうしてアメリカ人は、「あらゆるタイプの魔術思考、何でもありの相対主義、非現実的な信念に身をゆだねていった」。Qアノンの陰謀論がその延長上にあるのなら、いま起きている「異常」な事態こそが“アメリカらしさ”なのだ。

ところで、ドーパミンから見た日本人のパーソナリティはどのようなものだろうか。リーバーマンによると、「移民のほとんどいない日本では、(移民の多いアメリカの4.4%に対して)双極性障害の有病率は0.7%ほどで、世界でもきわめて低い」とされる。そうなると、裾野を形成する双極Ⅱ型やサイクロサイミア、ハイパーサミックの割合も低くなるはずだ。それに加えて、DRD4遺伝子の繰り返し回数には人種差があり、東アジア系は繰り返し回数が少なく、これが強い刺激を避ける内向性パーソナリティにつながっているとの研究もある。

そう考えると、日本人の特徴は脳内のドーパミン濃度が低いことで、軽躁状態(ハイパーサミック)の恩恵を被れないかわりに、社会が「魔術思考」で混乱することも(あまり)ないのではないか。日本人が覚せい剤のようなアッパー系のドラッグを好むことも、この「低ドーパミン気質」から説明できるかもしれない。この生物学てな特徴が、アメリカを「軽躁部文化」、日本を「抑うつ文化」にしているのだ。

もっとも、これは日本人が「理性的」だということではない。経験への開放性が低いと型にはまった考え方しかできなくなり、だからこそ画期的なイノベーションよりも既存の技術の改良を得意とするのかもしれない。また、戦前の日本を見ればわかるように、低ドーパミン気質でも強い圧力が加わるとたちまち妄想的になってしまう。

だからこれはあくまでも相対的なものにすぎないが、世界じゅうから夢に駆り立てられて集まったひとたちが「カルト空間に閉じ込められている」というのは、アメリカ社会の魅力と混乱をかなりうまく説明しているのではないだろうか。

禁・無断転載

アメリカのリベラルがひた隠しにする、ニューヨークの「ユダヤ原理主義コミュニティ」の女性差別

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2021年9月17日公開の「世界的なリベラルの本拠地アメリカ・ニューヨークに女性の人権を抑圧し、差別的な習俗を持つ一大コミュニティが存在する」です(一部改変)。

『アンオーソドックス』はNetflexで2020年に映像化されている

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アフガニスタンから米軍が撤退し、イスラーム原理主義組織タリバンが全土を掌握したことで、教育や職業選択、あるいは恋愛・結婚でこれまで(まがりなりにも)一定の自由を得ていた女性たちが困難な状況に陥るのではないかと危惧されている。

アメリカ北東部は西海岸と並び、世界的な「リベラル」の本拠地で、女性の自由や人権を守り、ジェンダーギャップをなくすさまざまな試みが行なわれている。だがそのニューヨークに、アフガニスタンと同じような境遇に置かれている多くの女性たちがいるとしたらどうだろうか。

デボラ・フェルドマンの『アンオーソドックス』(中谷友紀子訳、辰巳出版)は、ブルックリンのユダヤ教正統派のコミュニティに生まれ、親の決めた相手と結婚して一子をもうけた著者が「自由な人生」を獲得するまでを描いた自叙伝で、これまで隠されてきた(見て見ないふりをされてきた)女性差別的な文化・習俗を赤裸々に描いて大きな反響を呼んだ。副題の“The Scandalous Rejection of My Hasidic Roots(私のハシド派のルーツのスキャンダラスな拒絶)”が示すように、本書はアメリカのユダヤ社会だけでなく、リベラルにとっても「スキャンダル」だった。

サトマール派は「ウルトラオーソドックス」のユダヤ教

ニューヨークでは、黒のスーツに黒のシルクハット、カールしたもみあげを伸ばした男性や、黒のドレスにスカーフなどで頭髪を隠した女性を見かけることがある。これがユダヤ教正統派だが、そのコミュニティがどのようなものか、ニューヨーカーや世俗的なユダヤ人はもちろん、保守的なユダヤ教徒ですらよく知らなかった(あるいは知ろうとしなかった)。

オーソドックス(orthodox)は「正統派」のことで、ユダヤ教ハシド派は「超正統派(ウルトラオーソドックス)」と呼ばれる。フェルドマン一家が属するサトマール派は、そのなかでもさらに原理主義的なユダヤ教の一派だ。

ハシド派は17世紀後半にアシュケナージ(東欧系ユダヤ人)のあいだで生まれた宗教復興運動とされるが、サトマール派の歴史は比較的新しい。ルーマニアとハンガリーの国境付近にあったユダヤ人コミュニティは第二次世界大戦のホロコーストで壊滅したものの、その一部はナチスから逃れてアメリカに渡った。サトゥ・マーレ(イディッシュ語ではサトマール)出身のラビ(宗教指導者)もその一人で、ホロコーストを生き延びたユダヤ人を集めてブルックリンにハシド派の一派を再興し、故郷の名を付けた。

ユダヤ教正統派のコミュニティがあるのはウイリアムズバーグ南部で、マンハッタンから地下鉄で20分ほどのところだ。私はあいにく訪れたことがないが、一帯は再開発が進んで若いアーティストが集まるおしゃれスポットになっており、そんななかタイムスリップしたようにユダヤ教の戒律を守る6万人ちかいひとたちが暮らしているという。

サトマール派は大家族で、きょうだいのなかで年長者が先に結婚しなければ、弟や妹は結婚できない決まりになっていた。デボラの祖父は事業を運営しながらトーラーを学び、祖母はルーマニア出身のホロコーストの生き残りだった。祖父母には知的障害のある男の子がおり、その結婚相手を必死に探していた。そこで見つけたのがイギリスの貧しいユダヤ人の娘で、アメリカに行けるというだけでこの縁談を受け入れた。

こうして2人は結婚し、デボラが生まれたが、正統派でない家庭に育った母にはサトマール派の暮らしは耐えられず家を出ていった。残されたデボラは、祖父母のもとで育てられることになった。

デボラは祖父母から愛され、それなりに幸福な少女時代を過ごしたが、本が好きだったことで自分が「ふつう」とちがうと気づくようになる。サトマール派ではイディッシュ語(ドイツ語の方言にヘブライ語やスラブ語が混ざった東欧系ユダヤ人の言語)しか認めず、英語の本を家庭に持ち込むことは許されなかったが、デボラは図書館で借りてきた『若草物語』を祖父母に隠れて読みあさり、「自分らしさを追い求める」末妹のジョーに自分を重ねた。

自由な人生への強い憧れはあったものの、その一方でデボラは、生まれ育ったコミュニティや家族を捨てることはできないと思っていた。だが18歳で両親が決めた相手と結婚し、ようやく男の子が生まれたときには、日々の生活は耐え難いものになっていた。一念発起して大学に進学したデボラは、「外の世界」の価値観に触れ、過去を捨て子どもを連れて家を出ることを決意する……という物語だ。

イスラエル建国を「神への冒涜」と呼ぶユダヤ教徒

タラ・ウェストバーの『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』(村井理子訳、 ハヤカワ文庫NF)は、モルモン教のカルト的な家庭に生まれた著者が、大学進学によって人生を切り開いていく話だった。

参考:アメリカ社会に根づく「サバイバリスト」という終末論カルト

デボラ・フェルドマンの場合は、家庭ではなくコミュニティ全体が「カルト化」していた。本書の冒頭で、デボラはこう書いている。

アメリカに定着したハシド派は、消滅の危機に瀕した民族的遺産への回帰を目指した。先祖にならって伝統的な衣服を身に着け、イディッシュ語のみを使った。ユダヤ人の大量虐殺は同化とシオニズムに対する神の罰だと信じ、多くはイスラエルの建国に反対した。なによりもハシド派が重視したのは子孫の繁栄で、失われた無数の同胞をとりもどそうとするように人口の回復につとめた。今日にいたるまで、ハシド派のコミュニティは絶え間なく拡大を続けている。ヒトラーに対する究極の復讐として。

シオニズムはイスラエルの地(パレスチナ)にユダヤ人の故郷を再建しようとする運動で、イスラエル建国の原動力となった(Sionはエルサレム地方の歴史的地名)。当然のことながら熱心なユダヤ教徒はみなイスラエルを支持していると思っていたのだが、もっとも原理主義的なユダヤ教徒は反イスラエルだった。

毎年5月、イスラエルの独立記念日にサトマール派の各コミュニティが集まり、反イスラエルのデモを行ない、デボラの祖父ゼイディも参加する。サトマール派のラビは「シオニズムはユダヤ史上例を見ない反逆だ」と信徒に説いており、イスラエル解体のためには殉教も厭わない。「民族の離散をみずからの手で解決しようとするなど、おこがましいにもほどがある! 真に敬虔なユダヤ教徒はメシアを待つ。銃や剣を手に立ちあがりはしない」のだという。

デボラはサトマール派の学校で、「神がヒトラーを遣わしたのは、みずからを啓蒙しようとしたユダヤ人たちを罰するためだった」「同化したユダヤ人、選ばれし者の責務から逃れようとした“自由なユダヤ人”を一掃するためだった」と習った。

「彼らの罪を贖うのがわたしたちなのだ」と教師はいった。「メシアが現われるまでは約束の地を踏んではならない」とされ、イスラエルに親戚がいても訊ねることは許されず、規則を破れば退学になる(とはいえ、厳密に適用されていたわけではない)。

だがこれは、けっして奇矯な主張というわけではない。神が全能であるなら、ホロコーストも神の意思ということになる(そうでなければ、神と同格の悪魔の存在を認めることになる)。だとしたら、神はなんのためにホロコーストを起こしたのか? それは、ユダヤの律法をないがしろにした世俗的なユダヤ人への警告以外にあり得ない、というのは論理的な帰結なのだ。

反イスラエルの心理は、デボラの祖母であるバビーの言葉によく表われている。バビーの家族は、兄弟姉妹も、両親も、祖父母も、みなホロコーストで生命を落とした。

バビーはデボラに、「ナチスから逃れるために大勢のユダヤ人が船でイスラエルを目指したが、シオニストに入港を拒否され、収容所に追い返された」と語った。

あの連中は、東欧の小さなユダヤ人街(シュテットル)から来た無知な移民を、自分たちの新しい祖国に住まわせたくなかったのよとバビーは言った。欲しかったのは、教養も見識もあって、大義に身を捧げる新しいユダヤ人だけだった。だから幼い子どもは受け入れた。教育でどうにでも変えられるからだ。それを聞いたユダヤ人難民たちは、わが子の命だけでも救おうと、手放すことを決めたという。

「シオニストはホロコーストに対する同情を利用したんだよ」とバビーは言った。「ホロコーストのことなんて知りもしないくせに。本物の生き残りなんてひとりもいないのに。ただのひとりも」

サトマール派が独特の服装をする理由は、信仰心を見た目で示すためだけではない。それは、内と外の世界のあいだに深い溝があることを、どちらの側の人間にも知らせるためだ。デボラの学校の教師は、「同化こそがホロコーストを引き起こしたのです。わたしたちが社会に溶け込もうとしたために、主はその裏切りに罰を与えられたのです」といつもいっていた。

アメリカ社会に衝撃を与えたニッダーの風習

『アンオーソドックス』がアメリカ社会(とりわけリベラル)に強い衝撃を与えたのは、デボラがニッダーの風習について詳細に述べたからだ。

ニッダーはイディッシュ語で「脇に押しやられる」という意味だが、月経の婉曲表現だ。ユダヤの法では、一滴でも出血があれば女性はニッダーで、月のうち2週間、不浄とみなされる。

妻がニッダーのあいだは、夫は身体に触れることはおろか、料理の皿を渡すことすらできない。妻の身体のどの部分も見てはいけない。妻が歌うのを聞いてもいけない。夫にとって禁じられた存在になる。

生理が終わると、妻は7日間清らかな日を数えなくてはならない。日に2回(朝起きてすぐと日没前に)コットンの布で血が出ていないことを確認し、7日間連続で“白い”日が続けば、ミクヴェ(沐浴用の浴槽)に身を浸して穢れのない身体に戻る。

血はついていなくてもしみがあれば、それをラビのところに持参して清浄(コシェル)かどうかを判断してもらう。下着が汚れている場合もラビに見せに行く(または夫に持っていってもらう)。「14枚のきれいな布がようやく揃うと、ミクヴェに行って穢れひとつない清らかな身体に戻り、夫の前に出ることができる」のだ。

ミクヴェは人目につかない場所にある黄色いレンガ造りの建物で、浴室でメイクを落とし、耳を掃除し、歯にフロスをかけ、爪を短く切ったあと、浴槽に入って髪を2度洗って櫛でとかし、足のあいだやお臍のなかや耳の後ろに汚れが残らないように入念に洗う(襞になった部分は要注意だ)。

「身体と水を隔てるものがのこらないように」なったかどうかはミクヴェの「お世話係」にチェックされ、合格すると狭い部屋の小さな青いプールに案内され、そこで「神(ハシェム)よ、沐浴の戒律で私を清めてくださることに感謝します」とヘブライ語の祝祷を唱え、三度身を清める。この儀式を終えてはじめて、夫に「抱かれる」ことを許されるのだ。

ニッダーでない「穢れのない2週間」は、戒律はほとんどない。妻がミクヴェで「清浄」になっていれば、夫婦間のセックスは自由だ。こうやって「新鮮な関係を保つおかげで飽きることがない」のだとデボラは説明された。

サトマール派では避妊は認められないため、女性は多産になる。バビー(デボラの祖母)は10人の子どもを産んだが、これは珍しいことではない。だが男は、ビジネスで成功するよりもトーラーを研究する方が価値が高いとされているので、家計が逼迫することも多い。デボラも、「養いきれないほどの子供を産んだ母親たちが換金所に食料配給券を持ちこむ姿を見て育った」と書いている。

だがこれも、サトマール派にとっては悪いことではないらしい。彼らの世界観では、すべての人間がユダヤ人を憎んでいる。なぜなら、「神様がそのように世界をお作りになった」から。

だからこそ、「貧乏で学がないと思わせておいたほうが、異教徒の嫉妬や恨みを買わずにすむ」のだと、バビーはデボラにいった。「ヨーロッパでは身の程をわきまえず異教徒より豊かになり、教養も身につけたばかりに、憎しみを招いた」のだ。バビーは、ホロコーストがふたたび起き、アメリカからユダヤ人が追放されると信じていた。

サトマール派にとって最大の脅威は、自分たちが「寄生」するアメリカ社会

『アンオーソドックス』を読んで感じたのは、サトマール派のホロコースト体験を核とした強烈な被害者意識だ。自分たちは差別され、抑圧され、排除される存在で、その運命を受け入れることによって「神から選ばれた」のだ。

この転倒した意識から、ある種の超越性/精神性が生まれる。祖父のゼイディは、「この世で自分が持っていると思うものはすべて、本当は自分のものではない」とデボラに教えた。すべては「いつ奪われてしまうかわからないもの」だから。

親、兄弟姉妹、家、服――すべてが所有物だが、長い目で見ればたいしたものではないとゼイディは言っていた。すべてを失ったからこそ自分にはわかるのだと。

人生から得られる価値あるものはただひとつ。魂の平穏(メヌハ・ハネフェシュ)であって、それは迫害のさなかにも失われることのない、心の奥深くの静寂だ。われわれは非常に忍耐強く、どれほど過酷な状況に置かれようと平静を保つことができた。惨い拷問も、筆舌に尽くしがたい苦痛も、彼らの心の静けさを揺るがしはしなかった。信仰があれば、大きな目で見て人生に意味などないことがわかる。天国から見ればわれわれの苦しみなどちっぽけなものだが、魂がよどむと目の前のものしか見ることができず、幸せにもなりえない。

とはえいゼイディもバビーも、子どもたちの結婚相手の家柄や、子孫の繁栄には執着した。なぜなら、きわめて閉鎖的な共同体で生きている彼らにとって、仲間内での評判がすべてだから。こうしてデボラは、問答無用で「産む機械」にされていく。

アメリカに逃れてきたサトマール派のひとびとにとっては、「二度とホロコーストの悲劇を体験しない」ことがなによりも重要だった。だがそれから70年以上経って、ホロコーストの意味は、世俗化(リベラル化)するアメリカ社会に対して自分たちの文化・伝統を擁護する道具へと変わっていったのではないか。

そもそもイディッシュ語はドイツ語の方言で、ユダヤの祝日や結婚式にはサトマール派の故郷・東欧の料理が供される。男たちはそのとき「シュトライメル」という毛皮の帽子をかぶるが、これはロシア貴族の習慣を真似たものとされる。いずれもモーセやダビデ王の時代の伝統とはなんの関係もない。

新婦が初夜に備えてはじめてミクヴェに行くのは結婚式の5日前とされていて、そのとき「不浄」であることを避けるためにピルが与えられる。サトマール派はすべてを経典やトーラーに従っているわけではなく、自分たちにとって都合のいい「現代文明」は積極的に利用している。

すべてのカルト集団と同様に、サトマール派が「伝統」や「掟」に固執するのは、それがないと共同体が解体してしまうことを知っているからだろう。そんな彼らにとって最大の脅威は自分たちが「寄生」するアメリカ社会で、#Me Too運動やイスラームの女性蔑視への声高な批判を見れば、サトマール派の女性への扱いが容認されるとはとうてい思えない。

だがアメリカの「リベラル」は、自分たちの足元で堂々と行なわれている女性差別を「文化相対主義」の名の下に黙認してきた。なぜならそれは、「ホロコーストへの抵抗運動」だから。

『アンオーソドックス』が出版されたあと、正統派のユダヤ教徒を中心にはげしい批判が沸き起こった。それについてデボラはエピローグでこう書いている。

自分の経験を綴っただけのものが、なぜそれほどの脅威になるのだろうか。それはわたしが、きわめて排他的な宗派の内実をほぼ初めて暴露したからだ。信徒たちはコミュニティの実態をひた隠しにし、多くのユダヤ教徒はその問題を見て見ぬふりをしている。わたしは謝罪するつもりはない。物議を醸せば議論が生まれる。その結果として、原理主義的なユダヤ文化に改革と変化がもたらされることを望んでいる。わたしは女性と子供の人権に深い関心を持ち、自分の育ったコミュニティがその権利をいかに侵害するものであるかを知っている。そういった過激な集団を変えていくことは、彼らを支える社会全体にとって有意義なことだと信じている。

デボラは現在、息子を連れてニューヨークを離れ、ハシド派や正統派を抜けた人たちのコミュニティがあるベルリン(第三帝国の首都)で暮らしている。そこで撮影されたのがNetflixの「アンオーソドックス」(全4話)で、イディッシュ語を話す「脱退者」たちによってサトマール派の世界が見事に再現されている。

同じNetflixのドキュメンタリー「ワン・オブ・アス」では、ハシド派のコミュニティから訣別し、自分の人生を取り戻そうとする者たちの苦闘が描かれている。

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