少子化対策の財源問題はマイナンバーで解決できるのに 週刊プレイボーイ連載(594)

少子化対策の財源として、医療保険と合わせて徴収される「子ども・子育て支援金」の負担割合が、75歳以上の後期高齢者で約1割、74歳以下の世代で約9割に決まりそうです。

これまで「粗い試算で月平均約500円弱」の負担とされていましたが、専門家によれば、医療保険ごとの1人あたりの徴収額は、75歳以上が月253円、中小企業の会社員が加入する協会けんぽは638円、大企業の会社員が加入する健康保険組合は851円とのことで、これでは子育ての終わった高齢世代の負担が軽く、子育て世代の負担が重くなってしまいます。

このような本末転倒が起きるのは、医療保険が所得に応じて負担額を決めているからです。その結果、都心の持ち家に暮らし、多額の金融資産があっても、退職して収入は年金だけの高齢者の徴収額が少なくなり、共働きで世帯収入は多くても、住宅ローンの返済と教育費の負担で家計に余裕のない現役世代の徴収額が重くなってしまうのです。

同様の問題は、岸田首相の肝いりである定額減税でも起きています。減税額は所得税3万円、住民税1万円の計4万円で、夫婦と子ども2人の4人家族の場合、1世帯で計16万円の減税になるとされます。

ところが国税庁には、「1回限りの減税なのに事務作業の負担が大きすぎる」などの不満が相次いで寄せられています。企業の経理部門は給与計算などのシステムを改修するだけでなく、従業員の扶養親族の人数をあらためて調べる必要も生じます。源泉徴収で控除対象になる扶養親族は16歳以上なのに、今回の定額減税は16歳未満の子どもも対象なるからです。――源泉徴収額が4万円に満たない場合でも、1人あたり4万円の減税を受けられるようにするため、自治体に定額減税を受けた税額を計算する手間が新たにかかることも問題になっています。

こんなことになるのは、政府が国民一人ひとりの経済状況をほとんど把握できていないからです。近代社会は市民によって構成されますが、日本はいまだに世帯単位で税や社会保障費を計算するだけでなく、それを会社というイエ制度を通じて徴収してきました。

源泉徴収で給与から天引きし、年末調整で払い過ぎた分を戻す手続きは、それぞれの会社の経理部に丸投げされていますから、税務当局にとってこんな楽なことはありません。しかしこの制度に安住することで、誰が経済的に余裕があり、誰が支援を必要としているのかがわからなくなってしまいました。

本来であれば、高齢者か現役世代かに関係なく、収入や資産、家族状況に合わせて負担額や給付額を決めればいいのですが、そのためにはマイナンバーで政府が国民の情報を一元的に管理するシステムが必要になります。ところが日本の「リベラル」は、マイナンバーを監視社会の道具だとして忌み嫌い、マイナ保険証を紙に戻せというラッダイト運動を主導してきました。

これでは問題の所在がわかっていても、政府は状況を改善するためになにもできません。それを知っているからこそ、メディアは面白おかしく政権批判することに熱中するのでしょうが。

参考「子育て支援負担74歳以下9割」朝日新聞2024年2月9日
「定額減税、事務負担に苦慮」日本経済新聞2024年2月14日

『週刊プレイボーイ』2024年2月26日発売号 禁・無断転載

バイアスとノイズにまみれた人間の判断は必ず間違う

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2021年12月30日公開の「専門家や経営者も「ノイズ」により、 客観的無知を認められずに許容範囲を超えるミスを犯す」です(一部改変)。

fizkes/shutterstock

******************************************************************************************

ダニエル・カーネマンはエイモス・トベルスキーとともに、さまざまな独創的な実験によって、人間には多種多様な認知の歪み(バイアス)があり、選択や行動はつねに一定の方向にずれてしまうことを明らかにした。こうして行動経済学が誕生し、カーネマンは心理学者としてはじめてノーベル経済学賞を受賞した(トベルスキーはその前に死去)。

『NOISE(ノイズ) 組織はなぜ判断を誤るのか?』( 村井章子訳、早川書房)は、そのカーネマンが、「ナッジ(行動経済学の政策への応用)」で有名な法学者のキャス・サンスティーン、意思決定理論のオリビエ・シボニーとともに世に問うた新著だ。その主張をひと言で要約するなら、「意思決定が失敗する理由はバイアスだけではなく、それと同等か、それ以上に影響力の大きな要因=“ノイズ”がある」になるだろう。 続きを読む →

第114回 【修正】新NISAと課税口座の併用法(橘玲の世界は損得勘定)

ブログ公開後、読者のみなさまからご指摘があったので、それを含めて修正しました。ご指摘、ありがとうございました。

******************************************************************************************

新NISAが話題になっている。仕組みについてはすでにいろいろな解説があるので、ここではちょっと先の話を考えてみたい。

新しい制度は旧NISAを大幅に拡充し、生涯非課税限度額が1800万円、年間投資上限額が「成長投資枠」で240万円、「つみたて投資枠」で120万円の計360万円になっている。

上限いっぱいを投資すれば5年で限度額に達してしまう(保有資産を売却して投資枠をつくることはできる)が、ここではアクティブな投資家を想定した成長投資枠は脇に置いて、30歳から月額10万円を積み立て、45歳までの15年で投資元本が1800万円の上限に達したシンプルなケースを考えてみよう。

世界株インデックスインファンドなど株式投信の運用利回りを年7%とすると、元本の1800万円は15年後に約3200万円になる。だが働き盛りの45歳でこれを取り崩す必要はないので、そのまま15年保有すると、60歳時点で約8700万円に増えている(はずだ)。新NISAでは売却益が非課税なので、7000万円ちかい運用益を無税で受け取れる。控え目にいっても、これは法外な国家の大盤振る舞いだ。

そんなに有利なら、全額(3200万円)をいったん課税(特定)口座に移し、16年目からまた月額10万円ずつ積み立てたらどうだろう。

これはよいアイデアに思えるが、計算してみるとうまくいかないことがわかる。

3200万円を年率7%で運用すると、前述の通り15年後に8700万円になるが、課税口座では利益(5500万円)の約2割の譲渡所得税がかかり、1100万円((8700万円-3200万円)×0.2)の税金を払わなければならなくなるからだ。一方、非課税口座での新たな積み立ての利益は約1400万円(3200万円-1800万円)だから、これでは骨折り損のくたびれ儲けだ。

こんなことになるのは、複利の効果によって16年目から30年目の15年間に得る利益のほうがずっと大きく、それを課税口座に移したことで、重い税コストが生じてしまったからだ。

この“悲劇”を避けるには1800万円だけを課税口座に移せばいいように思うが、「つみたて投資」の枠は取得原価が基準になるので、これだと1000万円程度の枠しかつくれないだろう(「非課税枠は即時復活せず, 再積み立て期間も含めて非課税運用枠のロスが発生する」とのご指摘もありました)。

だとしたら、取得原価120万円分(平均すれば約200万円)だけを毎年課税口座に移して、NISA口座で月額10万円の積み立てを続けたらどうだろう? この場合だと、課税口座で15年後に約2000万円の利益が生じ、税コストは400万円に下がる。

しかしよく考えてみると、このやり方では非課税枠を空けるために、本来、非課税で運用できるはずの資金を無駄に減らしてしまっている。けっきょく「課税枠に移して非課税枠を空ける」アイデアはうまくいかず、NISA口座の資金をそのままにして、課税口座で年120万円を15年間積み立てたほうがマシなようだ(この場合の税コストは280万円)。

とはいえ、さらに考えるとこのやっかいな問題をクリアする方法がある。子どもが18歳になったら新NISAの口座をつくり、そこで積み立てを始めれば、30年間、計3600万円の積立額をすべて非課税で運用でき、制度のメリットを最大限活かすことができるはずだ。

註:細かいことをいうと、親から子や孫への贈与が控除されるのは1人あたり年間110万円までなので、子どものNISA口座で月額10万円を積み立てた場合、この上限を10万円超えることになる。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.113『日経ヴェリタス』2024年2月17日号掲載
禁・無断転載