釣銭の返ってこない世界と小銭のない世界〈エジプト旅行2〉

エジプトの古都ルクソールの国立博物館でのことだ。日本人のシニア夫婦が、切符売場の前で200エジプトポンド(約2,800円)札を握りしめて途方にくれていた。事情を聞いてみると、釣銭がないのでチケットを売ってくれないのだという。

博物館の入場料は1人80ポンド(2人で160ポンド)だから、釣りは40ポンド。ところが窓口の女性は、20ポンド紙幣がないので、10ポンドを加えて釣りを50ポンドにしないとチケットは売れないのだという。仕方がないので持ち合わせの小銭で両替してあげたのだけれど、考えてみればこれはずいぶんおかしな話だ。 続きを読む →

ピラミッドのおじいさん〈エジプト旅行1〉

昨年末にエジプトを旅行したのだけれど、この国は常識を覆されるような体験ができて、とても面白い。ちょっと趣向を変えて、今回は海の向こうの「不思議の国」について書いてみたい。

旅行ガイドブックにも書いてあることだけれど、古代エジプトの素晴らしい遺跡群を有するこの国には、観光客のバクシーシ(チップ)で生計を立てているひとたちがものすごくたくさんいる。その結果、定価や正規料金というものが成立せず、ものの値段は融通無碍に変わり、常にぼったくられているような気がして、旅行者にはきわめて評判が悪い。

とはいうものの、せっかくカイロまで来たのだから、有名なギザのピラミッドを見学しようと、街で声をかけてきたタクシーに乗り込んだ。ここでの鉄則は最初に料金を決めてしまうことで、言い値の半額から交渉をはじめ、往復を条件に4割引にしてもらった。--ほんとうはバスターミナルまで歩いて、インド数字(アラブ世界では世界標準のアラビア数字ではなくインド数字が広く使われていて、門外漢にはまったく読めない)の標識を頼りに公共バスに乗ればいいのだろうが、もうバックパッカーのような旅はできなくなってしまったのだ。 続きを読む →

その銃口を日本国に向けろ

『貧乏はお金持ち』のときの未発表原稿です。題材がちょっと古いのと、文章のトーンが前後の話と合わなかったので、掲載を見送りました。

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冒険小説で知られる船戸与一に、『新宿・夏の死』という連作集がある。バブル崩壊後の新宿を舞台に、ヤクザ、オカマ、ホームレスなどさまざまな人生の最後が描かれている。「夏の黄昏」はそのなかの一遍だ。

主人公の荻野洋作は、丹沢でマタギをしている71歳の老人だ。1人息子の49日の法要を控えて、彼はある覚悟から、大切にしていた2匹の猟犬を猟友会の仲間に譲り、自宅を売却し、銃身を切り落としたレミントンを抱えて東京へと向かった。 続きを読む →