ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。
今回は2021年4月16日公開の「「測定され、報酬が与えられるものはすべて改竄される」 測定への過剰な執着が生む「測りすぎ」の時代の弊害とは?」です(一部改変)。

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近代ヨーロッパの知性史、資本主義の歴史を専門とする歴史学者ジェリー・Z・ミュラーが『測りすぎ なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?』( 松本裕訳/みすず書房)を書いたのは、私立大学で学科長を務めた経験からだった。
アメリカの大学は10年ごとに「米国中部高等教育委員会」のような認定組織によって評価を受けなければならないが、その測定基準を増やすようにという報告書が発表された。それによってミュラーは、「もっと多くの統計的情報を求めるアンケート」に応えるため、研究や教育、職員の指導といった仕事に使える時間を取られてしまった。そればかりか、卒業生の実績を評価する新しい尺度のために、それまで以上に多くのデータ専門家を雇わなければならなくなった(その後、評価専門の統括責任者を任命するまでになった)。
これだけの努力とコストをかけたにもかかわらず、大量のデータの大部分はこれといった使い道もなく、実際、誰も見ていなかった。「実績の文書化という文化がいったん定着してしまうと、学科長たちは一種のデータ競争のようなものに巻き込まれていった」のだ。
この体験をきっかけに、ミュラーは「時間と労力の無駄遣い」を生み出す力についてもっと深く調べてみようと思った。本書の原題は“The Tyranny of Metrics(測定の専制)”で、「今の時代に広まっている、そしてますます多く組織に浸透しつつある実績の測定とそれに対する報酬という文化」がテーマだ。 続きを読む →