小説『HACK(ハック)』発売に合わせて、ビットコインとダークウェブを組み合わせた闇サイト「シルクロード」をつくった20代のリバタリアン、ロス・ウルブリヒトの物語をアップします(全3回の3回)。
ほんとうは小説のなかに入れたかったのですが、うまくいかずに断念しました。とても興味深い話なので、『HACK』の背景としてお読みください。
小説『HACK』:究極の自由を求めて「ドラッグのAmazon」と呼ばれた闇サイトをつくったリバタリアンの若者(1)
小説『HACK』:究極の自由を求めて「ドラッグのAmazon」と呼ばれた闇サイトをつくったリバタリアンの若者(2)
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「ドラッグのAmazon」と呼ばれた闇サイト「シルクロード」が有名になるにつれて、アメリカの司法当局は全力をあげて「ドレッド・パイレート・ロバーツ(DPR)」と名乗る首謀者を特定し、逮捕しようと躍起になった。今回はNick Bilton “American Kingpin: The Epic Hunt for the Criminal Mastermind Behind the Silk Road”から、彼らがどのようにロス・ウルブリヒトを追い詰めていったのかを見てみよう。
薬物依存症の麻薬捜査官
カール・フォースはメリーランド州ボルティモアのDEA(アメリカ麻薬取締局:Drug Enforcement Administration)に勤務する捜査員で、仲間からは「solar agent(ソーラー・エージェント)」と呼ばれていた。太陽が出ているときしか働かないことで、午後3時になると、カールはオフィスを抜け出して妻と20歳の娘のいる自宅に帰った。
カールが1999年に麻薬捜査官になったときは、毎日がわくわくするような緊張感にあふれていた。午前4時に起き、防弾チョッキを身につけ、銃の弾倉を確認し、麻薬組織のアジトを急襲する。そんな日々は、これ以上望めないほどエキサイティングだった。
だが幸福な時期はとうに終わり、カールはすべてにうんざりしていた。どれほどドラッグディーラーを逮捕しても、すぐに縄張りを継ぐ者が現われた。若手の捜査官たちは、カールのやり方を時代遅れと見なすようになった。そのうえ彼は薬物依存症になり、飲酒運転で逮捕され、うつ病と診断された。仕事も家庭もすべて失いそうになったとき、デスクワークでの復職を許されたのだ。
2012年1月、カールは上司のニックから呼び出された。ニックは相当な変わり者で、オフィスの自分の部屋のブラインドをすべて下ろし、壁じゅうにアイアン・メイデンとメタリカのポスターを貼り、ドアを閉めて大音量でヘヴィメタルをかけていた。
ニックはその部屋で、ネットで薬物を売っている違法サイトの捜査に加わる気はないかとカールに訊ねた。司法省を中心にシルクロードの捜査体制を強化することになり、「マルコポーロ・タスクフォース」と名づけられた捜査本部にDEAからもスタッフを出さなくてはならなくなったのだ。
カールはコンピュータ犯罪についてなにも知らなかったが、シルクロードにアクセスして、ドラッグ取引の未来を変える恐るべき可能性を知って驚愕した。しかしその当時、FBIやNSA(アメリカ国家安全保障局:National Security Agency)はドラッグ犯罪になんの関心もなく、インターネットの闇サイトが西部開拓時代に匹敵するフロンティアであることに気づいていなかった。人生に希望をなくしていたカールは、シルクロードに「生まれ変わる(Born Again)」チャンスを見出したのだ。
ベテランの麻薬捜査官であるカールは、潜入捜査こそがドレッド・パイレート・ロバーツに迫る最短距離だと考えた。しかし同時に、これまでの経験から、捜査を徹底的に秘匿しないと、すべてが台無しになることも学んでいた。
カールはシルクロードで、「毎年2500万ドルのコカインとヘロインをアメリカ国内で売りさばいているドミニカ共和国の大物ドラッグディーラー、エラデォ・ガズマン」という架空のキャラクターを演じることにした。だがネット上では、誰も本名を名乗らず、特徴のあるハンドル名を使っている。そこで、聖書に出てくる町の名前からとった「Nob(ノブ)」をガズマンに名乗らせることにした。カールは娘の部屋に行くと、フーディー(パーカー)をかぶり、アイパッチで顔を隠した写真を撮らせ、それをアイコンにしてシルクロードのアカウントにログインした。
Nobことカールは、シルクロードの買収を提案してロスの関心を惹くことに成功すると、捜査当局の手口について豊富な知識を提供した。ロスはこれを、Nobが大物ディーラーの証拠だと考えたが、現役の麻薬捜査官なのだから当たり前だった。こうしてロスの信用を獲得したことで、カールはマルコポーロ・タスクフォースのなかで、ドレッド・パイレート・ロバーツに接触できる唯一の人間になった。
カール(Nob)はロス(ドレッド・パイレート・ロバーツ)と毎日、長時間のチャットをするうちに、仮面の背後にいるのが孤独な若者であることに気づいた。そのうち2人は、ドラッグビジネスについてだけでなく、音楽やダイエットなど私的なことも話すようになった。カールはロスに、「Hello my friend」と呼びかけた。
友人のように親身に振る舞うのは潜入捜査官の手口だが、カールは実際にロスのことが好きになっていった。「捜査の手が伸びているぞ」と注意するとき、それが逮捕を目的として親しさを装う演技なのか、それとも本心からロスの身の安全を心配しているのか、わからなくなっていった。 続きを読む →
