ニューヨーク版「セレブという生き方」

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2017年11月9日公開の「気鋭の社会学者が見たニューヨークの最底辺とセレブの意外な共通点と超えられない壁」です(一部改変)。

shutterstock/AS Inc

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スディール・ヴェンカテッシュはインドで生まれ、カリフォルニアで育ち、シカゴ大学で社会学を学んでいた。文化人類学や社会学にはエスノグラフィーという分野があり、文明と接触した経験のない伝統的社会(かつては「未開社会」と呼ばれた)や、先進国のなかのマイノリティー集団などと長期間行動をともにし、フィールドワークによって独特の文化や行動様式の解明を目指す。スディールのやりたかったのは、このエスノグラフィーの手法を使って、「アメリカで貧しい黒人として生きていくのはどういう経験か」を調べることだった。

スディールはシカゴ大学の近くに、学生たちが「ぜったいに足を踏み入れてはならない」と指導されている団地があることを知る。そこで、社会学の調査票をもってその団地を訪ねることにした。

――ということではじまるのが『ヤバイ社会学』(望月衛訳/ 東洋経済新報社)で、日本でも話題になったから知っているひとも多いだろうが、そのさわりだけ紹介しよう。 続きを読む →

グローバル資本主義に抵抗するアートも資本主義化していく

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2018年5月10日公開の「ニューヨークで生まれた「武器としての文化」が
やがて権力に取り込まれディストピアになるまで」です(一部改変)。

GSPhotography/Shutterstock

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今回は、ネイトー・トンプソンの『文化戦争 やわらかいプロパガンダがあなたを支配する』(大沢章子訳/ ‎ 春秋社)を紹介したい。

本書の原題は“Culture as Weapon The Art of Influence in Everyday Life”で、『武器しての文化 日常に潜む影響力のアート』になる。著者のトンプソンは、「ニューヨークでもっとも刺激的かつ著名な芸術家集団「クリエイティブ・タイム」のチーフ・キュレーター」で、現代アートの最先端にいるひとだ。本書の面白さは、そんなトンプソンが現場の視点から、反権力のはずのアートが権力(政治や資本主義)に奉仕する現状をシニカルに分析していることにある。 続きを読む →

「日本人はできない」という自虐史観から決別しよう 週刊プレイボーイ連載(598)

同性婚を認めないのは憲法に反するとした訴訟で、札幌高裁が違憲の判断をしました。

憲法24条では婚姻について、「両性の合意のみに基づいて成立する」としていますが、判決では、目的も踏まえて解釈すれば「人と人との自由な結びつきとしての婚姻を定めている」として、同性間の婚姻も異性間と同じ程度に保障されるとしました。

「法の下の平等」を定めた憲法14条についても、異性間の婚姻は認めているのに同性間には許さないのは「性的指向を理由とした合理性を欠く差別的取り扱い」だと述べています。同じ日に行なわれた東京地裁の6件目の裁判でも、現行制度は「違憲状態」と判断されており、最高裁もこうした判断を覆すのは難しいでしょう。

夫婦別姓については、最高裁はいまも現行制度が合憲であるとの判断を維持していますが、2021年には裁判官15人のうち4人が「不当な国家介入」などで違憲と判断し、徐々に外堀が埋まってきています。また労働者の待遇格差についても、「同一労働同一賃金」の原則が徹底され、合理的な理由がなく、たんに「非正規だから」「契約社員だから」などの理由で手当や有給休暇を提供しないのは違法とされました。

日本社会の価値観も世界と同じくリベラル化しており、世論調査では国民の過半数が同性婚や夫婦別姓を支持していて、とりわけ若者層では8割に達しています。「自分らしく生きる」ことが至上の価値とされる社会では、ジェンダーや性的指向を理由に個人のアイデンティティを否定することはものすごく嫌われるのです。

日本は近代のふりをした身分制社会なので、いたるところに先輩/後輩の序列と、正規/非正規のような「身分」が出てきて、敬語や謙譲語は目上/目下が決まらないと正しく使えません。しかしこれではどんどんグローバルな価値観から脱落し、「ネトウヨ国家」になってしまいます。

興味深いのは、政治家がリベラル化の潮流をほとんど理解していないのに対して、日本では司法が牽引して社会を変えつつあることです。これは法律家が、合理的に説明できないものを支持できないからでしょう。

同じ仕事をしているのに待遇が違うのはおかしいとの訴えに、「あなたの身分が低いから」とはさすがにいえないでしょう。保守派は同性婚を認めると社会が壊れるといいますが、これは同性婚を導入した多くの国で問題なく社会が運営されていることを説明できません。

日本では右派がこれまで、歴史教科書の「自虐史観」をきびしく批判してきました。しかしなぜか、「海外で行なわれていることが、日本人にはできない」という自虐的な主張をして同性婚や夫婦別姓に反対しています。

しかしこれは保守派だけでなく、ウーバーなどのライドシェアは世界中で使われているのに、なぜか日本では「犯罪が多発する」とされます。さらに世界では共同親権が主流になっているのに、リベラル派は日本で導入すると元夫によるDVの温床になると反対しています。日本人は犯罪者で、日本の男が暴力的というのは、控え目にいっても差別・偏見の類でしょう。

世界のひとたちがふつうにやっていることは、日本人だってできるでしょう。そういう常識に基づいて、合理的な社会をつくっていきたいものです。

参考:「婚姻の自由 同性婚も」朝日新聞2024年3月15日

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