超高齢社会で際限なく増える行政コストは誰が負担するのか? 週刊プレイボーイ連載(602)

人類史上未曾有の超高齢社会を迎えた日本では、頼れる身寄りがいない一人暮らしの高齢者が急増しています。そこで政府は、病院や施設に入る際の保証人や手続き、認知症になったときのお金の管理から葬儀や遺品整理まで、自治体が継続的に支援する取り組みを検討していると報じられました。

厚労省の構想では、市町村や社会福祉協議会(社協)などの相談窓口に「コーディネーター」を配置し、法律相談や就活支援、財産管理、死後の残置物処分などを委託できる民間業者とつなぎます。この場合、契約手続きは行政が支援しますが、業者との契約費用は相談者が負担することになります。

もうひとつの事業は、市町村の委託・補助を受けた社協などが、「介護保険などの手続き代行から金銭管理、緊急連絡先としての受託、死後対応などをパッケージで提供」するもので、「国による補助で少額でも利用できるようにする」とされています。そうなると当然、この「補助」は公費から支出されることになります。

現在でも自治体に支援を求める高齢者は増えつづけていて、4月に公表された国の調査(福祉事務所などを含む913自治体が回答)では、「銀行に同行して振込を支援(連携先との協働も含む)」は20.3%、「救急車に同乗」は18.3%、「入院手続きを代行」は20.1%、「転居時のごみの処分」は28.4%が対応していると回答しています。これだけでも大変そうですが、厚労省のプランでは、さらに多くの高齢者支援が自治体の業務に加えられることになります。

この報告書では、「役所や病院に提出する書類を自力で作ることが難しい人」が、(高齢者施設を除いて)在宅だけで550万人いると推計しています。さらに国立社会保障・人口問題研究所の推計では、65歳以上の一人暮らし世帯は20年の738万人から、30年には887万人、50年には1084万人に増え、65歳以上の「独居率」は50年には男性で26.1%、女性で29.3%と、3~4人に1人に達します。

また厚労省は、2040年に認知症者が584万人に増え、前段階の軽度認知障害を加えると、65歳以上の1200万人、およそ3人に1人がなんらかの認知的な障害を抱えると推計しています。これは高齢者施設で受け入れ可能な数を大幅に超えており、いずれ認知症者が街に溢れるのは避けられそうもありません。

岸田政権の「子育て支援金」が、現役世代が負担する社会保険料を財源にしていると批判されていますが、奇妙なことに、野党やメディアは、代わりの財源をどうするかには口をつぐんでいます。

原理的に考えるならば、超高齢社会の再分配は、全員が負担する消費税の増税か、マイナンバーで収入と資産を把握したうえで、高齢者世代のなかで富裕層から貧困層に分配するしかありません。しかしこれまで、消費税に頑強に反対し、マイナンバーを「監視社会の道具」として目の敵にしてきたひとたちは、いまさら“正論”を口にすることができないのでしょう。

こうして、自分たちの負担だけが増えていくと(合理的に)予想する若者の絶望は、ますます深まるばかりです。

参考:「身寄りなき老後 国が支援制度」「独居支援待ったなし」朝日新聞2024年5月7日

『週刊プレイボーイ』2024年5月20日発売号 禁・無断転載

「新自由主義(ネオリベ)型福祉国家」スウェーデン

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2016年6月23日公開の「北欧は、「新自由主義(ネオリベ)型福祉国家」に変貌していた」です(一部改変)。

Elzbieta Krzysztof/Shutterstock

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安倍政権は2016年4月に予定されていた消費税率10%への増税を再延期したうえで、アベノミクスの是非を争点に7月10日に参院選を行なうことになった。アベノミクスは「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「投資を喚起する成長戦略」の“3本の矢”でスタートしたが、昨年(2015年)9月、安倍首相は「アベノミクスは第2ステージに移る」として、「希望を生み出す強い経済」「夢を紡ぐ子育て支援」「安心につながる社会保障」の“新3本の矢”で「1億総活躍社会」を目指すと宣言した。

新3本の矢は「抽象的なお題目」だと評判はかんばしくないが、社会保障制度や日本人の働き方など、日本社会の根幹にあるさまざまな矛盾にメスを入れる覚悟を示したものともいえるだろう。その一環として1月の施政方針演説では「同一労働同一賃金の実現」を掲げた。「保育園落ちた日本死ね!」のブログをめぐる騒動では、待機児童問題が一向に改善せず、子育て中の女性が「活躍」しよう思っても保育園に預けられない実態が明らかになって、「女性が輝ける社会」を看板にする安倍政権は対応に追われている。 続きを読む →

BLMを支持した”リベラル”が、反イスラエルデモを弾圧するのはなぜ? 週刊プレイボーイ連載(602)

アメリカの大学で、イスラエルの後ろ盾になっているバイデン政権に抗議するパレスチナ支持の運動が広がっています。

ニューヨークにあるコロンビア大学は、全米でもっともリベラルな大学のひとつですが、4月18日にテントを張ってキャンパスを占拠していた学生たちを大学側が警察を使って排除、100人あまりが逮捕されました。ところがこれによって抗議活動はさらに激化し、イェールなど東部の名門大学だけでなく、UCLA(カリフォルアニ大学ロサンゼルス校)やスタンフォードなど西海岸の大学でも占拠が始まり、40校でデモが起き2000人超が逮捕される事態になりました。

東部や西海岸のリベラルな大学は、社会正義(ソーシャルジャスティス)を求める学生たちの行動を一貫して支持してきました。BLM(ブラック・ライヴズ・マター)では、活動家たちは「白人は生れたときからレイシスト」で、警察を解体すべきだという過激な主張をしましたが、それに比べればイスラエル批判はずっと筋が通っています。

まずなによりも、ガザへの攻撃によって子どもを含む3万人以上の市民が死亡しており、国連が再三にわたって深刻な人道危機を訴えています。そのきっかけがハマスによるテロだとしても、イスラエルの攻撃は正当な報復をはるかに超えており、ICC(国際刑事裁判所)が戦争犯罪などの捜査を進めています(ネタニヤフ首相らに逮捕状が出るとの観測も浮上しています)。

イスラエルに対してはそれ以前に、国際的な人権団体であるHRW(ヒューマン・ライツ・ウォッチ)とアムネスティが、パレスチナ人に対するアパルトヘイト(人種分離)を行なっているとの報告書を出しています。BLMはアメリカにおける「隠された人種差別」を告発しましたが、イスラエルでは明らかな民族差別が堂々と行なわれているというのです。

ところが不思議なことに、アメリカのリベラルな大学は「見えない差別」とたたかう運動にもろ手を挙げて賛同する一方で、学生たちが「(イスラエルの)見える差別」を批判するのを必死に抑えつけています。

その背景には、アメリカにおいてユダヤ人の権利団体が大きな影響力をもっていることや、私立大学がユダヤ系の富豪から多額の寄付を受けていることがあるのでしょう。大学当局は、BLMでは「レイシズムを容認するのか」と批判されることを恐れ、パレスチナ問題では「反ユダヤ主義」のレッテルをなんとしてでも避けようとしているのです。

2011年の「ウォール街を占拠せよ」では、2カ月にわたって路上や公園での座り込みが行なわれ、リベラルはこの運動を高く評価しました。ところが、若者の社会正義を鼓舞してきた知識人たちは、大学がわずか数日、占拠されただけで、(解体されるべきはずの)警察権力で非暴力の抗議運動を弾圧することを黙認しています。

「リベラル」を自称する者たちは、けっきょくは自分の保身しか考えていませんでした。大学占拠でパレスチナ問題が解決できるとは思えませんが、リベラルの欺瞞(きれいごと)とご都合主義を白日の下にさらしたことで、左派(レフト)の純真な若者たちの運動は十分な「成果」をあげたといえるでしょう。

『週刊プレイボーイ』2024年5月13日発売号 禁・無断転載