行政が崩壊しても日本社会を改革できない最大の原因 週刊プレイボーイ連載(590)

1月1日に能登半島を襲った地震は、死者・安否不明者合わせて300人超の大きな被害を出しました。被災者には高齢者も多く、今後は避難所での災害関連死が増えることが危惧されます。

人的被害と並んで大きな問題になるのは、地震や土砂災害で寸断された道路や鉄道、上下水道など公共インフラの復旧です。能登半島は日本でも過疎化が進む地域で、高齢化による自然減によって人口が急速に減少してます。巨額の復興資金を投じて道路や橋、鉄道を元通りにしても、将来的には利用者がいなくなってしまうかもしれません。

このように書くと「弱者切り捨て」に思われそうですが、そもそも自然災害がなくても地方のインフラは維持困難になっています。

2023年末の国交省の調査では、政令指定都市を除く市区町村が管理する施設のうち、堤防・護岸などの85.9%、橋梁の60.8%、トンネルの47.4%が修繕していませんでした。その理由は、必要な予算や職員を確保できないことです。総務省によれば、市町村の歳出で道路や橋などの整備に充てる土木費は21年度に6兆5000億円程度で、ピーク時の1993年度から43%減りました。高齢化で社会保障費が膨らみ、公共事業に回す余裕がなくなっているのです。

インフラ整備にあたる技術系職員も不足したままで、全体の25%にあたる437市町村は1人も確保できていません。技術系職員が数十年にわたっていない町の担当者は、「募集はしているが応募がない」と話しています。

「朽ちるインフラ」の背景にあるのは、いうまでもなく、超高齢化と人口減少です。政府は2100年に人口が半減し、6300万人程度になると見込んでいますが、民間有識者でつくる「人口戦略会議」は、少子化対策などで人口を8000万人台で安定させなければ「完全に社会保障が破綻する。地域インフラの維持も難しくなり、社会の様々な場面で選択肢が狭められる」と提言しました。

人口減の影響は突然現われるのではなく、徐々に地域社会を蝕んでいきます。すでに一部の町村では、医療や介護だけでなく、ゴミの収集すら難しくなっています。これまで当たり前のものとして享受してきた行政サービスすら提供できない実態は、これからますます顕在化してくるでしょう。

少子化対策が成功して出生率が回復したとしても、いま生まれた子どもが労働市場に参入するのに20年ほどかかります。即効性のある対策は高い技能を持つ外国人の永住・定住だとされますが、国民のゆたかさを示す1人あたりGDPで日本はシンガポールや香港に大きく引き離され、韓国や台湾にも並ばれようとしています。日本はもはや「ビンボーな国」で、優秀な外国人にとって魅力的な働き場所ではないのです。

しかしこの問題の最大の障害は、日本社会の中核にいる団塊の世代が、自分が死ぬまで満額の年金を受給できさえすれば、そのあとのことはどうでもいいと思っていることでしょう。これではどんな改革も不可能で、この現実を直視しないかぎり、すべての提言は空理空論になってしまうのです。

参考:「老いるインフラ地方で放置深刻」日本経済新聞2024年1月11日
「人口減抑制 野心的目標を」日本経済新聞2024年1月10日

『週刊プレイボーイ』2024年1月22日発売号 禁・無断転載

マイクロクレジットの“奇跡の物語”と不都合な真実

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2017/11/23日公開の「RCTにより明らかになった マイクロクレジットの“奇跡の物語”と不都合な真実」です(一部改変)。

後編:ランダム化比較試験が明らかにしたマイクロクレジットの秘密

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政策を考えるうえでは、「誰がなにをしたのか?」ではなく、「どれくらいのひとがそれをするのか?」を知ることの方が重要なことがよくある。人間は弱い生き物だから、悪いことだと知りながらも、ルールを破って目の前の機会に飛びついてしまう。それを一切許さないとすると、ものすごく窮屈な社会(ファシズム管理国家)になってしまうだろう。

これが問題になるのは、たとえば生活保護の制度設計だ。

目の前で貧しいひとが餓死しかけているのに、それを放っておけばいいと主張するひとは(たぶん)いないだろう。しかしその一方で、「私は貧乏です」との自己申告でどんどんお金を配ればいい、というお人よしもそんなに多くないはずだ。

これが漏給と不正受給のトレードオフで、必要なひとすべてに生活保護を支給しようとすると、それを悪用する不正受給が増える。不正受給をゼロにするために手続きを厳しくすると、必要なひとが保護を受け取れなくなり漏給が増える。

だったら不正受給も漏給もゼロにするような完璧な制度をつくればいいと思うかもしれないが、個人の生活を国家が全面的に監視する『1984』のような未来社会が実現しないかぎりそんなことは不可能だ。ここで大事なのは、不愉快なトレードオフを受け入れたうえで、どのような制度設計をすればそれを最適化できるかを考えることだ。

こんなとき必要なのが、「誰がごまかしているか?」の犯人探しではなく、「どのくらいのひとがごまかすだろうか?」の正確な推計だ。 続きを読む →

エロス資本のマネタイズが容易になるとなにが起きるか? 週刊プレイボーイ連載(589)

事実は小説より奇なり、という事件です。

2016年夏、大学3年生の女性はアルバイトの面接で、会社オーナーを名乗る40代半ばの男と出会います。男は「東大大学院卒」で「売上数十億円」の投資家と名乗り、ペットのペリカンの写真を見せられました。

男が主催するイベントに参加すると、集まった若い女性たちに、ゲームの景品としてエルメスのバッグを配っていました。女子大生は、男を「カリスマ資産家」だと信じ込んでしまいます。

大学を卒業し、看護師や保健師として働くようになると、男から株への投資を勧められ貯金など300万円を預けます。2020年には「一緒に事業をやらないか」と誘われて仕事を辞め、「会社の休憩室」と説明されたマンションに同居し、事業の初期費用として410万円を渡しました。

ところがその後、株で多額の損失が出て返済義務があると迫られ、パパ活を指示されます。当初はデートの見返りに数万円を受け取る程度でしたが、やがて奨学金やカードローンの返済などの名目で多額の金を借りるようになります。

裁判の被告人質問で女性は、「出会い系サイトに登録させられた。会う人の年齢やサイトでの会話の内容も男に指示され、『60代以上が好み』『長くお付き合いしてくれるとうれしい』とメッセージを送った」と証言しています。男からは「1日4人、計120万円」のノルマを課され、できないと怒鳴られたり殴られたりし、パパ活の収入はすべて男に渡していました。「お前が破産すれば、家族がみんなつかまる」などと脅され、家族との縁も切り、洗脳状態にあったようです。

この事件で驚くのは、この女性が3~4年のあいだに、高齢の男性15人から計1億5000万円をだましとったとして逮捕されたことです。

28歳の無職女性を新宿・大久保公園周辺で売春の客待ちをさせたとして、京都市在住の27歳の無職の男が逮捕された事件も同じような話です。女性はSNSで男と知り合い、「パパ活より稼げる」と売春をもちかけられ、路上で客待ちをするようになりました。男は約1年間で、売春で得た金のうち1500万円以上を受け取ったとみられています。

イギリスの社会学者キャサリン・ハキムは、若い女性の性的な魅力を「エロティック・キャピタル」と名づけました。ハキムは、自分のエロス資本を活用するのは女性の権利であり、「純愛」の名の下に(一夫一妻制で)男がそれを独占するのは性差別だと批判したのです。

ところがこれらの奇妙な事件からわかるのは、SNSの登場によって、いまや若い女性のエロス資本のマネタイズがきわめて容易になったことです。日本の大卒サラリーマンの生涯収入は、40年間働いて3億から4億円です。ところが28歳の「洗脳」された元看護士は、わずか3~4年のあいだにその半分ちかくを(しかも無税で)稼いでしまったのです。

いまは一部の男女の特異な事件と扱われていますが、この事実を多くの若い女性が知ったとき、いったいなにが起きるのか、想像すると恐ろしいものがあります。

参考:「パパ活詐欺「洗脳」の果てに」朝日新聞2023年12月15日(夕)
キャサリン・ハキム『エロティック・キャピタル すべてが手に入る自分磨き』田口未和訳、共同通信社

『週刊プレイボーイ』2024年1月15日発売号 禁・無断転載