猟奇殺人の原因は「子育て」が悪いから? 週刊プレイボーイ連載(608) 

2023年7月、札幌ススキノのラブホテルで頭部が切断された死体が発見され、当時29歳の娘が主犯、父母が共犯として逮捕されました。父親は地元では評判のいい精神科医で、被害者が女装を趣味とする異性愛者の男性だったこともあり、大きな注目を集めました。

この事件で死体遺棄・損壊の幇助を問われた母親の公判が行なわれ、「この世の地獄」というほかない、にわかには信じがたい家庭内の状況が明らかになりました。

週刊誌の報道によれば、一人娘は幼少期はふつうの子どもでしたが、小学校2年生の頃から徐々に不登校ぎみになり、5年生のときに服装を茶化されて同級生にカッターナイフを突きつける事件を起こしています。中学はほとんど登校できず、転校したフリースクールにも通えず、18歳で完全な引きこもり状態になります。

その頃、娘は自分は「死んだ」と宣言し、「ルルー」や「シンシア」などと名乗り、両親が実名を呼ぶことを許さなくなります。さらには、父を「ドライバーさん」、母を「奴隷」と見なすようになったといいます。

ここで思い浮かぶのは、カプグラ症候群という奇妙な病気です。患者は両親など親しい者が瓜二つの偽物と入れ替わったと思い込み、どのような説得も効果がありません。その原因としては、頭部外傷などの器質的な障害により、共感にかかわる脳の部位が機能不全になったことが考えられます。患者は親を見ても、子どもの頃からずっと抱いてきたあたたかな気持ちがまったく感じられないため、本物の親ではない=偽物にちがいないと信じてしまうのです。

この事件でも、主犯の娘がなんらかの理由で共感能力を欠落させてしまったと考えると、その異様な言動が(なんとなく)理解できます。なんの情愛も感じられない両親は、娘にとってはたんなる他人で、それにもかかわらず自分の面倒をみているのですから、論理的には「召使」「奴隷」だと考えるしかないのです。

さらには、他者に対する共感がまったくないと、人間が奇妙な機械(ロボット)のように思えて、分解したくなるかもしれません。事件の翌日、娘は母親に「おじさんの頭を持って帰って来た」と悪びれることなく報告し、「見て」と命じます。その頭部は、眼球や舌などを摘出し、皮膚をはぎとっていたとされます。

2014年、長崎県の公立高校に通う女子生徒が、同級生の女子を自宅マンションに誘って殺害し、遺体の頭と左手首を切断した事件が起きました。父親は地元では高名な弁護士で、母親が病死したあと、一人で娘を育てていましたが、就寝中に娘から金属バットで殴られ、頭蓋骨陥没の重症を負います。その後、娘をマンションで一人暮らしさせ、そこが事件の舞台になりました。

この2つの事件は、その猟奇性も、家庭の状況もよく似ています。長崎の事件では、ワイドショーに出演した“識者”は「子育てが悪い」と大合唱し、事件の2か月後、父親は首を吊って自殺しました。ススキノの猟奇殺人でも、同じように「精神科医の父親の育て方が悪い」というのでしょうか?

参考「ススキノ首狩り娘と精神科医父のSMプレイ」『週刊文春』2024年6月20日号

追記:母親の第2回公判が7月1日に行なわれ、弁護側証人として出廷した精神科医の父親は、「両親が娘を甘やかして好き勝手させていたという主張について」問われ、「妄想が出るまでは、それなりにしつけをしてきたつもり。本人の精神状態から追い詰められると、取り返しのつかないことになるので言えなかった」と述べています。

『週刊プレイボーイ』2024年7月1日発売号 禁・無断転載

フランス大統領エマニュエル・マクロンと純化したエリート社会

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2020年5月5日公開の「「傲慢なエリート」の典型であるマクロンはなぜ39歳でフランス大統領になることができたのか?」です(一部改変)。

Antonin Albert/shutterstock

******************************************************************************************

2020年4月24日に行なわれたフランス大統領選の決選投票で、現職のエマニュエル・マクロンが国民連合のマリーヌ・ルペンを下して再選を決めた。とはいえ、「圧倒的に有利」とされたマクロンの得票率は59%で、ロシアのウクライナ侵攻でプーチンとの親しい関係が批判されたルペンは前回(2017年)から7ポイント伸ばした41%を獲得した。投票率は過去2番目に低い72%で、有権者の関心が低いというよりも、「ネオリベ」と「極右」では選択のしようがないと棄権した者も多かったのだろう。

2018年に始まった「黄色いベスト(ジレジョーヌ)運動」は、燃料価格の上昇(税率の引き上げ)への抗議行動だが、それがコロナ禍で中断されるまで1年以上続いたのは、「傲慢なエリート」の典型と見なされたマクロンへの反発が大きかったようだ。実際、マクロンの次のような発言は強い批判を浴びた。

彼ら失業者は自分でどんどん動けばいいのだ。道を渡るだけで仕事は見つかるのだ。小さな企業を自分で起ち上げればいいのだ。望めばなんでもできるはずだ。

生活難に苦しむ人々の中には、よくやっている人たちもいますが、ふざけた人たちもいます。

そもそもこんなマクロンがなぜ、2017年に弱冠39歳で大統領になれたのか? それが知りたくて、日本人にはあまり馴染みのないフランスの教育制度とマクロンの経歴を調べてみた。 続きを読む →

年齢差別を克服するために「タイムマシン」をつくった女 週刊プレイボーイ連載(607) 

「事実は小説なり奇なり」という事件のひとつです。

警備会社で働いていた70歳の女性は、職場の男性の「ババア」という言葉が自分に向けられたものだと思い、年齢のせいで不当な扱いを受けていると感じます。

その頃女性は、ネットで「就籍」という制度を知りました。なんらかの事情で出生届が出されず、無戸籍になっているケースを救済するためのもので、家庭裁判所の許可を得て新たに戸籍をつくることができます。

そこで女性は、自分より24歳も若い46歳の妹の戸籍をつくり、その架空の妹になりすませば、「年齢に関係なく、気持ちよく、長く仕事ができる」と思いつきました。ここからの女性の行動力は、驚嘆すべきものあります。

まず、東京都内の無料法律相談所を訪れ、「妹の戸籍がないことに気づいたので作ってあげたい」と相談します。この話を信じた弁護士は、新たな戸籍を発行するための申立書を作成し、家裁に郵送します。

東京家裁で開かれた家事審判では、女性は「化粧をして普段より明るめの服装」をして妹になりすまし、姉である自分と一人二役をこなします。さらには夫の協力も得て、体調不良を理由に姉としては姿を見せられないときは、扮装した自分を夫に「妻の妹」だと説明させました。裁判所はこの「三文芝居」を見破れず、戸籍の発行を認めてしまいます。

架空の妹の戸籍を手に入れた女性は、住民票やマイナンバーカード、健康保険証などを次々と入手し、別の警備会社に就職し、給与の振込口座も新たに開設しました。これで完全な別人になり、タイムマシンを使わずに24歳も若返ることができたのです。

発覚のきっかけは、通勤のために妹の名義で運転免許証を取得しようとして、運転免許試験場で替え玉受験を疑われことでした。きょうだいや友人が本人になりすまして運転免許を取得しようとすることがあるからでしょうが、事情聴取した警察官も、まさか戸籍に記載された妹が実在しないとは思わなかったでしょう。

有印私文書偽造・同行使などの罪に問われた女性は、東京地裁の公判で、「言葉を選ばずにいうと、興味本位でやったことが大変なことになり、驚いている」と語りました。裁判官は「身分証明書の根幹を揺るがす悪質な犯行」だとして、懲役3年執行猶予5年(求刑懲役3年)の判決を言い渡しました。

この奇妙な事件でわかったのは、簡単に別人になれる戸籍制度の不備です。そもそも親が出生届を出さないと無戸籍になってしまうのが問題なのだから、病院で出産した場合はその記録に基づいて自動的にマイナンバーを発行し、親の情報と紐づけるようにすれば解決します。戸籍制度があるのはもはや(実質的には)日本だけで、世界の国々はこうした簡易な手続きで市民権を付与して、なんの支障もなく社会を運営しているのです。

ちなみにこの女性は、46歳の架空の妹として新たに就職した警備会社で、「任せてもらえる仕事が増え(本当の)自分が働くより仕事の幅が広がった」と感じたそうです。「年齢ではなく能力で判断してほしい」という主張は正当なものですが、そのための手段があまりに荒唐無稽だったようです。

参考:「偽戸籍作った女、猶予判決」朝日新聞2024年5月29日
「戸籍偽造事件 架空の妹演じ「24歳若返り」日本経済新聞2024年6月9日

『週刊プレイボーイ』2024年6月24日発売号 禁・無断転載