ウクライナの運命は日本の明日の姿かも 週刊プレイボーイ連載(634)

トランプとゼレンスキーの会談は、テレビカメラの前ではげしい口論になり、決裂するという衝撃的な展開になりました。口火を切ったのは副大統領のヴァンスで、侵略者であるプーチンを擁護するのかとゼレンスキーに問われ、アメリカはこれまでウクライナに多額の支援をしてきたのに、感謝の言葉すらないと怒りをぶつけました。それに続いてトランプが、プーチンと交渉しなければ戦争を終わらせることなどできるわけがないと言い出し、それにゼレンスキーが反論したことで収拾がつかなくなりました。

ロシアとウクライナの関係は複雑で、ウクライナ側に“歴史戦”でロシアを挑発した面がないわけではありませんが、ロシアが一方的にウクライナを侵略したのですから、道徳的な「加害」と「被害」は明確です。そのためバイデン政権は欧州諸国とともに、ロシアにきびしい経済制裁を科すだけでなく、ウクライナに大量の武器を送って支援してきました。

ところが、アメリカと覇権を争う中国だけでなく、インドやアフリカなどかつて植民地にされた国々も西欧が掲げる“正義”に関心がなく、ロシアから安い石油・天然ガスを輸入したことで、経済制裁は効果がないばかりか、かえってロシアの経済成長率は高まりました。その一方で、ヨーロッパでは電力価格が高騰し、移民問題への不満もあってポピュリズムが台頭して政権が不安定化しています。

この3年間をトランプ政権から見ると、「バイデンと民主党がやったことはすべて失敗した」になります。これは“事実”ですから、反論するのは難しいでしょう。

このことを、2つの「正義」の衝突で考えてみましょう。

ひとつは、ロシアを道徳的な悪として、被害者であるウクライナを支援することで、国際社会の正義を回復すること。もうひとつは戦争の現実を直視し、兵士や市民が死んでいくのを止めるために、交渉によって平和を回復することです。

ウクライナと欧州は、アメリカから莫大な援助を引き出すことで、正義と平和をどちらも実現しようとしました。それに対してトランプとヴァンスは、正義と平和はトレードオフであり、「平和を取り戻したければ正義をあきらめなくてはならない」という現実主義を主張したのです。

ところがゼレンスキーにとっては、加害と被害の構図を否定することは、プーチンに全面的に屈服するのと同じです。そこで「これだけは譲れない」と反論し、それに対してトランプとヴァンスが「アメリカのカネで戦争を続けたいということか」と猛反発したと考えると、口論に至る経緯が理解できます。

ここからわかるのは、トランプ政権は“道徳的なきれいごと”になんの興味もないことです。「自分で国を守れなければ、加害者に譲歩するしかない」というプラグマティズムともいえるでしょう。

戦後日本は、アメリカの核の傘に守られながら、「唯一の被爆国」を錦の御旗にして「戦争反対」を唱えてさえいれば、平和が続くと信じてきました。ウクライナの苦境は他人事ではなく、いずれこの“きれいごと”も、トランプ政権の徹底したリアリズムにさらされることになるでしょう。

『週刊プレイボーイ』2025年3月17日発売号 禁・無断転載

「日本の労働生産性はなぜこんなに低いのか」論を考える

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2019年3月公開の「日本の労働生産性が50年近くも主要先進7カ国のなかで最下位である理由とは?」記事です(一部改変)。

StreetVJ/Shutterstock

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日本経済の大きな謎は、ひとびとが過労死するほど必死に働いているにもかかわらず、労働生産性が際立って低いことだ。公益財団法人日本生産性本部の報告書『労働生産性の国際比較 2017 年版』では、次にように書かれている。

「2016 年の日本の時間当たり労働生産性(就業 1 時間当たり付加価値)は、46.0 ドル(4,694 円/購買力平価(PPP)換算)。米国の 3 分の 2 の水準にあたり、順位はOECD 加盟 35 カ国中 20 位だった。名目ベースでみると、前年度から 1.2%上昇したものの、順位に変動はなかった。主要先進 7 カ国でみると、データが取得可能な 1970 年以降、最下位の状況が続いている」

森川正之氏(経済産業研究所副所長)は『生産性 誤解と真実』(日本経済新聞出版社)で、「日本経済はなぜこんなに生産性が低いのか」についてのさまざまな通説・俗説を実証的に検証している。

ちなみに私は、「日本は先進国のふりをした前近代的な身分制社会」で、それが働き方の歪み=生産性の低さにつながっていると考えており、これについて『不条理な会社人生から自由になる方法 働き方2.0vs4.0』(PHP文庫)に書いた。

そもそも「生産性」とは何か?

そもそも「生産性」とは何だろうか? これは一般に「全要素生産性(TFP//total factor productivity)のことで、「労働生産性と資本生産性の加重平均」と定義される。

「労働生産性」は、労働者1人1時間当たりどれだけの付加価値が生み出されたかの指標で、「付加価値」は、経済全体の場合はGDP、個々の企業では(ざっくりいえば)粗利にあたる。「労働生産性=付加価値/労働投入量」というわけだ。 続きを読む →

「日本版DOGE」がつくられる日 週刊プレイボーイ連載(634)

トランプ政権の「政府効率化省(DOGE)」トップに就任した大富豪のイーロン・マスクが、連邦政府職員に対し「先週の業務成果を5つ箇条書きにして返信するか、さもなくば辞職するか」を問うメールを送り、行政機関が混乱しています。

マスクは大統領選で、6兆5000億ドルの行政予算から少なくとも年間2兆ドルを削減できると主張しました(その後「1兆ドル削減の公算が大きい」と修正)。トランプから「もっと積極的になってほしい」とSNSにポストされたことで、買収したTwitterで行なったのと同じ大規模なリストラを実施しようとしたと思われます。

トランプとマスクは、政府機関にはリモートワークの制度を悪用して、働かずに給料だけもらっている職員が大量にいるのではないかと疑っています。「週に5つの成果すら挙げられないなら、働いているとはいえない」というのは、ベンチャー経営者らしい発想です。

真っ先にリストラの標的にされたのは途上国で人道支援を担う米国際開発局(USAID)で、約1万人の職員の大半を解雇して国務省に統合することで、年間400億ドル(約6兆円)あまりの予算を大幅に削減できるとしています。

USAIDの資金はロシアに侵攻されたウクライナのほか、サブサハラのアフリカや内戦で混乱する中東の国々に投じられています。その資金が大富豪によって止められれば、世界のもっとも貧しいひとたちがさらに苦しむことになると強い反発が生じるのも当然でしょう。

しかし現在のアメリカでは、こうした「リベラルの正論」が国民に響かなくなっています。「ウクライナをいくら支援しても戦争は終わらず、状況はなにひとつ変わらない」「貧困や内戦はその国の問題で、いくらお金を注ぎ込んでも自分たちで解決できないなら意味がない」として、「そんなカネがあるなら、苦しい生活を送っているアメリカ人に分配すべきだ」というわけです。

実際、トランプはリストラや海外支援の削減で浮いた予算の2割を米国民に還付すると約束しました。2兆ドルの2割を還付すれば、米国の世帯は5000(約75万円)の「DOGE配当」を受け取れることになります。

マスクの傍若無人な言動に一定の支持があるのは、「これまでうまくいっていなかった」とみんなが思っているからです。だとすれば、これまでとはちがうやり方を試してみるしかありません。そもそも企業のリストラとは、このような発想で行なわれるのです。

国防総省が文官職員を数万人規模で解雇する方針を発表したときも、トランプに任命された国防長官は「任務に不可欠ではない職員を雇用し続けることは、公益に反する」と述べました。これは正論ですから、反対するのは容易ではありません。けっきょく「行政の効率化は必要だが、やり方が悪い」というなんとも中途半端な批判になってしまいます。

日本では公務員の大量解雇など考えられませんから、自分たちには関係のない対岸の火事としてこの騒動を眺めています。しかしこの「改革」が成功を収めたら、日本社会も「なぜ同じことができないの?」という“子どもの疑問”に答えざるを得なくなるでしょう。

いずれ、「日本版DOGE」がつくられる日がくるかもしれません。

『週刊プレイボーイ』2025年3月10日発売号 禁・無断転載