欧米ネトウヨ事情 過激主義は「無理ゲー社会」への異議申立て

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2022年3月24日公開の「「白人至上主義」などすべての過激主義は「無理ゲー社会」への異議申立て」です(一部改変)。

Johnny Silvercloud/Shutterstock

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1999年公開の映画『マトリックス』に、主人公のネオが謎の組織の男モーフィアスから、ブルーピルかレッドピルかを選ぶよう迫られるシーンがある。モーフィアスはネオにいう。

「青い薬(ブルーピル)を飲めば、話はここで終わる。おまえはベッドで目覚め、あとは信じたいものを好きなように信じればいい。だが赤い薬(レッドピル)を飲めば、おまえはこの不思議の国にとどまるのだ。そのときは、私がこのウサギの穴がどれだけ深いか見せてやろう」

このシーンはその後、「レッドピリングする」という新語を生み出すほど有名になった。その意味は、「これまで隠されていた真実を知る」ことだ。

仏教(マインドフルネス)に魅了されたシリコンバレーのエリートは、瞑想体験を「レッドピル」と呼んだ。だがこの言葉は、いまや圧倒的に極右や陰謀論者のネットミームとして使われている。「世界はディープステイト(闇の政府)に支配されていて、トランプはそれと闘っている」というQアノンの陰謀論は、ネットで流通する「もうひとつの(オルタナ)真実」の典型だ。

ユリア・エブナーの『ゴーング・ダーク 12の過激主義組織潜入ルポ』(訳者 西川美樹/左右社)は、「レッドピリングした」若者たちのコミュニティに潜入した記録だ。エブナーはロンドンを拠点とするシンクタンク「戦略対話研究所(ISD: Institute for Strategic Dialogue)」の上席主任研究員で、オンラインの過激主義、偽情報、ヘイトスピーチなどを研究対象にしている。ISDは、暴力を引き起こすような過激主義(extremism)にどう対応するかを、政府や治安機関、フェイスブックなどSNSプラットフォーマーにアドバイスしている。

エブナーは1991年ウィーン生まれだから、この本を書いたときは20代だった。潜入対象は「ジハーディスト(イスラム聖戦主義者)、キリスト教原理主義者、白人ナショナリスト、陰謀論者、過激なミソジニスト」などだが、ここでは「白人至上主義」の組織を取り上げて、彼女がそこでなにを見たのかを紹介してみたい。 続きを読む →

世界の終末を恐れる億万長者たち

新刊『テクノ・リバタリアン 世界を変える唯一の思想』の冒頭にする予定で書いて、「やっぱりちょっとちがうかな」と思って削った文章を(もったいないので)アップします。世界の終末を恐れるプレッパー(準備する者)であることは共通しますが、ここに登場する億万長者は投資家で、テクノロジーには疎そうなので。

橘玲『テクノ・リバタリアン』文春新書

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ダグラス・ラシュコフの肩書をひとつに決めることは難しいが、あえていうならば「サイバーカルチャーの専門家」だろうか。1961年にニューヨークに生まれ、プリンストン大学を卒業後、西海岸に移ってカリフォルニア芸術大学で演出を学んだラシュコフは、早くからインターネットの可能性に魅了され、サンフランシスコのレイヴカルチャーを紹介し、晩年のティモシー・リアリーと交流してテクノ・ユートピア論を唱えたものの、やがて商業化されたサイバースペースに幻滅し、距離を置くようになった。

そのラシュコフが、(アリゾナかニューメキシコだと思われる)どこかの「超豪華なリゾート」に招待され、講演を依頼されたときの興味深い体験を書いている。講演料は、「公立大学教授としての私の年収の約3分の1に達するほど」だった(1) 。

ビジネスクラスで指定の空港に着くと、そこにリムジンが待っていたが、目的地のリゾートまではさらに砂漠のなかを3時間もかかる。忙しい金持ちが会議のためにこんな辺鄙(へんぴ)なところまでやってくるのかと不思議に思っていると、高速道路に平行してつくられた飛行場に小型ジェットが着陸するのが見えた。

ようやくたどり着いたのは、「何もない土地の真ん中にあるスパ&リゾート」だった。砂漠の果てしない景色を背景に現代的な石とガラスの建物が点在し、専用の露天風呂がついた個人用「パビリオン」まで行くのに地図を見なければならなかった。

翌朝、ゴルフカートで会議場に連れて行かれると、控室でコーヒーを飲みながら待つようにいわれた。ラシュコフは聴衆の前で講演するのだと思っていたのだが、そこに5人の男たちが入ってきた。全員がIT投資やヘッジファンドで財をなした超富裕層で、そのうち2人は資産が10億ドル(約1500億円)を超えるビリオネアだった。

男たちはラシュコフに、投資するならビットコインかイーサリアムか、仮想現実か拡張現実か、あるいは量子コンピュータを最初に実現するのは中国かGoogleかなどと質問したが、あまり理解できていないようだった。そこで詳しく説明しようとすると、それを遮って、本当に関心のあることに話題を変えた。

大富豪たちがテクノロジーの専門家をわざわざ呼んでまで知りたかったことは、「移住するべきなのはニュージーランドか、アラスカか? どちらの地域が、来たるべき気候危機で受ける影響が少ないのか?」だった。

「気候変動と細菌戦争では、どちらがより大きい脅威なのか? 外部からの支援なしに生存できるようにするには、どの程度の期間を想定しておくべきか? シェルターには、独自の空気供給源が必要か? 地下水が汚染される可能性はどの程度か?」などの質問もあった。

最後に、自分専用の地下防空壕がまもなく完成するという男が、「事件発生後、私の警備隊に対する支配権を維持するにはどうすればよいでしょうか」と訊いた。

警備隊が必要なのは、核戦争や致死性ウイルスの蔓延のような「事件」が起きたあと、飢餓に陥った群衆がゾンビの群れのように、自分の敷地に押し寄せてくると考えているからだ。

だが警備隊を常駐させたとしても、大富豪は安心できない。外は死の世界だが、シェルターには大量の食料と石油が備蓄されている。だったら警備員たちは、雇い主である大富豪をさっさと始末して、それを自分たちのものにしてしまうだろう。

反乱を防ぐために大富豪が考えたのは、食料倉庫に自分だけが開く方法を知っている特別なダイヤル錠を設置することだった。たしかにこれなら反乱を起こしても警備隊は食料を手に入れられないが、たんに「殺されない」ことの保証にしかならない。

そこで、警備員に「しつけ首輪」のようなものを装着させる(ボタンを押すと電流が流れてのたうち回るような装置を想定しているのだろう)とか、警備員や作業員をすべてロボットにするなどのアイデアも出たという……。

アメリカには、黙示録的な世界の終末を信じるカルトがいる。彼らが「サバイバリスト」と呼ばれるのは、「世界の終わり」を生き延びればキリストの再臨に立ち会い、自分たちだけに天国への扉が開かれると信じているからだ。

「ドゥームズデイ・カルト(Doomsday Cult)」とも呼ばれるサバイバリストは、政府は陰謀組織(ディープステイト)によって支配されていると信じているので、医療や社会保障のようないっさいの公共サービスと納税を拒否し、子どもを学校に通わせようともしない (2)。

自給自足の貧しい暮らしをするサバイバリストは、ビリオネアとすべての面で対極にあるが、ラシュコフは自分を呼びつけた大富豪たちの頭のなかが、終末論を信じるカルトと同じであることを思い知らされたのだ。

(1)ダグラス・ラシュコフ『デジタル生存競争 誰が生き残るのか』堺屋七左衛門訳/ボイジャー
(2)タラ・ウェストーバー『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』村井理子訳/ハヤカワ文庫NF

橘玲『テクノ・リバタリアン』文春新書

「自由」を恐れ、「合理性」を憎む日本人

新刊『テクノ・リバタリアン 世界を変える唯一の思想』(文春新書)の「あとがき 「自由」を恐れ、「合理性」を憎む日本人」を出版社の許可を得て掲載します。本日発売です(電子書籍Audibleも同日発売です)書店さんで見かけたら手に取ってみてください)。

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オーストラリア人の若者に「日本では新卒で入った会社に定年まで勤めることが理想とされている」と話したら、“Scary(おぞましい)” といわれたことがある。このとき私は、日本人が「自由」を恐れていることに気づいた。

終身雇用とは、選択(転職)の自由を手放すことで、将来の予測可能性(安心感)を高める制度だ。家族的経営はまずアメリカで広まり、第二次世界大戦後に日本がそれを導入したが、本家のアメリカは1970年代には一定のルールのもとで解雇を認めるジョブ型雇用にシフトした。

この働き方がグローバルスタンダードになったことで、欧米ではそのときどきの状況によって会社を移るのが当たり前になった(「キャリアアップ」の本来の意味は、転職によってキャリアを構築していくことだ)。そんな国から来た若者にとっては、新卒一括採用や終身雇用は「会社という牢獄」に40年も閉じ込められること以外のなにものでもないのだ。

すでに広く知られるようになったが、OECDをはじめとするあらゆる国際調査で日本
の労働者のエンゲージメント(仕事への熱意)はものすごく低い。その結果をわかりやすくいうなら、「日本のサラリーマンは世界でもっとも仕事が嫌いで、会社を憎んでいる」のだ。

だがこれは、驚くべきことでもなんでもない。好きでもない仕事をやらされ、出世の展望は早々に絶たれ、それにもかかわらず転職もできない(日本には労働市場の流動性がないので、転職すると給与が下がるし、シニアに対してはそもそも求人がない)。こんな「罰ゲーム」を何十年もやらされるなら、会社を憎まないほうがどうかしている。

日本の会社は新卒で入社した社員が40年間もつき合うことを前提としているので、年次の異なる者の序列と、同期の平等がきわめて重要になる。

年功序列とは、年次が下の者(後輩)が、年次が上の者(先輩)の役職を超えてはならないというルールだ。若い正社員が年長の非正規社員の上司になることは許されても、正社員同士だと年次の逆転は大問題になる。

それと同時に、同じメンバーと長期にわたる人間関係を維持するには、同期のなかでの平等が重要になる。そのためには、昇進・昇給は最初のうちは一律に行ない、できるだけ不満が出ないように社員の選別を進めるという、きわめて難度の高い人事施策が必要になるだろう。日本の会社で人事部が中枢を占めているのは、独自の“職人芸”によって、いまや世界では日本にしか存在しない雇用慣行を維持するためなのだ。

「みんなが(表面的には)平等」な社会では、能力の格差を暴くことは最大のタブーになる。成果報酬の導入が激しい抵抗を引き起こしたのは、社員の成果(能力)を客観的に評価すれば、これまで隠してきた真実(年次が下の社員が、年上の社員よりずっと大きな成果を上げている)が可視化されてしまうからだろう。

日本の会社で合理化・効率化が嫌われるのは、リストラの道具になるからというよりも、これまで安住してきたウェットで差別的な人間関係(日本ではこれが“理想の共同体”とされる)が破壊されてしまうからだ。その結果、日本では右も左も「グローバル資本主義の陰謀から日本的雇用を守れ」と大合唱することになった。

「自由」を恐れ、「合理性」を憎んでいる社会では、リバタリアニズムや功利主義が受け入れられるわけがない。日本ではヨーロッパ哲学やフランス現代思想(ポストモダン)については数え切れないほどの本が出ているが、リバタリアニズムは無視されるか、アメリカに特有の奇妙な信念(トランプ支持者の陰謀論)として切り捨てられている(1)。

だがリバタリアニズムは、いまや指数関数的に高度化するテクノロジーと結びつき、世界を変える唯一の思想=テクノ・リバタリアニズムへと“進化”している。ところが日本の偏った言論空間に囚われていると、イーロン・マスクやピーター・ティール、あるいはオープンAIのサム・アルトマンやイーサリアムのヴィタリック・ブテリンがリバタリアンであることの意味がまったくわからない。

私はずっと、この極端な不均衡を正したいと思っていた。本書が、いま世界で起きている「とてつもない変化」について読者の理解に資することを願っている。

2024年3月 橘 玲

(1)リバタリアニズムの紹介は、法哲学者の森村進氏(『自由はどこまで可能か リバタリアニズム入門』講談社現代新書)や経済学者の蔵研也氏(『リバタリアン宣言』朝日新書)などがわずかに気を吐いているだけだ。

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