第115回 税制優遇制度を比べると(橘玲の世界は損得勘定)

新NISAが話題になっているが、それ以外の税制優遇のある制度とどう併用すればいいだろうか。

自営業者などは国民年金基金かiDeCo(イデコ)に加入して年金を増やすことができる(サラリーマンはiDeCoのみ)。また、中小企業の経営者や個人事業主のための退職金制度として小規模企業共済がある。

これらの制度は掛金が所得控除できる一方で、一定の金額を超えると給付に課税される(NISAは掛金の控除はないが、受取り時は全額非課税)。最初に得をするか、最後に得をするかのちがいと考えればいいだろう。

もうひとつの大きなちがいは、NISAやiDeCoが株式(ファンド)などで運用でき、受取り額が変動するのに対し、国民年金基金と小規模企業共済は定期預金と同じく元本と利率(現在は1.5%程度)が決まっていることだ。

掛金の上限は、自営業者の場合、国民年金基金とiDeCoが合わせて月6万8000円(年81万6000円)、サラリーマンがiDeCoに加入する場合は、会社が企業年金に加入しているかどうかで月額1万2000円から2万3000円になる。小規模企業共済は月7万円(年84万円)が上限だ。

国民年金基金の加入は原則60歳まで、iDeCoは現在は65歳までだが、NISAは加入期間にも解約にも制限がない(他の制度は中途で解約できない)。

さて、このように制度を概観すると、最初の判断は元本が保証されているかどうかだろう。これは各自の選択だが、ファイナンス理論では債券はインフレに勝てないので、個人の資産形成は株式を長期に積み立てるべきだとされる。そうなると、国民年金基金と小規模企業共済は選択肢から外れる。

では、同じ金額を株式ファンドに積み立てるなら、NISAとiDeCoのどちらが有利だろうか。これはちょっと計算が必要になる。

iDeCoでは、掛金に対して所得税と地方税が控除される。税率は所得によって異なるが、大半のひとは合わせて20%程度だろうから、自営業者では最大で年16万円あまり、サラリーマンは年5万5000円ほど税金が安くなる。

iDeCoを受け取るときは、退職金扱いの一時金と年金払いを選択できる。加入時から解約までが勤続年数と見なされ、20年超だと非課税枠が大きくなり、それを超えた分も退職所得として、課税対象額が受取り額の2分の1になる。ただしサラリーマンの場合、一時金は企業の退職金と合算されるので課税扱いになることも多いだろう。

年金払いを選択すると、金融機関にもよるが、5年から20年の範囲で受給期間を決め、分割で受け取ることになる。こちらは公的年金控除が適用されるが、厚生年金などと合わせて年110万円を超えると、税と社会保険料の対象になる。

これを総合すると、掛け金が多ければiDeCoと併用するより、最初に税金を払っても全額をNISAで運用し、運用益を非課税にした方が有利ではないか。サラリーマンの場合はもともと掛金が少ないので、iDeCoを使って可処分所得を増やすという選択もあるだろう。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.115『日経ヴェリタス』2024年4月13日号掲載
禁・無断転載

 

最低賃金を上げても若者は都会を目指す 週刊プレイボーイ連載(599)

少子高齢化にともなう人手不足でアルバイトやパートの時給が大幅に上がっています。東京では風俗でなくても時給1500円を超える募集が珍しくなくなり、これまでは「ありえない」とされた時給2000円時代が到来するかもしれません。

そうなると、若者はますます東京など都市部に惹きつけられ、地方は空洞化してしまいます。そこで地方議会から、最低賃金を「全国一律」にすべきだという声が相次いでいるといいます。

「東京の方が給料がいいならそっちに行くのは当然。都市との生活で差がありすぎるから、どんどん担い手がいなくなる」というのですが、はたしてこの理屈は正しいのでしょうか。

最低賃金の引き上げを求めるひとたちの大きな勘違いは、法律で賃金を上げればみんなの収入が増えると考えていることです。もしこんなに簡単に経済格差が解消できるなら、さっさと時給3000円にすればいいでしょう。

しかし実際には、最低賃金を上げると人件費コストが大きくなるので、企業は従業員を減らそうとするかもしれません。これでは本末転倒で、逆に失業者が増えてしまいます。最低賃金引き上げの経済効果については経済学者のあいだでも議論が分かれていますが、急激に引き上げた韓国ではこのような負の効果が見られました。

また、人件費コストを賄うために商品やサービスの価格を上げると、物価が上昇して実質賃金がマイナスになることも考えられます。日本は「デフレから脱却」したあと、2年ちかくも実質賃金が減りつづけています。

はっきりしているのは、東京で賃金が上がっているのは政府が命令したからではなく、市場原理によって、需要(求人)に対して供給(応募)が足りないからだということです。それに対して地方で賃金が上がらないのは、そもそも需要がないからでしょう。

しかし、高校を卒業した若者が地元を離れるのは、給料のいい仕事を探しているからだけではありません。それよりずっと差し迫った理由は、「恋愛や性愛の自由市場がない」ことでしょう。

子どもの数が少なくなった地方では学校が統合され、町で会うのはどこかで知っている顔ばかりです。学校時代のいじめなどの理由で、地元の「友だちの輪」のなかで性愛のパートナーを見つけるつもりがないのなら、都会に出る以外に選択肢はありません。

そうでなくても、そもそも思春期は、新しい経験をして、新しい友人や恋人をつくることに大きな魅力を感じる時期です。しかし地方では、こうした冒険の機会がなく、まわりにいるのは「同級生」「先輩」「後輩」か、そうでなければ高齢者ばかりなのです。

日本の人口動態は、20代の若者が都市に集まり、そこでパートナーを見つけて結婚すると、子育てのために地価の安い郊外に転居するという流れになっています。コロナ禍でリモートワークが定着したことで、こうしたライフスタイルはますます広がっていくでしょう。

それに加えて、都市部の賃金が需給によって上がっているのだから、最低賃金を「全国一律」にしたところで地方に太刀打ちできるはずはありません。その結果、利益率の低い脆弱な地元の会社の廃業が相次ぎ、地方からますます若者がいなくなると予想しておきましょう。

参考:「生活費大差ないのに 都市と地方最低賃金には開き」朝日新聞2024年3月3日

『週刊プレイボーイ』2024年4月15日発売号 禁・無断転載

ニューヨーク版「セレブという生き方」

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2017年11月9日公開の「気鋭の社会学者が見たニューヨークの最底辺とセレブの意外な共通点と超えられない壁」です(一部改変)。

shutterstock/AS Inc

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スディール・ヴェンカテッシュはインドで生まれ、カリフォルニアで育ち、シカゴ大学で社会学を学んでいた。文化人類学や社会学にはエスノグラフィーという分野があり、文明と接触した経験のない伝統的社会(かつては「未開社会」と呼ばれた)や、先進国のなかのマイノリティー集団などと長期間行動をともにし、フィールドワークによって独特の文化や行動様式の解明を目指す。スディールのやりたかったのは、このエスノグラフィーの手法を使って、「アメリカで貧しい黒人として生きていくのはどういう経験か」を調べることだった。

スディールはシカゴ大学の近くに、学生たちが「ぜったいに足を踏み入れてはならない」と指導されている団地があることを知る。そこで、社会学の調査票をもってその団地を訪ねることにした。

――ということではじまるのが『ヤバイ社会学』(望月衛訳/ 東洋経済新報社)で、日本でも話題になったから知っているひとも多いだろうが、そのさわりだけ紹介しよう。 続きを読む →