「評判経済」がいつもうまくいくとはかぎらない 週刊プレイボーイ連載(604)

人間の本性は善(利他的)なのか悪(利己的)なのかは、古代ギリシアやインド、中国の時代からえんえんと議論されてきましたが、1995年に創業した会社がこの論争に一石を投じました。その会社はeBayで、インターネットオークションで大きな成功を収めました。

とはいえ創業当時は、そんな事業が成り立つわけがないとさんざん批判されました。オークションの買い手は、自分の手で商品を調べることもできなければ、落札した商品がちゃんと送られてくる保証もなかったからです。

ところがこの問題は、とても簡単な仕組みで解決されました。取引が終わったあと、買い手が売り手を評価するようにしたのです。現在、評価の星は、黄色(スコア10~49)からシルバーの流れ星(スコア10万以上)まで12種類あります。

だまされると損してしまう買い手は、同じような商品なら評判のいい売り手から買おうとするでしょう。売り手からすれば、評価が資産になり、星の数が多ければ多いほど、より大きな利益が得られるのです。

そうなると売り手の最善の戦略は、正直な商売を心掛け、できるだけ顧客満足度を高めることになります。ここで重要なのは、売り手が善人なのか悪人なのかに関係なく、「いいひと」として振る舞うようになることです。

あなたが悪人で、オークションサイトにアカウントを開設し、商品を送らずにお金をだまし取ることを企んでいるとしましょう。それでも、まずはそれなりの評価を集めないと、商売のスタートラインにすら立てません。

善人のふりをしながら星を獲得していくと、より高額な商品が落札されるようになります。しかしここであなたは、「もうちょっと正直に商売してより多くの星を集めたら、もっと大きな詐欺ができるではないか」と考えるでしょう。こうしてあなたは、悪人のまま、みんなから善人と思われて商売を続けるのです。

社会的な生き物であるヒトは、共同体から高い評価を得ると幸福感を感じるように進化してきました。それに加えて評価が富に直結するのですから、このインセンティブは強力です。こうしてeBayだけでなく、ライドシェアのUberやバケーションレンタルのAirbnbのようなシェアエコノミーが登場することになりました。

ところが、高級時計のシェアリングサービスでは、この仕組みがうまく機能しませんでした。使っていないコレクションを預かり、業者がそれを第三者に有料で貸し出して、オーナーに毎月、預託料を支払うことになっていましたが、実際には高級時計を古物商に売却していたのです。

この業者が「シェアエコ認証」を受けていたことも被害を拡大した一因ですが、違法行為を前提に事業を始めるプラットフォーマ―が出てくることを想定できなかったのでしょう。被害総額は2億4000万円あまりで、運営会社の元代表と元社員は海外に逃亡し国際指名手配されています。

評判は人間の善性を増幅することができますが、「評価経済」を悪用する者を善人にすることはできなかったようです。

『週刊プレイボーイ』2024年5月27日発売号 禁・無断転載

「自立した自由な個人」によって成り立つ高福祉社会はユートピアか

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2016年7月7日公開の「「自立した自由な個人」により成り立つスウェーデンの高福祉。 移民流入により、その社会実験の結末はどうなるのか?」です(一部改変)。

wjarek/Shutterstock

******************************************************************************************

前回、スウェーデンの「積極的労働市場政策」を紹介したが、その徹底した市場原理と経済合理性に驚きながらも、強い違和感を覚えたひとも多いだろう。

参考:「新自由主義(ネオリベ)型福祉国家」スウェーデン 続きを読む →

超高齢社会で際限なく増える行政コストは誰が負担するのか? 週刊プレイボーイ連載(602)

人類史上未曾有の超高齢社会を迎えた日本では、頼れる身寄りがいない一人暮らしの高齢者が急増しています。そこで政府は、病院や施設に入る際の保証人や手続き、認知症になったときのお金の管理から葬儀や遺品整理まで、自治体が継続的に支援する取り組みを検討していると報じられました。

厚労省の構想では、市町村や社会福祉協議会(社協)などの相談窓口に「コーディネーター」を配置し、法律相談や就活支援、財産管理、死後の残置物処分などを委託できる民間業者とつなぎます。この場合、契約手続きは行政が支援しますが、業者との契約費用は相談者が負担することになります。

もうひとつの事業は、市町村の委託・補助を受けた社協などが、「介護保険などの手続き代行から金銭管理、緊急連絡先としての受託、死後対応などをパッケージで提供」するもので、「国による補助で少額でも利用できるようにする」とされています。そうなると当然、この「補助」は公費から支出されることになります。

現在でも自治体に支援を求める高齢者は増えつづけていて、4月に公表された国の調査(福祉事務所などを含む913自治体が回答)では、「銀行に同行して振込を支援(連携先との協働も含む)」は20.3%、「救急車に同乗」は18.3%、「入院手続きを代行」は20.1%、「転居時のごみの処分」は28.4%が対応していると回答しています。これだけでも大変そうですが、厚労省のプランでは、さらに多くの高齢者支援が自治体の業務に加えられることになります。

この報告書では、「役所や病院に提出する書類を自力で作ることが難しい人」が、(高齢者施設を除いて)在宅だけで550万人いると推計しています。さらに国立社会保障・人口問題研究所の推計では、65歳以上の一人暮らし世帯は20年の738万人から、30年には887万人、50年には1084万人に増え、65歳以上の「独居率」は50年には男性で26.1%、女性で29.3%と、3~4人に1人に達します。

また厚労省は、2040年に認知症者が584万人に増え、前段階の軽度認知障害を加えると、65歳以上の1200万人、およそ3人に1人がなんらかの認知的な障害を抱えると推計しています。これは高齢者施設で受け入れ可能な数を大幅に超えており、いずれ認知症者が街に溢れるのは避けられそうもありません。

岸田政権の「子育て支援金」が、現役世代が負担する社会保険料を財源にしていると批判されていますが、奇妙なことに、野党やメディアは、代わりの財源をどうするかには口をつぐんでいます。

原理的に考えるならば、超高齢社会の再分配は、全員が負担する消費税の増税か、マイナンバーで収入と資産を把握したうえで、高齢者世代のなかで富裕層から貧困層に分配するしかありません。しかしこれまで、消費税に頑強に反対し、マイナンバーを「監視社会の道具」として目の敵にしてきたひとたちは、いまさら“正論”を口にすることができないのでしょう。

こうして、自分たちの負担だけが増えていくと(合理的に)予想する若者の絶望は、ますます深まるばかりです。

参考:「身寄りなき老後 国が支援制度」「独居支援待ったなし」朝日新聞2024年5月7日

『週刊プレイボーイ』2024年5月20日発売号 禁・無断転載