「頂き女子」とナンパ師の共通点は? 週刊プレイボーイ連載(605)

200年代のはじめにアメリカでPUA(ピックアップ・アーティスト)が大ブームになり、リアリティ番組までつくられました。魅力的な女の子をピックアップする“ナンパ術“のことで、もともとは恋愛経験の少ない(非モテの)男の子のためのマニュアルでしたが、次第に女性をセックスの対象として数値化し、何点の女と何人寝たかを競うようになりました。

「頂き女子りりちゃん」を自称する25歳の女性は、恋愛感情を利用して中高年の男性たちから1億5000万円以上をだまし取っただけでなく、いかに“おぢ(おじさん)”からお金をいただくかのマニュアルを販売していましたした。このマニュアルはネットに公開されて話題になりましたが、それを読むとPUAのマニュアルとよく似ていることに驚かされます。

ナンパ師の目的はセックスですから、女性と長くつき合ったり、一緒に暮らしたりする気ははなからありません。「頂き女子」の目的はお金で、“おぢ”はたんなる金づるで、恋愛感情などはまったくありません。

しかしより興味深いのは、どちらも自己評価が低いことです。「頂き女子」マニュアルの冒頭には、お金を稼げば夢がかなうし、「これだけ自分が稼げるんだ!」と自分の価値に気づいて、自分に自信がもてるようになると書いてあります。ナンパ師も同じで、「こんなに自分はモテるんだ!」という証明(セックスした女性の数)でしか自尊心を保つことができません。――男でも女でも、リア充ならナンパや恋愛詐欺で自分の価値を証明する必要はないでしょう。

もうひとつの共通点は、心理的な弱点をついて相手を操作しようとすることです。

PUAのテクニックは、自信にあふれているように見えるテン(10点満点)の女性もコンプレックスに悩んでおり、それを利用して(理由もわからないまま)自分に性的な魅力を感じさせることです。

一方、頂き女子マニュアルには、“ギバーおぢ”を見つけ出し、疑似恋愛にもちこんだうえで、「自分だけがこの不幸な女の子を救うことができる」という“白馬に乗った王子様”体験をさせてあげて、その代償として数百万円から数千万円のお金を「頂く」方法が解説されています。

“ギバーおぢ”は、独身で恋愛経験が少なく、毎日、仕事に行って帰って寝るだけで夢や希望がなく、さびしさを抱えて癒しを求め、「全部自己責任の考え」をもっているとされます。これはいわゆる「弱者男性」の典型で、「頂き女子」はそんな真面目でやさしい中高年の男にひと時に夢を見させることで、金銭的な報酬を得るビジネスなのです。

相手の純情を踏みにじって搾取するのはたしかにヒドい行為ですが、だとしたらナンパ師も同じです。そう考えれば、(ナンパ師は法で処罰されないのですから)懲役9年という頂き女子の判決は重すぎるようにも思えます。

売春が世界最古の職業といわれるように、男女の性の非対称性から、突き詰めていうならば、男の目的はセックスで、女の目的はお金(資源)です。しかし女の理想は「愛されること」でもあり、だからこそ“ギバーおぢ”から稼いだお金をホストに巻き上げられることになるのでしょう。

参考:ニール・ストラウス『ザ・ゲーム 退屈な人生を変える究極のナンパバイブル 』田内志文訳/パンローリング
ニール・ストラウス『ザ・ゲーム 4イヤーズ』永井二菜訳/パンローリング

『週刊プレイボーイ』2024年6月3日発売号 禁・無断転載

世界価値観調査から日本と世界が見えてくる

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2021年3月25日公開の「1970年代から始まった生存重視から自己表現重視への価値観の「進化」。 日本人が「国のために戦いたい」と思わず、幸福にもなれない理由」です(一部改変)。

世界価値観マップ(2023)https://www.worldvaluessurvey.org/WVSContents.jsp

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ミシガン大学社会調査研究所教授で政治学者のロナルド・イングルハートは、世界のひとびとの価値観を比較する「世界価値観調査」の創設者・主導者として知られている。『文化的進化論 人びとの価値観と行動が世界をつくりかえる』(山﨑聖子訳/ 勁草書房)は、100カ国、40年に及ぶ調査にもとづいたイングルハートの研究の集大成だ。本書の後半では、2016年のイギリスのEU離脱、アメリカのトランプ大統領誕生をこれまでの調査結果をもとに論じている。

興味深いのは、イングルハートが意図的に「進化(Evolution)」という言葉を使っていることだ。これまで社会科学では、進化は生物だけに適用すべきだとされてきた。その背景にはもちろん、ナチスの優生学を生んだ「社会進化論」への忌避感がある。だがイングルハートは、あえて自らの理論を「進化論的近代化論(evolutionary modernization theory)」と名づけた。 続きを読む →

「評判経済」がいつもうまくいくとはかぎらない 週刊プレイボーイ連載(604)

人間の本性は善(利他的)なのか悪(利己的)なのかは、古代ギリシアやインド、中国の時代からえんえんと議論されてきましたが、1995年に創業した会社がこの論争に一石を投じました。その会社はeBayで、インターネットオークションで大きな成功を収めました。

とはいえ創業当時は、そんな事業が成り立つわけがないとさんざん批判されました。オークションの買い手は、自分の手で商品を調べることもできなければ、落札した商品がちゃんと送られてくる保証もなかったからです。

ところがこの問題は、とても簡単な仕組みで解決されました。取引が終わったあと、買い手が売り手を評価するようにしたのです。現在、評価の星は、黄色(スコア10~49)からシルバーの流れ星(スコア10万以上)まで12種類あります。

だまされると損してしまう買い手は、同じような商品なら評判のいい売り手から買おうとするでしょう。売り手からすれば、評価が資産になり、星の数が多ければ多いほど、より大きな利益が得られるのです。

そうなると売り手の最善の戦略は、正直な商売を心掛け、できるだけ顧客満足度を高めることになります。ここで重要なのは、売り手が善人なのか悪人なのかに関係なく、「いいひと」として振る舞うようになることです。

あなたが悪人で、オークションサイトにアカウントを開設し、商品を送らずにお金をだまし取ることを企んでいるとしましょう。それでも、まずはそれなりの評価を集めないと、商売のスタートラインにすら立てません。

善人のふりをしながら星を獲得していくと、より高額な商品が落札されるようになります。しかしここであなたは、「もうちょっと正直に商売してより多くの星を集めたら、もっと大きな詐欺ができるではないか」と考えるでしょう。こうしてあなたは、悪人のまま、みんなから善人と思われて商売を続けるのです。

社会的な生き物であるヒトは、共同体から高い評価を得ると幸福感を感じるように進化してきました。それに加えて評価が富に直結するのですから、このインセンティブは強力です。こうしてeBayだけでなく、ライドシェアのUberやバケーションレンタルのAirbnbのようなシェアエコノミーが登場することになりました。

ところが、高級時計のシェアリングサービスでは、この仕組みがうまく機能しませんでした。使っていないコレクションを預かり、業者がそれを第三者に有料で貸し出して、オーナーに毎月、預託料を支払うことになっていましたが、実際には高級時計を古物商に売却していたのです。

この業者が「シェアエコ認証」を受けていたことも被害を拡大した一因ですが、違法行為を前提に事業を始めるプラットフォーマ―が出てくることを想定できなかったのでしょう。被害総額は2億4000万円あまりで、運営会社の元代表と元社員は海外に逃亡し国際指名手配されています。

評判は人間の善性を増幅することができますが、「評価経済」を悪用する者を善人にすることはできなかったようです。

『週刊プレイボーイ』2024年5月27日発売号 禁・無断転載