官民ファンドの蹉跌は日本社会の象徴 週刊プレイボーイ連載(366)

鳴り物入りで始まった国内最大の官民ファンド、産業革新投資機構(JIC)が経済産業省と対立し、社長や民間出身取締役全員が辞任するという異常事態になりました。報酬や運用方針について経産省官房長と文書を交わしたにもかかわらず、高額報酬への批判が高まると一転して報酬案を白紙撤回し、運営に国の関与を強めようとしたことが混乱の原因とされています。

世耕経産相は「事務的な不手際」があったとして事務次官を厳重注意処分にしましたが、社外取締役の弁護士は「すでに有効に成立した契約の効力について、このような主張をするのは、法治国家の政府機関として法律的に納得を得られるものではない」と述べており、JICの取締役会が官房長の文書を「契約」と見なしていたことは明らかです。そのことに触れられたくないからことさらに「事務的」を強調し、事務次官と大臣の給与を自主返納することにしたのでしょう。

安倍政権の成長戦略の一環として、官民ファンドは各省庁の主導で、「民間が手を出しにくい事業にリスクマネーを提供し新産業を育てる」という目標を掲げて2012年以降に乱立しました。しかし会計検査院の調査では、310億円の投資で44億円もの損失を出したクールジャパン機構(海外需要開拓支援機構)をはじめとして、14ある官民ファンドのうち6つが損失を抱えていることが明らかになって強い批判を浴びました。JICはこの反省から、政府からの独立性を高め、金融のプロが迅速に投資活動できるようにすることで、日本に「エクイティ文化」を根づかせるという高邁な理想でスタートしたとされています。

しかし、官民ファンドはもともと、各省庁が自分たちの権益を強化し天下り先を確保することを目論んでつくったものです。その最たるものが経産省所管のクールジャパン機構なのですから、その官庁に失敗の後始末を任せるのは「盗人に追い銭」というか「焼け太り」そのものです。最初はきれいごとをいってそれなりの人材を集め、あとから自分たちの好き勝手にやろうと画策していたのに、思わぬところで批判の火の手があがったため慌ててちゃぶ台をひっくり返したというのが真相でしょう。

そもそもお役人のいちばんの仕事は国民の税金を私物化することで、政治家の仕事はそのおこぼれに預かることです。「政府から独立した官民ファンド」などというのは定義矛盾で、お役人になんの役得もない組織など最初から成立するはずはなかったのです。

日本は「先進国のふりをした身分制社会」なので、お上は下賤な者との契約などいつでも勝手に反故にしていいと考えています。相手に辞任を迫りながら自分たちは「注意」と「自主返納」でけじめをつけたと言い張るところにも、政治家やお役人の選民意識がよく表われています。そんな国を「法治国家」と勘違いしたことが、ひどい目にあったJICの社長や民間取締役の蹉跌なのでしょう。

個人的には、日本がどのような社会なのかを広く国民に示すためにもうちょっと頑張ってほしかったのですが、バカとつきあって貴重な人生の時間をムダにすることを誰にも強いることはできません。その意味では、こうした終わり方になるのも仕方なかったのでしょう。

『週刊プレイボーイ』2018年12月21日発売号 禁・無断転載

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今年の更新はこれが最後です。よいお年をお迎えください。

外国人労働者「問題」の大きな勘違い 週刊プレイボーイ連載(365)

10年ちかく前のことですが、フィリピンの有料老人ホームを取材したことがあります。現地で成功した日本人実業家が、旧米海軍の将校宿舎の一部を改築して日本人向けの24時間介護の施設をつくったのですが、実際には海を渡る決心ができる高齢者は多くなく、日本語を話すフィリピン人介護士を養成して日本の老人介護施設に派遣する事業に変えたという話でした。

その頃にはすでに介護業界は人手不足に陥っていて、多くの施設が外国人介護士を求めていたものの、来日3年後に介護福祉士の試験に合格することが継続滞在の条件とされていました。この資格は日本人でも半分は落ちるという難関で、それを慣れない日本語で受験するのですから合格はほとんど望めず、「永住されたら迷惑だから3年で帰ってくれ」という意図は明白でした。

「日本人は、外国人労働者にすこしでも門戸を開放したら移民が押し寄せてくると思ってるんですよね」と、介護士養成の担当者はいいました。「でも、それは大きな誤解です」

彼の話によると、外国で働きたいフィリピンの看護師・介護士が目指すのはなんといってもアメリカで、次いでカナダやオーストラリアなどの英語圏です。給与が高く、長く働くことができ、永住権や市民権も取得できるのですから、条件がぜんぜんちがいます。日本の介護施設は当たり前のように「優秀な人材を送ってくれ」と要求しますが、当時から、優秀な介護士は日本になど来てくれないのが現実だったのです。

こうした状況はますます進んで、いまではアジアですら日本は外国人労働者の獲得競争から脱落しつつあります。英語が公用語となっているフィリピンでは、高卒以上であれば英語を話せますから、英語圏ならわざわざ外国語を覚える面倒がありません。アジアでは香港とシンガポールで英語が広く使われており、1人あたりGDPでもシンガポールは5万8000ドル、香港は4万6000ドルで、3万8000ドルの日本よりずっとゆたかです(2017年)。だとしたらなぜ、英語が通じず、貧乏なくせに「外国人は迷惑だ」と思っている国で働かなくてはならないのでしょうか。

安倍政権が入管法を改正し、外国人労働者の受け入れを拡大しようとしているのは、地方を中心に人手不足が顕在化し、外国人に来てもらわないと地域経済が回らなくなったからです。しかしこんなことは、何十年も前からわかっていたことです。未来は不確実ですが、出生率や死亡率は先進国では大きく変化しませんから、人口動態だけは確実に予測できるのです。

それにもかかわらず日本政府は純血主義に固執し、ようやく人手不足に慌て出しても「いわゆる移民政策は採らない」といっています。これは安倍政権が「真正保守」だからではなく、日本人の大半が「排外主義者」で、選挙を考えればそうやって宥めるしかないからでしょう。

当たり前の話ですが、優秀な人材は、どの国で働くかを自分で選択することができます。日本はずっとアジアでもっともゆたかな国でしたが、いつのまにか優先順位のはるか下に落ちてしまったことを、あと10年もすればすべての日本人が思い知ることになるのでしょう。

『週刊プレイボーイ』2018年12月17日発売号 禁・無断転載

麻薬合法化で移民キャラバンは解決できる? 週刊プレイボーイ連載(364)

近代のリベラリズムは「普遍的な人権」を掲げ、奴隷制や人種差別などの「悪」とたたかい大きな成果をあげてきました。これはたしかに素晴らしいことですが、社会の利害が対立する状況ではリベラリズムは試練に立たされます。

その典型がヨーロッパの難民問題で、内戦を逃れ、着の身着のままで長い旅を強いられたシリアのひとたちの人権を擁護しようとすると、国内で「極右」勢力が台頭して政権の基盤が揺らぐため、世界でもっともリベラルな北欧諸国ですらなりふりかまわず「排外主義」に突き進んでいます。中米からアメリカを目指す移民キャラバンも同じで、トランプの反移民政策を批判するリベラルも、4500キロを徒歩やヒッチハイクで踏破して国境にたどり着いた数千人の願いを無視しています。

これをリベラルのダブルスタンダードと批判するのは容易ですが、問題の解決にはなんの役にも立ちません。人生と同じく、社会的な理想もどこかで妥協を余儀なくされるというだけの話です。

「民主化」の名の下に国家を破壊してしまった以上、ヨーロッパのリベラルはシリア難民を前に立ち往生するしかありませんが、アメリカのリベラルには中南米からの移民を救済する方法があります。

移民キャラバンの参加者たちは、故郷を捨てた理由は貧困ではなく、犯罪組織から逃れるためだと口々に訴えます。エルサルバドルやホンジュラスなど中米の国々は、マラスと呼ばれる麻薬カルテルの抗争で、近年、急速に治安が悪化しているのです。

メキシコが経済発展にともなって麻薬の取り締まりを強化したことで、犯罪組織は摘発を避けて、コカインなどの大規模な処理施設を中米のジャングルにつくるようになりました。1人あたりGDPが3000ドルに満たない貧しい国々で、麻薬カルテルの抗争に勝ち残れば夢のような富を手にすることができるようになったのです。その結果、どの組織も十代の若者を強引に勧誘し、裏切ることができないよう全身に(顔にまで)刺青をいれさせ、殺し合いの最前線に送り込んでいます。

権力が不安定な中米の小国がこうした苦境に陥っていることはずいぶん前から知られていましたが、アメリカはずっとそれを放置してきました。こうして、ひとびとは自分や子どもたちの生命を守るために移民キャラバンに参加するほかなくなったのです。

だったらどうすればいいのでしょうか? これは、理論的にはすでにこたえが出ています。アメリカがいますぐ「麻薬戦争」を止めて、すべてのドラッグを合法化するのです。

酒やタバコと同じくコカインやヘロイン、エクスタシーなどの生産・流通も法の規制の下におけば、もはや犯罪組織が介在する余地はなくなり、中南米の麻薬カルテルは壊滅するでしょう(実際、北米でのマリファナ合法化によって違法取引はほぼ駆逐されました)。生まれ故郷で、貧しいながらも安心して暮らせるのなら、なにもかも捨ててアメリカを目指す困難な旅に出る必要もなくなります。

移民を受け入れることができないアメリカのリベラルは、中南米の貧しいひとたちの「人権」を守るために、麻薬の完全合法化をトランプに求めるべきなのです。

参考:トム・ウェインライト『ハッパノミクス』(みすず書房)

『週刊プレイボーイ』2018年12月10日発売号 禁・無断転載