小4女児虐待死事件で、やはりメディアがぜったいにいわないこと 週刊プレイボーイ連載(372)

目黒区で5歳の女児が虐待死した事件につづいて、千葉県で小学4年生の女児が父親の虐待によって死亡しました。このふたつの事件に共通するのは、児童相談所など行政をバッシングする報道があふれる一方で、メディアがぜったいに触れないことがあることです。

報道によると、今回の事件で逮捕された父親と母親は沖縄でいちど結婚したあと離婚し、そのあと再婚しています。被害にあった10歳の女児は最初の結婚のときの子どもで、再婚後に次女(1歳)が生まれたようです。

長女を虐待していた父親は沖縄の観光振興を担う財団法人に勤めていましたが、千葉への転居を機に退職、18年4月からは同じ法人の東京事務所の嘱託社員として働いていました。「家族の話も頻繁にし、同僚は家族仲が良いと思っていた」とされ、沖縄時代の元同僚も「愛想が良かった」と証言しています。

ここから浮かび上がるのは、ジキルとハイドのような「モンスター」的人物像です。そうでなければ、職場ではごくふつうに振る舞い、家庭では子どもを虐待するような非道な真似がどうしてできるでしょう。

たしかにそうかもしれませんが、実はもうひとつ可能性があります。

あらゆる犯罪統計で幼児への虐待は義父と連れ子のあいだで起こりやすく、両親ともに実親だった場合に比べ、虐待数で10倍程度、幼い子どもが殺される危険性は数百倍とされています。逆に、実の子どもが虐待死する事件はきわめて稀です。長大な進化の過程で、あらゆる生き物は自分の遺伝子を後世に残すよう「設計」されているからです。――不愉快かもしれませんが、これが「現代の進化論」の標準的な理論です。

そう考えれば、真っ先に事実関係を確認すべきは父親と長女の血縁関係です。報道では実子にように扱われていますが、戸籍上はそうなっていても、実際に血がつながっているかどうかはわかりません。

英語圏を中心に9カ国約2万4000人の子どもを検査したところ、約3%の子どもが、「父親」と知らされていた男性と遺伝的なつながりがないことがわかりました。イギリスでは2007~08年に約3500件の父子鑑定依頼が持ち込まれましたが、鑑定の結果、約19%の父親が他人の子どもを育てていました。こうしたケースは、一般に思われているよりずっと多いのです。

目黒区の事件では、5歳の女児を虐待していたのは継父でした。仮に今回のケースでも父親が長女を自分の子どもではないと疑っていたとしたら、その行動を(すくなくとも)理解することは可能です。だとしたら、行政はDNA検査を促すこともできたのではないでしょうか。

もしこの仮説が正しいとすると、検査の結果、実子であることが証明できれば虐待は収まるでしょう。逆に別の男との子どもであることがわかれば、子どもの身の安全は強く脅かされますから、行政が女児を保護する正当な理由になります。

ひとつだけたしかなのは、「なぜ虐待したのか」を知ろうとせず、行政担当者の不手際を集団で吊るしあげて憂さ晴らししているだけでは、問題はなにも解決しないということです。このままでは同じような悲劇がまた起きるでしょう。

参考:「温厚・威圧的 二つの顔 小4死亡事件 容疑の父親」朝日新聞2019年2月7日
参考文献:オギ・オーガス、サイ・ガダム『性欲の科学』CCCメディアハウス

『週刊プレイボーイ』2019年2月18日発売号 禁・無断転載

生物地理学会の市民シンポジウムで講演します(会場が変更になりました)

【会場が変更になりました】

参加希望者多数のため、会場が東大中島記念ホールから、同じ東京大学内にある「伊藤国際学術研究センター 伊藤謝恩ホール」へと変更になりました。日時等、それ以外の変更はありません。

すでにお申し込みの方は、再度、お申込みの必要はありません。主催者より会場変更の連絡があると思います。

よろしくお願いします。

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日本生物地理学会の森中定治さんから熱心にお誘いいただいたので、久しぶりに講演することにしました。テーマは「次世代にどのような社会を贈るのか?」で、「リベラル化する世界の分断」について語る予定です。

講演のあとに「論評」があって、『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』(「紀伊國屋じんぶん大賞2019」3位)の吉川浩満さん、『子どもの哲学 考えることをはじめた君へ』の共著者で哲学者の神戸和佳子さん、日本生物地理学会の春日井治さんが登壇します。

司会は『系統樹思考の世界』などで知られる三中信宏さん、趣旨説明は学会長の森中定治さんです。

日時:2019年4月13日(土)13:00~(12:30開場)

場所:伊藤国際学術研究センター 伊藤謝恩ホール

参加希望の方は、森中さん宛てにメールを送ってください。

森中定治 delias@kjd.biglobe.ne.jp

参加費は1000円(資料代 別途500円)、講演後の懇親会にも参加する場合は会費3500円です。

たくさんの方のご参加を期待しています。

 

「日本人」と「韓国人」のやっかいなアイデンティティ 週刊プレイボーイ連載(371)

2021年9月末の任期を見据え、安倍首相は2つの「レガシー」を目指しています。憲法改正と北方領土交渉で、いずれかひとつでも実現すれば日本の現代史に名を残すのは間違いありませんが、どちらも状況はかんばしくありません。

それでも「モリカケ」で足を引っ張られた憲法改正より目がありそうだと、「うまの合う」プーチン大統領との会談を繰り返していますが、クリミア半島併合などでナショナリズムが沸騰するロシアがやすやすと領土の割譲に応じるとは思えません。案の定、ラブロフ外相は日本に対し、「第二次世界大戦の結果を認めよ」と言いたい放題です。

戦争末期、ソ連は日ソ中立条約を一方的に破棄して満州と南樺太に侵攻し、日本軍の捕虜約57万5000人を抑留、劣悪な環境で約5万5000人が死亡する悲劇を引き起こしましたが、いまだに謝罪も賠償もしていません。そのうえ「悪いのはぜんぶお前たちだ」という暴言ですから、「愛国者」は激怒してもおかしくありませんが、不思議なことに大きなニュースになることもなく、ほとんど誰も気にも留めていないようです。

さらに奇妙なのは、その「愛国者」が、海上自衛隊の哨戒機が韓国海軍の駆逐艦から火器管制レーダーを照射されたとして大騒ぎしていることです。これも確かに隣国とのやっかいな問題ですが、別の隣国が不法に占拠した領土を返還する気がないと公言したことと、どちらが重大でしょうか。

こうした事情は、じつは韓国も同じです。

2017年、在韓米軍へのTHAAD(地上配備型ミサイル迎撃システム)配備を決めた韓国に中国が激怒し、軍用地を提供したロッテは中国国内の店舗を一時営業停止に追い込まれ、中国の旅行業者は韓国観光の取り扱いをやめました。ところが、こんないやがらせをされたにもかかわらず韓国内で「反中国」の大規模デモが起きるようなことはなく、「逆らったってしょうがない」というあきらめムードが広がりました。

その影響を比較すれば、北方領土返還や中国からの執拗な制裁に比べ、日本の哨戒機にレーダーを当てたとか当てないとかはどうでもいい話です。当事者同士で話し合って、「これから気をつけよう」で済ませればいいだけのことではないでしょうか。

しかし、日本にも韓国にもこれを「ささいな出来事」にできない事情があります。

日本では「嫌韓本」が次々とベストセラーになったことからもわかるように、「韓国ぎらい」が「日本人のアイデンティティ」と結びついています。慰安婦や徴用工問題でさんざん「理不尽」なことをされた「日本人」にとって、レーダー照射問題は留飲を下げる格好の機会なのです。

韓国では、植民地時代を全否定することが「正義」とされており、どんなことであれ日本に頭を下げることは「民主韓国」の否定だと見なされます。韓国側の反論が二転三転しつつもぜったいに非を認めないのはこれが理由でしょう。

日本と韓国は合わせ鏡のような関係で、お互いを否定し合うことで「日本人」「韓国人」のアイデンティティがつくられています。この不幸な状況はとうぶん変わりそうもないので、お互い、それに慣れるしかないのでしょう。

『週刊プレイボーイ』2019年2月12日発売号 禁・無断転載