2020年の米大統領選前に考えたこと

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなってしまったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

米大統領選の投票日が近づいてきたので、前回の大統領選の前(2020年10月22日)に書いた「米大統領選前に考察 「世界最強の帝国」アメリカで今、起きていること、 これから起きることとは?」をアップします(一部改変)。

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世界じゅうから大きな注目を集めているアメリカ大統領選がいよいよ決着がつく。「世界最強の帝国」でいったい何が起きており、これからどうなってしまうのか。今回はそんな興味で読んだ2冊を紹介したい。

1冊目はジョージ・フリードマンの『2020-2030 アメリカ大分断 危機の地政学』(濱野大道訳/早川書房)で、原題は“The Storm Before The Calm(静けさの前の嵐)”。

フリードマンは地政学の第一人者で、1996年にインテリジェンス企業「ストラスファー」を創設、政治・経済・安全保障にかかわる独自情報を各国の政府機関や企業に提供し、「影のCIA」の異名をもつという。これまで世界的なベストセラーになった『100年予測』『続・100年予測』『ヨーロッパ炎上 新・100年予測 動乱の地政学』が翻訳されており(いずれもハヤカワNF文庫)、本書はそのフリードマンが、トランプ大統領誕生を受けてアメリカの未来を予測したものだ。

2冊目はフランシス・フクヤマの『IDENTITY (アイデンティティ) 尊厳の欲求と怒りの政治』(山田文訳/朝日新聞出版)。『歴史の終わり』で知られる政治学者のフクヤマが、アメリカ社会がアイデンティティで分裂するようになった理由を考える(原題は“IDENTITY: The Demand for Dignity and The Politics of Resentment”で邦題のまま)。 続きを読む →

第118回 「お宝保険」の特約を考える(橘玲の世界は損得勘定)

生命保険に加入したのはバブル最盛期の1988年で、当時は終身保険を主契約にして、定期保険や医療保険などの特約をつけた定期付き終身保険の全盛期だった。20代後半だった私は、保険の仕組みなどなにも知らず、勧められるままに保険金(終身)500万円の商品に加入した。

その後、バブルが崩壊し、90年代末にはいくつかの生命保険会社が経営破綻した。この騒動でにわかに保険に注目が集まり、私も自分の保険契約を真剣に考えるようになった。

当時はインターネットの黎明期で、保険の見直しはマネー誌や単行本が主な情報源だった。それらを片っ端から読み漁った私は、自分がたまたま加入したのが「お宝保険」だということを知った。

予定利率は保険料を算定するときの基準で、超低金利の2023年には0%まで下がり、現在も1%程度だが、80年代末は5.5%だった。その分だけ保険料が安くなるので「お宝」なのだ。

予定利率の高い定期付き終身保険の見直しの基本は、主契約の終身だけを残し、それ以外の特約を解約することだが、私の場合、ちょっと特殊な事情で、あれこれ保険契約をいじっているうちに、年齢とともに契約が更新されるはずの疾病特約などの保険料が固定されていた。不思議に思って保険会社の営業所に確認に行ったのだが、保険証書を見た女性は「こんなケースははじめて」と驚いて、「20代の保険料のまま65歳まで保証が続くのだから、ぜったいに解約したらダメ」と親切に教えてくれた。こうして、私の保険はダブルで「お宝」になった。

それから四半世紀たって、主契約の終身保険の満期が近づくと、保険会社の担当者から頻繁に電話がかかってくるようになった。来年以降の保険契約をどうするか、決めなくてはならないのだという。

郵送されてきた資料を見ると、積立配当金の残高が200万円ちかくある。バブル崩壊後、配当はずっとゼロのままだが、運用利率が4%もあり、最初のわずかな配当金が複利で増えていたのだ。主契約を解約しなければ積立金の運用はずっと続くので、預金金利が4%を超えるまではこのままにしておくことにした。

特約を継続する場合は、年間2万6000円か、一括で40万円を支払うと、いまと同じ保証が80歳まで続くという。15年分を一括で前払いしてもなんの割引もないことを疑問に感じたが、特約を継続しない場合は35万円ほどの解約返戻金を受け取れることに気づいて、頭を悩ます理由はなくなった。

入院1日あたり5000円の保証が必要になるのは、病気によって収入がなくなるからだ。65歳からは年金を受給できるので(私は繰り下げているが)、そもそも医療保険は必要ない。そのうえこれまで払った保険料の一部を返してくれるというのだから、こんなにうれしい話はない。

その後、担当者からまた電話がかかってきたので、「特約は継続しません」と伝えると、これまであんなに熱心だったのに、「あ、そうですか」のひと言で電話は切れた。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.118『日経ヴェリタス』2024年10月19日号掲載
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首相に対する”死ね”は許されるのか? 週刊プレイボーイ連載(620)

Meta(旧Facebook)の投稿対応をチェックする監督委員会は、岸田首相に対して「死ね」と書いたSNS「スレッズ」のコメントを削除した判断について、「(削除は)不必要であり、Metaの人権に関する責務にもそぐわない」と判断しました。

監督委のホームページに公開された決定書によると、あるユーザーが自民党の政治資金問題に関する投稿に、「#死ね脱税メガネ」「#死ねゴミ汚物メガネ」などのハッシュタグをつけてコメントしたところ、投稿管理をするMetaのモデレーターがこのコメントを削除、ユーザーが「削除は言論の自由を妨害する」として上訴しました。監督委は法学者、ジャーナリスト、人権活動家など21名から構成された第三者機関で、Metaがコンテンツに関して下した決定に対する審査を行ないます。

日本では「死ね」という大量の罵詈雑言を浴びた女子プロレスラーが自殺した事件が起きましたが、Metaの「いじめと嫌がらせ」に関するポリシーでも、未成年や一般の成人に対する暴力的表現は無条件で削除されます。

議論が分かれるのは、国家元首や政治家など公人に対し、政治的な批判をするケースです。

ヒジャブ着用をめぐるイランの抗議デモでは、「(最高指導者である)ハメネイを打ち倒せ」とした投稿が、「ハメネイに死を」の意味にもとれるとして削除されました。このケースでも監督委は削除を取り消して投稿を復活させましたが、暗殺の標的となった政治家(たとえばトランプ)に対する「死ね」の投稿は認めないでしょう。

そうなると、「許容できる“死ね”」と、「許容できない“死ね”」を区別しなければなりません。

Metaのガイドラインでは、公人・著名人の「高リスク者」を特別な保護の対象にしています。その基準は「国家元首」「暗殺未遂に遭った者」などで、岸田首相はどちらにも当てはまります。

もうひとつの基準は、文字どおりの意味で暴力を扇動しているのか、それとも「反感や非難を表わす比喩的表現」として使われているかです。

Metaのモデレーターは前者の基準で投稿を削除しましたが、監督委は後者の基準で投稿を復活させたのです。

監督委は、独裁国家などを念頭に、民主化を求める投稿を過剰な規制で抑制することを強く懸念しています。しかしその一方で、暗殺や暴動を扇動するような投稿は即座に削除しなければなりません。

監督委の勧告に従って、人間のモデレーターが一つひとつの投稿を文脈に応じて判断していたら、膨大な人員を配置してもとうてい処理しきれません。これでは緊迫する事態にはまったく対応できないので、そのリスクを考えれば、一律の基準で無条件に判断したくなる気持ちもわかります。この問題に、安易な答えはないのです。

Twitter買収後に、イーロン・マスクはモデレーターを大量に解雇したことで強い批判を浴びました。しかしこの事案をみると、言論・表現の自由と、個人のプライバシーや安全の対立を、司法機関でもない民間企業や、法曹資格をもっているわけでもない(多くは非正規の)スタッフが適切に扱えるのか、疑問に思わざるを得ません。

SNSを運営するグローバルなプラットフォーマーは、「コンテンツモデレーションという地獄」にはまり込んだようです。

『週刊プレイボーイ』2024年10月21日発売号 禁・無断転載