『事実vs本能 目を背けたいファクトにも理由はある』発売のお知らせ

集英社より『事実vs本能 目を背けたいファクトにも理由はある』が発売されます。発売日は7月26日(金)ですが、その2日ほど前から大手書店などには並びはじめると思います。

Amazonでは予約が始まりました(電子書籍も同日発売で制作作業が進んでいます)。

「ほぼすべてのテロ犯は若い男?」「教育無償化は業界への補助金?」「自民党はリベラル、共産党は保守?」「ヤフコメ民の2%=ネット世論?」など、『週刊プレイボーイ』のコラムを中心に、「世の中を騒がすさまざまなニュースは、突き詰めれば、旧石器時代につくられたヒトの思考回路が現代社会にうまく適応できないことから起きている」という不愉快な現実(リアル)をまとめました。

巻頭では、「日本人のおよそ3分の1は日本語が読めない」というPIAAC(国際成人力調査)の結果について、設問例を含めて詳しく説明しています。「民主主義」の最大のタブーは、「すべての国民が一定以上のリテラシー(知的能力)を備えている」という虚構の上に社会が成り立っていることです。

書店でこの表紙を見かけたら、手に取ってみてください。

「本能」はいつも、世界を正しく見ることを邪魔している。

金融資産なしで年金だけでどうやって暮らしているのか? 週刊プレイボーイ連載(391)

金融庁の報告書に端を発した「老後2000万円不足問題」は予想をはるかに超える反響を引き起こし、参院選の大きな争点になることは確実です。「大炎上」した理由は、報告書が「平均的」な世帯を、持ち家で2000万円の金融資産を保有し、それを毎月5万円ずつ取り崩していると描いたからです。

これは総務省の「家計調査」に基づいているとのことですが、金融広報中央委員会の「家計の金融行動に関する世論調査」(2017)では、70歳以上で2000万円以上の金融資産を保有している世帯は27.9%です。脱落した7割の高齢者が、「自分たちは生きていけないのか?」と騒ぎ出したとしても不思議はありません。

しかしここから、「老後に2000万円なんて貯められるわけがない」というよくある批判が誤りであることもわかります。10世帯のうち3世帯はこのハードルをクリアしているのですから、当たるはずのない宝くじとはぜんぜんちがいます。「頑張れば誰でもできる」わけではないものの、「誰にでも望みはある」というべきでしょうか。

金融資産は月々の収入を積み立てた(運用した)結果ですから、平等な社会でも年齢が上がるほど「資産格差」は拡大していきます。

同じ調査では、2000万円以上の金融資産を持っている世帯は、20代では1.7%、30代でも5%しかありませんが、40代になると13.0%、50代では23.8%と大きく増えます。ただし「富裕層」の割合は、60代や70歳以上になってもさほど増えません。誰もがうすうす気づいているように、経済的に成功できるかどうかは40代で(ほぼ)決着がついているのです。

それに対して金融資産非保有の世帯は20代で32.2%と3分の1ですが、それが30代では17.5%と半減します。この比率は40代で22.6%までいったん上がりますが、これはマイホームを購入する頭金などに使ったからだと思われ、50代ではふたたび17.4%に戻っています。

ここから見えてくるのは、金融資産非保有の20代の若者のうち、半分は預金の積み立てや資産運用を始めますが残りの半分はそのままで、その結果、5~6人に1人は生涯にわたってほとんど金融資産を持たないらしいということです。これに50代のときに300万円未満の金融資産しか持っていなかった1割が(預金を取り崩して)加わると考えれば、70歳以上の3~4人に1人が金融資産非保有になる経緯がわかります。

それでは、このひとたちはどうやって暮らしているのでしょうか。データが示すもうひとつの興味深い特徴は、金融資産非保有世帯のうち、持ち家率が78.8%ときわめて高いことです。持ち家世帯全体でもその割合は約20%で、持ち家が5軒並んでいればそのうちの1軒は金融資産を持っていないのです。マイホームの購入でキャッシュがなくなったということもあるでしょうが、それよりも地方などで、若いときは実家で暮らし、その後、親の不動産を相続したというケースの方が多そうです。

このようなひとたちは、病気など不慮の出来事がないかぎり、金融資産がなくても年金だけでなんとか暮らしているようです。これもまた、「平均的」な日本の高齢者の姿なのでしょう。

『週刊プレイボーイ』2019年7月8日発売号 禁・無断転載

日本の未来を占うデンマークの「異形のポピュリズム」 週刊プレイボーイ連載(390)

国内の騒がしい出来事にかき消されてしまいましたが、海外から興味深いニュースが流れてきました。

6月5日に行なわれたデンマークの総選挙で、社民党のフレデリクセン党首が率いる「左派陣営」が過半数を得て政権交代が実現しました。――フレデリクセン党首は41歳で、デンマーク史上最年少の女性首相が誕生しました。

デンマークはこれまで、中道右派の自由党が国民党の閣外協力を得て政権を運営していました。国民党創設者のピア・クラスゴーは「ムスリムがヨーロッパに侵入し、ヨーロッパ人の民族浄化を企んでいる」「文明人はヨーロッパ人だけ、他はすべて野蛮人」などと主張する排外主義者で「極右」と見なされています。

このような差別的な政党が加わる政権を倒したのですから、リベラル派はこの勝利に大喜びするはずです。――と思いきや、誰もこの話には触れようとしません。

なぜそうなるかは、選挙結果の解説を読めばわかります。例えば朝日新聞は、「デンマーク総選挙 左派陣営が過半数」(2019年6月7日朝刊)でこう書いています。

「(社民党の)フレデリクセン氏はかつて、右派政権の移民政策を「欧州で最も過酷」と批判してきた。しかし、移民に比較的寛容な社民党の姿勢が他党から弱腰批判を浴びて支持者離れを招き、前回の総選挙で敗北。その後、党首になったフレデリクセン氏は、右派政権が打ち出す厳しい移民政策の賛成に回るようになり、与党側は攻撃の材料を失った」

ここからわかるのは、リベラル派が極右を倒したのではなく、左派政党が排外主義的な政策を丸のみしたことで右派の票を奪うことに成功したという経緯です。いわば「左派が極右に変身した」わけで、これでは「リベラルの勝利」と喜べないのは当然です。

左派陣営の成功の理由は、移民問題で極右と同じ強硬な主張をしつつ、福祉の充実などを訴えたことだといいます。これは要するに、「外国人(移民)は出て行ってもらって、デンマーク人だけで高福祉の夢の国をつくろう」という主張でしょう。まさに極右と極左が合体した異形のポピュリズムです。

「世界でもっとも幸福な国」とされるデンマークの洗練された有権者が、このような政党に喜んで票を投じたことにこの話の怖さがあります。

老後に備えた自助努力の必要を説いた金融庁の報告書が大炎上したように、超高齢社会の日本では年金への不安が広がっています。同性婚や夫婦別姓などでひとびとの価値観は「リベラル化」していますが、「反日」を罵倒し隣国へのヘイト発言を繰り返す「日本人アイデンティティ主義」も相変わらず健在です。これは左派と右派が対立しているのではなく、「嫌韓」の愛国者がそれ以外のことではリベラルになっているのです。

そう考えれば、令和の日本でどのような政治勢力が台頭してくるかが予想できます。

それは「愛国」と「嫌韓・反中」を唱える「リベラル」政党であり、年金不安をなくすために国民にお金をばら撒くことを約束するポピュリスト政党でしょう。

これは日本だけのことではありません。いずれ世界じゅうが、こうした異形のポピュリズムによって支配されることになるかもしれません。

『週刊プレイボーイ』2019年7月1日発売号 禁・無断転載