政府は、公的年金を受け取る年齢を70歳超まで先送りできる制度の検討を始めたという。現在は原則65歳が受給開始で、前後5年間の調整が認められている。これが年金受給の繰上げと繰下げだが、知りたいのは「どっちが得か?」だろう。
現行制度では、65歳より早く受給する場合は1カ月あたり0.5%ずつ減額され、遅く受給する場合は0.7%ずつ増額される。だがこれだけではすぐに損得はわからない。
そこでここでは、受給開始年齢を変えても受給総額が同じになる「理論的に平等な国民年金」を考えみよう。
国民年金の満額支給は現在月額6万4941円で、65歳の平均余命は男19.55年、女24.38年だから、生涯に受け取る年金の期待総額は男1524万円、女1900万円になる。60歳の平均余命は男23.67年(女28.91年)、70歳では男15.72年(女19.98年)だが、どちらを選んでも生涯で受け取る年金額を等しくするのだ。
この計算は表計算ソフトを使えばかんたんにできる。以下、論旨は変わらないので男のみを例に挙げる。厚生年金でも結論は同じだ。
年金を60歳で繰上げ受給し、総額が65歳受給と等しくなる受給額は月額5万3637円で17.4%減になる。一方、70歳まで繰下げた場合は8万763円で24.4%増だ。
それに対して現行制度では、受給を60歳に繰上げると月額4万5459円で30%減、70歳まで繰下げると9万2217円で42%増になる。このことからわかるように、「理論的に平等な受給額」に対して、繰上げはかなりのペナルティが課せられ、繰下げにはプレミアムが上乗せされている。そのうえ繰上げ需給には障害基礎年金を請求できないなどの制約があるから、(平均余命まで生きることを前提にすれば)受給開始を繰上げるのは損で、繰下げはかなり有利だ。
それでは、このまま受給を繰下げていったらどうなるだろう。現行の上乗せ率(0.7%)で試算すると、75歳で11万9493円、80歳で14万6769円になる。報道では70歳超の部分は上乗せ率をより高くするというから、実際はこれより多くなるだろう。
さらにこのまま受給開始を繰下げていくと85歳で17万4045円、90歳で20万1320円になる。だがこのあたりから理論値との逆転が起こり、90歳男性の平均余命4.28年で試算すると、受給額は月額30万円に達するはずだ。
年金の繰下げ受給の有利さが周知されれば、日本人の働き方に大きな変化が起きるだろう。超高齢社会でひとびとの不安は「長生きしすぎること」に変わったが、生涯現役ならそのぶん老後が短くなり、年金受給額が増える。そう考えれば、繰下げを80歳に止めるのではなく、90歳にしたっていいのではないか。
「その前に寿命がきたら無駄になる」というかもしれないが、死んだあとのことまで心配しても仕方がない。長く働き、たくさん年金をもらい、平均余命まで生きられなかった分は国庫に返納する。早晩、そんな人生設計が当たり前の時代がくるのではないだろうか。
橘玲の世界は損得勘定 Vol.73『日経ヴェリタス』2018年2月11日号掲載
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