日本の税制は属地主義なので、日本国外に暮らすひと(非居住者)が海外で保有する財産を贈与・相続しても原則として課税されない。課税権が居住国にあるのだから当然ともいえるが、贈与税や相続税のない国が存在するとやっかいな問題を引き起こす。理屈のうえでは、国外で莫大な財産を受け取っても一銭も税金を払わない、ということが起こりうるからだ。
2011年2月、これがたんなる理屈でないことが示された。消費者金融大手の武富士創業者(故人)の長男が当時住んでいた香港で、海外居住者として約1330億円の生前贈与を受けた。この贈与に対して最高裁が課税を取り消し、延滞税に還付加算金を加えた総額2000億円を還付するよう命じたのだ。この判決が大きく報じられたことで、非居住者を使った相続税回避の方法が富裕層のあいだで広く知られるようになった。
しかし皮肉なことに、この「武富士事件」を機に、「海外で暮らせば税金がタダになる」というウマい話はなくなった。それまでは子どもが非居住者になればよかっただけだが、法改正によって、贈与者(被相続人)と受贈者(相続人)がともに5年を超えて海外に住むことが条件とされたのだ。
親の財産を無税で受け取るために1年ちょっと外国で暮らすだけなら、ハードルはさほど高くない。しかし親子ともども5年以上では、家族での海外移住を決意しなければならない。日本でのこれまでの仕事や生活をすべて失うことになるから、かなりの資産家でなければこんなことをやろうと思わないだろう。
ところが、この「5年シバリ」でも多くの富裕層が海外に資産を移して家族で移住したらしい。こうして税法がふたたび改正され、4月から非居住者の期間が10年に延長された。これによって、5年たったら財産を子どもに贈与して日本に戻ってこようと思っていたひとたちは、さらに5年間、慣れない外国暮らしをつづけるか、帰国して課税対象者に戻るかを決断しなければならなくなった。
あとすこしで5年というひとは大きなショックを受けているだろうが、きびしいようだが、これは自己責任だ。国家は立法権を持っているのだから、5年のものを10年や20年に延ばすのは自由だ。海外居住で節税したい富裕層は少数で、政治的にはほとんど無力だから、法改正を食い止める方途はない。そう考えれば、「5年で税金がタダになる」と考えること自体が間違っていたのだ。
徴税は国家が行使する“暴力”なのだから、そこから逃れようとしたら、それなりの覚悟が必要だ。だとしたら、どうすればよかったのだろうか。
本気で日本国に税金を払わないと決めたなら(それは個人の自由だ)、外国籍を取得して日本国籍を放棄すべきだった。外国人(親)が国外に保有する資産を外国人(子)に贈与したとしても、(いまのところ)日本国はそれに課税することはできない。そんなことまでする気はない? だったら住み慣れた日本に暮らし、決められた税を納めた方がずっといいだろう。
橘玲の世界は損得勘定 Vol.67『日経ヴェリタス』2017年4月30日号掲載
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