参議院選挙にも出馬した元女優が大麻取締法違反で逮捕されたことが、ワイドショーなどで連日大きく報じられました。大麻合法化を公約に掲げて選挙に立候補した以上、確信犯なのでしょうが、残念なのは、離島での暮らしや奇矯な言動が大麻(マリファナ)についての主張といっしょくたにされてしまったことです。
元女優が男性4人と暮らすのは自由ですが、「ふつう」ではないかもしれません。しかし大麻の所持や使用は、いまや先進国では違法とするほうが少数派になっています。
オランダでは早くも1970年代に大麻が解禁されましたが、イギリス、ドイツ、フランスなどヨーロッパの主要国でも、法律上は違法とされていても個人による栽培・使用は放任されているのが実情です。アメリカでは州ごとに規制が異なりますが、医療用大麻は多くの州で合法化され、コロラド、ワシントン、オレゴン州では個人使用の嗜好用マリファナも合法化されています。またカナダでも、マリファナが非罰化されている現状に合わせ、来春を目処に娯楽用の大麻が合法化される予定です。今後、カリフォルニア州やハワイ州が大麻解禁に踏み切れば、観光で訪れた日本人の利用も飛躍的に増えるでしょう(先日の大統領選に合わせて行なわれた住民投票で、カリフォルニア州でも娯楽用大麻の所有・使用が合法化されました)。
近年の大麻合法化の流れは医療用大麻から始まりましたが、これはがんの疼痛治療などで、従来のモルヒネ系鎮痛剤では効果のない痛みをやわらげることがわかったからです。アメリカの大麻合法化キャンペーンに巨費を投じたのは「ヘッジファンドの帝王」と呼ばれたジョージ・ソロスで、「わたしは好きでマリファナを吸ってるんじゃない。痛みから逃れるには違法な業者から大麻を買うしかないのだ」という患者たちの生々しい声を伝えて世論を動かしました。
タバコやアルコールよりはるかに依存性が低いソフトドラッグのマリファナに対し、より依存性が高いヘロイン、コカイン、覚醒剤などのハードドラッグは欧米諸国でも厳しく規制されています。ところがミルトン・フリードマンやゲーリー・ベッカーなどアメリカを代表する経済学者(どちらもノーベル経済学賞を受賞)は、ニューヨークタイムズなど一流紙でハードドラッグを含む麻薬の合法化を主張しました。
禁酒法下のアメリカではアル・カポネのようなギャングが密造酒で莫大な利益をあげましたが、14年ちかい「高貴な実験」が大失敗してアルコール飲料の製造・販売が合法化されると闇酒に群がる犯罪組織は消滅し、治安も回復しました。メキシコやコロンビアは麻薬マフィアとの戦いで疲弊していますが、非合法組織が暗躍するのは最大の消費国アメリカがハードドラッグに厳罰を課しているからです。コカインやヘロインの製造・販売を法の管理の下に置けば「麻薬との戦争」も終わり、全米の刑務所から多くの囚人が「解放」されるとともに、中南米諸国の治安も劇的に改善するでしょう。
ところで日本では、「麻薬」をめぐるこうした真面目な話はKY(空気を読まない)として嫌われます。大麻をネタにして“おかしな女”をからかって楽しんでいるのに、水を差されるからでしょう。
この国には、口先で「反権力」といいつつ、権力のつくったルールを疑うこともなく、誰にも迷惑をかけていない個人を嬉々としてバッシングするひとがたくさんいます。この思考停止と精神の貧困に、いまの日本社会が象徴されているのでしょう。
『週刊プレイボーイ』2016年11月14日発売号
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