利益相反はいつの時代でもやっかいな問題だ。典型的なのは政治家で、「国民のため」などといいながら、公共事業の発注と引き換えに建設会社からキックバックをもらったりする。言語道断だが、同様の行為は社長に任命された監査役とか、製薬会社から接待漬けにされた病院長とか、枚挙にいとまがない。残念なことに金融業界も例外ではなく、世界金融危機以降、利益相反の巣窟と見なされている。
もちろん監督官庁も手をこまねいているわけではない。不道徳な慣習をやめさせる武器は「情報開示」だ。「手の内を知られているなら、ダマすことなどできないはずだ」というのはたしかに一理ある。だがこれは、ほんとうに効果があるのか。
行動経済学者のダン・アリエリーは、次のような興味深い実験を紹介している(『ずる』早川書房)。
ある参加者は、小銭の入ったビンを一瞬見せられ、金額をより正しく推測することで報酬が支払われた。これを「推測者」としよう。
それに対して別の参加者は、ゆっくり時間をかけてビンを調べることができ、おまけに「正解は10ドルから30ドルのあいだ」とヒントまで与えられた。こちらは「助言者」だ。
助言者には、ふたつの異なる報酬が支払われた。ひとつは利益相反がないタイプで、助言者の報酬は推測者の正しさによって決められた。もうひとつは利益相反のあるタイプで、助言者の報酬は、推測者が金額を多く間違えるほど高くなった。
もうおわかりのように、利益相反のある助言者は、推測者により大きな金額を助言した。その金額は(利益相反のない)対照群が16.5ドルだったのに対し、3.66ドルのゲタをはかせた20.16ドルだった。
この結果に「けしからん」と怒るひともいれば、「そんなものか」と胸をなでおろすひともいるだろう。助言者のぼったくり率は2割ほどで、倍にふっかけるような非道なことはしていない。これはダマす側にも(まがりなりにも)良心がはたらいていることを示している。
だがこの実験で興味深いのは、第三の条件を試したことだ。それが、「金額が多いほど助言者の利益も大きい」という報酬体系を情報開示した場合だ。この公開主義で、推測者は助言者に利益相反のバイアスがかかっていることを見抜くことができる。
結果はどうなったのだろう。
予想どおり推測者は、助言者の金額から2ドル割り引いて利益相反に対抗した。これは情報開示の効果だが、驚いたことに助言者は、さらに4ドル上乗せした24.16ドルを推測者に助言したのだ。その結果、助言者の報酬は差し引き2ドル増え、ぼったくり率は35%に拡大した。
規制で透明性が向上すると、利益相反の害はより大きくなる。なぜこんな奇妙なことが起こるのだろう。
それは、開示によって助言者の罪の意識が軽くなったからだ。ゲームのルールが周知されると、ダマせる立場にあるひとは、ダマされるのは自己責任だと思うようになるのだ。
橘玲の世界は損得勘定 Vol.56:『日経ヴェリタス』2016年1月31日号掲載
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