昨年末に南アフリカのヨハネスブルグを訪れました。ここは「世界一危険な都市」として知られていますが、実際には一般の旅行者がトラブルに巻き込まれることはほとんどありません。これは治安がよくなったからではなく、(黒人以外の)旅行者が行動できる範囲がきわめて限定されているためです。
ヨハネスブルグで宿泊できるホテルは、実質的にはサントンとローズバンクという郊外の高級住宅地にしかありません。空港で客待ちしているタクシーも危険とされているので、あらかじめ送迎を手配しておきます。東京に例えるなら、羽田空港に着いたら迎えの車で田園調布か自由が丘に行き、都心にはいっさい近づけないという異常な状況です。
高級住宅地には六本木ヒルズのような大型商業施設があり、民間警備会社のセキュリティガードが頻繁に巡回していてきわめて安全です。その周辺も昼間はふつうに歩けますが、夜になると人通りはもちろん車もほとんど走らなくなります。
都心(ダウンタウン)に行くときは市内観光ツアーに参加します。観光といっても街を歩くのは駐車場から大通りを10メートルほどで、ショッピングセンター内のエレベータで展望フロアに上がり、ヨハネスブルグの地理を説明してもらって終わりです。あとは車の中から街の様子を眺めるだけで、これでは野生動物を観察するサファリと同じです。
ヨハネスブルグは南アフリカのビジネスの中心地で大学もあり、現地のガイドブックで「ぜったいに立ち入ってはならない」と書かれているいくつかの地区を除けば、通りを行き交うひとのほとんどは一般市民です。ただし白人はもちろんアジア系の姿もまったく見ないので、ガイドをつけずに歩けばものすごく目立つことは間違いなく、安全かどうか試してみる気にはまったくなれません。
南アフリカはアパルトヘイトという人種差別政策を長く続けてきましたが、現在はすべての人種は平等です。高級住宅地に住む黒人富裕層も多く、そこだけを見れば人種差別は過去の歴史です。ただしこの国の問題は、成功した黒人に対して貧しい黒人が圧倒的に多いことにあります。
タウンシップはアパルトヘイト時代の有色人種居住区で、いまでも廃材とトタンでできた家に暮らすひとたちがたくさんいます。それに加えて国家破産した隣国のジンバブエなどから大量の不法移民が流れ込み、都心の近くにスラム街をつくったり、ホームレスとしてその日暮らしをしています。その結果ヨハネスブルグは、「1%金持ちと99%の極貧層」という究極の格差社会になってしまったのです。
このような社会で暮らすのはどんな感じなのでしょうか。案に相違して、ひとびとはみんな活き活きとしています。怒ったり悲しんだりしていても仕方ないからでしょう。
南アフリカは「小さな政府」のネオリベ国家でもあります。あまりにも貧富の差が拡大してしまったので、いまさら社会福祉を充実させようがないからです。
このようにして、高圧電流の流れる高い塀、監視カメラ、「侵入者は銃撃する」という警告板が街に溢れた“未来社会”が生まれたのです。
『週刊プレイボーイ』2015年1月19日発売号
禁・無断転載