あれほど大騒ぎした北朝鮮情勢は、中距離弾道ミサイルが撤去され、「戦争」の挑発もなくなり、すっかり尻すぼみになってしまいました。その後、中国の大手国有銀行が当局の指導を受けて、北朝鮮向けの送金を止めていることが報じられました。水面下でどのような駆け引きがあったかはわかりませんが、アメリカの経済制裁に中国が同調したことが北朝鮮を追い詰め、ミサイル撤去に至ったと思われます。
アメリカでは、国際政治の交渉にゲーム理論を使うのが常識です。有名なのは冷戦時代の「相互確証破壊」で、アメリカとソ連が相手を一瞬で消滅させるだけの大量の核兵器を保有することが、平和のための最良の戦略だとされました。この論理はひとびとの神経を逆なでしましたが、それによって米ソの「世界最終戦争」が避けられたのも事実です。
ゲーム理論は、すべてのプレイヤーが自分の利益を最大化すべく合理的な選択をするという前提のもとに、いくつかの単純なルールで相手の行動を予測します。そんなものが役に立つのかと思うかもしれませんが、ゲームの参加者の数が限られていれば、巧妙な戦略で相手を完全にコントロールすることも可能です。核開発問題の当事者は、北朝鮮と米国、中国(および韓国)ですから、米中が協力すれば北朝鮮はなにもできなくなってしまうのです。
これほど強力なゲーム理論を日常生活に活用する方法はないのでしょうか? ここでは、新車をもっとも安く買う方法をご紹介します。
ゲームの必勝ルールは、自分の情報を相手に与えず、相手の情報だけを手に入れることです。したがって、自分からカーディーラーに行くのは最悪の方法です。ディーラーは自分の手の内を見せることなく、あなたの情報をなんなく手に入れて、予算の上限までふっかけることができるからです。
ところで、ディーラーにいっさい情報を与えずに車を買うことなどできるのでしょうか。次のような方法を使えば、不可能が可能になります。
まず、車雑誌やインターネットで調べて、どの車を買うかを、装備も含めてあらかじめすべて決めておきます(ディーラーに相談してはいけません)。
次に、自分が住んでいる地区のディーラーをできるだけたくさんリストアップします。
そのうえで、順番にディーラーに電話をかけ、購入したい車種と装備の詳細を伝えた後で、次のようにいいます。
「この条件でいくらなら売ってくれるのか、あなたの最低価格を教えてください。その価格を次に電話するディーラーに伝えて、すべてのディーラーのなかでもっとも安いところから購入します。なお、購入する場合はその金額にぴったりの現金しか持って行きません」
これでディーラーは、あなたの情報をなにひとつ知ることができないままに、最低価格を提示するほかなくなります。この戦略はゲーム理論的には完璧なので、ディーラーにあなたと駆け引きする余地はまったくないのです。
もっとも私は車を持っていないので、「ぜったい得する」この方法を試したことはありません。やるとなるとけっこう大変そうな気もしますが、試してみたい方はどうぞ。
参考文献:ブルース・ブエノ・デ メスキータ『ゲーム理論で不幸な未来が変わる!』
『週刊プレイボーイ』2013年5月20日発売号
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