高収入を得ているお笑い芸人の母親が、生活保護を受給していたことが大きな関心を呼びました。本人だけでなく、事件を実名で取り上げた国会議員も批判を浴びています。
生活保護は貧しいひとをみんなで支える制度ですが、不正受給が常に問題になります。
生活保護費の原資は税金ですが、多くの納税者はけっして楽な生活を送っているわけではありません。病気や障害で収入を得る方途がないなら別ですが、働きたくないひとを税金で食べさせるのに同意するひとはいないでしょう。生活保護の不正受給は深刻なモラルハザードで、放置しておくと制度そのものへの信頼が失われてしまいます。
その一方で、生活保護には別の問題もあります。
2007年7月、北九州市の住宅街で52歳の男性の死体が発見されました。男性はタクシー会社を病気で辞めた後、生活保護を3カ月半ほどで打ち切られ、餓死したと見られています。日記に「おにぎりが食べたい」と書かれていたことから、生活保護のあり方をめぐって大きな議論を巻き起こしました。
当時、北九州市は生活保護費の膨張に頭を悩ませており、受給者への就労指導を強化していました。この「水際作戦」が孤独死の悲劇を招いたのだと、マスコミは批判しました。
生活保護が必要なひとに届かないことを、「漏給」といいます。生活保護制度には、「不正受給」と「漏給」の二つの欠陥があるのです。
生活保護の受給者を指導するのは、福祉事務所のケースワーカーです。彼らは一人あたり平均して80世帯を担当しており、申請者の資産調査や受給者の就労支援を行なっています。厚労相は扶養義務の厳格化を指示しましたが、生活保護の受給者は200万人を超え、親族の資産調査などとても手が回らないのが実情だといいます。
誰もが「不正受給は許されない」というでしょうが、次のようなケースはどう考えればいいのでしょう。
幼い子どもを抱えた母親が、毎日パチンコで遊んでいます(よくある話です)。不正受給の疑いが濃厚ですが、保護を打ち切ると子どもが生きていけなくなってしまいます。ケースワーカーは、こうしたグレイゾーンでの判断を日々迫られているのです。
「なにかを手に入れようと思えば、なにかを手放さなければならない」ことをトレードオフといいます。「ケーキはおいしいけれど、ダイエットに失敗してしまう」という関係です。
世の中にはたくさんのトレードオフがありますが、生活保護の漏給と不正受給もそのひとつです。税金を食いものにする不届き者を水際で防ごうとすると、漏給によって餓死者が出てしまいます。かといって申請をすべて認めていたら、不正受給で保護費は莫大な金額になってしまうでしょう。
漏給と不正受給がトレードオフなら、政治の役割は、漏給を減らすのにどの程度の不正受給を覚悟するかを決めることです。しかしほとんどのひとはこうした不愉快な議論を嫌い、快適な「正義」を求めて、不正受給をバッシングし、漏給をきびしく批判します。
こうして、不毛な議論がいつまでもつづくことになるのです。
『週刊プレイボーイ』2012年6月11日発売号
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