黒豆というのは正月のおせち料理に定番の煮豆のことだと思っていたら、じつは枝豆でもあった。と書いてもなにやら意味不明だが、煮豆にするのは完熟した黒豆で、その少し前のものは、ビールのつまみに出てくる枝豆のように茹でて食べるのだという――。近頃はこんなトリビアまで、ネット通販のメールが教えてくれる。
“黒豆の枝豆”というのは初体験だったので、さっそく注文してみた。代金は800グラムで1980円だったのだが、そのメールに「ポイントが失効間近」と書いてあって、確認してみると口座に2000ポイント貯まっていた。1ポイント=1円なので、これを使ってタダで最高級の丹波の黒豆が手に入った。
こんな不思議なことが起きるのは、「ポイント10倍フェア」のときにたまたまこの通販サイトで買い物をしたからだ。通常は100円につき1ポイントもらえるが、この時期だけは100円で10ポイントになって、購入代金の10%が還元されるのだという。
ところで、通販会社はなぜこんな大盤振る舞いをしてくれるのだろうか。そのヒミツを知るために、最大通販サイトで子ども服を販売している知人に聞いてみた。
「ネット通販というのは心理ゲームなんです」開口一番、彼女はいった。「注文してから何日か経たないと手元に届かないんだから、どうしても必要なときにネットなんか使わないですよ。いますぐ買わなくてもすむようなモノだから、なにか仕掛けがないと売れないんです」
販促の第一歩は、潜在顧客の暗号化されたメールアドレスを通販サイトの運営会社から買うことだという。それも、パソコンより携帯メールの方が単価が高い。
「パソコンでメールを受け取ると、あれこれ比較したりするから、購入率はそれほど上がらないんです。それに比べて携帯メールは、衝動的なクリックが多いから単価も高くなるんです」
この“衝動クリック”を誘発する仕掛けが、ポイントの有効期限や「10倍フェア」だ。
「ポイントは月末が期限だから、それに合わせて“失効前に買い物をしよう”というメールを送るんです。『10倍フェア』は期間限定で、“ここで買わないと損”と煽るんです」
彼女の説明によれば、通販会社は膨大なデータをもとにユーザーの購入行動を分析し、さまざまな“心理テクニック”を開発しているのだという。どおりで自分にぴったりのメールばかり来ると思った。
とはいえ、10%のポイント還元は店の負担だ。そんなことまでして元はとれるんだろうか。
「当然、どこもぎりぎりの価格設定をしています。正直、利益を出すのはけっこう大変です」
それでもつづけているのは、マーケティングが結果につながるのが面白いからだという。
「買い物は自己実現なんです」こともなげに彼女はいう。「“欲しい!”と思った瞬間にクリックする、その快感を演出するのが私たちのビジネスです」
いやー、恐ろしい時代になったものだ。とてもついていけそうにない。
橘玲の世界は損得勘定 Vol.9:『日経ヴェリタス』2011年11月20日号掲載
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