「ウォール街を占拠せよ」という若者たちの運動が、アメリカの政治を揺るがしています。FacebookやTwitterなどのSNSを通じてまたたくまに広がり、ニューヨークのブルックリン橋を占拠し、700人が逮捕・拘束される騒ぎにまでなりました。
アメリカやヨーロッパでデモや暴動が頻発するのは、グローバリズムによって人類が幸福になったからです。もちろんこれではなんのことかわからないので、順を追って説明してみましょう。
冷戦がつづいた80年代までは、一部のゆたかな国と、それ以外の貧しい国の経済格差が大きな問題となっていました。一人あたりの名目GDPで比較すると、1990年の中国の所得は、日本人の約70分の1しかなかったのです。
グローバルな市場経済というのは、かんたんにいうと、同じトヨタの車をつくるのなら、日本のサラリーマンも中国の工員も最終的には同じ賃金になる、という世界です。アジアだけでなく、アメリカと中南米や、西ヨーロッパと東ヨーロッパの間でも同様の関係が成立しています。
こうしたことが起きるのは、北(先進国)と南(発展途上国)の経済格差があまりにも大きかったからです。そのため、安い人件費で商品をつくるだけで、企業家は法外な利益を手にすることができたのです。
経済のグローバル化によって、貧しい国のひとたちの所得が大きく増えました。たとえば中国では、一人あたりGDPはこの20年間で約15倍になり、日本との差も9分の1にまで縮まっています。それに対して先進国はどこも低成長にあえいでおり、所得も頭打ちです。
ところで、先進国のひとたちの所得が1割減るかわりに、中国(13億人)やインド(12億人)のひとたちの所得が倍になれば、人類全体としての幸福の総量は明らかに増えています。これが、「グローバリズムによって人類は幸福になった」という理由です。
しかしこれは、バラ色の未来というわけではありません。市場の富はみんなに平等に分配されるわけではなく、北と南の(マクロの)経済格差が解消する一方で、先進国でも発展途上国でも、国民のあいだの(ミクロの)経済格差が拡大してきたのです。
その結果アメリカでは、一部の富裕層に富が集中し、世界一ゆたかだった中流層が没落しはじめました。こうして、さまざまな政治的軋轢が生じるようになったのです。
ティーパーティーと呼ばれる保守的な白人中流層は、移民を制限すると同時に、貧しいひとたちへの所得の再分配を拒否します。彼らが「小さな政府」を求めるのは、自分たちがゆたかさから脱落しつつあることに怯えているからです。
一方、「ウォール街を占拠せよ」の若者たちは、金融機関の救済を批判し、富裕層への増税によって社会保障を充実させる「大きな政府」を求めています。アメリカの若者(20~24歳)の失業率は15パーセントを上回り、7人に1人が無職のままで、彼らは将来の貧困に怯えています。
このように、ティーパーティーとウォール街を占拠する若者たちは、グローバル化のなかでの「中流の没落」という同じコインの裏表です。問題は両者の主張に妥協の余地がないことで、だとすればアメリカの分裂は歴史の必然だったのです。
『週刊プレイボーイ』2011年10月24日発売号
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