世界的に株価が大きく下落しています。
「円高と株安についての個人的感想」で「誰も未来を知ることはできない」と書きましたが、それについて、ジョージ・ソロスを例に挙げて説明した未発表の原稿があったことを思い出したのでアップします。
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「ヘッジファンドの帝王」「イングランド銀行を打ち負かした男」として知られるジョージ・ソロスは、97年のアジア通貨危機で「市場原理主義者」として批判の矢面に立たされたが、サブプライム危機が勃発した直後に書かれた警世の書『ソロスは警告する』で次のように警告した。
市場は本来不完全なものであり、政府など外部からの介入がなければ正常に機能しないものであるにもかかわらず、「市場原理主義者」は市場がそれ自体で完全だと考え、野放図な規制緩和を行なってきた。サブプライム問題に端を発する世界金融危機はその典型であり、FRB(米連邦準備理事会)の低金利政策で不動産投機が過熱し、信用の過度の膨張がバブルを誘発し、それを最先端の金融工学が加速させ、ハイリスクな不動産担保証券を世界じゅうにばら撒くことになった。この「超バブル」が崩壊したいま、市場原理主義の時代は終焉を迎えた――。
ソロスはそれ以前から米国の不動産バブルや金融機関のモラルハザードを強く批判しており、世界金融危機をもっとも早く、かつ正確に予言した一人だ。だがここでいいたのは、そのことではない。その常人離れした慧眼にもかかわらず、ソロスの予測のほとんどは外れているのだ。
『ソロスは警告する』には、2008年1月時点の投資戦略が掲載されている。そのなかでソロスは、不動産バブル崩壊にともなう米国の不況は長期化するものの、中国やインドなど新興国の経済は堅調で、商品や金などの価格上昇はつづき、アラブ産油国の国富ファンドが「最後の貸し手」になるだろうと述べている。なによりソロスの一貫した主張はドル崩壊で、金融危機によって“予言”が実現することに絶対の自信を持っている。
それから半年後にリーマンショックが起こり、世界経済は激震に見舞われた。その後の現実とソロスの予想を比較してみよう。
まず、先進国の不況と新興諸国の好況が共存するとのデカップリング論は完全に間違っていた。中国やインド、ブラジル、ロシアなどの株価も、世界金融危機を機に急落した。同時に商品や金、原油価格も大幅に下落した。
ドバイの不動産バブルがはじけ、政府系不動産開発会社の債務返済が滞った。オイルマネーの金融市場への流入も、リーマンショック以前の投資(アブダビ投資庁からシティグループへの8100億円など)が巨額の含み損を抱えたことから完全に途絶えた。
金融危機はヨーロッパ諸国にも飛び火し、「ヘッジファンド国家」と化していたアイスランドが破綻し、次いで東欧諸国やギリシア、アイルランドがEUやIMFの救済を受けることになった。こうした事態はどれも、ソロスの「予言」には書かれていない。
とりわけ大きな間違いは、ソロスが絶対の自信を持っていた「ドル崩壊」だ。
リーマンショックの後、ヘッジファンドなどへの解約請求が殺到したためユーロ資産を売却してドルを買い戻す動きが加速し、為替相場はドル高ユーロ安に大きく動いた。ソロスの確信とは異なって世界金融危機でドル崩壊は起こらず、ユーロ危機が先にやってきた。この「再帰性」を見誤ったために、ソロスはドル売りユーロ買いの巨額のポジションで莫大な損失を被ることになった。
ソロスは、一貫して「市場は効率的だ」という経済学の前提を否定してきた。彼は複雑系の科学とはまったく独立に、「再帰性」という哲学的な概念を駆使して、市場が互いにフィードバックする複雑系のスモールワールドであることを論証した。
ソロスの予言どおり、金融市場は崩壊し、モダンポートフォリオ理論のベルカーブは葬りされられた。しかしそれでも、ソロスは「間違った」のだ。
ソロスはその後、自らの「予言」を検証し、それがほとんど外れたことを潔く認めている(『ソロスは警告する2009』。ソロスの名誉のために付け加えれば、この新著では、中国やインドなど新興国の株価がいち早く回復することなどを正確に予想している。