電力不足のなかいよいよ猛暑の夏がやってきた。どのくらい節電すればいいか見当もつかないので、とりあえずオフィス用に、パソコンの横に置く小型扇風機を4台と、タワー型の扇風機1台を購入した。
私のオフィスはウナギの寝床のような構造で、ベランダと玄関が一直線につながっているから、窓とドアを全開にすればけっこう風が通る。扇風機に加え、スタッフ全員にウチワを配布し、できるだけクーラーを使わずに夏を乗り切る作戦だ。
試しに10日間ほど、クーラーなしで過ごしてみた。室内の温度が34度を超えるとさすがにつらいが、耐えられないことはない。もっとも仕事の効率はかなり落ちるし、午後になるとみんなでかき氷を食べたりするから、どれだけ節約になっているかは心もとないものがある。
一時期、東京電力管内の電気予報(推測電力使用率)が90%を超えてどうなることかと思ったが、最近は80%台で安定しているので、室温30度に設定してクーラーを使うようになった。
熱中症対策として室温28度以下が推奨されているから、30度というとかなり暑いはずだが、その前がクーラーなしの34度だから体感上はものすごく快適だ。熱帯や亜熱帯を旅するときと同じで、湿度が低く、直射日光が避けられるならば、気温はさほど問題ではない。
もっともほとんどのオフィスビルは窓なんか開かないだろうから、こんなアナログな節電は不可能だ。飲食店やサービス業では、クーラーがなければ商売にならないところもあるだろう。
電力使用制限令のような統制型需要管理のいちばんの問題は、フリーライダーを阻止できないことだ。昨年比15%の節電を義務づけられているのは契約電力500キロワット以上の大口電力需要家だけで、一般家庭や商店のような小口需要家の節電は善意に頼るほかはない。今年の夏は危機意識が高いからなんとかなるとしても、こんなことがつづくようなら、いずれみんな馬鹿馬鹿しくなってくるだろう。
そこで、かき氷をつつきながら、「電力使用権」の売買というアイデアを考えてみた。
温室効果ガスの排出権取引と同じ発想で、各自に割り当てられた電力使用権よりも節電したら、その権利を市場で売却できる。工場やオフィスビルなど、割当量よりも多くの電力を必要とする事業者は、その使用権を市場で購入する。あるいは、節電というのはその分だけ発電したのと同じことなのだから、電力会社が「節電力」を買い上げることにしてもいい。
これなら、節電すればするほどお金が儲かるのだから、フリーライダーはいなくなる。節電が一種のゲームになって、電力ピーク時に日陰でシエスタを楽しむのが流行するかもしれない。
スマートグリッドのようなIT技術で電力需給を自動調整できるようになれば、電力使用権市場や「節電所」も夢物語ではなくなる。今年の冬は無理としても、せめて来年の夏は、ウチワとかき氷のアナログ節電から脱したいなあ。
橘玲の世界は損得勘定 Vol.4:『日経ヴェリタス』2011年7月18日号掲載
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