武富士元会長長男に対する巨額追徴訴訟の最高裁判決が今週末に予定されているので、この興味深い訴訟を理解するためのポイントを2回に分けて解説する。
第1回は、裁判の争点である税法上の居住者と非居住者についてだ。
事件の概要
長男は97年から香港に移住し、99年にオランダ法人が保有する武富士株1600億円相当を贈与された。当時、日本の税法は受贈者(長男)が日本国の非居住者である場合、贈与税は非課税としており、長男側はそれを根拠に申告・納税していなかった*。だが国税当局は実態基準に照らして長男を非居住者と認めず、約1300億円の追徴課税処分を課し、長男側はこれを不服として東京地方裁判所に提訴した。
*2000年の租税特別措置法改正で、たとえ受贈者が非居住者であったとしても、贈与者・受贈者がともに5年以上、海外の居住していなければ課税対象とされることになった(相続に関しても同様)。
07年5月、東京地裁は長男の主張のとおり追徴課税処分の取り消しを認め、国税当局は還付加算金(約130億円)を含む約1715億円を返還することになった。だが08年1月、東京高裁はこの一審判決を取り消し、国側が逆転勝訴した。
この裁判は、所得税法に示された居住者と非居住者の定義をめぐって争われている。その条文は、わずか2行だ。
「居住者 国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人をいう。」(第2条第1項第3号)
「非居住者 居住者以外の個人をいう。」(第2条第1項第5号)
日本の税法は属地主義が原則で、国籍を問わず、日本国の領土内に居住している個人・法人のすべての所得に対して納税義務を課す。海外で得た利益も、日本国の居住者であれば、国内所得と合算して申告・納税しなければならない(ノーベル賞受賞者が、海外での講演料や海外で受賞した際の賞金など約3200万円を申告していなかったとして問題になったことがある)。
だがひとたび非居住者になってしまえば、その瞬間に海外所得に対する納税義務が消失する。香港やシンガポールでは金融資産の譲渡益や利子・配当所得はもちろん、国(域)外で得た所得に対しても課税されないから、こうしたオフショア(タックスヘイヴン)に居所を移すことで、非課税のまま合法的にすべての利益を受け取ることができる。これは富裕層にとって、法外に有利な取引だ。
この節税スキームのポイントは、「海外に永住する必要はない」ということだ。税法が問題にするのは売却時点の居住の有無なので、後日、日本に戻ってきたからといって、過去にさかのぼって納税義務が発生することはない。
この節税法はきわめて効果的なので、安易に非居住者=制限納税義務者を認定すれば大規模な租税回避を誘発するおそれがある。そのため税務当局は、実質主義でこの問題に対処しようとしてきた。すなわち、海外居住に実態がない場合は日本に居住していると見なし、全世界の所得に課税するのだ。こうして税務当局と納税者の間で、居住・非居住の判断をめぐって争いが起きることになる。