シミュレーション 20XX年ニッポン「財政破綻」

『ZAITEN』2011年2月号の特集「20XX年ニッポンの国債暴落」に掲載された「シミュレーション20XX年ニッポン「財政破綻」」を、出版社の許可を得てアップします。これはもともと、編集部の要望で、同特集の巻頭のために匿名で執筆したものです。

*                   *                   *                   *                   *                   *                   *                   *

金利上昇、デフレ脱却が住宅ローン破産を呼ぶ

20XX年1月10日(金)。午前6時に人形町のワンルームマンションを出て、徒歩で丸の内に向かう。出社前に近くのスターバックスに寄り、3800円のカフェモカを飲むのが私のささやかな贅沢だ。紙の新聞はずいぶん前になくなってしまったので、iPad5を開いてニュースをチェックする。

一面トップはあいかわらず「年金全共闘」で、新宿西口に3万人を超える団塊の世代の高齢者が集まり、「生きさせろ」と叫びながら警官隊と衝突した。大阪では公務員の大規模ストでゴミが回収できないため、道頓堀を巨大なドブネズミが走り回っている。スポーツニュースでは、中国の財閥が買収したFC銀座が、バルセロナを戦力外通告されたメッシに移籍のオファーを出したことが大きく報じられていた。

3年ほど前、さしたるきっかけもなく、国債価格が下落し、金利が上がりはじめた。最初はなにが起きているのか、誰にもわからなかった。経済学者のなかには、ようやく長いデフレから脱却できると、この現象を楽観的にとらえる者もいた。

それから、物価が上がりはじめた。最初はガソリンと野菜で、国際的な石油価格の高騰と冷夏が原因だとされた。だがそれが局所的なものでないことは、すぐに明らかになった。食料品や石油製品だけでなく、ありとあらゆるものの値段が一斉に高くなったからだ。

それでもまだひとびとは、比較的落ち着いていた。物価の上昇が急激でなかったため、経済評論家たちはニュース番組で、日本経済復活に必要なマイルドなインフレが起きているのだと解説した。

実際、この異変は当初、歓迎されていた。預金金利が5%に上がって、「利子で生活が楽になった」と喜ぶ高齢者がワイドショーで紹介された。円が120円まで下落したことで、トヨタやソニーなどの輸出産業が軒並み最高益を計上するようになった。

そして、住宅ローン破産が始まった。

超低金利に慣れ親しんだひとたちは、ほとんどが変動金利の長期ローンでマイホームを購入していた。それがいまや、ローン金利は10%台まで上がり、毎月の返済額は2倍になった。ローンを払えない契約者が続出すると、銀行は抵当物件を片っ端から競売で売却した。金利の上昇で大打撃を被った不動産市場に大量の競売物件が流れ込んだために、都市部を中心に地価は急落した。

政府は当初、住宅ローン破産を防ぐための特別措置を講じようと試みた。

だが金融当局は、銀行の財務内容を見たとたんに、ローンの繰延べや競売の猶予が不可能なことを思い知った。日本の銀行は大量の国債を保有しており、国債価格の下落で莫大な含み損を抱え込んでいた。そのうえ担保にしていた不動産価格まで暴落し、いまや数行を除いてほとんどが実質債務超過の状況にあった。不良債権問題を先送りする余裕などなく、返済が滞れば即座に処理する以外に選択肢はなかったのだ。

日本政府は銀行の連鎖倒産を防ぐために、超党派で金融危機特別法を可決させ、時価会計を一時的に停止し、簿価会計に戻すことにした。だがこれは、政府が公式に経済破綻を認めたと受け取られ、海外投資家が日本株と円を投げ売りし、日経平均は6000円まで暴落、円は1ドル=200円の大台を超えた。翌日物のコールレートは一時20%という消費者金融並みの水準まで上がり、各地で取り付け騒ぎが起こった。銀行救済のために政府は大規模な資本注入を余儀なくされ、大半の銀行が実質国有化される異常事態になった。

それと同時に、食料品や生活必需品を中心に物価が急速に上がりはじめた。スーパーの値札はたちまち倍になり、現金を握りしめたひとびとが買い物に殺到し、店頭からモノがなくなった。日本社会は、パニックに陥った。