DEIは「Diversity(多様性)Equity(公平性)Inclusion(包括性)」の略で、「意識高い系」の企業などが導入してきましたが、トランプ政権がこれを敵視したことで逆に有名になりました。ここではそのなかで、「多様性」について考えてみましょう。
近年の進化人類学では、家父長制の起源を「男が結託して女を分配する仕組み」と考えます。
ヒトの近縁種である類人猿のなかでもゴリラは一夫多妻で、シルバーバックと呼ばれるオスがメスを独占するため、若いオスは生まれ育った群れを出て、なんとかして自分の群れをつくる以外に交尾の機会をもつことができません。
一方、チンパンジーの社会は乱婚型で、上位のオスはより多くのメスと交尾できますが、下位のオスにもメスと交尾するチャンスが与えられます。チンパンジーのオス同士は、協力して他の群れからなわばりを防衛しなければならないのです。
それに対してヒトは、より緊密に協同して自分たちの共同体を守るとともに、言語と(石器のような)強力な武器を手に入れたことで、ひ弱な男たちでも共謀して独裁的なリーダーを簡単に排除できるようになりました。
このようにして、旧石器時代の祖先たちはきわめて「平等主義的」な社会をつくります。一夫一妻とは、男たちが暴力で共同体を支配し、女を平等に分配することなのです。このとき順位によって男と女をマッチングした名残が、現在の「スクールカースト」でしょう。
人間は徹底的に社会的な動物で、ごく自然に「マジョリティ(支配者グループ)」と「マイノリティ(支配される者たち)」を生み出します。これが共同体を統制するもっとも効果的な方法で、いったん権力を手にした者たちはそれを維持しようとするため、永続的な社会構造になっていきます。
ところが近代になって、すべてのひとが平等の人権をもつとされたことで身分制が解体し、これまで抑圧されてきたマイノリティの権利が重視されるようになりました。多様性とは、「マイノリティがマジョリティと対等になること」と定義できるでしょう。
これはもちろんよいことですが、問題は「社会が多様化すればみんなが幸福になるはずだ」という信念(というか願望)が間違っていることです。
社会の多様性が増し、利害の異なる個人同士が直接ぶつかれば、世の中はぎすぎすしていきます。同時に社会が流動化すると、マジョリティとマイノリティの区別もあいまいになります。
トランスジェンダー活動家とフェミニストの衝突や、「弱者男性」や「プアホワイト」など、これまでマジョリティとされたなかから(自称)マイノリティが登場したことなど、いくらでもその例をあげることができるでしょう。
「リベラル」は、多様性がやさしい社会をつくると信じています。しかし現実には、多様性は社会の分断を生み出すのです。これが保守派がDEIを目の敵にする理由で、そこには一定の正当性があります。
とはいえ、トランプがなにをしたところで、「自分らしく生きたい」というリベラル化の巨大な潮流を押し戻すことはできないでしょうが。
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