衆院選で国民民主党が「手取りを増やす」を掲げて議席を4倍にし、キャスティングボードを握ったことで、にわかに「103万円の壁」に注目が集まりました。それに加えて「106万円の壁」と「130万円の壁」が登場し、なにがなんだかわからないひとも多いでしょう。
じつはこれは所得税と社会保障費のちがいなのですが、ここですべて説明することはできないので、まずは税金について考えてみましょう。
「103万円」というのは、基礎控除の48万円に給与所得控除の55万円を加えた額で、それ以下であれば税金を徴収しないという基準です。55万円の給与所得控除はサラリーマンの仕事に必要な経費の最低限(年収162万5000円以下)で、自営業者が収入を得るために使ったさまざまな経費に相当します。
こうした経費を除いたあとの48万円の純利益(基礎控除)を「生活のための最低限の収入」と考えれば、そもそも月額4万円で生きていけるひとなどいませんから、現在の基礎控除の水準はあまりに低すぎます。その意味で、基礎控除を75万円増やして123万円とし、(サラリーマンの場合は)給与所得控除と合わせて178万円を課税最低限とする政策には合理性があります。――これに反対するなら、月4万円で暮らせることを証明すべきでしょう。
基礎控除が75万円増えると、低所得者だけでなく、収入のあるすべての国民に恩恵があります。所得税率は5%(所得194万9000円未満)から45%(所得4000万円以上)の累進課税ですから、この税率に75万円を掛けて、税率5%なら約4万円、税率40%で75万円の50%、37万5000円になります。
*基礎控除は所得2500万円超で適用されなくなるので、基礎控除引き上げの恩恵を受ける最高税率は40%。
これが「基礎控除を引き上げると所得が多い者ほど得をする」という批判の根拠ですが、所得別でもっとも人数が多いのは税率10%(所得329万9000円以下)か税率20%(所得694万9000円以下)ですから、このひとたちは無条件で年に7万5000円(税率10%)あるいは15万円(税率20%)手取りが増えることになります。
基礎控除の引き上げは、パートや学生など低所得者のためのものでも、年間所得2500万円以上(所得税率40%)のお金持ちのためのものでもなく、もっとも大きな利益を得る集団は中所得の現役世代なのです。
*ここでは国税(所得税)のみを対象に計算したが、基礎控除の引き上げが地方税にも適用されると、住民税率は10%なので、所得税・住民税の合計が20%なら手取りが15万円、30%なら22万5000円手取りが増えることになる。
話がややこしくなるのは、保険料の支払いを免除されていた第3号被保険者(主にパートの主婦)の場合、一定の所得を超えると社会保険や国民年金・国民健康保険への加入義務が生じるので、基礎控除を引き上げたとしても、頑張って働くと手取りが逆に減ってしまうことです。
これが「問題は103万円の壁ではなく、106万円、130万円の壁だ」説で、それが間違っているわけではありませんが、ここで重要なのは、「すでに社会保険に加入している大多数のサラリーマンにとっては、基礎控除の引き上げは手取りが増えるメリットしかない」ことです。
このように整理すれば、わけのわからない補助金でお金をばら撒くよりも、減税でお金を返してもらった方が好ましいと思うひとは多いのではないでしょうか。
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