大接戦が予想されたアメリカ大統領選挙は、激戦州を制したドナルド・トランプが投票日の翌未明に早々と勝利宣言しました。支持者による連邦議会議事堂占拠の“扇動”や、4つの起訴と有罪判決もものともせず、ほぼ完勝という結果になったのはなぜでしょうか。
ひとつは、新型コロナの感染が拡大した2020年を除けば、トランプ時代はアメリカ経済が好調で、物価も安定していたからでしょう。リベラル派が言い立てたような「世界の破滅」は起きず、未知の感染症がなければトランプ再選は確実視されていたのですから、それが4年遅れで実現したとしても驚くようなことではないかもしれません。
もうひとつは、黒人男性が白人の警官に窒息死させられた事件をきっかけに20年5月に始まった「ブラック・ライヴズ・マター」の運動です。これをきっかけにアメリカ社会における「構造的人種差別」があらためて注目され、一部の活動家は「白人は生まれたときからレイシスト」と唱えました。
その後、保守派のインフルエンサーが主催するトランプ支持のパーティに、高学歴の白人の若者が参加するようになりました。もともとリベラルだった彼ら/彼女たちは、いきなり「人種差別主義者」のレッテルを貼られたことに驚愕し、トランプやイーロン・マスクが唱える反ウォーク・反ポリコレに共感するようになったのです。
しかし、それにも増して決定的なのは「移民問題」でしょう。トランプはバイデン政権で不法移民が急増し、治安が悪化して労働者の職が奪われたと演説し、「犯罪者を追い出す」と約束して支持者を熱狂させました。
ヒトには無意識のうちに「俺たち」と「奴ら」を分ける強い性向があり、異なる属性をもつ者たちを「敵」として警戒します。民主党はトランプをジェンダー差別や人種差別で攻撃しましたが、トランプは不法移民をより大きな脅威に仕立てることで、リベラルの選挙戦略を無効化することに成功したのです。
保守かリベラルかは、パーソナリティの主要な要素のひとつである「経験への開放性」に影響されるといわれます。留学や海外旅行、外国への移住など新しい経験に魅力を感じるひともいれば、生まれ育った町で家族や友人に囲まれて暮らすことに安心感を覚えるひともいます。
パーソナリティは正規分布する(ベルカーブになる)らされ、経験への開放性が高いリベラルなひとたちと同様に、新しい経験を不安に感じる保守的なひとたちも、どんな社会にもおよそ半分います。それにもかかわらず、リベラル(左派)はこのことを無視して、「多様性という正義」を実現しようとしてきました。
トランプは「白人至上主義」と批判されますが、今回の選挙ではヒスパニックや黒人のあいだでも支持が拡大しました。トランスジェンダーなど性的少数者の権利を擁護することが、伝統的な家族の価値を破壊すると恐れる層が、「多様性の象徴」であるカマラ・ハリスを拒否したことが考えられます。
そのように考えれば、トランプの勝利も、ヨーロッパを席捲する「極右」政党も、極端なリベラル化へのバックラッシュなのかもしれません。
参考:エリック・カウフマン『WHITESHIFT[ホワイトシフト]白人がマイノリティになる日』臼井美子訳/亜紀書房
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