『新・臆病者のための株入門』まえがき

18日発売の新刊『新・臆病者のための株入門』(文春新書)の「新版・まえがき」を出版社の許可を得て掲載します。書店の店頭で見かけたら手に取ってみてください(電子書籍も発売中です)。

******************************************************************************************

本書は2006年4月に刊行され、現在まで26刷を重ねるロングセラーとなった『臆病者のための株入門』に「臆病者のための新NISA活用術」を加えて、新版としたものだ。とはいえ、長く親しまれた親本の記述を活かす意味でも、本文には最低限の加筆・修正しか加えていない(「参考文献 さらに詳しく知りたいときは、この本を読もう。」は全面的に書き下ろした)。

親本から20年ちかくたってもそのまま読んでもらえるのは、本書がファイナンス理論の標準的な説明だからだ。

1950年代になると株式や債券の詳細な取引データが入手できるようになり、経済学者らはそれを使って市場をモデル化できることに気づいた。こうして金融市場は数学の天才たちによって徹底的に研究し尽くされ、多くのノーベル経済学賞受賞者を輩出して70年代に完成したのがファイナンス理論だ。

金融市場の情報が瞬時にすべて公開され(効率的市場仮説)、値動きが正規分布することを前提とするならば、理論の正しさは数学的に証明されているので、それに付け加えるものはなにもない。

その後、市場は完全に効率的ではなくつねに小さなバグ(価格の歪み)があることや、正規分布ではなく、リーマンショックのような極端なことが間欠的に起きる複雑系のロングテール(べき分布)であることがわかったが、ファイナンス理論が金融リテラシーの基礎であることに変わりはない。

ファイナンス理論から導かれるシンプルな結論は、「初心者は難しいことを考えず、世界株のインデックスファンドに長期の積み立て投資をすればいい」になる。このアドバイスは、金融市場に対する新たな知見が積み上がっても通用する。このことは、次のように説明できるだろう。

図①は、1800年を1として、紀元前1000年から2000年までの人口1人あたりの所得の推移を示している。


この図を見てわかるのは、人類のゆたかさは2800年かけてもほとんど変わっていなかったことだ。時間軸を50万年(ホモ・サピエンス誕生)や500万年(最初の人類の誕生)まで延ばしても、おそらくたいしたちがいはないだろう。旧石器時代の狩猟採集生活でも、中世の都市や農村でも、ひとびとはかつかつでなんとか生きていたのだ。

サピエンスがユーラシア大陸の全域に拡散した氷河期の終わり(紀元前1万2000年)でも、世界の人口は600万人程度だったらしい。それが紀元前1万年前後にはじまった農業革命によって人口爆発が起き、世界人口は最大で100倍にまで増えた。その結果、世界全体の富は大きくなったが、そのぶんだけ人口も増加しているため、一人あたりのゆたかさはほとんど変わらなかったのだ。

ところが18世紀なかばにイギリスで始まった産業革命によって、それまでの人類史とはまったく異なる、指数関数的なゆたかさの時代が始まった。

物理学では、熱せられた水が水蒸気に変わるような出来事(ある系の相が別の相に変わること)を「相転移」という。その境界が臨界状態で、水がはげしく沸騰する。人類は農業革命で人口と文化の相転移を、産業革命でテクノロジーとゆたかさの相転移を経験したのだ。

未来は不確実でこれからなにが起きるかは誰にもわからないが、世界経済の推移については大きく4つの考え方があるだろう(図②)。


「①楽観主義」は、テクノロジーはこれからもますます発展し、産業革命以降の指数関数的な成長がこれからも長期にわたって続くと考える。

「②現実主義」は、産業革命は人類史に起きた唯一の出来事で、今後も一定の成長は続くだろうが、物理的な制約によってイノベーションは低調になり、いずれは平衡状態になると考える。

「③悲観主義」はすでに低成長の時代に入っていて、これまでの300年間のような指数関数的なゆたかさの拡大は終わってしまったと考える。

そして「④絶望主義」は、気候変動や環境の制約によって成長は負のスパイラルに落ち込んでおり、やがて映画『マッドマックス』のような世界が訪れると考えている。

世界株のインデックスファンドを長期に積み立てるのは、産業革命以降の経済成長にベットする(賭ける)投資戦略だ。このうちどのシナリオが正しいかは一人ひとりが判断することだが、もしあなたが①の楽観主義者か②の現実主義者なら、本書で書いたことを実践すればいいだけだ。

私は本書以降、投資や資産運用についてあまり書いていないが、それはこれが(一定の制約はあるものの)普遍の法則だからだ。そしていまでも、ほとんどの日本人(臆病者の投資家)にとっては、ここで書いたことを理解していれば、それで十分だと思っている。

なお本書の親本では、世界市場に投資する方法として「MSCIコクサイ・インデックス」に連動するファンドを推奨したが(当時はそれしかなかったのだ)、その20年間の年平均リターンは約11%だった。

2006年にこのファンドを100万円購入すると、現在は約730万円と7倍以上になったはずだ。毎月5万円を積み立てると、(積立て期間を220ヶ月として)元本の1100万円が約3500万円に、毎月1万円の積み立てでも元本の220万円が約700万円になっている。

投資は結果がすべてで、「大損したけれどよい投資」というものはない。読者に有益なアドバイスができたことをよろこばしく思う。

禁・無断転載