石破茂氏が自民党の新総裁に選出されましたが、選挙戦で注目されたのは解雇規制の緩和です。
この問題を考えるには、「そもそも日本的雇用とはなんなのか?」から始めなければなりません。これは一般には、日本が年功序列と終身雇用の「メンバーシップ型」、アメリカが仕事の内容に応じて採用や解雇を行なう「ジョブ型」だとされます。
最近はメディアもこのような説明をしていますが、これははっきりいって詭弁です。そもそもメンバーシップ型の雇用制度をもつ国は、もはや日本くらいしかないのです。
バブル崩壊後の1990年代に、経済学者らが雇用制度を欧米型に変えるべきだと主張したときは、「ネオリベ」のレッテルを貼られ、はげしい批判を浴びました。それから20年ちかく、右も左も「雇用破壊を許すな」の大合唱を繰り広げてきました。
そんなひとたちが最近になって黙るようになってきた理由のひとつは、日本の労働生産性が先進国では最低レベルで、アメリカの労働者の半分くらいしかないことが繰り返し示されたことでしょう。給料が増えないのは「グローバリズムの陰謀」ではなく、過労死するほど働いてもぜんぜん稼げていないからなのです。
さらなる“不都合な事実”は、OECDを含むあらゆる調査で、日本のサラリーマンのエンゲージメント(仕事への熱意)がものすごく低いことが明らかになったことです。日本人は世界でもっとも仕事が嫌いで、会社を憎んでいます。「日本的雇用が日本人(男だけ)を幸せにした」という主張は、真っ赤なウソだったのです。
メンバーシップ型の雇用制度は、社員をタコツボに入れて、そこから出られないようにします。新卒で入社すれば「正社員の既得権」が手に入りますが、転職した会社で同じ「権利」はもらえません。会社を変わると不利になることが、日本の労働市場の流動性を低くしています。
しかしより重要なのは、メンバーシップ型の雇用制度が差別の温床になることです。
日本の会社は「イエ」制度で、メンバー(正社員)であるかどうかで「身分」が決まります。正社員と非正規のグロテスクな「身分差別」がここから生じますが、「あらゆる差別に反対する」はずの労働組合や、組合を支持基盤にする「リベラル」政党は、この問題に見て見ぬふりを決め込みました。裁判所から「不合理な待遇格差は違法」という判決を出されて、イヤイヤ対応しているのが実態でしょう。
それ以外でも、親会社からの出向と子会社のプロパー社員の給与格差は同一賃金・同一労働の原則に反します。海外子会社の現地採用と本社採用は「国籍差別」そのものでしょう。メディアがこの問題に触れたがらないので多くの日本人が誤解していますが、世界でジョブ型雇用な主流になるのは、「ウチ」と「ソト」を分けるメンバーシップ型雇用の差別的慣行が、リベラルな社会では許されないからです。
差別を容認する者は、定義上、「差別主義者」です。戦後日本の不幸は、「リベラル」を自称するメディアが、「働く者の安心を守れ」という美名の下に「差別」を煽り、なおかつそのことに気づいていないことです。
総裁選の候補者には、「日本をリベラルな社会にするために、日本的雇用を破壊しなければならない」と、堂々と主張してもらいたかったと思います。
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