ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。
今回は2021年10月15日公開の「ギャンブルに必勝法はある! その手法と残酷な現実とは?」です(一部改変)
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「ギャンブル必勝法はあるのか?」は誰もが知りたいと思うだろう。数学者でサイエンスライターでもあるアダム・クチャルスキーは、『ギャンブルで勝ち続ける科学者たち 完全無欠の賭け』(柴田裕之訳/草思社文庫)でこの問いに挑んだ。その答えは「必勝法はあるし、それで大儲けしている者がいる」だが、それはあなたが想像するような話ではないかもしれない。
ブラックジャックはカードカウンティングで攻略された
ギャンブル必勝法としてもっとも有名なのは、ブラックジャックのカードカウンティングだろう。
1950年代、メリーランド州のアバディーン性能試験場で仲間の兵士たちとブラックジャックに興じていたロジャー・ボールドウィン(数学の修士号をもつ一兵卒)は、「ディーラーは合計が17以上のときはスタンドしなければならない(新たなカードを受け取れない)」などのラスベガスの規則を利用すれば、プレイヤーが有利になる戦略が見つかるはずだと思いついた。
アップカード(表向きのカード)が小さいとき、ディーラーはカードを何枚か引かなければならなくなる可能性が高く、合計が21を超える(バストする)リスクが高まる。アップカードが6の場合、ディーラーがバストする確率は40%だ。
ブラックジャックのハンドの組み合わせをすべて計算すれば、理論上は、完全無欠の攻略法を構築することができるはずだが、これには膨大な計算が必要になる。ボールドウィンは、「研究」目的で軍のコンピュータを使用する許可を得て、分析部門の仲間2人とともに何カ月も計算を重ね、ついに最適戦略と思えるものにたどりついた。
だがその努力にもかかわらず、ボールドウィンたちは期待値をプラスにすることはできなかった。それでもカジノ側の優位をわずか0.6%まで引き下げることに成功し、研究成果を1956年に「ブラックジャックにおける最適戦略」と題する論文にまとめて発表した。
MITで数学を教えていたエドワード・ソープは、この論文を読んで、まだ改良の余地があると考えた。のちに「アバディーンの四騎士」と呼ばれるようになるボールドウィンたちは、計算を簡略化するために、つねにカードはランダムに配られるとしていた。だが実際にラスベガスでブラックジャックをプレイしたことのあるソープは、ディーラーが配るカードによって、デッキ(カードの山)に残されたカードが変わることに気づいていた。
ブラックジャックでもっとも有用なのはA(1にも11にもカウントできる)で、場にAがすでに出ていれば、デッキのなかのAの数はそれだけ減る(逆に、場にAが出ていなければAを引く確率は高まる)。
この単純な統計的事実から、Aと10に相当するカード(10、ジャック、クイーン、キング)の数を数え、プレイヤーが有利なときに勝率に応じて賭け金(ベット)を引き上げれば、期待値がプラスになることを証明できる。数学者・物理学者のソープは「すべての情報は無料であるべきだ」を信念にしていたので、この方法を『ディーラーをやっつけろ』(宮崎三瑛訳/パンローリング)という本で公開し、大きな話題になった。
その後、カードカウンティングを使ってカジノに挑み、大きな利益を手にする者たちが次々と現われた。もっとも有名なのは数学科の学生たちを中心としたMITのブラックジャックチームで、1980年代から90年代にかけて、80人ちかくのグループをつくって北米のカジノを荒らしまわる様子は、作家ベン・メズリックの『ラス・ヴェガスをブッつぶせ!』(真崎義博訳/アスペクト)や2008年公開の映画(『ラスベガスをぶっつぶせ』)で広く知られることになった。
だがその後、カードカウンターを締め出すカジノ側のさまざまな防衛策(カジノには顧客のプレイを理由なく拒否することが認められている)によって、この方法で大きな利益をあげることが難しくなってきた。
ルーレットは物理学で攻略された
2004年3月、ロンドンのリッツホテルの地下にある豪華なカジノで、ブロンドの女性をエスコートするエレガントなスーツ姿の2人の男性が、ルーレットで一晩のうちに10万ポンド(約1500万円)も勝った。翌日、この3人がまた現われて、なんと120万ポンド(約1億8000万円)ものチップを換金した。
カジノ側は不正を疑って警察に通報し、3人(ハンガリー出身の女性とセルビア人の男性2人)は逮捕され、詐欺罪で取り調べられた。当初の報道では、3人はレーザースキャナを使ってルーレットテーブルを分析し、スキャンしたデータを隠しもっていた超小型コンピュータに送ってボールがどこに止まるのかを予測したとされた。
だが実際には、3人はホイールがスピンするときの時間を携帯電話を使って計ったらしく、ゲームに干渉した証拠はないとして、警察は9カ月後に捜査を打ち切り、合計130万ポンドを返還した。
じつはエドワード・ソープは、ブラックジャック必勝法を発見する前に、ルーレットを物理学的に予測できるのではないかと考え、最初は独力で、次いで情報理論を創始した20世紀の知の巨人の一人で、MIT教授でもあったクロード・シャノンとともにルーレット・ホイールの解析を行なっていた。
当時も今も、カジノにコンピュータを持ち込むことは認められていない。そこで2人は、1960年代に世界初のウェアラブル・コンピュータを開発したが、当時の技術では安定して作動するデバイスをつくることができず断念した(このウェアラブル・コンピュータはMITの博物館に展示されている)。
1970年代になると、カリフォルニア大学サンタクルーズ校の若手物理学者ロバート・ショーが、優秀な学生たちとルーレット必勝法に取り組んだ。彼らは、古代ギリシアの幸福(エウダイモニア)追求主義から「エウダイモン」を自称した。
ショーは流水の動きを研究しており、この分野はのちのカオス理論/複雑系として大きく花開くことになる。エウダイモンにはドイン・ファーマ、ノーマン・パッカードという2人の大学院生が参加しており、「ルーレットのスピンの物理学的側面」の解析に熱中した。
複雑系では、わずかな初期値のちがいが大きく結果を左右する。「ブラジルで蝶が羽ばたくとテキサスで竜巻が起きる」というバタフライ・エフェクトで、ルーレットにも、最初のボールがどこに落ちるかが結果に大きく影響する「初期値敏感性」がある。
だがエウダイモンは、ボールに加わる主要な力を数式に取り込むことで、どのポットに落ちる確率が高いかをコンピュータで計算できるはずだと考えた。彼らは5年をかけて、磁石を服の下に隠し、それを振動させて合図を送るデバイスを開発した。
1970年代後半、エウダイモンは「新兵器」を隠し持ってラスベガスに乗り込んだ。カジノのセキュリティ要員に疑われないように、1人がスピンを記録し、プレイヤーにどの数字に賭けるのかを無線で伝える作戦だったが、機器の不具合で信号が途切れ、計算上はカジノに対して20%の割合で優位に立てるはずなのに大儲けはできなかったようだ。
後年、メンバーの1人だったトマス・バスが自分たちの活躍ぶりを“The Eudaemonic Pie(エウダイモンのパイ)”という本に書いたが、予測の基礎となる方程式は明かさなかった。
株式市場はアノマリーによって攻略された
2012年、マイケル・スモールとチー・コン・ツェが『カオス』誌にルーレットに関する論文を掲載し、エウダイモンの戦略を検証した。
スモールとツェは(大学を説得して購入した)ルーレット・ホイールを高速カメラで撮影し、そのデータをもとに各ポケットにボールが止まる確率を予測した。さらに、ストップウォッチを使った簡易な計算でも18%の期待利益をもたらせると主張した。テクノロジーの進歩のおかげで、いまではスマホや携帯電話を使って1970年代のエウダウモンたちと同じことができるようになったのだ。
この論文が発表されると、実際にカジノでルーレットを攻略しているというギャンブラーからメッセージが届きはじめた。ある男は、コンピュータのマウスを改造して足の指に取りつけた「クリッカー」装置の写真を送ってきた。
さらに、この騒ぎを受けてドイン・ファーマが40年ぶりに口を開いた。ファーマによると、この論文にはひとつ大きな要素が欠けている。スモールとツェはボールを減速させる要因を摩擦だとしていたが、ファーマたちはそれよりも空気抵抗のほうが大きな要因であることを発見していた。
1980年代になるとファーマとパッカートの興味はカジノから物理学に移り、複雑系研究の拠点となったサンタフェ研究所の主要メンバーとして活躍したのち、1991年、カオス理論で金融市場を予測するプレディクション社を2人で設立する。
サイエンスライター、ジェイムズ・オーウェン・ウェザーオールの『ウォール街の物理学者』(高橋璃子訳/ハヤカワ文庫NF)によると、ファーマとパッカードは「市場にひそむフラクタル構造を解き明かしたわけではないし、金融の動きを決定する科学的法則を発見したわけではない」という。その代わり、経済学者や(ほとんどの)物理学者が想像もしないやり方でコンピュータや数学を使いこなし、「一見ランダムな見かけの下に、予測を可能にする規則的なパターンがひそんでいる可能性」を見つけようとした。
「週末効果」は「金曜の終値で買って月曜の始値で売ると儲かる」傾向で、フロアトレーダーが、週末に悪いニュースが起こって損失を負うのを嫌って、金曜にいったんポジションを精算することで起きる。それ以外にも、「金曜日と同じ値動きが翌週月曜日も続き、火曜日になると以前のトレンドに回帰する」などの不合理な規則性が多数見つかっており、これは投資の世界では「アノマリー」としてずっと前から知られていた。ファーマとパッカードは、コンピュータでビッグデータを解析し、「大きなノイズのなかから小さな情報を抽出する」ことで、このアノマリーを効果的に利用する方法を見つけ出したのだ。
ちなみに、この手法はその後、シタデルやルネサンス・テクノロジーズなど“クォンツ系”のヘッジファンドが取り入れ、驚異的なパフォーマンスで投資業界を驚かせることになる。
プレディクション社は、遺伝的アルゴリズム(生物の生存競争と同じく、可能性のありそうなものを競いあわせ、どれが最後に生き残るかを調べる)や「投票」アルゴリズム(ある戦略をたくさんのモデルで試し、もっとも成功率が高い戦略を採用する)なども駆使したという。これは「ブラックボックスのモデリング」と呼ばれ、満足のいく結果を出すことはできるが、なぜそのように動くのかはプログラマーにもわからない(AIの機械学習も同じだ)。
プレディクション社はオコナー&アソシエイツという投資会社から資金提供を受け、オコナーがスイスの金融機関に買収されたことで、最終的にはUBSの投資部門になった。その利益率は企業秘密になっているものの、ウェザーオールが「信頼できる情報筋」から聞いた話では、「業務開始から15年間のプレディクション・カンパニーのリスク調整後リターンは、代表的な株価指数であるS&P500のリターンを100倍上回っている」という。
宝くじはロールダウンのバグによって攻略された
ブラックジャックのカードカウンティングやルーレットの物理(力学)的解析には、個人のプレイヤーが巨大なカジノを出し抜く爽快感がある。だが「宝くじ攻略法」になると、すこし様子が変わってくる。
ロト宝くじでは、プレイヤーがいくつかの数字を選び、それがすべて当たっていると賞金(ジャックポッド)が支払われる。アメリカで行なわれているメガミリオンでは、6つの数字をすべて当てると最低でも50万ドルのジャックポッドになり、当せん者がいないと賞金は次の回に繰り越される。
だがあまりに当選者がいないと、ジャックポッドは大きくなるものの、「どうせ当たらない」とひとびとの関心が薄れる恐れがある(あるいは高額賞金が射幸心を煽りすぎる)。そこでマサチューセッツ州営宝くじでは、この問題を解決するために、賞金が200万ドルに達したら、数字を6つ当てなくても(5つ、4つ、あるいは3つ当てるだけで)プレイヤーに賞金を分配することにした。これが「ロールダウン」だ。
すると、ロールダウンでは宝くじの期待値がプラスになることに気づく者が現われた。計算上、2ドルのチケット売上あたり少なくとも2ドル30セントの賞金が支払われることになるのだ。
このバグを利用して、(これもやはり)MIT数学科の学生だったジェイムズ・ハーヴィーは2005年に宝くじシンジケートを結成し、50人ほどの学生が合計1000ドル(約11万円)を出して3倍の利益を手にした。
この成功を受けてハーヴィーはベッテングカンパニー(賭け会社)を法人化し、2010年には1回で70万ドル(約7700万円)を稼いだ。この時は繰り越された賞金総額が159万ドルで、ハーヴィーは1週間で40万ドル以上の宝くじを買い上げて人為的にロールダウンを引き起こした。準備に1年ちかくかけて70万枚のベッティングスリップをすべて手書きし、賞金が200万ドルに達するまで宝くじを購入したのだ。
宝くじの攻略がブラックジャックやルーレットと異なるのは、胴元は40~50%の利益をあらかじめ控除しているので、損をする恐れがないことだ。ギャンブルはゼロサムゲームだから、胴元とベッティングカンパニーの利益は、誰かの損失によって賄われなくてはならない。それはもちろん、宝くじで「夢」を買った多くの善男善女だ。
宝くじの胴元であるマサチューセッツ州は、ベッティングカンパニーが利益目当てに宝くじを買い上げても損することはない(逆にそのぶんだけ収益が増える)が、この必勝法がメディアに報じられたことで、一般の宝くじ購入者が離反するのをおそれてルールを変えざるを得なくなった。ロールダウンが段階的に廃止されたことで、いまではこの方法で儲けることはできなくなってしまった。
競馬は統計解析によって攻略された
カードカウンティングでプレイヤーが有利になるブラックジャックや、ロト宝くじのロールダウンのような特別なケースを除けば、ギャンブル必勝法は存在しないとされていた。そんなことができればカジノは破産してしまうのだから、これは自明のことに思える。とりわけ競馬などの公営ギャンブルは、興行主(日本中央競馬会など)が平均25%の手数料を差し引き、期待値は75%程度しかないのだから、統計学的には、長期で賭けつづければ大きな損失を被ることは避けられない――はずだった。
だが2017年、ギャンブルの経費をめぐる最高裁判決で、6年にわたって年間数億円から数十億円の馬券を買っていた被告が、すべての年で利益をあげ、多い年には2億円を上回る収益を手にしていたことが認定された。このケースでは、被告は外れ馬券の購入代金を必要経費として控除したうえで確定申告を行なっていたが、国税から(経費の認められない)一時所得だとして2億円ちかい追徴課税を言い渡されて争っていた(2015年にも同様の事案の最高裁判決があったが、このケースでは被告は申告そのものを行なっていなかった)。
「勝てるはずのない」競馬で巨額の利益を得ていた者が実際にいたことは大きな話題になったものの、「ギャンブルの科学」を知っている者にはさほどの驚きはなかっただろう。すでに1980年代には、香港のハッピーヴァレー競馬場のデータを統計解析したベッティング・シンジケート(賭け組織)が活動しており、大きな利益をあげていたからだ。
その手法の一部は、シンジケートを結成したビル・ベンダーが1994年に論文として発表している。ベンダーはこの論文で、勝敗に関係する要因を回帰分析で見つけ出し、モデルの勝率とオッズ(賭け率)の乖離によって賭ける額を最適化することで、興行主が課すコストを上回る利益を上げられることを示した。最高裁で争った男性は、日本の競馬データを使って同じ統計解析を行ない、よりきびしい条件(香港競馬の控除率は19%)でも「勝てる」ことを証明したのだ。
競馬はゼロサムゲームで、興行主はあらかじめ自分の利益を控除するのだから、どのようなケースでも利益を確保できる。だとしたら、ベッティング・シンジケートの利益はどこから来たのだろうか。この場合ももちろん、統計的な賭け方などまったく知らない一般の競馬ファンの損失だ。興行主とシンジケートは、馬券で「夢」を買った善男善女のお金を分け合っている。
競馬だけでなく、いまではサッカー、野球、バスケットボール、アメリカンフットボールなど、あらゆる競技でスポーツベッティングの会社が登場し、金融機関や技術系のメーカーと競って数学の学位をもつ学生を採用している。アメリカやイギリスでは、ベッティングカンパニーは合法的な営利企業で、高収入・好待遇で優秀な学生の人気を集めているのだ。――巨額の利益をあげられるのは、競馬と同じく、スポーツファンの賭け金を興行主と分け合っているからだ。
このようにして、次のようなきわめてありふれた結論に至る。ギャンブル必勝法はあるが、それを利用できるのは数学・統計学や物理学のきわめて高度な知識をもったごく一部の人間だけだ。それ以外の(一般の)ギャンブル参加者の役割は、胴元とプロのギャンブラーに利益を提供することだけ、ということになる。
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