パリ五輪のボクシング女子ではなにが問題となったのか? 週刊プレイボーイ連載(613)  

パリ五輪のボクシング女子で金メダルを獲得した選手の「性別」をめぐって、世界的な論争が起きています。

渦中にいるのは、アルジェリア(66キロ級)と台湾(57キロ級)の選手で、ともに昨年の世界選手権で、国際ボクシング協会(IBA)から、「ジェンダー適格性資格検査」で不合格になったとして、参加資格を取り消されています。

東京五輪では女子重量挙げ87キロ超級に、男性から女性に性別移行した選手がはじめて出場しました。国際オリンピック委員会(IOC)は2人のボクシング選手について、「トランスジェンダー問題ではない」と述べるだけで、「だったらなにが問題なのか」を説明しないため、憶測による批判や反発がさらに過激化しているようにも見えます。

よく知られているように、女はXX型の、男はXY型の性染色体をもちます。しかしこれだけで、単純に性別が決まるわけではありません。

Y染色体は胎児の精巣を発達させ、そこから分泌されるテストステロンが身体的・心理的な男の特徴を発達させます。性の基本は女なので、テストステロンの刺激がなければ、(「女性ホルモン」の影響がなくても)ごく自然に女の特徴をもつようになります。

10万人に2人とされる「アンドロゲン不応症」では、胎児の精巣からテストステロンが分泌されるものの、遺伝的な変異によって、細胞がそれに反応することができません。その結果、外生殖器だけでなく体形や性格も典型的な女性として成長しますが、思春期になっても生理がないため、専門医を受診してはじめて、子宮や卵巣がなく膣がどこにもつながっていないことがわかるのです。――性自認は女性で、多くは男性と結婚して養子を迎え、家庭を築きます。

一方、5-αリダクターゼ欠損症では、胎児の男性化に必要な強力なテストステロンが産生できないため、女性の外生殖器をもって生まれてきますが、思春期になると精巣から高濃度のテストステロンが分泌され、男性化が始まります。それまでは本人もまわりも女だと思っていたのに、わずか数年で陰唇が陰嚢に変化し、18歳で外生殖器を含め、健康で健常な男に変わった例もあります。性にはゆらぎがあり、性染色体だけで男か女かを判断することはできないのです。

スポーツ競技の出場資格で問題になるのは、アンドロゲン不応症でも、一定程度、テストステロンの影響を受ける場合があることと、5—αリダクターゼ欠損症でも、思春期の男性化を受け入れるのではなく、これまでどおり女性として生きていきたいひとたちがいることです。

こうしたケースでは、女性の上限値よりも高濃度のテストステロンにさらされることで、骨格や筋力が男性並みに発達している可能性があります。こうした選手を、「定型発達」の女子選手と競わせることがはたして公平なのかが、今回の議論の本質でしょう。

ある集団への「寛容」や「多様性」が、別の集団の「自分らしさ」を侵害したとき、どのように調停するのか。「自分らしく生きる」ことを至上の価値とするリベラルな社会は、この問いへの解をもっていないのです。

参考:キャロル・フーベン『テストステロン ヒトを分け、支配する物質』坪井貴司訳/化学同人

『週刊プレイボーイ』2024年8月19日発売号 禁・無断転載