仕事場の郵便ポストに見慣れない投げ込みチラシが入っていた。ラフな格好で笑顔を浮かべた20代の女性(本名と生年月日が書いてある)が、「ネット集客のお手伝いをします!」と書いてある。
こんな若い子がSNSの使い方を指導してくれるのかと思ったら、知り合いの美容師から「それ、補助金でしょ。ウチにもたくさん来ますよ」といわれた。
中小企業庁が実施する持続化補助金は、「小規模事業者が自社の経営を見直し、自らが持続的な経営に向けた経営計画を作成した上で行う販路開拓や生産性向上の取組を支援する」もので、「通常枠」の50万円に加え、要件を満たすと最大200万円が補助される。それに加えて「インボイス特例」として、適格請求書事業者への転換に50万円が上乗せされる。
制度の対象になるのは従業員5人以下(宿泊業・娯楽業・製造業などは20人以下)の事業者で、「販路開拓」「生産性向上」に必要となる経費の原則3分の2が補助される。
その「補助対象となる経費」のなかに、広報費(新サービスを紹介するチラシ作成・配布、看板の設置等)とウェブサイト関連費(ウェブサイトやECサイト等の開発、構築、更新、改修、運営に係る経費)が入っているので、これに目をつけた広告会社が、制度の対象となる個人経営の飲食店や美容院に積極的な営業をかけ、小さな会社が入っている集合ビルにチラシを投げ込んでいるようだ。
もちろん、申請をすれば簡単に補助金がおりるわけではなく、事業計画書や確定申告書などさまざまな書類を提出したうえで審査が行なわれる。交付が決まったら補助事業を実施し、そのうえで実績報告書を提出して確定検査が行なわれ、ようやく補助金が入金されることになる(さらに、1年後に事業効果報告書を提出しなければならない)。
これらの手続きは複雑で、独力でやるのは難しいので、広告会社が申請を手伝い、あわせてチラシの作成やホームページの作成を請け負って、支給された補助金の一部を利益にするというビジネスモデルのようだ。
こうした補助金制度は、不正請求が大きな問題になっている。その一方で、制度をつくった以上、使ってもらわなければ意味がない。そこで、間に入る「コンサル」の需要が生まれたのだろう。
知り合いの美容師はこの制度で店舗の改装を行なったのだが、改装前と後の写真や業者との契約書など、提出書類が多くてかなり大変だったという。宣伝用のチラシは大量に印刷し、現物を見せたうえで、ポスティング先のリストを提出しなければならなかった(実際にポスティングはせず、チラシは捨ててしまったという)。
「業者に乗せられて、簡単にお金が入ってきますよといわれてやってみたんですが、無茶苦茶面倒で、こんなことならふつうに商売しているほうがよかったです。もうやりません」というのが、補助金を交付された彼の感想だった。
橘玲の世界は損得勘定 Vol.116『日経ヴェリタス』2024年7月27日号掲載
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