新疆を旅して感じた人権抑圧と宗教からの解放 週刊プレイボーイ連載(601)

3月末から4月はじめにかけて中国西部の新疆ウイグル自治区を旅しました。東アジアと中央アジアが接するこの地域には、ウイグル人、カザフ人、キルギス人、タジク人など多くの少数民族が暮らしています。

新疆では近年、石油や天然ガス、鉱物資源が相次いで発見され、西部大開発で多くの漢族が流入したことで緊張が高まり、2009年には域内最大の都市ウルムチでウイグル人の大規模な暴動が、14年には習近平主席の視察に合わせてウルムチ駅で自爆テロが起きました。

その後、中国政府は徹底した治安強化と“中国化”を推し進め、熱心なイスラーム信者や留学経験のある知識層を再教育施設に収容するなど、人権団体から「完全監視社会の実験場」と批判されています。

私は2010年にもウルムチを訪れていますが、そのときは礼拝の時間が終わるとモスクの前は黒山のひとだかりで、バザールの夜市も地元のムスリムで賑わっていました。

ところがそれから14年で、町の雰囲気は一変していました。女性が全身を覆うブルカはもちろん、髪を隠すヒジャブ(スカーフ)も見かけません。ウイグル人の男性はほとんどがドッパという帽子をかぶっていましたが、その習慣もなくなったようです。

さらに驚いたのはバザールで、再開発によって少数民族テーマパークのようになり、かつての素朴な雰囲気はまったく残っていません。モスクの正面には中国で新年を祝う赤い提灯が飾られ、礼拝の時間になっても訪れるのは数人の高齢者だけで、モスクの1階は宝石などを売る土産物店に改装されていました。

これだけを見ると、たしかにウイグル人の人権が抑圧されていることは間違いありません。しかし、そこからさらに西のカシュガルまで旅するあいだに、最初の印象はすこしずつ変わりはじめました。

私が訪れたときは、イスラームのラマダンに重なっていました。ムスリムにとって重要な宗教行事で、約1カ月間にわたって日の出から日没まで断食を行ないます。イスラーム圏ではホテルを除いてレストランはすべて閉店してしまうので、食事は楽しめないかもと覚悟していたのですが、新疆ではどこも早朝から深夜まで店を開け、ラマダンの気配はまったくありません。

中国の3連休にもあたっていたので、西の果てのカシュガルには漢族の観光客が押し寄せ、たいへんな賑わいでした。中国は時差がないので、西部地区の日没は夜9時過ぎになり、バザールのなかにある小学校から子どもたちが飛び出してくるのは7時頃です。その子どもたちも、観光客に混ざって、露店でパンやお菓子を買っておいしそうに食べています。

イスラーム世界にも、子どもにまで1カ月の断食を強要するのは理不尽だと思っているひとがいるはずです。しかしそんなひとも、宗教的な同調圧力によって、疑問の声をあげるのは難しいでしょう。

ところが新疆では、共産党がラマダンを禁止した(ただし個人的に絶食するのは自由)ことで、宗教のくびきから解放されたのです。

楽しそうに食事をする地元のひとたちを見て、人権問題を論ずる欧米の活動家は、戒律から自由になったサイレントマジョリティの声を無視しているのではないかと思いました。

カシュガルのバザール内にある小学校から出てくる子どもたち(Alt Invest.Com)

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