福祉国家の目的は「権力のコスパ」の最大化

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2018年6月15日公開の「デンマークという高度化した福祉国家の徹底した「権力のコスパ」政策」です(一部改変)。

Arcady/Shutterstock

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「自分の人生を自由に選択できない社会では、自己責任を問うことはできない」

おそらくすべてのひとがこの原則に同意するだろう。「奴隷が幸福になれないのは自己責任だ」などというひとは、すくなくともいまのリベラル化した社会には居場所がない。

だとすれば、論理的にはこの原則を逆にして、「人生を自由に選択できる社会では自己責任を問われることになる」はずだ。

「自己決定権」を最大限重視する北欧の国で「自己責任」はどのようになっているのだろうか。それを知るために参考にしたのが鈴木優美氏の『デンマークの光と影 福祉社会とネオリベラリズム』(壱生舎)だ。

参考:本人の意志と自己責任が徹底されたデンマークはどういう社会か?

『デンマークの光と影』は2010年の発売だが、ほとんど知られていない「世界でもっとも幸福な国」の内側を在住者の視点で観察したとても興味深い本なので、今回はいまの日本にとって示唆的な箇所を紹介してみたい。

国家の目的は「国民の幸福度を最大化すること」

デンマークが「世界幸福度ランキング」をはじめとするさまざまな指標で常に上位にいるのは、「西欧中心主義」だとか、自分たち(ヨーロッパ系白人)の価値観を基準にしているからではない(そういう影響もすこしはあるかもしれないが)。北欧の社会制度はやはり「進んでいる」し、それは今後、日本が目指すべきものだということを最初に確認しておこう。

デンマーク社会の根本にある思想を、鈴木氏は「最終的な福祉の責任を国が負っているため、国が国民を助ける動機づけがあること」だという。

悲惨な第二次世界大戦が終わって、国家の目的は「敵」を武力で倒したり、植民地を拡大することではなくなった。残された目的は「国民の幸福」だけだ。北朝鮮など一部の例外を除き、いまや国家の存在意義は「国民の幸福度を最大化すること」にある。これが「福祉国家」で、国民は自分たちの幸福度を向上させてくれることを条件として、政治家や官僚に権力(と暴力)を移譲する。

福祉を国家と国民の契約だとするならば、合理的な福祉国家は国民にお金をばらまくようなことはせず(そんなことをするとジンバブエやベネズエラのようなハイパーインフレになる)、最小限のコストで福祉を最大化しようとするはずだ。これが北欧の福祉国家で、ほんとうにヒドいことになる前に介入することで、権力行使のCP(コスパ)をよくしようとしているのだ。

それを鈴木氏はこう説明する。

国民が苦しんでいたり、不幸だと、国の経済的負担が増える。貧困、病気、アルコール問題などで苦しんでいる人も、早く国が助けなければ、最終的に病院などの施設で莫大な公費を使って養わなくてはならない。うつ気味でも無理して頑張って、けっきょく燃え尽きてしまったら疾病手当、治療費用、職場再復帰費用などがかかるため、それよりは軽度のうちに求職してもらったほうがいい、となる。国民が健康で恵まれて、就労し、納税し、幸せな国民生活を送ること(ウェル・ビーイング)が結局、国にとっての最小のコストで済み、国の競争力と成長を伸ばす。

日本においては、“リベラル”は福祉国家を「お母さんのように国民の面倒をみる」ことだと考え、それを保守派は「お母さんに迷惑をかけるな」と批判する。どちらにも共通するのは、国が母親のような存在になっていることだ。だがこれでは、北欧の福祉国家のリアリズムは理解できないだろう。福祉政策とはなによりも「権力のコスパ」なのだ。

スウェーデンなどと同じくデンマークでも「中央個人登録番号」と呼ばれる国民番号ですべてが管理され、電子政府化が進んでいる。これはジョージ・オーウェル『1984』のビッグ・ブラザーと揶揄されるが、彼らは気にしない。福祉のコスパを最大化するには、個人情報を行政に集中させたほうが効率的だからだ。

だがその代わり、情報を悪用させないような仕組みが徹底されている。それが「透明性(トランスペアレンシー)」で、誰がどの情報にアクセスしたかを利用者本人に開示するとともに、国家は権力行使の公正さを国民に説明しなければならない。日本のように行政機関が勝手に公文書を改竄・隠蔽するようなことは、国民の個人情報を独占する高度化した福祉国家ではありえないのだ。

もうひとつ興味深いのは、すべての行政手続きに対して市民に不服申し立ての機会が保障されていることだ。これは試験の結果や判定にも適用されるから、デンマークでは国家試験や公立学校の入学試験などの成績に対して不服申し立てをすることが当たり前になっている。こうした申し立てはかつては無料だったが、案件の処理に時間がかかるため、抑止効果を狙って2010年3月から1件150クローナ(約2400円)の事務手数料を徴収することになったのだという。

1人あたり年間21日の病欠

日本では有給休暇は自分や家族の病気などなにかあったときに「会社にお願いして」取得するもので、有給を使わないことが会社への忠誠心を示すとされている。だが高度化した福祉国家にはこのような前近代的な“掟”はなく、デンマークでは有給休暇とは別に、自分はもちろん子どもの病気やケガが理由でも出勤しない権利が法律で保障されている(子どもが病気の場合は公的に欠勤できるのは両親の片方)。

本人が病気の場合は職場に連絡を入れるだけでよく、病気の社員に「いつから出勤できるか」尋ねて心理的な圧力をかけることは禁止されている。翌日から出勤できそうな場合は本人が昼12時までにその旨を連絡し、連絡がなければ、職場のほうで欠勤は続くものと考える必要がある。所得の保障は契約形態によって異なるが、最初の日だけ、あるいは2日目も有給のこともあり、月固定給の場合には病欠があっても減給されない。

子どもの病気を理由に欠勤する条件は、子どもが18歳未満であること、子どもが同じ世帯に暮らしていること、子どもの看病を理由として在宅勤務が必要とみなされること、自宅にいても職場とのメールや電話などで連絡がとれる状態にあること、などだ。

だがすぐに気づくように、寛容すぎる福祉はフリーライド(ただ乗り)やモラルハザードの温床になる。2000年代に入ってからのデンマークの“右傾化”は、移民問題とともに、こうしたモラルハザードに対処する必要が生じたことで説明できる(「移民のフリーライド」が政治課題になったように、この両者は通底している)。

例えば、コペンハーゲン市が4万6000人の地方公務員(保育士や小中学校の教員、老人ホーム職員を含む)を調査したところ、平均して1人あたり年間21日間病欠していることがわかった。これによって8億3000万クローナ(約132億8000万円)が疾病手当に使われたという(以下、日本円への換算は鈴木氏の著作に準拠した)。

疾病手当の給付期間は基本的に最長1年だが、その後に職場復帰する率は32%というデータもある。長期で病欠する3人に2人は、疾病手当が切れたら「働ける見込みがない」として障害年金手当の受給などに切り替えるのだ。

こうした事態に業を煮やした右派政権は、2009年7月から、疾病手当の受給を開始して9週目以降になっても活性化プログラムに参加していない場合、国は給付にともなう費用の35%しか自治体に償還しないと決めた。活性化プログラムは後述するように、失業者を教育訓練によって労働市場に戻すためのプログラムだ。

病態によっては教育訓練コースに参加できない場合もあるだろうが、そうなると自治体は疾病手当の65%を自腹で賄わなければならない。その結果いまでは、8週間(2カ月)を超えて病欠する者は半ば強制的に職業訓練コースに送られるようになったという。

働かざる者、失業手当を受給すべからず

デンマークの疾病手当からわかるのは、高度化した福祉国家では福祉給付は手厚いが、それを悪用する者にはきわめてきびしいということだ。モラルハザードを防がなくては福祉制度そのものが崩壊してしまうのだから、これは当たり前でもある。

先に述べたように、福祉国家の基本的な戦略は、失業のような不慮の事態に対して素早く介入し、一人でも多くの国民を再教育して労働市場に送り返すことだ。彼らはふたたび働いて税金を納めるのだから、これが国民負担を抑えるもっとも効果的な方法なのだ。

こうした政策は「福祉から労働へ」と呼ばれるが、デンマークではそれが徹底している。失業手当は「次の(よりよい)仕事に就くための準備期間」を支えるためのもので、求職活動だけでなく、大学に戻ってMBAなどの専門資格を取得することも推奨されるが(だから高等教育も無償化されている)、雇用保険料を払った「権利」としてなにもせずに受給することは許されない(日本では多くの場合このパターンだ)。

デンマークの失業手当は1994年には最長給付期間が7年で、それが4年になってからも「世界でもっとも恵まれている」とされていた。OECD29カ国ではベルギーとアイスランドの給付期間がより長いが給付額は低い。隣国のスウェーデンは最長14カ月で、デンマークでも失業手当のモラルハザードが批判されるようになったことで2010年7月に最長2年に短縮された。

失業手当はの受給条件は、過去1年間以上失業保険基金に加入しており、なおかつフルタイムは過去3年間に52週間以上、パートタイムは34週間以上就業していた実績があることで、失業したその日からジョブセンターに求職者として登録し、すぐにでも職に就けるようにしておかなければならない。

給付額は前職の給与の90%を限度額として、フルタイムでは、最大で日に725クローナ(約1万2000円)、週に3625クローナ(約5万8000円)、パートタイムでは最大で日に483クローナ(約8000円)、週に2415クローナ(約3万9000円)となっている(2009年、課税前)。

ちなみに日本の雇用保険は、自己都合の場合給付まで3カ月の待機期間があり、給付は雇用保険の加入期間10年までが最長90日、10年超20年が120日、20年超が150日となっている(会社都合の場合は待期期間がなく、給付期間も最長330日)。給付額の上限は年齢ごとに設定されているが、30歳未満で約6300円、もっとも高い45歳以上60歳未満で約7700円となっている。

デンマーク政府は1人でも多くの失業者を「再労働化」するためにさまざまな活性化プログラムを導入している。失業手当を給付する条件は(1) 自分にできると思える仕事はどんなものでも積極的に探し、活性化プログラムなどには積極的に参加すること、(2) ジョブセンター、失業保険基金、あるいは必要に応じてその他の機関との面談や相談に参加することで、そうしないと受給額減額といった罰則がある。

近年はとくに、30歳未満の者に対して教育訓練を中心としたきびしい内容になっている。2008年9月から、失業手当を受給しはじめて3カ月後には活性化プログラムへの参加が義務づけられるようになり、それに加えて「強化された若者向けの活性化プログラム」では、ジョブセンターが斡旋する同一の職に6カ月間従事することが給付の要件とされるようになった。だが失業者を臨時で長期間受け入れるのは自治体の保育施設などしかなく、嫌気がさした若者は障害年金に流れるようになった。

障害年金は、いったん受給が決定されればそのまま一生涯受給権があるが、受給者が増えたことで30歳未満の若者には5年ごとに再判定を義務づけるとか、3年分の受給認定とすべきとの議論が起こっているという。「30歳未満の若者」の前には、いうまでもなく「移民出身の」という暗黙の前提がある。

2008年4月からは、失業期間中に週4件の求職活動をしなければ失業手当が停止されるというさらにきびしいルールが課せられることになった。これはさすがに非現実的として社会問題になり、怒った失業者は、この決定をした雇用省の大臣ポストにこぞって応募し、6カ月間に220通もの応募書類が届けられた。

企業の側も失業者からの大量の求職の処理に追われ、ある通信会社は、失業者が応募書類を送ると、「応募ありがとうございました。あなたのプロフィールに適合する仕事はありませんが、政府が週に4通の応募書類を書くことを要件としているうちは、またこちらに応募していただいて結構です」と自動返信を送るようになった。その結果、あまりに不評のこのルールは実施からたった10カ月で廃止されたという。

働かない者は生活保護も受給できない

デンマークでは、失業者は以下の「マッチグループ」に分類される。

・マッチグループ1 3カ月以内に就労する見込みがある者
・マッチグループ2 3カ月以内の就労は見込めないものの、就労に向けたコースに参加すると判定された者
・マッチグループ3 就労にも就労に向けたコースへの参加にも適さないと判定された者

これは労働市場にどれだけ「マッチ」しているかで判定され、もっとも「マッチ」が困難なグループ3では、清掃やコピー取りといった単純作業が斡旋され生活保護の対象となる。それすら不可能な身体的・精神的な障がいがあると見なされた場合は障害年金を受給する。

生活保護の受給資格をもつのはデンマーク国籍のほか、欧州経済領域の国(EU27カ国とノルウェー、リヒテンシュタイン、アイスランド)の国籍をもつ者、およびこれらの者と家族関係をもつ者となっている。家族が滞在許可を得るためには銀行に預託金(6万11クローナ、およそ96万円。2010年基準)が必要で、この口座は永住権が得られるまで通常7年間凍結される。もしその間に生活活保護を受給すると、自治体がこの口座から差し引くことになっている。これは生活保護受給を目的とした移民や偽装結婚を防ぐための措置だろう。

生活保護費は、最初の6カ月の支給額は25歳未満で親と住んでいる場合で2956クローナ(約4万7000円)、25歳以上で実家を出ている場合には6124クローナ(約9万8000円)、扶養家族のいる場合には1万2000クローナ(約20万2000円、いずれも2009年。月額・課税前)。ただし配偶者の収入によって課税される場合もある。

寛大な保護費に対しても、近年はきびしいモラルハザート対策が取られるようになってきた。

2007年4月1日から「300時間ルール」が発効し、夫婦2人が生活保護を受給している場合、今後は2人とも最低過去2年間に300時間働いていないと、1人分の生活保護給付を失うことになった。週37時間フルタイムで働けば8週間ほどで達成できる計算だが、これまでの就労要件が150時間だったことを考えるとかなりの締め付けだ。

その後の調査によって、「300時間ルール」の導入によって生活保護を失った者の92%が、デンマーク以外の民族的背景をもつ「非西洋諸国からやってきた外国人」であることが明らかになった。この規制は、「デンマーク国民の税金で福祉の恩恵を受けている移民・難民を排除する目的でつくられた」ものなのだ。

さらに別の調査は、生活保護を失った400人のうち、その後正規労働に就いた者は2%、時間給労働に就いた者は11%しかいないことを明らかにした。30%は病気や育児休暇を申請し、8%は労働市場で働く能力がまったくないとみなされ、重度の疾病等のため就労が免除される「聖域」に移された。

それにもかかわらず「300時間ルール」は成功とみなされて、2011年7月以降はよりきびしい「400時間」ルールに移行したという。

教育無償化がコスパ至上主義を生んだ

安倍政権がちからをいれる「教育無償化」との関連で興味深いのは、デンマークの教育改革だろう。他の北欧諸国と同様に、デンマークはいちはやく大学までの無償化を実現した。

デンマークはEUの平均である5.2%を大幅に上回る8.5%を小・中学校の基礎教育に充てており、世界でも学校教育に対する公的支出のもっとも高い国のひとつだだ。しかしそれにもかかわらずPISAなどの国際学力調査で期待するほどの成果が出ず、公教育は批判にさらされている。

デンマークでは、6歳から16歳までの10年間が義務教育で、それ以降の中等教育は職業教育学校(いわゆる専門学校)、高等学校(商業高校、工業高校、普通高校)、個人の事情にあった特殊教育(見習いとして学ぶ生産学校など)の3つの系列に分かれる。どれも授業料が無料であることはもちろん、奨学金、あるいは見習い賃金のようなかたちでささやかながら生活費が保障されている。

日本と比べればはるかに恵まれているが、それでも2000年には83%だった中等教育の修了率が2006年に80%まで下がってしまった。

中途退学率が高いのは、職業訓練課程の男子生徒が授業のレベルに不満を感じ、修了しなくても就労に支障がないと退学するからだという。そのため業を煮やした教育大臣は、学校への助成金を修了率に比例させ、「経営努力」を促す改革に踏み切った。

こうした事情は高等教育でも同じで、2005年にアナス・フォー・ラスムセン首相は「(大学は)社会が必要としているものを研究すべきであり」「生産物を調達する者に対して資金を出そう」と演説した。科学大臣も「もっとも優れた研究者により多くの資金を与える」との声明を出している。

こうして2010年から、研究者の業績を国際的なジャーナルの引用回数や出版物の数で計り、その数値に応じて研究費を割り当てることが決まった。これは「計量書誌学的研究指標」と呼ばれ、レベル1とレベル2があり、レベル1は(デンマーク語の)論文1本で1ポイント、著書は1冊で5ポイント、レベル2は英語の学術誌の論文が3ポイント、英語圏の有名出版社からの著書が8ポイント、そのほか博士論文は2ポイント、その上の学位となる大博士論文は5ポイント、特許は1ポイントなど細かな数値が指定されている。

こうした改革(改悪)については当然、研究者の非難や怨嗟の声が殺到しており、「自然科学など理系の分野を偏重し、社会科学や人文科学の価値を軽んじる」とか、「英語での研究成果がデンマーク語より格段に高ポイントなのは不公正」だとかいわれているようだ。実際に、英語圏での関心が期待できないデンマークの国内文化や歴史の研究領域では、英語で発表する機会がもてず低いポイントにとどまり、補助金の獲得も難しくなっているという。

日本でも文科省主導の大学改革で、文学部などの人文科学系学部は「組織見直し計画を策定し、組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むよう努める」とされ、大学教員らが強く反発しているが、こうした改革は先行する欧米諸国を後追いしたものだ。

デンマークにおける一連の教育改革の理由は「国際競争力を強くするため」で、より少ない投資でより大きな成果を上げることが求められている。教育を無償化したデンマークでは、日本より徹底して「教育の自己責任」が問われているのだ。

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