あなたがテクノ・リバタリアンだったら 週刊プレイボーイ連載(597)

とてつもなく高い論理・数学的知能をもって生まれたと想像してみてください。複雑な数式をごく自然に図形に変換できるし、プログラミング言語を日常言語と同じ感覚で使いこなせます。しかしその一方で、コミュ力に問題があって、相手がなぜ怒ったり泣いたりするかわからず、人間関係は困惑することばかりです。

学校では友だちをつくるのが難しく、いつも一人ぼっちで、いじめられることもあるかもしれません。つらい日々を救ってくれたのは、ソーシャルゲームやネットの掲示板です。

大学に入ると、そんな状況が劇的に変わります。物理学やコンピュータ科学などの学部には、同じような体験をした学生がたくさんいたのです。そしてあなたは、自分によく似た「アウトサイダー」が世界中から集まってくる特別な場所があることを知ります。それがシリコンバレーです。

大学を出てシリコンバレーのITベンチャーで働くようになったあなたは、会社が上場に成功して、20代で大きなお金を手にします。日本では大卒のサラリーマンが60歳まで働いて得る収入は3億から4億円ですが、その10倍くらいとしておきましょう。

そうなると、子どもの頃に自分をいじめた同級生のことを思い出して、ちょっとした優越感を覚えるかもしれません。そして、自分が正しいことを証明しようと、より夢中になって働くようになるでしょう。

こうしてあなたは、シリコンバレーに特有の3つの特徴を備えるようになります。

ひとつは、仕事も人生もすべてを最適化しようとすること。これまでずっと、問題を数学的に分析し、巧妙な最適化の手法(あるいは「ハック」)によって解決してきました。だとしたら、そこからさらに先に進んで、社会そのものを最適化し、数学的に統治すればいいのではないでしょうか。あなたは、この世界(不合理な人間たち)を不気味に感じているのです。

ふたつめは、「自由」を制約するものすべてを拒否すること。あなたの特異な能力は、政府の規制や、社会の道徳・常識にしばられない世界でこそ、もっとも活かされます。逆にいえば、自由のない世界ではあなたの才能は壊死してしまうのです。

3つめは、大きな成功の代償として、安全に極端に敏感になることです。あらゆるリスクを回避しようとして、核戦争やウイルス、超絶AIなどによる人類の滅亡を心配し、個人にとっての最大のリスクである「死」に対しては、身体を機械に置き換えるサイボーグ化や、脳をまるごとコンピュータに移殖する全脳エミュレーションを考えるかもしれません。

そんなあなたは、「テクノ・リバタリアン」と呼ばれます。リバタリアンは「自由原理主義者」のことで、いまや指数関数的(エクスポネンシャル)に高度化する強大なテクノロジーの力を駆使して、この世界を自分に合ったものにつくり変えようとしているのです。

そんな話を、新刊の『テクノ・リバタリアン 世界を変える唯一の思想』(文春新書)で書きました。これからわたしたちがどこに向かうのかに興味あれば、ご一読ください。

『週刊プレイボーイ』2024年3月25日発売号 禁・無断転載