「人類史上最もやっかいな問題」はどうなるのか? 週刊プレイボーイ連載(580)

イスラームの武装組織ハマスが10月7日、パレスチナ人自治区ガザからイスラエルに大規模な襲撃を行ないました。大量のロケット弾を発射するだけでなく、ブルドーザーでフェンス24か所を破壊して侵入した2000人あまりの戦闘員がイスラエルの軍事施設、パーティ会場やキブツ(農業共同体)などを襲い、子どもを含む1400人以上の民間人らを殺戮、イスラエル市民や外国人観光客など200~250人の人質をガザに連れ去りました。

これに対してイスラエルはガザ地区の電気・食料・燃料の補給経路を断つ「完全封鎖」を行ない、高層住宅、中心部の大学、モスクなど「ハマスの拠点」と見なした建物にはげしい空爆を実施。こちらの犠牲者は7000人を超えたとされます。

イスラエルとパレスチナの対立は「人類史上最もやっかいな問題」ともいわれ、今回の事態に至った原因を追究しようとすれば、それぞれの立場によってまったく異なる主張になるでしょうが、それでも国際社会は以下の4点でおおむね合意しています。

① 民間人を標的としたハマスの襲撃はテロであり、とうてい容認できない。
② イスラエルには自国の市民を守る権利と義務がある。
③ イスラエルがテロ組織であるハマスの殲滅を目指すのは当然である。
④ ただし、ガザ市民の犠牲は最少限にしなければならない。

「天井のない監獄」と呼ばれるガザは、福岡市ほどの面積に220万人が暮らしています。ガザ地区に潜むテロリストを掃討するために地上部隊を投入すれば、一般市民に深刻な被害が出ることは避けられません。それでも、人質をとられたままなにもしないというわけにはいかず、侵攻以外の選択肢はないでしょうが、これはイスラエル軍を市内におびき寄せるための、当初からのハマスの計画かもしれません。

イスラエルの軍事行動でガザの女性や子どもが犠牲になるようなことがあれば、それが動画で撮影されてSNSにアップされ、20億人を超える世界のムスリムはもちろん、欧米のリベラルからも強い非難を浴びることは間違いありません。「人道的」であることが絶対条件になっている現代社会において、市民のいかなる犠牲にも無関心なテロリストを相手にできることはかぎられているのです。

ガザ地区はイスラエルが占領していましたが、2005年に“極右”のアリエル・シャロン首相が入植者と国防軍を一方的に退去させる決断をしました。200万人を超える住民から憎まれながら、占領統治を続けるのは不可能だと判断したのです。

いまのネタニヤフ政権は「イスラエル建国史上最右翼」とされますが、膨大な犠牲を払ってまでガザ地区を再占領する判断は難しいでしょう。とはいえ、どこまで「報復」し、どうやって終わらせるかの目途はまったくたっておらず、このままでは泥沼に引きずりこまれてしまいます。

占領地や植民地で支配・被支配の関係をつくれば、かならず憎悪の連鎖が始まります。イスラエルはホロコーストを体験した者たちが、差別のない(ユダヤ人も含め誰も差別されない)社会をつくるという高い理想を掲げて建国しましたが、同じ罠に落ちたようです。

参考:ダニエル・ソカッチ『イスラエル 人類史上最もやっかいな問題』鬼澤忍訳、NHK出版

『週刊プレイボーイ』2023年10月23日発売号 禁・無断転載