死刑制度のある日本は犯罪に甘い国? 週刊プレイボーイ連載(578)

死刑制度をどうするかは、日本におけるもっともセンシティブな問題のひとつです。存続派は「死刑を廃止すると凶悪犯罪が増える」と主張しますが、多くの研究では、死刑があるから強盗や殺人を思いとどまっているという証拠はありません。逆に日本の場合、「自殺する勇気がないから、無差別殺人をして死刑にしてもらう」という動機で凶悪犯罪が起きています。

とはいえ、ここでいいたいのは別のことです。死刑を廃止した国は、それによって安全が脅かされるリスクを受け入れたのでしょうか。

イギリスでは子どもを性加害から守るために、独立の機関が採用予定者の過去を調査し、就業を禁止できるようにしています。日本でも同様の制度が創設されそうですが、こちらは裁判で有罪が確定したケースをデータベースで調べるだけです。

司法手続きを通さずに市民の権利を制限するのは日本では考えられませんが、驚くのはこれだけではありません。イギリスでは2003年、リベラルな労働党政権によってIPP(公衆保護のための拘禁)が導入され、刑期が満了しても、釈放後に再犯の可能性が高いと見なされると、期限を定めずに収監を継続できるようになりました。

この法律は12年に廃止されましたが、その時点で刑期を終えた6000人以上が収監されていたといいます。同様の制度は、カナダ、ドイツ、オーストラリア、ニュージーランドなどリベラルな先進国で導入されていて、性犯罪、とりわけ小児性犯罪が主な対象となっています。

「実質的な終身刑」が人権侵害だと批判されると、次は「去勢」です。ドイツでは25歳以上の性犯罪者を対象に、本人の同意を得たうえで「去勢手術」を行なっています。スウェーデンやデンマークなどリベラルな欧州の国にも、保釈を認める条件として人為的にテストステロン値を下げる制度があります。

イギリスには、2000年にスタートしたDSPD(危険で重篤な人格障害)に対する制度もありました。「その法のもとで危険だと考えられる人物を、たとえなんら犯罪をおかしていなかったとしても、警官が逮捕し、検査と治療のためと称して施設に送ることができる」とされますが、中国が新疆でウイグル人に対して行なっていることとどこがちがうのでしょうか。

こうした事例からわかるのは、リベラルな先進国ほど、死刑を廃止する一方で予防拘禁を導入していることです。逆にいえば、死刑を廃止できるのは、社会にとって危険な人物は刑務所(あるいは精神科病院)に収容しておけばいいと考えているからでしょう。

わたしたちは人類史上未曾有の「とてつもなくゆたかで、とてつもなく安全・平和な社会」を実現しましたが、それによって身体的・精神的に危害を加えられることに強い不安を感じるようになりました。欧米諸国では、とりわけ子どもが犠牲になるリスクをいっさい許容できなくなっています。

そんな「先進国」から見ると、死刑制度を頑強に維持する日本は、犯罪に甘い国だと思われているかもしません。

参考:エイドリアン レイン『暴力の解剖学 神経犯罪学への招待』高橋洋訳、紀伊國屋書店

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